珍客万来(2)

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*

「はぁっ、ぁあっ‥‥!」
 まるで女のように、少年は喘ぐ。彼は夢中で腰を振っていた。
「ふふっ‥‥このガキめ‥‥。本当にそれで気持ちいいのか?」
 あざけるような口調だが、そう言うガディザの顔も紅潮している。
「気持ちいいです‥‥はぁっ‥‥裏の筋と‥‥玉に‥‥ごりごり当たって‥‥!」
 ヤールは紅潮しつつ、夢心地のように答える。血管の浮き上がった男根を、ガディザの腹筋に押しつけながら。深い溝に擦りつけ、腰を振る。汗にぬめる褐色の腹筋に我慢汁がこぼれ、にちっ、にちっと音を立てる。
「これ、夢だったんです‥‥いつか、ここを犯させて欲しいって‥‥思ってたんです‥‥ああっ‥‥」
「ふん、変態だったのか? お前‥‥。くくっ‥‥」
 従者の告白に、主は馬鹿にしつつも、いやらしい笑みを浮かべる。そしてわざわざ、腹筋を動かしてみせた。興奮と刺激でヤールの喘ぎが乱れる。先端にたっぷりと膨らんでいた先走りが、とろとろとこぼれ落ちた。肉の溝に、それが溜まる。体同士を密着させるようにして腰を振っていたヤールだが、今度は体を起こした。そしてはち切れそうな肉棒を持ち、亀頭で彼女の腹筋をこりこりとなぞる。その割れ目に自分の匂いをこすりつけるかのように、執拗になぞる。その感触に、ガディザの息も時に乱れる。興奮しきって腹筋を犯す従者に、彼女もまた興奮しているのだ。
「手伝ってやるよ‥‥」
 そう言って、自分の手を彼の男根に添える。手と腹筋の間に作られた空間に、ヤールは狂ったように腰を振り続ける。その熱さがガディザを燃え上がらせ、その刺激がヤールを追い上げる。
「も、もう‥‥出ます‥‥っ!」
 ぬめる腹筋の上を前後していた肉棒が、もはや限界とばかりに反り返る。ヤールは引きつった喘ぎとともに小さく叫び、次の瞬間には白濁液を打ち出した。
 ドビュッ! ブビュッ、ビュッ、ビュクッ、ドクッ‥‥。
 手で押さえているというのに何度も跳ね上がるペニス。その跳ね上がりごとに濃い精液が吹き上がる。ぷるぷるとして半ば固体に近いそれは、ガディザの額にまで飛んだ。額、頬、口、首、胸、乳房、そして逞しい腹筋をドロドロに汚す。
「く、あああっ! はぁっ、ああっ!」
 顔も首も真っ赤に染めて射精を続けながら、少年は喘いだ。
「あ、ぁっ‥‥」
 ビチビチと音さえ立てて自分を征服してゆく黄ばんだ濁液に、ガディザも思わず喘ぐ。
(く‥‥あぁ‥‥。なんて味‥‥なんて匂いだ‥‥。頭が‥‥くらくらする‥‥!)
 強烈な雄臭が、既に薄まっていた理性を完全に洗い流す。そして、主としての矜恃さえも暴流のように押し流してゆく。ヤールは精液まみれの肉棒をいまだに腹筋にこすりつけている。喘ぐ愛人を眺めつつ、彼女の発情はもはや限界に達していた。
「ヤール‥‥早く、早く来い‥‥いつまで待たせるんだ」
 うわごとのような呼びかけは、余韻に浸る少年には届かない。聞こえはしたものの、ぼうっとした表情で見つめ返すばかりだ。
「早く! 早く抱け!! もう待てない、お前のチンポを、早く!」
 せっぱ詰まった叫びに、少年はようやく我に返った。だが、たかぶりは萎えていないとはいえ、さすがに一瞬で体勢を整えて挿入、というわけにはいかない。体を起こし、ガディザの股を開き、狙いを定め――という必要最低限の時間さえ我慢できないらしい。罵声とも哀願ともつかない渇望が、間断なく浴びせかけられる。
 だが、その激しい切望も唐突に終わる。
「っく、ぅ、ぉあああっ!!」
 ヤールがガディザを貫いた。たっぷり精液を吐きだしたはずの男根だが、ガディザの荒々しくも熱い求愛のせいで、萎えるどころかさらに凶悪さを増している。ヤールは一見おとなしそうな少年なのだが、その逸物だけは威容を誇る。勃起すれば腹に張り付き、へそを軽く超えるほどの大きさになるのだ。二人は大人と子供どころではない体格差だが、それでも彼が主を満足させられるのはこの巨根あってのものだ。――そして、ガディザはこの肉杭に弱い。
「かはっ、っく、ぉおおおっ!! はひっ、あくっ、ぅああっ!!」
 口角から涎の泡を溢れさせてよがり狂う。彼女が鳴くたびに腹筋はぎちぎちとうねり、震え、ヤールの眼をさらに興奮させる。焼けつくように熱くなった体に、先ほど飛び散った精液がにじみ出る汗と混じり合って強烈な匂いを発している。止めどなく溢れ出る愛液もそれに加わり、雄と雌の匂いが興奮剤となって二人をますます追い立てる。
 興奮しきったヤールは、頭の上あたりで弾む乳房を掴んだ。遠慮無しの鷲づかみだ。そうしてめちゃくちゃに揉みしだいた後、褐色の乳首をつまみ、引っぱった。硬い肉板の上に乗った乳肉が、引っ張り上げられて自在に形を変える。掴み、揉み、ひねり、引っぱり――ただでさえ悶え狂うガディザに、それは拷問にも等しい。喘ぎさえ詰まらせて、息を吐き出すこともできず、眼を見開いたままぱくぱくと口を開く。その間も、ヤールは腰の動きを止めはしない。開ききったカリで煮えたぎる肉沼をかき回し、えぐり抜き、すりつぶしてゆく。その暴力的快感を押さえ込むためか、牛毛に覆われた太い脚が、ヤールの腰に絡む。だが、もう遅い。
「あ゙、ぎっ‥‥あ゙あ゙あああああぁぁ――っ!!!」
 こらえきれなくなったガディザは、遂に咆哮を上げた。二つの「女」の象徴を攻め落とされたのだ。全身が痙攣し、こわばる。シーツを破らんばかりに強く掴み、そして愛人の腰を固めていた太股もさらにがっちりとこわばる――それは彼女の予想を超えた事態を引き起こした。
「か、ひ、ひぃぃっ――!?」
「が、ガディザさま‥‥っ!」
 悲鳴を上げる女戦士。その顔はもはや恐怖といって良かった。――巨根が突き刺さったままの状態で、その腰を脚で固めてしまったのだ。その瞬間、普段のピストン運動以上に深く、彼女の深奥にまで肉槍が突き刺さる。子宮を押しつぶすほどの深みに突き込んだ状態だというのに、ヤールは反射的に、動物的に、雄としての一撃を放った。
 ――ズシンッ!!
「ひぐっ‥‥! こ‥‥この‥‥ガキ‥‥っ、お、俺の、奥‥‥を‥‥!!」
 眼を見開き、うわごとのように引きつった悲鳴を上げる。
 絶頂によって感度が跳ね上がっている子宮に、その一撃は強すぎた。たった一度の衝撃だが、凄まじい快楽が子宮の中に乱反射する。それだけでも彼女をイかせるには十分すぎたが、ヤールはそのまま身体を震わせ、特濃の精液を噴出させた。白濁した溶岩が、ガディザの芯に直撃する。極限まで追い込まれた彼女を崩壊させる、とどめの一撃だった。
「ぐぉあああああっ、ああああっ、あひぃいいっっ、っく、ううううっっ!!!」
 閃光が視界を埋め尽くし――自分がどれほど凄まじい絶叫を上げたかも分からないまま、ガディザは悦楽に灼かれ続けた。

 その夜、ガディザはこれまでの人生で最も乱れた。愛人がこれほどの精力を持っていたとは、彼女はまだ知らなかったのだ。寸分も萎えない雄物に奥の奥を徹底的に突き狂わされ、めちゃくちゃにされた。秘肉を根こそぎえぐりつくす刺激に魂ごと引きずり出されるような快楽を刻み込まれた。どこにそんな力があるのか、と思うほどの激しい突き上げに、筋肉の鎧に覆われた肉体が内側から沸騰した。もちろん、単に狂わされるだけでは彼女らしくもない。互いに上になり、下になり、欲望の限りを叩きつけ合う。
「素敵です、ガディザ様‥‥愛してます‥‥っ!」
「ヤール、ヤー‥‥ルっ‥‥!!」
 汗だくになりながら、二人は元の身分差を完全に超えた睦言を交わし続けた。

* * * *

「あああっ‥‥すごい‥‥! あんたの‥‥精液が‥‥流れ込んで‥‥」
 快感にがくがく震える身体をこわばらせ、ナイアさんの奥底へ白濁液をこれでもかとばかりに撃ち込む。腰を密着させ、亀頭の先を思いきり奥へ突き入れる。射精を続けながら、それでも奥へ奥へと押し込む。感極まった喘ぎを耳元で聞きながら、欲望のままに。ナイアさんは腰を浮かせて鳴く。
「あ‥‥ああ‥‥らーと‥‥ぉ‥‥っ」
 涙を浮かべる瞳は、焦点が合わずに中空を見つめている。完全に蕩けた眼はあまりにも色っぽくて――半開きになった唇を俺の唇で封じ、まだ硬いチンポをもう一度突き込む。
「んんん――っ!!」
 背中にしがみつき、またイく。そのまま抱き合い、きゅうきゅうと締め付けてくる肉壺を味わい尽くして、それからやっと体を離した。びくんびくんと震えていたナイアさんも、くたり、とベッドに沈む。
「はぁっ‥‥はぁっ‥‥きもち、よかった‥‥」
 喘ぎ喘ぎ、どうにか感想を紡ぎ出すナイアさん。肌は桃色に染まって、全身が汗で光る。その体を抱き寄せ、お互い向かい合ったまま横になり、唇を交わす。――その時だ。ものすごい叫び声が響き渡った。
「‥‥な、何事なの‥‥?」
 顔を見合わせている間も、叫び声に交じり、ギシギシと木がきしむ音まで響いてくる。あれって‥‥。
「ああぅっ、お、あ、あああっ!! あううっ!!」
 ‥‥えーと‥‥。上の階から聞こえてくるってことは‥‥まあ、あの二人‥‥なんだろう。で、でも、ヤール君ってちょっと若いし、ガディザさんはすごく大柄だし――
「ヤール、そこだ、そこぉっ‥‥あぐっ、ああぁああっ!! こ、壊れるっ、くぁああああっ!!」
 俺のためらいを帳消しにする叫びが、まるで隣の部屋からのように大きく響く。
「‥‥あの子、おとなしそうな顔して結構激しいんですね‥‥」
「あんたが言うんじゃないわよ‥‥。――あんな激しい声を聞かされたんじゃ、あたしたちも眠れないわね、ラート?」
 呆れたように俺を睨んだかと思うと、またしても情熱的な眼がずいっと近寄ってくる。さっきまで喘ぎまくっていた唇が、俺の耳を甘噛みした。そして、囁く。
「ねぇ‥‥もう一回、して‥‥。あの二人に、あたしの声をめいっぱい聞かせてやりましょ‥‥」

* * * *

 朝――いつものように目を覚ます。横で寝息を立てているナイアさんを起こさないように――起こしてもどうせ起きないけど――ベッドから抜け出し、服を着る。最近は体の調子が良いのか、夜にかなりはしゃいでも翌日に響かないのが嬉しい。‥‥もしかすると、ことあるごとに飲まされる怪しい精力剤の効果なんだろうか。
 眠っているナイアさんに唇を重ね、軽くついばむ‥‥と、寝ているはずなのに少し唇が動き、俺とのキスを楽しむかのような仕草を見せてくる。‥‥かわいい。襲いたい――ダメだダメだ、買い物買い物、と。
 昨日からやって来た二人の分を考えると、帰りの荷物は大きくなりそうだ。荷車を引いていく、ってのも大げさだし‥‥なんて考えながら階段を下りていると、後ろから控えめに呼ぶ声が。ヤール君だ。
「やあ、おはよう。昨日はよく眠れ‥‥た、よね‥‥?」
 ごく普通の挨拶をしようとして、詰まってしまう。眠れたも何も、お互い声がしっかり聞こえてたんだから白々しいことこの上ない。とはいえ、「夕べはお楽しみで」なんておっさん臭い挨拶ができるほど俺は肝が据わってない。それはヤール君も同じらしく、互いにぎこちない挨拶を交わす。
「あの、これから買い出しですか?」
「う、うん。良かったら手伝ってくれないかな、ガディザさんの食べる量もあんまり分からないし、買い物も増えそうだから」
 助かった、これで帰りも楽だ。

 案の定、帰りの荷物はいつもの二倍どころではない量になった。これを荷車もなしに一人で持って帰るというのはほとんど無理だったと思う。
――買い物をしながら、ヤール君は自分たちのことを少し話してくれた。時々考え込むそぶりを見せたり、言葉に詰まったりするところを見ると、話したいことと話すべきでないことをより分けていたんだろう。話すべきでないこと、というのは――たぶん、ガディザさんの意向だ。ヤール君自身は話したくてうずうずしている、そんな気がする。
 ヤール君たちは東の方の国にいたらしい。なんでも、タリマ山脈よりも東だそうだ。俺は東と聞いて、最初はせいぜいヤルサかタリサからだと思った。どちらもビルサ周辺の国で、交易路の中継点になっている。山脈より東から、二人連れとはいえ身一つで来る――これは大変な旅だったに違いない。
 そしてやっぱり、二人は主従らしい。ガディザさんは元は軍人だったとか。なるほど、あの体格にあの迫力、ただ者じゃないとは思ったよ。
 そんな話を少しずつ聞きながら買い物を終え、店に戻る。と、もうガディザさんも起きていた。とはいえ二人にやってもらえる仕事も思い当たらないので、俺は一人で食事の準備に取りかかる。‥‥朝からこんな大量の肉を料理するのは初めてだ。こんなに食べる人が、少ない路銀で旅をするのは相当な苦労だったと思う。師匠は実は結構お金を持っているらしいからまだしも、これだけ食費がかかるとなれば他の家に居候は無理だ。その意味でもこの二人は運がいい。
「そういえば‥‥ナイア先生はお呼びしなくていいんですか?」
 盛りつけた料理を運びながら、ヤール君が首をかしげる。
「うーん‥‥まだ起きてくる時間じゃないんだ。あと二、三時間は寝てると思うよ」

*

 洗い物をヤール君に任せて店の準備をしていると、扉を遠慮がちに叩く音がした。何だろう、お客にしては早すぎるし‥‥? と不思議に思いつつも開けてみると、そこにいたのはファイグだった。
「あれ? 今日って仕入れは無いんじゃ‥‥」
「いや、そうなんだけどな。ちょっと耳を貸せよ」
 ごそごそと話し始めたその内容は、例の二人に関する話だった。いや、正確には、もしかすると関わる話かもしれない、とファイグが判断した話だ。
 事の次第はこうだ。東の方に、シファーダって国があるらしい。俺は良く知らないけど、ファイグは商売の関係上で結構耳にする国だとか。もちろんファイグも行ったことはないそうだけど、向こうの商品を仕入れてくる商人と懇意らしい。その商人が言うには、何ヶ月か前にそのシファーダで騒動があった。奴隷軍人(って何のことなのかよく分からないけど)の女の人が、自分の奴隷を連れて脱走した。その女は王宮の衛兵で、追っ手を蹴散らしながら逃げた、と。城門を突破して、ついにはその国から逃げ出し、西の方へ行方をくらましたそうだ。
 それだけなら「ふーん、すごい人がいるんだね」で終わってしまう。だけど、その二人の外見について聞くと、ファイグでなくてもはっとした。女のほうは牛人、って種族だったらしい。黒っぽい牛の脚、牛の角、そして上半身は筋骨隆々の人間。連れられて逃げた奴隷、っていうのは、焦げ茶色の髪をした人間の少年‥‥だったそうだ。
「きっとシファーダから『逮捕してくれ』って言われて、ビルサの衛兵が動いたんだ」
「でも、それなら入国の時に捕まるよ。あんな二人だから、絶対目立つし」
 話に出てきた二人と、うちに来た二人――それが同一に違いない、と考えたファイグは真剣な眼でそう言う。でも‥‥そうだろうか。俺にはわからない。推測の上に推測を積んでいる気がして、判断をためらってしまう。仮に噂の二人がガディザさん達だとして、でも衛兵がそれを追っている理由がファイグの言う通りかどうかは‥‥やっぱり考えなきゃいけない。
「仕事があるから俺はもう行くけどよ‥‥言うだけのことは言ったからな。姐さんにも伝えとけよ」
 どうしたものかなあ‥‥。くそー、師匠はいつまで寝てるんだ。

 とりあえずはすべて師匠の判断次第。すっかり慣れたとはいえ、俺はまだよそ者だ。ビルサ政府がどういう考え方で動くか、そこの所までは判断しきれないし、確かめる方法もない。師匠ならその辺りもある程度の動きようがあるだろう。
 もしも、もしもファイグの想像が全部当たっていたとしても――師匠にが二人をいきなり追い出したり衛兵に突き出したり、なんてことはすると思えない。とにかく師匠が起きてくるのを待って――という、とてもじれったい事態になってしまった。
 当のガディザさんとヤール君には、物置になっている三階の一部屋を整理してくれるよう頼んだ。どうせ捨てられないだけのガラクタがひしめいてるんだから、勝手にやってもらっても大丈夫だろうという俺の独断だ。乱雑に放り込んであるから、整理すればかなりの面積が空くはずだ。俺はと言えば――もぞもぞと歯がゆい思いをしながら店番。うーん、気が散る。

「遅いな‥‥そろそろ起きてもらわないと」
 そうつぶやいた時だった。表に、にわかに大きな人影が集まってきた。‥‥なんだろう。
 不安が胸をかすめたその途端、扉が開く。現れたのは――ミノタウロスが七、八人。衛兵だ‥‥!
「な、何のご用でしょうか‥‥」
 反射的に、俺は声を掛けた。衛兵達は顔を見合わせ、もごもごと何かを相談する。その間じゅう、俺は手のひらに滲む汗を拭うばかり。
「――あー‥‥少し、お尋ねしたい」
 しばし相談していた衛兵のうち、一人がようやく口を開いた。心臓がばくばくと鳴る。
「昨日、この辺りで騒動があったんだが」
「そ、そうですか」
「この店の横の路地なんだが」
「ちっとも知りませんでした」
 苦しい。苦しすぎる。あれだけの大騒動だったんだから、ご近所みんなが知ってるはずだ。その上でここへ尋ねてくるってことは‥‥。
 俺に尋ねていた衛兵は、しばし振り返って仲間と二言三言相談する。すぐにそれを終え、
「‥‥その時走っていた女性について、伺いたい」
「で、ですから見てません‥‥」
「伺 い た い」
 野太い声とともに、ずい、っと顔が寄ってくる。こ、怖い。ぎょろ眼が怖い。う、牛ってあんまり身近じゃなかったから、顔が近いと怖い。だいたい俺、初めてビルサに来たとき、門番のミノタウロスにビビって腰を抜かしたんだ。怖い。だから怖いって!!
「あー‥‥何も脅かすつもりはないんだ。ただ、その女性について、少し聞きたいだけで――」
「知りません見てません何のことだか分かりませんっ」
「隠すとためにならんぞ」
 どう見ても脅している衛兵その一に、完全に逃げ腰になる。まずい、これはまずい。ど、どうしたらいいんだ働け俺の頭!!
 ――その時だった。がっ、がっ、と独特の足音が響いてくる。蹄が階段を下りてくる音――ガディザさんっ!? い、今下りて来ちゃだめだ‥‥!!
 足音に気付いたらしく、衛兵達もとたんにざわつきだす。さっきまで後ろでもそもそと相談していた連中も、一気にカウンターへ詰め寄ってきた。
 ガチャリ、きいっ‥‥
「済まない、力んだら服が破れて――うっ!?」
 何か言いながら入ってきたガディザさんが呻き、固まる。――衛兵達が、動いた。
「あ、あの! これを受け取ってください! 最高級の蹄鉄、俺の給料三か月分です!!」
「いや、こっちを!! 孔雀石の肉切り包丁――」「変なもん渡してんじゃねぇよ、どけ! あの、これ、俺の手作りの――」「お嬢様、こちらをお受け取り下さい!」「お、俺の気持ちです、ぜひ‥‥!!」
 な、な、な、何事だ!?
 ――衛兵達は手に手に何かを持って詰めかかる。が、カウンターに阻まれて近寄れない。近寄れないのが我慢できず、折り重なるようにしてさらに詰め寄る。
「どうしたんですか――えっ!? が、ガディザ様っ、大丈夫ですか!?」
「ヤールか!? 訳が分からないが引っ込んどけ!!」
 騒ぎを聞きつけ、ヤール君が駆けつけてきた。が、この有様では何もできない。
「ラートさん、これはいったい――!?」
 扉から顔だけを出し、俺に説明を求めてくる――俺も分からないったら! とにかく逮捕じゃないらしい、ということだけでも伝えようとしたけど、この状況では‥‥うわああっ、乗り越えてきたっ!!
「や、やめてくださいちょっとお願いします――痛い痛い!」
 興奮しきった衛兵が、ついにカウンターを乗り越えてきた。必死に制止しようとするも、もはや俺のことは完全に眼中にない。邪魔な椅子でもどけるかのように、あっというまに押しのけられてしまう。
「どうか受け取ってください!」「お願いします!!」
「ちょ、ちょっと待て‥‥な、何だ‥‥!?」
 怒濤の攻勢に、ガディザさんも困惑しきってうろたえている。そのうろたえるガディザさんをまるで追い詰めるように、カウンターを突破した衛兵達が取り囲み、密着しかねないほどに詰め寄っていく。狭いところで何人もが必死に近寄ろうとするから、もう何が何だか分からない。
「た‥‥逮捕じゃないのか‥‥?」
「逮捕です。あなたは美しすぎる‥‥私が永遠に逮捕ぉふっ!?」「黙れキザ野郎! あの、俺、無骨者ですけど絶対幸せにし――って押すなお前ら!!」「さ、触った‥‥ああ‥‥なんて香しい‥‥」「貴様っ、どさくさに紛れて羨ましいことを!!」「あ、握手だけでも‥‥!!」
 こっ‥‥これは‥‥もしや求愛なのか? こいつら、発情して追い回してたのか!?
「お‥‥お前ら‥‥っ、いい加減に‥‥!!」
 衛兵に埋もれて見えなくなったガディザさんの声が聞こえた。あ‥‥やば‥‥キレそうな声だ‥‥。

「 失せろーーー!!!! 」

 あの光景は、たぶん一生忘れないと思う。
 ――爆発的怒号が響いた瞬間、衛兵が宙を舞った。ミノタウロスの巨体が宙を舞うなんて、あれが見納めだろう。ぶん殴られて吹っ飛ぶ奴、首や胸ぐらを掴まれて豪快に放り投げられる奴。それでも果敢に贈り物を捧げようとする奴も膝蹴りで撃退される。後ろから抱きつこうと忍び寄った不届き者は肘打ちの三連打で撃沈された。まさしく千切っては投げ千切っては投げ、しつこいにも程がある野郎共を蹴散らしてゆく。
 衛兵その一が投げ飛ばされて表へ吹き飛ぶ。ガッシャァアン、と扉が木っ端微塵になって飛び散った。続いて残りの連中も投げ飛ばされ、通りに折り重なって倒れてゆく。
「二度と来るな! 来たら殺す!!」
 全員を叩き出し、咆哮するガディザさん。その勇姿はとてつもなく格好が良かった――けど‥‥あーあ‥‥。
「ちょっと何の騒ぎ――きゃあああっ!? 何、何なのこれは!? ラート、何があったのよこの有様は!!」
 遅い。遅すぎるにも程がありますよ、師匠‥‥。

 そうそう。そのあと、ガディザさんたちから改めて身の上を聞いた。ファイグの予想は完全に当たっていたらしい。辛い思いをしてきた二人にとって、この国が安住の地になれば本当に嬉しい。

* * *

 乱闘騒ぎから二日後、師匠が猛烈に抗議をしたせいもあって衛兵司令部の割とえらい人が謝りに来た(後で聞くと、これは異例のことらしい)。この人もミノタウロス――なんでも、こっちの地方では牛人というらしい――だった。まさか男女でこれほど姿が違うとは思わなかったから、それを知るまではミノタウロスと牛人っていうのが単に呼び方の違いだとは気付かなかった。ダメだな、俺。‥‥と、それはともかくだ。
「ナイア殿、この度のこと、まことに申し訳ない。騒動を起こした者については懲罰処分にした。既にお聞きとは思うが、店舗の修復費用についてもこちらが負担する。どうかご容赦願いたい」
 激闘の傷跡が残る店内で、軍帽を脱ぎ、平謝りの士官殿。そりゃまあ、「盛りのついた兵士が一般人を追い回したあげく乱闘騒ぎで民間店舗に損害を与えた」なんて相当な不祥事だろう。何とか穏便に済ませてくれ、という叫びが全身から発せられている。
「部下の教育ってのはもうちょっときっちりやって欲しいわね‥‥。まあ、あたしは構わない‥‥こともないけど、もっと謝るべき相手がいるでしょ。――ラート、呼んできて」

「こ‥‥これは‥‥」
 俺がガディザさんを呼んでくると、士官殿は目を見開いてこわばった。‥‥まずかったのかな‥‥? 廊下のほうから顔だけを出して様子を伺っているヤール君も、ちょっと心配そうな顔だ。
「いや、失敬した。なるほど、部下が騒ぐのもやむを得まい。まさかこれほど美しいお嬢さんだったとは」
 ‥‥。
 ‥‥おじょうさん、ですか。なんだか間違ってるのは俺の価値観のような気がしてきた。確かに顔立ちは人間から見ても美形だけど、でもこの体格も雰囲気も「お嬢さん」じゃないだろう‥‥と思うのは俺が人間だからか。当のガディザさんはといえば、不愉快とは言わなくても、あまり嬉しそうな顔じゃない。腕を組み、何も言わずに立っている。あの体験の後じゃあ、それも当然だろう。
「――おっと、今はその件ではありませんな。この度の騒動、部下が大変なご迷惑をおかけした。上官として面目次第もない。深くお詫び申し上げる」

「で、謝罪以外の用件についても司令部から聞いてるわよね? あなたの口から、こちらのお嬢さんに説明してあげて」
 謝罪の口上を口にしながらも明らかにガディザさんに見とれている士官に対し、鬱陶しそうに師匠がうながす。師匠ももちろん機嫌は悪い。その声に一礼することで配慮を示すと、士官は二点のことを説明した。一点は、ビルサは奴隷制を認めないし、他国の奴隷制維持にも荷担しない、ということ。つまり脱走した奴隷に対し仮に逮捕要請があろうと応じることはない、ということだ。彼は力強く「我々がビルサの理想を捨てることは絶対にない」と明言した。‥‥美人の前で良い格好を見せてやろう、という気配がぷんぷんするのが気になるけど、言葉自体に嘘はないだろう。
 そして二点目。‥‥こちらはその場の全員が驚いた。師匠も一つ目の件しか知らなかったらしい。
「ガディザ殿を、我が衛兵隊の戦技教官としてお迎えしたい。無論、士官待遇だ」
 一同絶句。そりゃそうだ。暴走と勘違いが原因だったとはいえ、二人とも不安に駆られて怯えていたというのに、今日はいきなり「教官殿としてお迎えしたい」ときた。
 言葉を失い目を丸くする一同に向かって、士官殿は
「失礼ながら、今まで集められていたシファーダの情報から貴女のことを調べさせていただいた。かの北方第三軍の第一戦奴隊百人長、しかも王宮警備隊に抜擢されるほどの腕前とのこと。数ヶ月前に王都の門を破って逃亡した二人の話は聞いていたが、かの国からの捕縛要請もなかったのでそれ以上のことは調査しなかったのだが‥‥こうしてこの国へおいでになったのも何かの運命でしょう。我がビルサに、是非ともお力をお貸し願いたい」
 と熱っぽく語り、ガディザさんの手を取ろうとする。あ、無視された。‥‥このおっさんも本質的には部下と変わらない気がするぞ‥‥。

 何だかんだと絡みたがる困った士官をあしらいながらも、ガディザさんはその要請を受け入れた。彼女はやっぱり軍人が性に合ってるらしい。何と言っても、これで食いぶちに困らなくなるから、拒む理由はないということのようだ。不満と不信でいっぱいだった顔にも、詳細を問答するうちに徐々に光が差してきた。話が一通りまとまり、「ではさっそく司令部へご案内しよう」とおっさんがまたしても握手したがるのを巧みにかわしつつ、ガディザさんはひとまず店を出た。その大きな背中は新たな希望で満ちているように見えた――と感慨深く見送っていると、後ろでいきなり泣き出すヤール君。
「ど、どうしたの? お腹でも痛い?」
 って師匠、そこまで子供じゃないんですから。
「いえ‥‥ありがとうございます‥‥ぐすっ‥‥やっと、やっとガディザ様に、居場所が‥‥!」
「ど‥‥どうしようラート‥‥泣きやまないよ‥‥?」
 泣かれるのによほど慣れてないのか、師匠はいつになくうろたえる。いや、だから師匠がうろたえてどうするんですか。あああ、ヤール君が本格的に泣き始めた。今まで貯め込んだ感情が一気に噴出して、もう訳が分からなくなってるんだろう。しばらくそっとしてあげないと――
「ら、らーと、あ、あたし、こういうのどうしたらいいのかっ‥‥!」
 ええい、世話の焼ける二人だ。

* * * *

 いろいろあった日から、二ヶ月ほど経った頃。夕暮れが辺りを包みかける時間、いつものように師匠と店番をしていると、あの大きな影が入ってきた。
「おう、邪魔するぞ」
 にっ、と笑いながら、もうすっかりこの街に慣れた様子のガディザさんだ。彼女はこうしてよく遊びに来る。もちろん客としてじゃないけどね。ほとんどガディザさん専用になった大きな椅子にどっかりと座る。
「ヤールは来てるか?」
「まだよ」
 と師匠。続けて、
「で、弁償はそろそろしてもらえるのかしらね?」
 意地悪い笑顔で、毎度の口上。恒例とはいえ、ガディザさんはこの嫌がらせに弱い。視線を逸らし、苦り切った顔で頭を掻く。巨体が小さく見える瞬間だ。
「悪い。まだ金が貯まってない」
 まあ、そりゃそうだ。――破損した商品や店の修理費用自体は衛兵隊が慰謝料を添えて弁償してくれたものの、律儀なガディザさんは「壊したのは俺だから」と、弁償すると言い出した。とはいえ、完全に新しい生活を始めるんだから、そう簡単にお金ができるわけでもない。第一、うちの商品はかなり高い。それに今は練兵場に隣接した官舎に住んでいるそうだけど、後々は新居も構えたいところだろう。師匠も気にしてないはずだけど、反応が面白いので毎度こうやって嫌がらせをしているだけだ。
「仕事はどうですか?」
「ああ、訓練ってのが物足りないが、戦斧を振り回せるのが楽しくてたまらない。――バカどもに四六時中つきまとわれるのにもだいぶ慣れた」
 彼女の言いように、師匠も思わず笑い出す。
「懲りないわね、あいつらも」
「まったくだ」
 あれだけこっぴどくやられた割に、牛人衛兵たちは全然懲りていないらしい。彼女を教官に迎えた後も果敢に玉砕を繰り返し、度を超した求愛をしては殴り倒されているらしいけど、むしろ取り巻きは余計に増えているそうだ。ガディザさんには同情するけど、彼らの感覚も本当によく分からない。ある意味では、ガディザさんの存在が士気を高揚させてるのかもしれないけど‥‥それでいいんだろうか。
 お茶をすすりつつ世間話に興じていると、勢い良くドアが開いた。
「こんにちは、ナイア先生、ラートさん! ――ガディザ様、遅くなりました!」
「遅いぞ」
 息を弾ませながら飛び込んできたのはもちろんヤール君。以前よりずっと明るく、活発になった印象だ。彼は今、衛兵隊の軍属になっている。小さな頃にいちおうの読み書きを教わっていたのが幸いして、まだ見習いながらも事務で頑張ってるそうだ。ガディザさんと同じ部屋に住み、今まで通り彼女の身の回りの世話もしているらしいから凄く忙しいはずだけど、表情がそれを感じさせない。うちに逃げ込んできたときの憂いは、もう態度からも雰囲気からも消えている。
「まあお茶でも飲みなよ」
「ありがとうございます、いただきます――熱っ!」
 お茶に口を付けた途端に騒ぐ。‥‥焦りすぎだよ。
「‥‥バカかお前は」
「ご、ごめんなさい」
 すぐ謝る癖は健在らしい。二人は寄り添うようにしながらお茶を飲み、時に視線を交わす。――幸せそうだなあ。師匠も同じように思ったらしく、俺に目配せしつつ、くすりと笑った。
「こーら、あんまり見せつけない。お茶飲んでいちゃつくためだけに来たんじゃないでしょ?」
 師匠の冷やかしにヤール君が真っ赤になる。ガディザさんも心なしか目が泳いだ。
 ――実は‥‥まあ、その、二人が遊びに来るときは一晩泊まることになってる。というのも、官舎住まいだと夜に音を立てるわけにいかないそうだから。二人で住んでいるのに恋人同士として夜を過ごせないのはかわいそうだろう、ということで、ようやく空いた三階の一部屋――元は物置――に大きめのベッドを用意して二人に貸すのが恒例になってしまった。今回の件で、師匠にこういう世話焼きな面があるんだと初めて知った。

「じゃあ、いつもの部屋、借りるぞ」
 なんだかもうにやけ顔が隠しきれてないガディザさん。ヤール君はちょっと恥ずかしそうだけど、こちらも嬉しそうだ。本当に、二人ともずいぶん表情が豊かになった。
「はいはい。あんまり盛り上がりすぎないようにね」
「‥‥約束はしかねる」
 いそいそと階段を上がっていく音が響く。もう少しすれば二人の愛し合う音が聞こえてくるだろう。‥‥そうなると店を開けている訳にもいかないので、俺は師匠に言われるまでもなく閉店の準備を始めた。扉に掛かっている「営業中」の札を裏返して「閉店」にし、鎧戸を閉め始めた頃にはもう例の音がかすかに聞こえ始めている。もうすぐ「かすかに」じゃなくなるんだけどさ。
「うちの店は連れ込み宿じゃないんだけどねー‥‥」
 天井を見上げながらつぶやく師匠。
「二人が新居を構えるまでですよ」
「‥‥そうなったらそうなったで、寂しくなりそうね」
 来て欲しいのか欲しくないのか、どっちなんですか。
「だってさ、あの音聞いてたら――あたしとあんたの夜もなんだか燃えるじゃない? ね、今夜もあの二人に負けないように‥‥頑張ってよ、ラート」
 片付けをしている俺の後ろから抱きついてきたかと思うと、耳元でいやらしく囁く。俺も振り返り、おっぱいをぎゅっと揉んであげながらキスをする。後ろ手にカーテンを閉め、抱き合いながらカウンターへ少しずつ移動し‥‥そのまま押し倒した。
「今夜、なんて言わなくても‥‥今から頑張るよ」
 三階のきしみがもう聞こえてきた。――後片付けが少々遅れたのは言うまでもない。

(終)

「ある奴隷の物語」の後日談です。まさか1話でこんなに長くなるとは。‥‥腹筋ズリはさすがに読み手を選びそうですね。すいません。あと,このシリーズに出るキャラはもれなくバカップル化しますが,仕様です。

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