住み込み弟子の一番長い日

「ん。‥‥はい、これを飲んで」
 師匠は瓶にさじを入れると、何度かかき回してひとすくいを取り出した。薄青く透き通り、わずかにもやもやとした光を放つ、とろみのある液体。ふわり、と甘ったるい香りが鼻へ届いた。
「は‥‥はい‥‥」
 いつもなら気が進まず、なんだかんだと言い訳しながら抵抗するんだけど‥‥今日は、なぜかそれができなかった。師匠はまっすぐに俺を見つめる。その瞳は真剣そのもの。ふざけた表情やおもしろ半分の笑顔は欠片も交じっていない。でも‥‥そのまま飲むのは、あまりにも不用心な気がした。なんといっても、以前のことがある。未知の素材を使って、師匠が気合いを入れて作った精力剤――それはとてつもない効果があった。その意味では大成功だったんだけど、俺は危うく精神と肉体が遊離するところで‥‥要するに、死にかけた。
「心配? ‥‥大丈夫、今度はほんとに大丈夫だから。――うん。力も安定してるし」
 俺の顔から不安を読み取ったみたいだ。師匠はさじに乗った液体を軽く指先ですくい取り、その状態を改めて確認する。そして目を閉じ、開き、おもむろに頷く。
「――怖いなら、あたしが飲ませてあげようか?」
「自分で‥‥できます」
 覚悟を決めた。師匠の真剣さ――すけべなことにはいつも全力の師匠としても、異例の真剣さ――に当てられたのか、俺にも緊張が伝染してる。汗ばむ手を服で軽く拭い、さじを受け取る。わずかな量の液体――それは、不思議なほどの重さを俺の手に伝えてきた。
「飲むときは一気に。味わったりするんじゃないわよ」
 こくん、と頷き――口に含む。ぴりり、という感触が口いっぱいに広がり――ひと息に飲み下した。

* * *

「らーとー。ごはんーーー」
「だから静かに待っててくださいよ!!」
 親鳥に餌をねだる雛のごとく、やいのやいのとやかましい師匠。晩飯の前はかなりの確率でこういう状況になる。弟子入りした当初は師匠ももう少し取り澄ました感じだったんだけど、いつのまにやらこういう面を平気で見せてくるようになっていた。だらしないというか、かわいらしいというか‥‥本当に変なひとだ、と思う。こういう子供っぽくてわがままな部分が本性で、普段が仮面か‥‥といえばそういうわけでもない。一流知識人としての威厳ある雰囲気も、男を虜にする神話の悪女のような魔性も、大雑把で面倒くさがりな面も、全部まとめて本性だ。ただ、その切り替わりが激しい。もっとも、本人には今ひとつ自覚がないようだけど。
――薬を飲んだ後、どうなるのかと思ったら‥‥いきなりいつもの生活に戻ってしまった。なんでも、効き始めるのに半日はかかるらしい。以前の薬(俺が死にかけたやつだ)は呑み込んだその瞬間に効果を発揮し始めたから、今回もそうかと思っていたら――正直、拍子抜けだ。そして何より拍子抜けなのは、あれほど真剣そのものだった師匠がいきなり怠け者に切り替わったこと。「本日の真剣さは売り切れました」って感じだ。
「こらー! もっと急ぎなさい!!」
「わぁあ、もうすぐですからっ!」

* * *

 しっかりした量の晩飯を食べ、食器を片付け――いつもの師匠なら、もう発情していても不思議じゃない。特に今日は俺に薬を飲ませてあるんだから、もっと積極的に迫ってくるかと思ったら――またしても拍子抜けするほど、師匠は大人しく、真面目だった。ときどき「休講」になる夜の講義と指導もきっちりとする。ただ、今日の講義は、場所が違った。

 ランプが炎を揺らめかせる、夜の寝室。実験室や店での照明には照明水晶っていう魔導具をよく使うんだけど、寝室と食堂は基本的にランプだ。その方がなんとなく気分が落ち着くから、というのが師匠の説明。確かに、照明水晶はどちらかといえば心を澄み渡らせるような感じの光だ。食事には似合わないし、寝室にもあんまり似合わない。でも今夜に限って言えば、照明水晶でも良さそうな雰囲気だ。
――寝室での講義、なんてのは初めてのこと。この部屋には実験器具も材料も資料も置いてないからね。当たり前だけど。
 師匠はベッドの横に小物入れの引き出しを持ってくると、それを机代わりにして石版を置く。そして石筆でかりかりと字を書き始めた。
「意識、五感、判断主体、自我――これらはすべて、個々の精神体の作用、すなわち表象としての動きである。これはメラシュ・タキリマクの『精神について』以来、精神というものに関する魔導学の基本的立場だ、ってのはいいかげん覚えてるわね?」
「は、はい」
 この手の理論は苦手なんだけど、さすがに覚えた。
「よし。じゃあ続きを説明しなさい。精神体ってのは?」
「えーと、精神体は、あー、世界に満ちてる精霊力が、個々の肉体に流れ込んだもので‥‥うー‥‥肉体の持ってる作用を維持する力です。そして、五感や自我とかが経験したことを貯め込み、それによって個々に違いが出たりします」
 ぜえぜえ。なんだか息切れが。
「‥‥大甘に点数を付ければ、百点満点で六〇点ね。あんたさぁ、技術は結構いい線いってるのに理論はほんとに苦手ねえ。――ま、そういうこと」
「要するに、あたしたちの体も精神も、精霊力あってこそということなのよ。この力の流れが、あたしたちの精神と肉体を規定し、そして精神と肉体の行為と経験が精神体としての精霊力に還流する。こうして行為や経験は個々に内在する精霊力の流れに蓄積されていく‥‥と」
 師匠は定義を繰り返しながら、個条書きに書いた語句を図にしはじめた。見る間に、石版は円や楕円、矢印だらけになっていく。それにしても――なんだってここでするんだろう。講義内容も驚くほど真面目だ。
「さて、と。このように、精神体と行為・経験は表裏一体なわけ。そこで、よ。さっき言ったとおり、精神体はすなわち精霊力の流れであって、精霊力の流れは肉体のあり方と維持にまで関わってる。ということは?」
「‥‥ということは?」
 問いかけるかのような口調に、思わずそのまま繰り返してしまう。う、う、何か考えて答えなきゃ‥‥。
「まあいいわ。ということはね、肉体的な行為と経験もまた、精神体に蓄積される‥‥と考えられるでしょ」
「‥‥はあ」
 だんだん理解が怪しくなってきたぞ‥‥。
「‥‥ああもう、前置きが鬱陶しいわ。よし、講義は後回し! 必要なことだけ原理を説明するよ。今まであんたはあたしが作った精力剤をいろいろ試してるでしょ。普通、こういう薬の干渉効果は一時的かつ表面的で、精霊力の流れにはほとんど影響しない‥‥うーん、いや、違うわね。実際には影響してるんだけど、その影響を自覚したり、影響を体に反映したりできない、って感じかな。‥‥そこで!」
 師匠はなにやら気合いを入れて言葉を切る。
「そこで、このあたし、大魔導士ナイア様は発想を変えたのよ!」
 なんだなんだ。何を興奮してるんですか。
「あんたは今まで、あたしが作った薬とか、民間療法の精力剤とか、そういうのをいっぱい飲んでるでしょ。そういう薬や精力剤の効果は、今言ったように、一時的な効果に過ぎないと思われてる。でも実は、精霊力の流れには確かにその影響が残ってる――いわば、流れに“癖”がつけられてる。あんたにいろいろ飲ませたり食べさせたりしてその結果を確認する中で、あたしはそれに気付いたのよ」
「はあ」
「その“癖”は精神体の中に刻まれた、いわば“種”に過ぎなくて、普段は表象としては顕現しないんだけど、そこに魔導的刺激を与えて覚醒させてやれば、その隠れた“癖”が表象化するわけよ! そして一度覚醒させた“癖”の力は、単純な精力剤の数十倍! どう、すごいでしょ!?」
 とりあえず「ふんふん」と頷いておく。
「すなわちっ。今日飲ませた薬こそ、その“癖”を表象化させる、“種”を発芽させる薬ってわけなの」
「えー、つまり、凄い精力剤、なんですね?」
「‥‥ちゃんと聞いてたのかしらね、この弟子は‥‥」
 呆れられた! さすがに自分でもどうかと思う要約だけど、間違ってはいないはずなのに!
「とにかく。あんたの精神体に刻まれた“癖”を、実際の働きとして――呼び覚ますよ。うふふ‥‥期待しちゃうわ」
 やらしさ半分、知的好奇心半分の表情で含み笑いをしたかと思うと、再び真面目一色の顔つきに。そして人差し指くらいの長さの水晶棒を取り出した‥‥胸の谷間から。どこに隠してるんですかまったく。――という俺の内心にはお構いなく、呪文を唱え始める。同時に、水晶棒が俺の額、顎、肩の付け根、と順々に触れてゆく。時には見慣れない文様を描きつつ――。
 俺はその間、じっと座っているしかない。「これはどういう術式なんですか」と聞きたいところだけど、そういう邪魔を許さない真剣さ。しばらくして――
「――秘めたる波よ、内なる風よ、我が言葉にその力を顕せ」
 静かだけど、闇を裂く稲妻のように鋭い言葉が響く。そして、同時に水晶棒が――俺の額から一直線を描き‥‥下腹部で止まった。
 数秒が、過ぎる。だしぬけに――本当にだしぬけに、師匠がくきくきと首を鳴らした。
「これでよし」
「えっと‥‥終わった、んですか?」
 俺の答えに、師匠の口角がにんまりとつり上がる。
「そうよ。あとはそれを確かめるだけ」
「‥‥といっても、あんまり変化は感じないんですが‥‥」
 以前の薬の時は、それこそ目を見張るほど‥‥というか、文字通り頭がくらくらする程の効果が即座に現れた。それに比べて‥‥今回のは、「あんまり」どころかほとんど何も変わらない。わずかに体温が上がったかも、という程度だ。
「さっき言ったでしょ。今度のは、薬そのものが効果を持ってるわけじゃないの。あんたの力を呼び覚ます、そういう薬」
 そこで言葉を切ると、ずいっと顔が近づいてくる。
「じゃあ、あんたの力――味わわせて‥‥」
 唇が触れ――肩を押され、俺はベッドに押し倒される。師匠は妖艶に見下ろすと、自信たっぷりの表情で自分の服を脱ぎ捨てる。反動で揺れる、おっぱい――それを見た瞬間に、股間が強烈に疼いた。信じがたいほどの、疼き。体全体がカアッと熱くなる。股間が一気に腫れ上がるのが分かった。一瞬で勃起した俺のチンポは服を派手に押し上げ、布地はパツンパツンに引っぱられる。ナイアさんがうっとりと眼を細める。ちろりと舌が覗き、唇を舐めた。白い手が爆乳を持ち上げ、指が柔肉に食い込む。
「ラート‥‥これがあんたの本当の力よ。あたしの精力剤の実験台になってきたこと、あたしの魔力をいつも側で受けていたこと‥‥それが今、力になって実を結ぶわ。さあ‥‥あたしを、食い尽くして‥‥!」
 その言葉を言い終えると同時に、ナイアさんは俺の股間を一気に解放した。鋼のように張り詰めた肉棒が、勢い良くそそり立った――。

* * * *

 ナイアさんと愛し合うのは毎晩のこと。一ヶ月の内で、しない日なんて片手で足りる。毎晩、互いに体を求め合う。どちらが誘うかなんて決まってない――我慢できなくなった方が手を出すから。口や指でたっぷりと前戯をして、それから‥‥という手順は、今夜は変わってしまった。
「ああっ、いい、いいわ‥‥!」
 ナイアさんは喘ぐ。俺の服を脱がせるのもそこそこに、一気にのしかかってきて‥‥自分からチンポを導き入れると、いやらしく腰を振り始めた。その途端、甘い声がこぼれ、繋がっている部分からもとろとろと蜜が溢れ出る。挿入しきる前に、チンポを伝って愛液が流れ落ちるるほどに‥‥ナイアさんは濡れていた。挿入してからはもう、放っておいても蜜が溢れ続ける。少しでも腰を動かすと、ぬちゅぬちゅという音が派手に聞こえるほど。
「凄い濡れ方だね‥‥」
 あまりの有様に、思わず漏れる一言。
「だっ、て、‥‥あ、ああ‥‥薬の、せ、説明しながら、興奮してて‥‥ああっ!!」
「真面目そうな顔に見えたのに‥‥濡らしてたんだ」
「そう、そうよ‥‥っ、あんたに、抱かれること、ばかり‥‥想像、して‥‥っ! はあぁっ!」
「このすけべ」
 その一言に、上気した顔がさらに赤くなる。自他とも認めるすけべのくせに、口に出されると恥ずかしいらしい。
「う、うるさい! ほら、ちゃんと動いて‥‥! せっかくあんたを凄いオトコにしてあげたんだから、ちゃんと――あ、ああっ、そう、そこぉっ、ああうぅ!!」
 恩着せがましい口調でそう言って、恥ずかしさを紛らわそうとする。ナイアさんの希望に沿うように攻めてあげると、伸びやかに喘ぐ。揺れるおっぱいを持ち上げるように揉むと、息を詰まらせて絶叫。そのまま軽く突き上げながら、先端をひねってあげると――
「いっく‥‥イくうううっ!!」
 大きくのけぞり、あっけなく陥落するナイアさん。止めずにトントントンっと奥を叩いてあげると、さらにイく。まだはじめたばかりなのに、感度が跳ね上がってるみたいだ。あまりの燃え上がり方に俺も俄然興奮する。口元がなんだかにやけてしまう。
「いっぱい‥‥イかせてあげるからね」
「ちょっ、あん、た、‥‥っ!! ひぃいいっ‥‥!!」
 ナイアさんの腰を掴んで、石臼を回すように動かす。淫肉が俺のチンポにしがみつく。でも、俺のチンポは普段の比じゃない強さで張り詰めているから――ナイアさんのあそこがどれだけ力一杯抵抗しても、びくともしない。快感におののくナイアさんが、怯えたように俺の胸に爪を立てる。きれいに手入れされた、赤い爪が肌に食い込む。その指は小刻みに震えていて――。
「ま、まって、そんな、何回も‥‥連続で‥‥!」
「遠慮しないで」
 ずんっ。
「あああぁぁぁあーっ!!!」
 突き上げた拍子に、突っ張っていた手が滑り、艶めかしい女体が倒れ込んだ。そのまま俺の耳元で絶叫。俺はナイアさんのお尻を掴んで引き寄せ、そのままガスガスと突きまくる。
「ひいいっ、あ、ああ、ああっ!! イく、あああっ!! あひぃいいっ!!」
 耳元で大音響を繰り返すナイアさん。ものすごいうるささだ。その絶叫が嬉しくて、ついつい攻めすぎてしまう。二、三回連続でイかせて、一分ほど休憩。息も絶え絶えに顔を上げたところでもう一度攻めまくる。今度は俺も一切遠慮無く、欲望のままに抱いて、思うがままに精液を撃ち込む――ものすごい絶叫。尻尾がばたんばたんと暴れ回り、ナイアさんは転げ回ろうとする。そうはさせない、と俺もナイアさんに抱きつき、しがみつく。二人は繋がったまま、抱き合いしがみつきあったままベッドの上を右へ左へと転がる。上になり、下になり、そして俺が上に。大暴れが収まってきたところで、ナイアさんの上体をベッドへ押さえ込む。さっきと逆の体勢だ。呼吸が整ってきたのを見計らって、続けて腰を打ち込む。さっきまでは下からだったから突き上げにも無理があったけど、この体勢なら思った通りに動ける。
「あうっ、あ、ああっ! はあっ、‥‥すご‥‥いっ‥‥あんた、やっぱり‥‥最高‥‥!」
 ズプッ!
「ああぅっ!!」
 お礼の代わりに突き込む。顎がのけぞり、それがまた俺の欲情を煽る。大きく喘いだのをきっかけに、俺はズンズンとリズムをつけて腰を使い始めた。ただでさえ洪水を起こしていたナイアさんの肉穴から、ドロドロの白濁液と愛液が絡まり合って溢れ出す。俺が肉杭を打ち込むたびに、グチュッという音を立てて吹き出るのがわかる。二人で作った卑猥な液は、鱗を濡らしながらこぼれてシーツに染みを作っていく。
「らーと、らーと‥‥っ!!」
 うわごとのように俺の名を呼ぶ。俺はナイアさんと手のひら同士を密着させて、指を互いに絡めて手を繋ぎ、そのまま体を倒す。互いの熱い肌が、汗に湿った肌が触れる。じっとりとした、それでいて情熱的な肌の触れ合い。肌で肌を愛撫するかのように体を擦り寄せると、ひとまずおとなしくなっていた蛇の下半身がまた動き出した。脚に巻き付き、少しでも広い面積で俺に触れようとするかのように。きめ細かい鱗の感触を脚で楽しみながら、自在に腰を動かして責め立てると――握り合っている手に、思いきり力がこもった。手の甲に爪が食い込む‥‥その痛みさえ愛おしくて、さらに熱く責め立てる。
「あはぁああぁぁ‥‥っ!!」
――不意に、ナイアさんがのけぞった。背中を弓なりに反らせ、頭でベッドを押して。何秒か硬直して、崩れ落ちた。尻尾もついに力尽きたようにほどけ、あそこの痙攣と同調するかのようにひくひくと震えるばかり。深い絶頂に浸るナイアさんを抱きしめ、俺はチンポを思いきりねじ込む。そして白い粘液をもう一度たっぷりと注ぎ込んだ。――甘い叫びが轟く。

*

 しばらくして、ナイアさんは大きく息をついた。
「――はあっ‥‥はあっ‥‥あ、あんた‥‥程度ってもんがあるでしょ‥‥。はじめたばかりなのに、こんなめちゃくちゃな攻めかた‥‥ああ‥‥はあ‥‥っ‥‥」
 息が乱れている上に快楽で顎が震えるらしく、途切れがちな言葉も弱々しい。でも、その言葉が恨み言のように聞こえる割に‥‥視線はますます欲情してる。わざとなのか、無意識になのか、指先はいつの間にか俺の乳首をくりくりとこね回してるんだから。
「あたしが上になったら‥‥あんたに主導権を奪われずに済む‥‥なんて、あたしが甘すぎたわね‥‥。あんたの凄さ、全然分かってなかった‥‥あんたの本当の力――あんたの能力、経験、それに今まで刻み込んだ精霊力の“癖”‥‥それが、この凄さ、ってことか‥‥」
「全部‥‥ナイアさんのおかげだよ。ナイアさんが教えてくれたから――何も知らない、腰の動かし方さえ分からない俺を、みっちり仕込んでくれたから」
 独り言のように、少し自嘲気味に呟くナイアさん。独り言のようだからこそ、その言葉の意味、ナイアさんの思いがしみる。だから俺は、つたない言葉でめいっぱいの感謝を伝えた。同時におっぱいの丸い輪郭を優しく撫でると、ナイアさんは眉を寄せて「んっ」と呻く。そうして体を倒してまた抱き合い、みずみずしい唇をついばむ。くすくす笑いながら、互いにキスを繰り返す。
「いつからかしらね‥‥最初はほんと、遊びのつもりだったのに‥‥。それがいつの間にか、あたしも本気になって、溺れて‥‥」
「俺は最初から本気だったよ」
「ふふふっ。初めての経験で欲も恋も一緒くたになってたくせに」
「うっ‥‥」
 その通りだ。初めて「女」を教えてもらって、欲情も恋心も憧れもごちゃまぜになって、ナイアさんに夢中になった。ただただ、ナイアさんへの想いばかりが募っていて。でも、その上滑り気味の恋も、一緒に過ごす間に少しずつ落ち着いていった。落ち着いていくにつれて――本当に、愛おしいと思うようになっていった。単なる性欲でもなくて、単なる恋心でもなくて、単なる憧れでもなくて。いつも隣にいたい――そんなふうに。
「‥‥今はほんとに、本気だよ。ナイアさん‥‥愛してる」
「うふふ‥‥そう、じゃあ‥‥あんたの本気、見せて‥‥」
「いいの? さっきので息も絶え絶えだったみたいだけど」
 体が落ち着いて調子が戻ってきたのか、情熱的で淫らな瞳が俺を誘う。その誘いに乗って、俺もナイアさんを挑発してみると――
「っ‥‥! う、うるさいわねっ。その‥‥ちょっと気を抜いただけよ! あんまり調子に――あぁんっ!! ひ、あぅっ!!」
 見事に引っかかったナイアさんを、言葉の途中で責め立てる。本気‥‥見せてあげるよ‥‥!

* * *

 その後、ナイアさんの希望通り――俺はナイアさんを犯し続けた。絶叫に次ぐ絶叫、悲鳴じみた喘ぎ。喘ぎと言うにはあまりにも激しく、断末魔のように凄まじい叫び声。暴れ回る下半身をものともせずに抱くことさえ、今夜の俺はできた。ベッド端の柵をナイアさんが締め壊した時も、俺は子宮を突き上げ続けた。
「ひあああ゛あ゛ぁぁぁっ!! あおぉおっ!! や、やめ‥‥いっくうううぅぅぅぁあぁああっ!!!」
 やめて、なんて嘘の言葉が紛れ込む。そんないやらしい顔でよがり狂ってるくせに。
「こ、壊れるうぅぅ! も、もう壊れちゃう、許し‥‥あひぃいいっっ!!」
「愛してるよ‥‥!」
「あいしてる、あいしてる‥‥っ!! だから、だからぁ‥‥っ!!」
「だから‥‥何?」
――ズシンッ!! わずかにためて、一気に奥を撃つ。押さえ込んでいる俺の手にまで衝撃が伝わってくる。
「あっはああぁぁあっ!! も、もっと‥‥突いてっ‥‥突き壊して‥‥っ!!」
「うん‥‥!」
 言われなくても‥‥! 俺の気合いがさらにチンポへ集中する。大きさ、固さがさらに張り詰める。この膨張も、ナイアさんの秘薬のたまものだろう。つまり、ナイアさんの愛情のおかげ。その愛情を、全力のピストンで返してあげる。ナイアさんが求めるとおり、ナイアさんを突き壊すつもりで。奥の奥、こりっとしたところを狙い、集中的に責め立てる。それはもう、「突く」よりも「殴る」とでも言った方がいいかもしれない。子宮口をひたすらに殴り続ける。その動きは同時に、ナイアさんの肉穴をごりごりにえぐり尽くしてあげることでもある。
「いく、いく、いくぅうぅぅううっ!!」
 何十回聞いたか分からない叫びが轟き――
「あ‥‥ひっ‥‥」
 のけぞっていた首が、かくんと力を失った。
「‥‥ナイアさん‥‥?」
 呼びかけてみる。キスしてみる。反応がない。‥‥失神しちゃった‥‥攻めすぎたかな。とはいえ、ここで終わってしまうのも嫌だ。何と言っても、俺はまだまだできる。ナイアさんもそれを求めてあの薬を作ったはずなんだから――やめるのは失礼だ。
 汗だくのおっぱいを掴んで、ゆっくりと腰を動かす。突き上げることより、カリでえぐることを優先した動き。ここまでガチガチに勃起していると、わざわざ角度を付けようとしなくても、少し動かすだけで確実に「弱点」をえぐってあげられる。奥までしっかりねじ込んだ状態からずるずるとチンポを引くと、愛液でぬるぬるにテカった竿が見え――カリが空気に触れる直前に、もう一度奥へ。鈴口で奥にキスをして、そのまま「とんっ」と軽く突く。
「あっ‥‥!」
 半開きの口から、短い喘ぎ。そして、うっすらと目が開く。
「‥‥ラート‥‥」
 惚けたような、半ば焦点の定まらない目。腕が俺の体に絡んでくる。俺は抱きしめられるままに、胸板をおっぱいに押しつけてゆく。早鐘のような鼓動、灼けるような体温が伝わってくる。
「ラート‥‥あんた‥‥凄すぎるわ‥‥。あんっ‥‥あたし‥‥あんたから離れられなくなりそう‥‥」
 蕩けるような口調で、甘い言葉を囁く。互いに腕を背中に回し、抱きしめ合う。
「大丈夫、放さないから」
 柄にもなく、キザな言葉が口を突いて出た。案の定、ナイアさんは笑う。
「ふふ、そうね‥‥それも悪くないわ‥‥愛してる」
 その一言を皮切りに、堰を切ったように、言葉で愛を確かめ合う。見つめ合い、二人の唇から同じ言葉が止めどなく溢れ、続く。愛してる、愛してる‥‥ただそれだけを囁き続ける。ひたすら、何十回も同じ言葉を。それだけでは我慢できなくて‥‥やっぱり体が動き始めるんだけど。
「ねえ‥‥続けて。ずっと入れたまま、抜かずに‥‥あんたが打ち止めになるまで‥‥」
「うん。なんだか‥‥いくらでも続けられそうだよ」
「ふふっ。そのための薬なんだから、そう来なくちゃね――あっ‥‥!」
 嬉しそうに見上げるナイアさんを、軽く突き上げる。微笑んでいた顔が、そのごく軽い突きで悩ましく歪む。脚に絡んでくる、鱗の感触。ナイアさんの下半身はもう、俺の脚どころか腰にも背中にも絡んでくる。巻き付いてくる。こ、この状態であまり激しくイかせると俺の体が潰れそうだけど‥‥そこは俺も加減しなくちゃね。きっと‥‥ナイアさんも、ゆったりと長時間続く愛を欲しがってるんだろう。そう解釈して、俺もゆったりと腰を動かし始める。

 ぬちっ、ぬちゅっ、と二人の繋がる音が、いやにはっきりと響く。ぐちゅぐちゅに溢れた愛液が、二人の体を濡らす。俺のゆっくりした腰の動きに、ナイアさんは甘く反応する。
「いい、いいわ‥‥こういうのも、あっ‥‥新鮮で、いいわね‥‥ああ‥‥っ」
 さっきまでの「絶叫に次ぐ絶叫」とは正反対の快感を味わいつつ、蕩けた笑みで喜んでくれる。俺の頬を撫で、髪に触れる。
「あ、う‥‥女の扱い、ほんと、上手くなっちゃって‥‥あはぁ‥‥っ。ほ、他の女には、絶対、渡せないわ‥‥ああ‥‥いきそう‥‥っ」
 激しさはないものの、その声は確実に高ぶってゆく。
「いく、いくわ‥‥は、ぁ、こんなの、イくに決まってる‥‥」
「うん‥‥いっぱい、イってよ」
「いく、いく、いく、いく‥‥いく‥‥っ‥‥――いくっ」
 絶頂の予感を囁くように告げていたナイアさんは‥‥顎を軽く反らして、イった。
 でも‥‥俺はと言えば、まだまだイかない。こういうのも気持ちいいけど、さすがにこんな緩い動きじゃ、ね。きゅんきゅん締め付けてくる柔肉を感じながら、さっきのリズムで軽く突く。
「あくっ‥‥! あ、あん‥‥!」
「もっとイかせてあげる」
「ふ、ふふっ‥‥この、女殺し‥‥。あっ、ま、また‥‥っ!」
 穏やかな絶頂の余韻が残る女体が、緩い責めでまた絶頂に近づいてゆく。そうでなくても前半戦でイきまくっていたから、イきやすくてたまらない状態なんだ。魅惑的な唇に自分の唇を重ね、むちむちおっぱいを手と胸で押しつぶす。それだけでナイアさんの反応が跳ね上がるのが分かった。そのまま、軽く、ゆっくりと腰を使う。絡み付く襞や、触れあう肌がぴくぴくと限界を教えてくれる。
――とんっ。
「んんっ――!!」
 子宮を小突いてあげると、唇を封じられたナイアさんが鋭く呻いた。体がのけぞり、蛇体がぎゅっと絡み付く。またイった。

* * *

 俺とナイアさんは、ずっと愛し合った。ゆったりと、じっくりと。それが一段落すれば、また激しい絡み合い。それに疲れたら、またゆっくりと。また激しく。挿入したまま、抱き合ったまま、緩急を付けてずっと愛し合う。何度も何度もイかせ、俺も何度もナイアさんの中を満たす。
 ひたすら続くかのような交歓――それが最高潮を迎える。二人の興奮はもう止めようもなくて、休憩を挟むことさえできなくなっていた。俺が休もうとするとナイアさんが欲しがり、ナイアさんが休もうとすると俺が攻め立てる。下半身はもうほとんど無意識のうちに攻め合い、それと同時に口づけ、愛撫がひたすら繰り返される。おっぱいを揉みたくり、乳首をひねる。長い舌をすするように愛撫したり、その舌が俺の口の中を暴れ回ったり。ナイアさんの手も俺の色々なところに絡みつき、爪を立てる。荒い息づかいが互いに吹き掛かり、上になった側の汗がぽたぽたと落ちる。互いの汗で光る肌は、高ぶる体温で湯気さえ上がりそうなほど。二人とも汗だくになって、ただひたすらに絡み合って、快楽を求め合い、腰をこすりつけ合い、叩きつけ合う。

 そして、俺たちはいよいよ極限に向けて突っ走りはじめた。責めはさらに苛烈になり、ナイアさんの求めもさらに加熱していく。
「突いて、串刺しにして‥‥!! ああぅっ、あ、あんたのぶっといのが‥‥くはあっ!! あああっ、ひぃいいいっ!!」
 喉を真っ赤にして、叫び続ける。言葉で応える余裕はない。猛然と腰を叩き込み、絶頂へと追いやる。ナイアさんの快楽が俺にまで伝染し、熱い炎が荒れ狂う。大量の精子を噴射して、それでも止めない。
 チンポをぎりぎりまで引こうとすると、ナイアさんはよがり狂って半狂乱になりつつも「抜かないで」と叫んだ。もちろん俺も抜く気はない。バチン、と音を立てて腰を叩きつける。
「あひぃいいぃぃっ!!」
 子宮を打ちのめす一撃に、頭を左右に振りたくって絶叫。そこから突いて突いて突きまくる。
 バチン、バンッ、パンパンッ、パンパンパン‥‥!
 派手な音を立てて体を連続的にぶつけ、肉の棍棒でナイアさんの弱点をブチ抜く。
「ひぃぃっ、ああ゛ああぁぁっ!!」
 とっくにイってるナイアさんを、イかせ続ける。快楽の波が引かないうちに、次の波、その次の波を重ねてゆく。重ねれば重ねるほど、ナイアさんの絶頂は極まっていく。乱れきった美貌は神々しいまでに淫らになり、淫蕩な女神を思わせる。特大のおっぱいは汗だくになってぬめり、ランプの光にいやらしい艶を浮かべる。先端の突起はぴんぴんに尖りきって、俺にいじって欲しくて震えてる。
 下半身はぎりぎりと巻いて、俺代わりの毛布を完全に締め潰していた。本当はこの抱擁を受け止めたいのに‥‥俺の体はそれに耐えられるようにできていないから、こうして代わりの物を巻いてもらうしかない。悔しい。悔しくてたまらない。ナイアさんの愛情を受け止めきることができない――その悔しさ、やましさを、チンポと腰に込めて突きまくる。
「ナイアさん‥‥好きだよ‥‥愛してる‥‥!」
「ああ、あっはあぁあっ‥‥あいしてる‥‥あいしてる‥‥!! だ、め‥‥もう、おちるわ‥‥!!」
「いいよ、堕としてあげる‥‥!」
 音を上げるナイアさんを、それでも責め立てる。これまでになく高まる射精感に、チンポがびりびりと震え、張り詰めていく。子宮を溺れさせようと、玉がきゅっと上がってくる。俺は限界まで我慢して、我慢して、突いて、突きまくって、そして――
「いくっ、ラート、あ、ああ、おねがい、いっしょに、あ、ああっ、――あぁあああぁぁぁあぁぁっ!!」
「ぐううぅーっ!!」
 奥歯がばりばりと鳴る。限界――まだ、まだだ、本当の限界まで、耐えなきゃ――!!
「俺も、イくよ‥‥、イく‥‥っ!!」
「イくぅぅぅぅ――っ!! お、ぉおっ、ああぁぁぁぁぁぁああああ――っ!!! イっくぅぅぅうううっ!!!! あはぁぁああああぁぁぁぁぁっ――!!!」
「うあああぁぁっ!!」
 窓が割れんばかりの嬌声が轟いた。焼けつく熱さが尿道を走り抜ける。ありったけの白濁液をナイアさんの奥底へ注ぎ込む。注ぎきれない精液が、隙間を必死に探してぶぴゅっ、ぶちゅっという音を立てて肉唇の隙間から噴き出す。それでも俺は撃ち込み続けた。痙攣するように跳ねる腰をむりやり密着させ、ビクンビクンと跳ね回るチンポを根元までハメ込んで、一番深いところに密着させて。汗だくのおっぱいを胸板で押しつぶし、ぬめる肌を必死に抱きしめる。香しくも生々しい雌の匂いを放つ髪に顔を埋め、俺は出して、出して、出し続ける。止まらない射精を続けながら、俺は体が思うように動かないことをようやく心の端で知った。でも、もう‥‥だめだ。強烈な睡魔が取り憑き、俺を眠りへと引きずり込もうとする――そんな中、うわごとが聞こえた。喘ぎ声交じりの、甘いうわごと‥‥。
「すご‥‥い‥‥あ、ああ、らーと‥‥あいしてる‥‥」

* * * * *

 気がつくと、朝日が差し込んでいた。まだ薄青い光が街を包み込んでいるのが、窓越しに見えた。体を起こすと、信じられないほど深い快楽を楽しんだ跡が染みになってシーツを汚してるのが目に入る。隣にはナイアさん。疲れきって眠っている。‥‥いや、まあ、そうでなくてもよく寝るけど。
 俺はその頬と唇にキスをして、ベッドを一人抜け出した。疲れは欠片も残ってない。すがすがしい力が体中に満ちている感じ。――これもあの薬の効果だとすると‥‥あれはやっぱり「ものすごい」としか言いようがない薬だ。でも師匠の口ぶりだと、これはたぶん俺みたいにやたらと精力剤を飲んでて‥‥というか飲まされてて、いろんな性体験を積んでないと意味がない薬のようだから‥‥結局、俺専用みたいなものだ。それにあれだけ多くの材料と時間を費やして、できたのはほんのわずか。そう思うと、こんな薬を俺のため(自分のためなんだろうけど)に作ってくれたことに、今までは感じなかった感謝の念がわき起こる。その想いを込めてもう一度キス、そしていつものように買い出しへ。

 いろんな種族であふれかえる朝市の広場は、今日も活気の塊だ。混雑をかき分けるように進んで、顔なじみの店をまわる。――と、果物屋のおばちゃんが不思議なことを言った。
「昨日はどうしたんだい? 珍しく来なかったじゃないか」
「え? 来たでしょ?」
「いいや、あんたが来なかったおかげで売れ残りができちまったんだから、間違いないよ」
「‥‥??」
 何を言ってるんだ。俺は毎日ほとんど決まり切った買い物しかしない。昨日も確かにこのおばちゃんからリンゴを買ったはず。うん。‥‥まあ、おばちゃんの勘違いだろう。――その時はそうとしか思わなかった。

* * *

「なんてこった‥‥」
 店の掃除をしながら、何度目かのため息をつく。――さっきおばちゃんが言っていた意味は、すぐに分かった。
 結論から言えば、正しかったのはおばちゃんで、勘違いしていたのは俺のほう。昨日買い物に行ったと思っていた、そのこと自体が勘違いだった。つまり、昨日だと思っていた買い物は一昨日のこと。じゃあ、「昨日の買い物」は?
 答えは、「そもそも買い物に行ってなかった」だそうだ。だそうだ、というのは――俺にその記憶が全くないから。なぜなら‥‥いや、これはちょっと‥‥でも、言われてしまった以上は‥‥あー‥‥。
――ええい。なぜなら、一日中、ナイアさんと愛し合っていたから。
 始めたのは一昨日の夜、それからひたすら交わり続けて‥‥昨日はほとんど一日中喘ぎ声が響き渡っていたそうだ。あまりにも没頭しすぎて、朝が来ても、昼が来ても、もう一度夜が来ても気付かなかったらしい。――というようなことを、さっき向かいのおじさんから聞いた。我ながら呆れるしかない。道理でご近所の視線が妙によそよそしいと思った。‥‥以来、「なんてこった」以外の言葉が口から出てこない。これをナイアさんに言ってしまえば、さすがの師匠も絶句するに違いない。‥‥いつ起きてくるかはともかくとして。

 なんて考えながら、切れ味の悪い動きでもそもそと開店準備をしていると――
 ぎしっ、ずるっ、ずるずる‥‥
「――え」
 そんな、ばかな。という言葉が喉まで出かけた。
「おはよ、ラート」
「お、おはよう、ございます‥‥」
「‥‥何変な顔してんのよ」
 変な顔、ですか。やっぱり。‥‥って、しょうがないでしょう! なんでこんな早起きなんですか! 普段の夜でも、ヤりまくった翌日はなかなか起きてこないのに‥‥今日は昼過ぎに起きるかどうかも怪しいと思ってたのにっ。
「あんたは朝ご飯食べたの? まだ? じゃ、一緒に食べましょ。――ああそうそう、今日は臨時休業ね。市庁舎とか行かなきゃいけないし。あんたもちょっとマシな服に着替えときなさいよ」
「はーい、わかりまし‥‥?」
 台所に行きかけていた俺の足は、師匠の言葉に引っかかってぴたりと止まった。臨時休業、は‥‥まあ、師匠が何かを思いついた時には良くあることだからいいとして(俺の日課である準備作業は無駄になったけど)、
「‥‥市庁舎‥‥に、何か用事があるんですか?」
 と聞くと、こともなげに
「うん。婚姻届を出しにいかないと」
「ああ、なるほど」
 ‥‥。
 ‥‥‥‥。
 ‥‥‥‥こんいんとどけ?
「だっ、誰が!? 誰と!?」
「この流れで“あたしとあんた”以外があると思うの?」
「でっでででもなななんでこんな、い、いきなり」
 どもりまくりながら、自分の手足が震えていることに気付いたけどそんなことはどうでもいい。
「いきなりじゃないでしょ。昨日しっかり婚約したんだから」
 昨日‥‥というと、その、我を忘れてひたすら‥‥
「あれだけしっかり婚約しておいて、『忘れた』なんて言ったら張り倒すよ」
 忘れたも何も、そんな覚えは‥‥いや、もちろん嫌なわけじゃ全然ない。でも、どうにも訳が分からない――とまどっていると、師匠は突然俺の体を壁に押しつけ、抱きついてきた。妖艶な美貌が目の前に迫る。
「‥‥凄かったわ‥‥あたしの薬がしっかり効いた、ってのもあるだろうけど‥‥それでも、ほんとに‥‥。あんなの、生まれて初めてよ。丸一日、ぶっ通しで抱いてくれて――いつかこうなるって予感はしてたし、あたしも求めたけど‥‥あんなに熱烈な求婚‥‥ちょっと予想外だったわ」
 熱に浮かされたように、うっとりと語り――そこで、唐突に真顔になる。
「――もしかして、知らなかったの? 抜かずに最低半日以上愛し合うのが、ラミアへの求婚、って‥‥」
 どう返事をして良いのかわからない。わからないけど――どのみち、師匠に嘘は通じない。俺はこわばった表情のまま、ぎこちなく頷いた。さすがの師匠も曖昧な苦笑を漏らしたけど、
「やれやれ。‥‥ま、いいわ、結論は変わらないから。――そんなわけで、あんたは知らずに婚約してたってことよ。あたしはそれに応えるつもり。異議は‥‥ある?」
 ない、あるわけない。――そう答える前に、体が動いていた。震える腕でナイアさんの体を抱きしめ、唇を重ねる。ナイアさんの腕も、ぎゅっと俺を抱く。
「もっと腕を上げてから、ちゃんと告白するつもりだったのに‥‥こんな時まで要領悪くてごめん。ナイアさん‥‥好きだよ」
「ふふ‥‥いいじゃない、あたしたちらしいわ。――好きよ。愛してる」
 そうして――二人は、ずっと抱きしめあった。昨日と同じ、「愛してる」とばかり囁き合いながら。なぜか流れ落ちる熱い滴を拭いつつ、俺は改めて、ナイアさんへの愛を誓った。

(終)

エピローグ

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