巳の年籠り

 大晦日の夕方のこと。白薙(しらなぎ)神社の簡素な鳥居の前で、数人が向かい合っていた。
「今年はこの子です、よろしくお願いします」
 初老の男は少年――拓巳の背を軽く押し、前に一歩出させた。
「よ、よろしくお願いします」
 拓巳は緊張もあらわな表情で相手を見上げた。年齢相応ながらしっかりとした顔つきは、大役を仰せつかったせいでいささかこわばっている。もっとも、その顔がやや赤らんでいるのは、それだけが理由ではあるまい。
「わかりました。拓巳君。おいで」
 巫女は少年に優しくほほえみかけると、近寄るように促した。拓巳の顔がいっそう赤らむ。
「――では、後のことはお任せします。これまで通り、明朝迎えに参りますので」
「はい。そのように」
 初老の男は「がんばるんだよ」といった風情で拓巳に目配せすると、巫女に再び懇ろな挨拶をし、その他の氏子らとともに去っていった。拓巳は肩に置かれた巫女の手ばかりが気になって、彼らの後ろ姿などほとんど見てはいなかったが。
「――じゃあ、入ろうか」
 優しい声。拓巳はぱっと顔を上げ、こくこくとうなずいた。

* * * * *

 神社の本殿に、少年は白い着物姿で一人座っていた。彼は巫女の言うとおり風呂に入り、着替え、ここへ連れられ――本殿で一人「待つ」ことになった。美しい巫女と早々に離ればなれになったことを残念に思いながらも、彼は言われたとおりにした。
 寒い。厚手の襦袢を着込み、使い捨てカイロを背中に貼ってはいるが、真冬の空気、しかも山の空気はことに冷える。風もなく、動物の気配もない。しじまの中に、ジジ、と蝋燭が鳴った。闇の中にともる光はその蝋燭だけ。炎が揺れ、長く伸びた影もゆらゆらと揺れた。
 ぎしり。体を少し動かすと、床板が鳴った。さして広くはない空間だが、その音がひどく大きく響く。
 ずいぶん待ったのだろうか。そうでもないような気がした。わからない。

 拓巳の役目は、豊作と集落の無事を祈願し、神札を持ち帰ることである。巳年になる前日の大晦日、巳年生まれの少年がこの白薙神社に参籠し、古い御札を返し、新しい御札を授かり、元旦に持ち帰る――「巳の年籠り(としごもり)」と言い、彼の生まれた集落に古くから伝わる慣習であった。十二年ぶりのこの行事について、さすがに現代にそぐわないのではないか、子供を一人で山の神社に参籠させるなど‥‥という意見もないではなかったが、由緒ある習俗であるということで今年も執り行われることになり、拓巳が選ばれた。かつては“巳年の少年”など村に何人もいるのが普通で、役目を負う者をくじで選ばねばならなかったというが、過疎化の進む集落では、その“巳年の少年”は今や拓巳しかいなかったのである。なお、言うまでもないが、拓巳の「巳」は干支にちなんだものだ。

(それにしても)
 暗がりにたたずみながら、拓巳はかねてからの疑問を反芻していた。
(御札をもらって帰るだけなのに、どうして一晩もいなきゃならないんだろう)
 当然の疑問であった。もちろん、家族や周囲の大人には尋ねた。しかし、「昔からそういうものだから」という以外の返事は全くなかった。おそらく、本当に知らないのだろうと思われた。そこで彼は、前例を調べることにした。とはいっても、大層なことではない。拓巳の近所に住んでいる昌人はちょうど一回り上で、彼もこの御札を授かる儀式を経験しているのだ。昌人なら、具体的にどういう行事なのか教えてくれるだろう。――しかし予想に反して、昌人の返答も全く要領を得ないものだった。曰く、
「古い御札を巫女さんに預けて、お風呂で体を清めて、それから、本殿で待つんだ。本殿って普通は入れないし、まあ、いい機会だよ。そこで待って‥‥あれ? 待って‥‥どうしたんだっけ。あれ? おかしいな。よく覚えてないけど‥‥まあいいや。とりあえず、新しい御札をもらって、それで、朝になったら氏子総代さんたちが迎えに来てくれるから。別に難しいことじゃないし、心配しなくていいよ。あ、そうそう。巫女さん、俺の時はすっげぇ美人だったんだよなー。今度はどうかな。終わったら教えてくれよ」
 要するに、昌人からの情報も他の大人の言うこととほとんど変わらず、付け加わったことといえば「巫女が美人らしい」ということだけであった。十二年前の美人が今も美人であるかどうかを考えると、これまた当てにはならない。

(でも、今回の巫女さんもすごくきれいだったよな‥‥昌人さんの時とは別の人なのかな)
 昌人の情報は、ひどくあやふやではあったが、間違いではなかった。確かに風呂に入ったし、巫女は美人だった。が、結局何があるのか、何をするのかはさっぱりわからない。わからないまま、時間だけが過ぎていく。当初あった緊張も、徐々に薄れる。
「――っくしゅん」
 くしゃみが大きく響いた。寒い。風邪を引くだろうな、という気がした。風邪で寝正月というのは避けたいが、御札を持って帰って風邪を引いたらいつもよりは特別扱いしてくれるに違いない、という少々都合のいい考えで気を紛らわす。
 正座でなくとも良いと言われたのでしびれが切れるということはないものの、板敷きの上にじっと座っているというのはつらいものだ。あぐらを組んだまま、前後に揺れてみる。ぎしぎしと床板が鳴った。それも具合が悪い気がして、拓巳は前方の床に視線を落とした。もう深夜だろうか。まぶたが徐々に下がってくる。時には首が、かくん、かくんと船をこぐ。
(いけない、起きてなきゃ‥‥)
 必死に目を開こうとするが、まぶたがひどく重い。視界に暗い幕が下り――。

* * *

 ふと、目が覚めた。何か音がしたわけでもなかったのだが。本殿の中には何の変化も見当たらない。相変わらず蝋燭の火が揺れ――大きく揺らめき、横にたなびいた。
(‥‥え‥‥っ?)
 拓巳は怪訝な顔でそれを見つめた。同時に、今までなかった匂い、芳香が漂った。どこからだろう――辺りを見回す。
 そして、彼は見た。内陣に忽然と現れた、白い装束の女を。
『よく来たな』
 女は口を開かなかった。だが、その声ははっきりと聞こえた。
『何を呆けておる。村を代表して、福を授かりに来たのであろう?』
 その声――声、なのだろうか――は、少々からかいの響きがあった。それに気づき、拓巳は自分がどんな顔をしているのか知った。あまりの驚きでよほど呆けた顔をしていたのだろう。だが、そんなことはどうでも良い。こんな経験をして、呆けた顔をしない人間などいるはずがない。
 恐怖はなかった。ただ、見ほれていた。女は、例の巫女に似ているように思えた――だが、御簾越しにも遙かに美しく、神々しく、そして、妖艶であった。
(そうか……神様……女神様なんだ……)
 拓巳はそう直感した。今までなら決して信じないようなことだったが、こうして目の当たりにすると、何の疑問も生じなかった。
『うむ。妾は志良那岐比売(しらなぎひめ)、この地に住まう神だ。里との古き契りにより、そなたに福を授けよう。近う寄れ』
「は、はい」
 少年は立ち上がり、おずおずと内陣に近づく。
「どうした、早う」
 女神が初めて口を開いた。透き通った声が響く。その声に招き寄せられ、拓巳は御簾をくぐった。女神を、見上げた。
「ふふ。良い目をしておる」
 少年の顔が、ぼっと赤くなった。だが、本人にはもはや分からなかった。体が熱いのか、寒いのか、重力があるのか、ないのか、それさえ分からなかった。
(すごい――)
 そうとしか言いようがなかった。女神の肌は白磁のように、いや、白磁そのものであるかのように白く、透けるようだった。眼は切れ長。唇は紅く、ふっくらとつややか。一つ一つの部分を形容しようにも凡庸な表現にしかなりようがないが、しかしその気高い美貌は、それだけで彼女が人間ではないと知らしめるに十分だった。そしてまた、その神々しく高貴な美しさの中に、ぞくぞくとするほどの妖艶さが潜んでいた。肌の露出がほとんどないにもかかわらず、体の線などほとんど隠されているにもかかわらず、女神が男の本能を根底から奮い立たせるなにかを秘めていることを、最近自慰を知ったばかりの少年に教えていた。
 女神は微笑すると、腰をかがめた。天冠の瓔珞がしゃらりと鳴った。瞬きもできず硬直する拓巳に、美貌が近づく。女神はくすくすとわずかな笑いを漏らし、さらに顔を近づけた。そして、額に唇が触れる。
「あっ‥‥」
 拓巳の顔が火を噴きそうな色になる。女神はひやりと冷たい指先で目を閉じさせると、そのまぶたにも唇を落とした。右に。左に。頬にも。耳にも。首筋にも。そして――唇にも。
「あ、あ‥‥」
 極度の緊張か、興奮か。唇が触れ合い、離れたとたん、拓巳はくたりとへたり込んだ。それを見て、女神が笑う。
「ふふ‥‥ありがたさのあまり腰が抜けたか?」
 そうでないことは当の女神自身が十分に知っているようだが、拓巳はそれどころではない。事態について行けず、混乱と興奮で息も荒い。女神は身をかがめ、へたり込んでいる少年の顔をのぞき込んだ。
「かわいい奴め」手が耳に触れ、首に触れる。「‥‥福授けはまだ始まってもおらぬぞ」
 白い指が顔をなで、首筋をなぞる。そして拓巳の袖口に入り込んだ。
「う、あ‥‥あ‥‥」
 腕をなぞりながら服の中を這い上がる、手。その先端は襦袢の中に入り込み、彼の胸をなで回す。そして乳首をかりりとひっかいた。
「あうっ」
 かすかな痛みと、今まで知らなかった快感が走る。拓巳は眉を寄せ、喘いだ。半開きになったその唇に、またしても女神の唇が触れる。
「良い声だ」唇は口角に、頬に、耳朶に。「もっと、聞かせよ」
 女神は少年の袖口から差し込んだ右手で彼の背を支えつつ、左手で彼の首筋をなぞった。そして襟元から、手を差し込む。襟がはだけ、鎖骨が、桃色に色づいた薄い胸板が露わになった。半裸になった少年を抱き寄せ、女神は口づけを繰り返す。衣擦れの音。時折漏れる、喘ぎ。
「女神、様‥‥」
 朦朧としながら、拓巳は喘ぎ混じりに漏らした。腕が宙に伸び、何かを抱き寄せようとした。が、力が入らなかったのか、そのままだらりと垂れた。女神はその手を取り、己の首元に添えさせた。少年は弱々しく、その腕で女神にすがりつく。柔らかな衣が、芳香が彼を包んだ。そのまま、息を荒らげながらしがみつき、じっとしていた。彼があと何歳か年を経ていたら、あるいは、彼がもっと早熟なら、どうすればいいかは分かっていただろう。
「拓巳」
 呼びかけに、少年が顔を上げる。目は潤み、顔は上気していた。女神は微笑しつつそのあごを指先で持ち上げる。軽い口づけ、そして――
「んむっ‥‥!?」
 少年に覆い被さるようにして、女神は唇を押しつけ、舌を差し込んだ。何が起きているのか分からず、拓巳は目を白黒させる。それに構わず、舌が彼の口内を這い回る。ぬるぬるとした熱い肉の感触。頭の中心が焼けるような感覚が拓巳を襲った。進入してきた舌先は彼の舌をもてあそび、なぶり、絡め取る。なすがままに口を犯され、拓巳は脱力してゆく。
 じゅる、ぬちゅ、ちゅう‥‥っ。粘液質の音を立て、女神は少年の口を啜った。啜りながら、犯しながら、彼の纏う服を緩めてゆく。白衣を、襦袢をほどく。逞しいとは言い難い体が、蝋燭の薄明かりにぼんやりと浮かび上がる。だが、下腹部には――。
「‥‥ほう、意外だな」
 華奢な体の下腹部からは、パンパンに張り詰めた逸物がそそり立っていた。それは決して華奢ではなく、むしろ十分に逞しさを感じさせる姿だ。色こそ初々しいが、大きさそのものは成人男性と遜色ない。それが若さに満ちあふれた角度でそそり立っている。女神は口づけを中断し、にやりと笑った。
「この顔で、これか。ふふ、将来が楽しみだ」
「あう‥‥っ」
 勃起を指で弾かれ、拓巳が呻く。
「――さて。そろそろ本題に入るとするか」
「‥‥?」
 朦朧とした顔が女神を見返す。
「よもや惚けて忘れたわけではあるまいな。福授けの件だ。そなたが妾から福を授かる覚悟があるか、それを確かめておこう。もう察しはついておるかもしれぬが‥‥妾から福を授かるには、妾と交わらねばならぬ。――ふふ、逸物が反応したな。まあ、それは妾とて楽しみなのだ。ただし、条件がある」
 妖艶、好色な色の濃かった女神の瞳が、にわかに真剣さを帯びた。それにつられ、拓巳も脱力していた体を起こし、どうにか相対した。
「そなたに福を授けるには、交わるには――妾はまことの姿を顕さねばならぬ。今は人の姿を借りておるが、まことの姿はそうではない。そなたからすれば、それは恐ろしいものやもしれぬ。‥‥無理強いはせぬ。断るなら、それはそれでよい。が――まことの姿を見たいと望んだ上で妾を拒めば‥‥少々の報いは受けてもらう。そのような者、これまでいくらでもおった」
 拓巳は女神を見返した。それまで優しく妖艶で、彼を包み込むようにして夢見心地にさせていたとは思えないほど、その目は厳粛なものだった。彼は己が試されていることを知った。己の器が、神に直々に試されているのだと。――ごくり。喉が鳴った。緊張に乾いた唇を舌で軽く濡らし、口を開こうとする。逡巡。「少々の報い」とは何だろうか。死ぬ、のだろうか。怖い。だが、ここまで来て、という意地もあった。しかし、それらより大きかったのは――。
「‥‥神様」
 かすれがちな声を、少年は絞り出した。女神がまっすぐにそれを見据える。
「――よろしく、お願いします」
 沈黙があった。一秒か、二秒か、それよりもずっと長い時間か。
「――そうか」
 女神の表情が和らいだ。
「ならば、妾の姿を見せてやろう。その前に‥‥目を、閉じよ」
 少年は言葉に従い、目を閉じる。するり、するり。はらり、ぱさり。衣擦れの音が闇に響いた。拓巳はじっと待った。何が起きているのかは分かる。女神が衣を脱いでいる――あの美しい、妖艶な女神が。だが、彼の心を満たすのは欲望や興奮ではなく、緊張だった。直前まで、この世のものならぬ美貌に心を蕩かし、見惚れていた少年であったが――今は、神の前に跪くほかなかった。
 衣擦れがやんだ。女神は手を伸ばし、拓巳を立たせた。目は閉じたまま。体が抱き寄せられ、両手が掴まれるのを感じた。手がそれぞれに持ち上げられ、ひたり、と何かに触れた。滑らかな、肌の感触。何かが、指をついばんだ。びくん。拓巳の体が、かすかに震える。唇が、手のひらに触れたのだ。拓巳の手は、女神の肌に触れたまま、手首を掴む力に従ってゆっくりと滑り降ろされる。頬に触れ、首に触れるのが分かった。鎖骨の感触があった。さらに、下へ。柔らかな、そして張りのある、大きな膨らみに触れた。それが何か分からぬほど子供ではない。緊張にこわばっていた顔が、またしてもぼっと火を噴く。
「ふふ」
 女神の含み笑いが聞こえた。手首を掴む力は、下には向かわなかった。そのまま、大きな膨らみに手が押しつけられる。むっちりとした感触が、両手のいっぱいに伝わる。
「揉んでみよ」
 その言葉に拓巳はしばし躊躇したが、従った。
 むにゅう――。
「う‥‥わ‥‥」
 例えようのない感触。指の一本一本が、柔肉にめり込むのを感じた。女神の吐息が、顔にかかる。女神は少年の手首を掴んだまま、胸に押しつけ、揉ませる。しばしそうした後、手首は乳房から滑り、脇腹へ、そして太ももへと導かれた。その時、指先に違和感があった。
「えっ‥‥?」
 彼の手はどこまでもなめらかな肌を味わっていたはずだ。それが、突然つるつるとした硬質の感触に変わった。規則的な段差。少年の動揺を察した女神は、目を開けてそれを見るよう促した。拓巳は従う。暗がりの中、白い肌が浮かび上がる。それが女神の裸身であることはすぐに分かった。だが、彼の視線は美しい女体ではなく、己の指先が触れた物、そしてその先に続いている物を凝視していた。
「鱗‥‥!?」
 蝋燭のおぼろな光に照らされているのは、紛れもなく鱗であった。磨き抜かれたタイルのように照り、その一枚一枚に灯火が映り込んでいる。その鱗の列は、どこまでも続いているかのように見えた。蛇の体。巨大な、白蛇であった。
「へ‥‥蛇‥‥」
「これが妾の姿だ」
 頭上から聞こえる、声。拓巳は顔を上げた。そこにあったのは蛇ではなく、やはり女の姿のままの神。だが、それまで彼が見ていた姿とは大きく変わっていた。髪は白銀の糸になっていた。目は赤い光を放ち、彼を見据える。首筋や目元には、かすかに鱗が見えた。白蛇の女神であった。蛇神は問うた。
「恐ろしいか」
「‥‥‥‥はい‥‥」
「――そうか」
 嘘はかえって災いになると思い、拓巳は素直に白状した。――恐ろしさの他に、沸き起こった感情も。
「恐ろしくて‥‥綺麗です。綺麗で、怖くて、でも、その、‥‥すてき、です」
「――そうか」
 未熟さゆえ、己の感じたことをうまく言葉にできない。もう少しだけでも大人であれば、神々しい、と言っただろうか。だが、女神の視線はそのつたない言葉によって確かに和らいだ。それはむしろ、言葉のつたなさゆえであったかもしれない。蛇神は必死に見上げる少年の頭をくしゃりと撫でた。甲には細かな鱗の並んだ、白い手。その手は少年の頭をかき撫で、胸元に抱き寄せた。頭が、豊満な乳房に半ば埋もれる。
「わ、わふ‥‥っ」
「それで、どうするのだ。覚悟は決まったのか? やめるのか?」
 真っ赤になった拓巳を抱き、頭をぽんぽんと撫でながら。やや笑いを含んだ声で、女神は問いかける。答えは分かったようなものだ、という風情で。もちろん、答えは言うまでもなかった。が、当人はそれをうまく発声できずにいた。巨乳に埋もれているという事態に慌て、しかも口が柔らかい乳肉でふさがっている。もごもごと呻きながら、なんとか顔を出して答えようとするのだが、女神の腕がそれを許さない。顔が上がりかけると、再びそれを胸元に押し込んでしまう。
「ほれほれ、早う答えよ。やめてしまうぞ?」
「ぷはっ、あむっ‥‥! お、おえあい、ひまふ‥‥!」
「うん? 聞こえぬな。ふぅむ‥‥では、こうすれば答えられるか?」
「んうぅーっ!!」
 乳房に押しつぶされた少年が激しく呻く。無理もない。蛇神の指先が彼の股間を襲ったのだ。高ぶりに、白い指が絡みつく。裏筋をなで上げ、なで下ろす。先端の露をすくい取り、普段は包皮に守られている敏感な亀頭に塗り広げてゆく。自慰でさえ刺激が強すぎると感じていた箇所を責められ、拓巳の膝がかくかくと震える。少年は藻掻くこともできず、巨乳と快感に溺れて痙攣する。
「‥‥と、遊びすぎたか。ほれ、しっかりせぬか」
「は、あ、ぅ‥‥」
 ぼんやりとした表情の少年に降り注ぐ、口づけ。少年もそれに礼を返し、ようやく、まともに口を開いた。
「神様‥‥お願い、します」
「よし。ならばそなたに、妾直々に福を授けてやろう。――肩に掴まれ」
 言われたとおり、拓巳は女神の肩を掴んだ。彼の華奢な腰を、女神が抱き寄せる。密着する肌。乳房が互いの胸に押しつぶされ、少年の顔の真下で溢れた。
――くちゅっ。湿った音がした。逸物の先端に、熱く濡れた感触があった。軽く、呻く。
「妾の入り口に触れているのが分かるか‥‥? さあ、入れるぞ‥‥。ふふ、尻に力を入れておけ。すぐに漏らすでないぞ」
 女神は艶やかな微笑を浮かべると、少年の雄物を誘導しつつ、尻を抱き寄せた。
 ぬぷ‥‥。
「あ、ああ‥‥!」
 始めて経験する女体に、少年は大きく喘いだ。言われたとおり、尻に力を入れている。が、持ちこたえられるだろうか。肉の穴に、亀頭が飲み込まれてゆく。亀頭が、竿が。蜜に濡れた襞が、若い雄を抱擁する。張り詰めた竿を伝い落ちる、女神の蜜。青筋の浮いた幹が、根元まで雌肉に埋まってゆく。
「っ、ふう‥‥っ」
 蛇神が息をついた。その瞬間、
「う、あ、あああっ!!」
 ドクンッ!!
「こ、こら‥‥」
 熱い潮が秘肉の中に吹き上がるのを、女神は感じた。
 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ‥‥!
 大きく跳ね上がりながら、若い男根は精をまき散らす。少年はそれをこらえようと必死に力を込めるのだが、初めて経験する女体、しかも女神を相手にそれは無理というものだ。辛抱の甲斐なく逸物は何度となく跳ね上がり、濃い白濁液を存分に吐き出した。
「あ、あふっ‥‥、ご、ごめん、なさい‥‥」
「ふふ。気にするな」
 何度か中断はあったものの、裸になる前から、そして交わる前も、徹底的に興奮させてきた体だ。我慢せよというのがどだい無理なのだ。もっとも、女神としてもこれは織り込み済みのこと。体を震わせる少年を抱きしめ、口づけを。そして、言う。
「くふふ、全く萎えぬな。若い男の子(おのこ)はこれがたまらぬわ。――動け。妾を突き上げよ」
「はぁ、はぁっ、‥‥ま、待って、ください‥‥」
「待たぬ。ほら、腰を、こうやって‥‥な!」
 女神は少年の体を蛇身で抱きしめ、固定する。そして腰を掴み、思い切り引き寄せた。
 ズンッ――!
「うああっ!!」
「あぁうっ‥‥!!」
 同時に起こる、喘ぎ。
 ズンッ、ズンッ、ズンッ――女神に誘導され、少年の腰が不器用に叩きつけられる。そのたびに漏れ、響く喘ぎ声。
「く、はっ‥‥! はあぁっ、あふっ‥‥! よいぞ‥‥そなた‥‥大きい、な‥‥。童と交わっておる気がせぬ‥‥っく、あはぅっ!」
「あうっ、く、ひぁうっ! はぁっ、うあっ‥‥! あ、あああっ!!」
 腰を強制的に動かされ、拓巳は女のように悶える。射精直後の敏感な高ぶりを、熱い肉襞で扱かれ続けているのだ。膝にも腕にも力が入らず、女神の導くままに体を前後させる。幾度もそうしないうちに、またしても射精。だが、苦痛はなかった。女神の抱擁は暖かく、熱く、柔らかい。その淫らな感触に彼は溺れる。もっと味わいたい。もっと、もっと。額に汗が浮かび、流れる。顎を伝い落ち、蛇神の乳房にぽたぽたと垂れた。腕に力を込め、みずから女神に抱きつく。白い首筋に想いを捧げる。脚を巻き、体を支える蛇体がぎゅっと彼を抱いた。普段であれば――正気であれば、という言葉がふさわしいかどうか――、おそらく、ぞっとするような状況だろう。巨大な白蛇に巻き付かれるなど。だが、今の拓巳には嫌悪感などかけらもなかった。滑らかな鱗に、太い蛇身に抱かれることに、彼はこの上ない心地よさを感じた。それは喜びであった。もっと抱きしめられたい。もっと巻き付かれたい。もっと、この美しい蛇神と絡み合いたい。喜ばせたい。
 心がそう思い始めたとき、彼の体は独りでに動き始めていた。その健気な動きに、女神が笑みを浮かべる。
「あ、あふっ‥‥はあ、あは‥‥ぁっ。ふふ‥‥自分で‥‥動ける、か‥‥? っ、はぁ‥‥っ」
「はい‥‥、がんばり、ます‥‥!」
 ぱん、ぱちゅっ、ぱん‥‥。動きはぎこちない。だが、懸命に腰を振る。それが女神を喜ばせることになると信じて。下腹部に力を込め、雄物を一層奮い立たせる。
「あ、はぁ、‥‥っん、はぁ‥‥。そうだ、そこを‥‥。っく、はぁぅ‥‥」
 強制的に抱き寄せていた力を緩め、蛇神は少年に動きを任せる。時折漏れる深い吐息が、冷たい空気に白く曇った。
「こ、こう、ですか‥‥っ、はあっ、きもち、いいです‥‥」
「そうだ、そう‥‥あくっ、あ、はぁうっ! 妾も‥‥よいぞ‥‥。んん‥‥っ」
 紅い瞳に喜悦の光を湛え、女神が微笑む。口づけ。舌を絡ませ合い、口を貪り合う。抱き合い、互いに腰を振る。二人の動きが徐々にかみ合い、互いの快楽を確実に高ぶらせてゆく。肌が染まり、熱を持つ。よだれと汗が流れ、湯気を出す。生々しい男女の契りに、御簾が揺れ、床板がきしむ。締め切られた本殿の中で、女神と少年は絡み合い続ける――。

* * *

 どれだけの時がたったのだろうか。だが、女神と少年は飽きることなく交わり続けていた。
「ああ、はあっ、あうっ‥‥! お、くぉ‥‥おおっ、あはぅっ‥‥!! っく、はあ‥‥っ!!」
 パン、パン、パンパンパン‥‥!
 腰を打ち付ける音は勢いよく、そしてリズミカルになっていた。少年は一夜が明けぬうちに、腰の使い方を覚えていた。乾いたスポンジのように経験を吸収する少年に、女神が喘ぐ。慈しむような、軽い喘ぎではない。重く、深く、鋭い喘ぎ。生々しい雌の喘ぎ。
「はあぁ‥‥っ、そ、そこ、っ、く、ぉお、おおぉ‥‥っ!!」
 びくん、びくん。白磁の体が仰け反り、銀糸の髪が闇に舞った。大きく反った首筋に、少年がむしゃぶりつく。その頭を抱く、白い手が震える。
「たいした‥‥ものだ‥‥。っく、はぁっ‥‥。わ、妾に、何度も気をやらせた男など‥‥そうは、おらぬぞ‥‥」
「はぁ、はぁ、はぁ、‥‥僕も、何回出したか、分かりません‥‥」
 息を切らしながら、抱き合い、絡み合う。深く繋がった箇所からは濃厚な白濁液が溢れ、蛇の鱗を一層てらてらとぬめらせていた。
――ぐちゅっ。
「あふ‥‥っ」
 少年は再び、ゆっくりと根元まで突き刺した。女神が悶える。
「そなた、筋が‥‥良すぎる‥‥。妾の、弱いところを‥‥全部、覚えおって‥‥っく、は‥‥」
「神様‥‥喜んでくださって‥‥うれしいです」
「ふ、かわいらしいことを‥‥」
 口づけ。拓巳も舌を伸ばし、女神の口内に差し込もうとする。それに絡みつく、二叉に分かれた長い舌。くちゅ、ちゅうっ、じゅるり、ぬちゅ‥‥。舌を絡め合う水音。それを伴奏に結合部からも、にちっ、ぐちゅっ、という音が響く。やがて、肉体が打ち合う音に蜜の音はかき消されてゆく。少年の腰が弾む。女を知って急激に成長したように見える肉棒を使いこなし、女神の秘部を存分に荒らし回る。口を犯し合いながら肉穴を犯され、女神がびくびくと震える。
「――ぷは‥‥っ! お、おぉおおっ!! あ、ああ、はぁぁあああっ!!」
 大きく仰け反って息を継ぎ、白蛇が叫ぶ。弾む乳房を揉みしだく少年。性感の詰まった柔肉を鷲掴みにされ、膣奥を乱打され、雌蛇は絶叫する。
「ああ、あっはあぁ‥‥っ! 当たる‥‥っ、はああっ‥‥焼け、る‥‥! お、おぉ‥‥っ!! そこ、そこを、っく、は、あ、ぁ、ぁああっ!!」
 左手では女神の首をかき抱き、右手では乳房を揉みしだく。豊かな柔肉が自在に形を変え、尖りきった先端が快感を求める。耳元の鱗に口づけを。首筋を、鎖骨を甘噛みする。巨乳を根元から持ち上げ、先端をついばむ。それに合わせ、腰を打ち上げる。
「あ、はぁあっ! 深‥‥い‥‥っ! く、おお‥‥!!」
 初めて味わう膣の刺激に震えていたはずの亀頭はパンパンに張り詰め、自信に満ちた突き上げを食らわせる。その衝撃に、そして子供離れした技巧を急速に身につけてゆく拓巳に、女神は仰け反り、よがり、悶え、喘ぐ。巨大な白蛇の下半身も小刻みに震え、熱くたぎる。腕が少年を抱きしめ、その小さな体にしがみつく。熱い口づけを交わす。何度も、何度も。
「女神、様‥‥っ、あぅっ、また‥‥出ます‥‥っ!」
「はぁっ、あはあっ、来い、妾の、奥に、思いきり、‥‥お、おぉ、――っく、おぉぉおおおおぉぉ‥‥っ!!」

* * *

 とぐろを巻いた蛇が鎌首をもたげたような姿勢で始まった交わりだが、今や二人は絡まり合い、床の上でうごめいていた。上になり、下になり。責め、責められ。指で、口で、舌で、互いに秘部をまさぐりあう。二叉の長い舌が肉棒を絡め取り、鈴口を苛んだ。噴き上がる精液を浴び、飲み干す蛇神。それに襲いかかる少年、それを抱擁で迎える女神。女神が快楽に乱れ、少年が快感に咽んだ。肉洞は精液でいやと言うほどに満たされた。口も、乳房も、肌も、鱗も。精液や愛液で濡れていない箇所などない。喘ぎ声。よがり声。床のきしみ。
 女神と少年の交わりは、永遠のように続いていた。だが、あらゆる営みと同じく、それも終わりを告げるときが来る。二人は絡まり合ったまま、ひたすらに唇を交わしていた。まるで恋人と初めて臥所を共にした時のように、あるいは十年来の恋人のように。見つめ合い、唇を交わし、体を抱き合う。
「名残惜しいが‥‥そろそろ終わらねばならぬな」
「‥‥女神様‥‥」
 さすがに疲労を感じながら、拓巳は寂しげに蛇神を見る。体が自然に、その体を強く抱きしめた。
「‥‥無茶を言うでない。――そうそう、忘れるところであったわ」
 女神は微笑み、拓巳の手を優しくほどく。そして体を起こすと、彼の左胸、心臓のあたりに口づけをした。
「約束の福授けだ。この先、妾がそなたを災いから守ってやろう。安心いたせ」
「ありがとう、ございます‥‥。でも、僕は、その、」
「言うな」
 何事かを言おうとした唇を、指先がふさぐ。
「神と人が会えるのは、わずかな時と限られておる。妾はそれを存分に味わい、楽しんだ。そなたもそうであろう。人の身で、それ以上を望んではならぬ。まして、そなたはまだ一度目の巳年を迎えたに過ぎぬではないか。先は長い。早まるな」
「‥‥」
「‥‥そのような顔をするな。去りにくうなるではないか‥‥。そなたはよい男になる。妾が保証してやろう」
 そう言うと、蛇神は立ち上がった。いつの間にか、その姿は半人半蛇ではなく、現れたときの姿に戻っていた。そして身をかがめると、少年ともう一度唇を重ねた。
「――達者でな」
 最後にそう言うと、女神は神座の奥へとかき消すように消える。天冠の瓔珞がしゃらりと鳴り、その余韻が闇の中に溶けた。
 蝋燭が、ジジ、と鳴った。拓巳は気づかなかったが、その長さは女神が現れた時と寸分も変わっていなかった――。

* * * * *

――何かの物音が聞こえたような気がして、拓巳は目を開いた。ぶるっ、と体が震える。外陣の板敷きの上で眠っていたらしい。何時だろうか。ひどく寒い。蝋燭はとうに消え果てていた。
 辺りを見回し、寝ぼけた頭をどうにか起こそうとする。そうしている間に、彼を起こした原因らしき音が聞こえ始めた。足音、それに戸を開ける音など。例の巫女だろう。となると、もう朝なのだろうか、と考えたところで、足音はいよいよ近づき、背後の扉ががたがたと鳴り、開いた。まだほとんど闇と変わらぬ暗がりの中から、案のごとく巫女が現れた。手には懐中電灯。
「おはよう、拓巳君。――あ。あけましておめでとうございます、ね」
 そうだった。夜が明ければ、元旦。
「あ‥‥あけまして、おめでとうございま‥‥‥‥っくしゅんっ!!」

*

 巫女と初日の出を拝んだ拓巳は、小さな社務所でストーブに当たりながら熱い茶をすすっていた。少し熱っぽいが、さっき飲んだ風邪薬は効くだろうか。隣の机には、新しい神札の束。木版で刷られたらしい護符が、紅白の水引できっちりと束ねられ、漆塗りの盆の上に鎮座している。この束が、集落に対する彼の義務だ。とはいうものの、この神札はご祈祷もあらかじめ済ませて用意されていた物である。巳年でなければ、もうすぐやってくるはずの氏子総代らが受け取る役目を負う。そうすると、この御札に関する限り、彼が参籠した意味はよく分からなかった。形式的なものなのだろう。
「あの‥‥どうして、巳年の子供が年籠もりをするんでしょうか」
 やかんで湯を沸かしていた巫女が振り返った。
「村の人たちが、神様と大昔に約束したそうよ。巳年には巳年生まれの男の子が代表でお参りして、神様と直接お話しして、それで、次の巳年までその子とみんなを神様が守ってくださるように、って」
「直接‥‥お話し、ですか」
「拓巳君は神様に会えたかな?」
「よく‥‥分からないです。いつの間にか、寝てしまったみたいで‥‥」
「うふふ、そっか」

 それからしばらくして、氏子総代らが現れた。市内の別の神社と兼務している宮司が祝詞を上げ、拓巳を含めた一同が玉串を捧げ、一年の無事を祈願した。大役を果たした拓巳には、総代から特別にお年玉が渡された。そして一同は巫女に懇ろに礼を言い、白薙神社を後にした。
 一行は車で帰りながら談笑していた。去年はどんな年だった、今年はどんな年になるだろう。いい年になればいいが。そんな話が何度も繰り返される。
 後部座席で揺られながら、しかし拓巳は気もそぞろであった。別れ際、巫女がひどく妖艶に見えた。あの目は、赤くはなかっただろうか。髪が一瞬白く見えたのは、光線の加減だったのだろうか。最後に言われた、「また、な」というのがひどく気になった。そしてそもそも――あの、夢は。

 家に着き、家族との挨拶や朝食もそこそこに、彼は自室で服を脱いだ。
(‥‥!)
 そして見つけた。左胸に、小さな痣があった。それは菱形の、小さな鱗のような――。

(終)

2013年はせっかくの巳年ということで、人外娘系サイトとしてお正月らしいのを書いてみました。が、あまりエロくならなかった‥‥。

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