「まいったな‥‥こんなお堂で夜を過ごすなんて」
翔太はマウンテンバイクを草深い軒下に止めると、心底嫌そうにそうつぶやいた。連休を自転車の旅で楽しもうと思っていたのだが、無計画に過ぎたようだ。自分の脚力への過信と、現実の「田舎」というものの寂れ具合を全く考慮に入れていなかったがためにこのありさまだ。携帯電話も見事に圏外、レインウェアの中もすっかり蒸れてしまい、それがさらに気力を削ぐ。少年の愚痴は小さなつぶやきだったが、その音は湿っぽい堂内いっぱいに響いた。その反響が、さらに陰気な雰囲気を盛り上げる。
「しかたないか。雨がしのげるだけまし、ってことにしよう」
雨がしのげる、と言ったところで、雨漏りも激しい。ところどころは床板も腐り落ちている。その穴の下には水たまりができ、ぴとん、ぴとん、と途切れることなく水音が響く。彼は床を踏み抜かないように注意しながら、雨漏りのないところを探し当て、そこに荷物を置いて座り込んだ。湿気とカビの臭いがつんと鼻を突く。疲れた体はごろんと横になりたいと言っているようだったが、とてもではないがそんな雰囲気ではない。一晩限りだ、多少眠りが浅くても構わない――そう考え、座ったまま休むことにした。
なぜ目が覚めたのか、最初は分からなかった。気がつけば雨も上がっていたようで、破れ天井から月の薄明かりが差し込んでいる。そして――何かが、動いた気配。するすると衣擦れの音がする。彼はうずくまったまま、そちらへ視線を向けた。
――人がいた。それも女だ。か細い月光だけだというのに、その人影が女だと、なぜか彼はすぐに察した。しかしそれを不思議と思っていられる状況ではない。こんな人里離れた荒寺に、こんな夜更けに、なぜ人がやってくるのか。しかも女が。
(まさか――)
化け物。信じていたわけではなかったが、そうとしか思えなかった。
非現実的とも思える選択肢をあっさり選ぶのには、それなりの訳があった。そもそもこの廃寺を宿に選んだのは、途中の売店で教わったからだ。アルバイトの女の子は「雨はしのげるだろうけど、危ないよー。あそこは“出る”んだって」――そう言っていた。もちろんその時は信じなかったし、今となっても証拠があっての判断ではない。しかし、なぜか彼はほとんど確信していた。
女は艶やかな着物を着ていた。そして裾を引きずりながら、彼の方へと向かってくる。するり、ずるり、と衣擦れの音。ぎし、きしり、と鳴る床板。顔は闇に隠れて見えない。彼は息を殺していた。
ぎしり。
女が一歩を踏み出した。月光が、その顔を照らし出す。月明かりに浮かぶ肌は、病的なまでに白い。そして、いやに紅い唇が見えた。にぃっ、と笑みを浮かべる、女。血を思わせる舌が、ちろりと蠢いた。
(来るな‥‥っ!)
少年は目を見開き、女を睨んだ。それが効くとも思わなかったが、他に武器はないのだ。しかし意外なことに、女は近寄るのをやめた。しかし、引き下がるわけでもない。切れ長の目の端に彼を留めたまま、進路をわずかに変えた。
きしり。ぎしり。するり。ずるり。
女はゆっくりと歩く。彼の前を通り過ぎたが、いやな笑みを含んだ視線は彼の体にまとわりつく。少しでも近づいてくるようなら、新たな対応をしなければならない。しかし、下手に動くのはさらに危険だ、という本能的直感が彼の体を縛っている。幸い、女が近付く気配はない。一定の距離を保ちつつ、彼の回りをゆっくりと歩き回るだけだ。彼は気を抜かず、女の姿を目で追った。――もはや手遅れだというのに。
「な‥‥なんだこれ‥‥っ」
彼がうめき声を上げたのは、それから間もなくのことだった。それまで一定の距離を置いていたはずの女が、徐々に距離を詰め始めたのだ。彼は後ずさろうとした。その時に、やっと気付いたのだ。
――体が、動かない。
体を動かそうにも、何かに縛られたかのように動けない。全身が動かないわけではない。今の、うずくまった姿勢が解けないのだ。うずくまったまま、見えない糸でがんじがらめにされたように。
女が、笑った。唇を歪め、舌なめずりをして。その邪悪な笑みが妖しい美貌いっぱいに広がり――彼女は襲いかかってきた。
「は、離せ‥‥っ!」
肩を掴まれ、勢い良く床に押し倒される。身動きが取れない状況だとはいえ、その力は外見から想像されるよりも遥かに強い。
「どうして逃げなかったのかしら‥‥? ふふ、襲って欲しかったの‥‥?」
女が初めて声を出した。その声はつややかで、しっとりとした色香を乗せ――それでいながら、どろりとした昏さがあった。
「“出る”って、聞いていたんでしょう‥‥知っていて、泊まったなら――それなりの歓迎をしてあげるべき、ね」
そこまで言うと、唐突に彼の唇を奪った。美女に押し倒され、口づけを強制される‥‥高校生ならずとも、男ならば誰しも一度は憧れる状況。翔太も例外ではない。しかし、その現実に直面すると、熱い口づけを楽しむどころではなかった。身動きできないままのディープキス‥‥女性経験のない彼にとってあまりにも鮮烈な行為だが、状況が状況だ。動けないながらも足をばたつかせて抵抗する。しかし女はびくともしない。そのまま、舌で彼の口をかき回し、唾液を流し込む。
「っく、んくっ‥‥んむ‥‥っ‥‥はぅっ‥‥」
翔太の呻きが変化を帯びるまで、そう時間は掛からなかった。焦点がぼやけ、頬が紅潮する。それを明敏に感じ取った女は、すっと唇を離した。少年の舌は彼女の舌と唇を追いかけようとしたが、引き離され、名残惜しそうに口内へと戻る。
「ふふ、初めてだったのね‥‥かわいいわ‥‥。でもね、楽しい初体験を味わわせてあげるつもりはないの。もっと怯えて、震えて、それでも興奮を抑えきれずに射精してしまう――そういう初体験を教えてあげるつもりだから‥‥ふふふ‥‥」
頬に掛かる髪を掻き上げ、真っ赤な唇を舐めてみせる。警戒心の薄らいでいた翔太は、その仕草に股間をびくんと振るわせる。それはいつの間にかパンパンに張り詰め、先走りがズボンに染みを作っていた。
「ふふっ、もうこんなにしてるのね。じゃあ‥‥私のあそこも見せてあげる」
見せてあげる、という言葉に、翔太の顔がぼっと赤くなる。だが、女は彼が予想したような動きをとらなかった。彼女は少年に覆い被さったまま動かない。だが、彼の足は異常な感触をはっきりと感じ取っていた。
女の脚が動く――いや、形を変えている――。
着物越しに触れていた脚が、脚ではない何かに姿を変えていく。巨大な何かに。だが、彼の目に映るものは変わらない。白い肌の女が、紅い唇にいやらしい笑みを浮かべているばかり。胸元は半ばはだけ、魅惑的な谷間を見せつけている。だが、彼の意識は急速に回転、いや、混乱へ陥ってゆく。キスで蕩けていた意識が凝固し、凍り付く。――甘いキスに蕩けている場合などではなかった、ということに今さら気付くが、遅すぎる。
「は、放して‥‥放せ‥‥っ!!」
「だめよ。まだ始まったばかりなんだから‥‥」
そう言って上体を起こし、帯をほどいた。黒地に金糸と銀糸で蝶と蜘蛛の巣をあしらった着物がはらりとはだけ、かび臭い床に流れる。白い肌、豊かな乳房が薄明かりに浮かび上がった。怯えてはいても、その豊かな膨らみに少年の視線が吸い寄せられる。が、それも一瞬のこと。
「うふふ‥‥どう、素敵でしょう‥‥?」
「ひっ‥‥!!」
息を呑む。彼の視線の先――それは、艶やかに色づいた女の花びらではなかった。その下だ。
――巨大な、何か。薄暗く、はっきりは見えない。しかし、大きく、丸い。そしてそこからは多くの脚が生えている。その内の一本が、彼の目の前に迫った。
月明かりに照らされ、それは硬質の表面を露わにした。鈍いつやを放つそれは、長く、鋭く、何箇所かに節がある。
「く、蜘蛛‥‥っ!!」
引きつった声が、ようやくそれを口にした。彼の上にのしかかるようにしているのは、蜘蛛の化け物だったのだ。相手のおぞましさにパニックを起こし、少年はばたばたと暴れる。だが、手も足も相変わらずほとんど動かない。その抵抗は芋虫同然。それこそ、蜘蛛の巣に掛かって糸にくるまれ、あとは食われるだけになった虫のようだ。
「くふふ‥‥期待通りの反応をしてくれるわね‥‥。今は怯えていても、その顔が快楽でぐしゃぐしゃになるのよ。でも、その前に――」
蜘蛛の足先で少年の頬を軽く撫でると、その脚をつうっ、と滑らせる。首筋から胸元、腹、そして股間へ。布地の上から、針でなぞるような感触が体を走り抜ける。
「あら、縮んじゃったわね。まあいいわ‥‥」
つい数分前まではぎちぎちに張り詰めていた部分も、恐怖にすくみ上がっている。が、蜘蛛女はそれを気にすることもなく、鋭い足先で股間部分を撫でさする。そして縮こまったそれを驚くほど器用に取り出した。
「私を警戒していたのに、キスだけで先走りを垂れ流していたでしょう‥‥ふふ、男はそういう生き物なのよ」
そう言いながら服を脱がせ、上体を少年に覆い被せる。むっちりとした双丘が、彼の胸板をかすめ、首の辺りで向かい合う。目の前には妖艶な美貌と、形の良い紅い唇。ぬらり、と唾液を纏った舌がその唇を舐めた。
顔が近付く。相手が蜘蛛の化け物だと言うことを、翔太は早くも忘れそうになっていた。乳房で視界が遮られているとはいえ、それほどの美貌だった。
「怯えて、萎えていても――」顔がさらに近づき、豊かな膨らみが彼の胸に触れる。「――男は、堕ちるの」
「んんぅっ!」
口づけ。妖女は再び、彼の口を蹂躙する。まるで録画を再生するかのように、完全に同じやり方で。その口づけに、翔太の官能が呼び覚まされる。相手の正体が分からず、それでいて溺れそうになっていたさっきと状況は違う。だというのに――彼の欲情は再び掘り起こされていた。しかも、先ほどよりも深く、鮮烈に。ある種の魔力が籠もった口づけが、彼の本能の奥深くに官能の回路を刻み込んでいたのだ。
「‥‥ほら、堕ちた」
唇を離し、妖女は嘲う。――その言葉の通りだった。少年のペニスは、もうぎちぎちに張り詰めて腹部に張り付かんばかりに立ち上がり、さっきと同じように先走りを湛えている。その透明の液は滴を膨らませるだけではなく、もう糸を引いてしたたり落ちていた。顔もひどいありさまだ。熱に浮かされたように桃色に染まり、半開きになった口から湯気を立てそうな息が、はっ、はっ、と溢れている。目は切なげに潤み、妖女の慈悲を乞う。蜘蛛女は少年の様子に満足げな笑みを浮かべた。くすくすと蔑むような、だが扇情的な笑い声が翔太の耳をくすぐる。音の愛撫に、彼のたかぶりはまたしてもびくんと跳ねた。
「くふふ‥‥じゃあ、食べてあげるわ‥‥」
淫らに眼を細め、白い腕で彼の体を抱き起こす。そして脚を二本用いて、その体を宙に浮かべる。そそり立った部分が、振動でぽたぽたと透明の液をこぼした。濃い赤色になってはち切れんばかりのその先端が、妖怪の秘裂――妖美な上半身と、不気味な下半身の境――に接した。
(あ、ああ‥‥食べられる‥‥っ)
かすかにわき起こる恐怖感。だが、もう堕ちた少年にはその程度でしかなかった。
亀頭が、その肉の裂け目に触れた。熟れた淫唇が、それを迎える。
「う、あ‥‥!」
とろり、と熱い蜜が肉茎に絡まり、伝い落ちた。まるで舌で軽く舐められたかのように、少年が震える。そして、淫唇がたかぶりをたぐり寄せ、呑み込んでゆく‥‥。
「くぅうっ!? あ、あああっ!!」
叫ぶ。硬い脚に腰を抱え込まれたまま、翔太は体をのけぞらせて叫んだ。
「あは‥‥ぁん‥‥。どう、私の中は‥‥。気持ちいいでしょう‥‥くふふ、そうね、言葉が出せないほどに、いいでしょ‥‥ふふふふ‥‥!」
(な、なん、だ‥‥これっ‥‥!!)
高圧電流を流されたかのように、少年の体は跳ね回る。手足は動けないまま、その先端をこわばらせて震える。
凄まじいまでの、暴力的なまでの悦楽。煮えたぎる肉粒が隅々までまとわりつき、吸い付き、絡み付く。まるで意志があるかのように――いや、確かに意志を持っていた。ありとあらゆる刺激によって、彼の精力を根こそぎ奪おうとしている。奥へ奥へとたぐり寄せ、引きずり込もうとする。
だが、そこから逃れる方法はない。蟻地獄に落ちかけた蟻ならば、運が良ければ自力で脱出することもできる。蜘蛛の巣に掛かった虫も、大きさにもよるだろうが、逃げられる場合もある。彼の状況はそれ以下だ。手足は動きを封じられ、おぞましい脚で体を抱え込まれている。だが――仮に手足が自由だったなら、彼は逃げられただろうか。逃げようとしただろうか‥‥?
「がっ‥‥ぎっ‥‥きもち‥‥いいっ‥‥!!」
口角から泡を溢れさせる少年が、初めて漏らした意味のある言葉――それは快楽の表明だった。
「ひぃ、っ、いい‥‥っ! す、ご‥‥ひぃ‥‥っ!!」
叫びとも悲鳴ともつかない喘ぎ。見開いた目からは涙が溢れている。その涙を、蜘蛛女は紅い舌で舐め取った。
「くふふふ‥‥もっと鳴きなさい‥‥。イきたくて、イけなくて、狂いそうでしょう? それでいいのよ‥‥もっと、もっといい声で鳴きなさい‥‥!」
「っくううぁぁっ!!」
顔を左右に振り、泣き叫ぶ。女の言葉で、少年は狂いながらも初めて気付いた。――射精できないのだ。腰も脚も震え、わなないているというのに。尿道をふさがれているわけでも、ペニスの根元を縛られているわけでもない。にもかかわらず、射精できない。まるで射精という機能そのものを奪われたような感覚。沸騰する快楽だけが下半身に渦巻き、全身を灼く。
「な、なんで、なん、で‥‥っ!?」
哀願同然の問いに、蜘蛛女はまたしても笑う。
「射精を許していては坊やの身がもたないからよ‥‥。坊やのあそこに、少々の呪力を込めた糸を巻いてあげたから――私が許すまで、鳴き続けなさい」
「そ、そん、なっ‥‥ひぐぅううっ!!」
「あっははははは!! ほらほら、鳴きなさい、もっと、ほら‥‥!!」
残酷な哄笑が響いた。そして少年をさらに狂わせるため、巧みに脚を操る。硬い脚で抱きかかえているが、その力を絶妙に加減するのだ。芋虫のようにもがく犠牲者の動きと、その脚の動きが相まって、彼のたかぶりは不規則な震えや動きで魔性の肉壺の中で暴れ回ることを強制される。それだけではない。魅惑の乳房が彼の胸に押しつけられ、妖艶な唇が彼の口をまたしても犯し尽くす。紅い爪が背筋をかすめる。時には鋭い脚先が陰嚢の裏を引っ掻く。
(ひっ、きもちいいっ‥‥!!)
後ろ手に縛られ、抱きしめられたまま、ビクンビクンと痙攣する少年。目は白目を剥きかけている。狂い続ける彼を、妖女は嗤い、あざけり、挑発し、苦しめる。その責め苦は永遠に続くかと思われた。
* * *
それから一時間。
「あ、ぐお、あぶっ‥‥おご‥‥も゙ぉ‥‥ゆ‥‥」
喘ぎ、よがり続けていた少年だが、その様子は疲労の度合いを強めていた。言葉は不明瞭になり、濁った声と共に唾の泡が飛び散る。溢れる涎が女の胸元を濡らし、月光にてらてらと光った。
「い、ぎひっ‥‥い、が、ぜて‥‥!!」
「聞こえないわ‥‥ぁんっ‥‥」
必死に絞り出した声を、妖女は無視する。彼女は相変わらず一方的に少年をいたぶり貪っていたが、しかしその様子は全く変わらないというわけではなかった。この闇の中ではほとんど分からないとはいえ、肌は桃色を帯び始め、うっすらと汗が滲んでいる。この少年の力で彼女に十分な性感を与えることは無理だが、しかし彼をこうして長時間抱くことで、彼女の体にも確かに快感がわき起こっているのだ。が、この状態では翔太がそれに気づきさえもしないのは当然のことだった。
「だ、させて‥‥だ‥‥さ、せ、てぇ‥‥!!」
うわごとのように叫ぶ。声帯がつぶれかけているのか、声はかすれ、とぎれがちになっている。
「まだよ‥‥く、はっ‥‥まだ満足できないわ‥‥」
――女の声にも確かな変化が現れた。あざけりが消え、貪欲さが増す。彼女は肉襞で味わうだけではなく、ピストン運動を求めはじめた。少年の上半身を腕でぎゅっと抱きしめてその体を固定すると、腰を支える脚の力に強弱を付ける。動けない翔太の代わりに、自分で翔太を動かすのだ。いわば、生身の少年を使ってのオナニー。
「はぁっ、はぁっ、いいわ‥‥思ったより、いい‥‥!」
「あぐっ、ぐぁうっ、はぐっ‥‥!!」
喘ぐ蜘蛛女に合わせるように、苦悶の声を挙げる翔太。しかしもうその顔は堕ちきっていた。喘ぎながら、自らを貪る妖女にすがりつこうとしている。手足の動きを封じられているのが苦痛だった。初めは逃げようとしても逃げられないという苦痛。今はもう――女怪を抱きしめられないという苦痛。そして、それに気付かない相手ではない。
「あぁ、はぁっ、‥‥どうしたの‥‥抱きしめたいの‥‥?」
上気した顔に慈悲と嘲りをない交ぜにした笑みを浮かべる。少年はがくがくと頷いた。
「いいわ‥‥腕は自由にしてあげる」そう言うや、脚の一本が彼の手首あたりをまさぐり――戒めの切れる感触が少年に伝わった。迷いなく、あるいは本能的に、彼の腕は妖女にしがみつく。
「はぁっ、あぁっ‥‥くふふ、少し動きやすくなったでしょう‥‥あ、ぁん‥‥腰を動かしなさい‥‥私をイかせたら、許してあげるわ‥‥ああっ! はぁん、く、あはぁっ!」
しがみつき、かくかくと腰を振りたくる少年。それはどう見ても不慣れで、不格好で、情けない動きだ。彼はもうほとんど泣いていた。凄まじい快楽はそうでなくても限界を遥かに超えているのに、蜘蛛女の動きと自らの動きのせいで極限に達している。それでも腰は止まらない。絶頂に達させれば射精を許してもらえる、という言葉に期待してのことではない。文字通り、止まらないのだ。腰が勝手に動き、貫き、かき回そうとする。彼の生存本能が、もうこれまでだと判断して動いているかのようだった。目の前の美女に、自分の遺伝子をありったけ注ぎ込もうとするかのように――それは命を育むことなく、妖女の糧になるだけなのに。
「ああっ、はぁっ、ああぁあっ!! いい、いいわ坊や、っく、あぁっ、‥‥思ったより、ずっと、っく、あぅっ!!」
張り詰めきった亀頭がゴツンゴツンと肉壺の奥を叩く。その衝撃に、蜘蛛女ははっきりと歓喜の声を上げはじめた。結合部から溢れ出る液は白く濁り、泡立ち、にちっにちっと卑猥な音を上げている。つややかな唇が大きく開く。頭をのけぞらせた瞬間、その端から一筋の唾液がこぼれ落ちた。鋭く尖った犬歯が月光に光る。
「う、うそ‥‥い、イ‥‥き‥‥そう‥‥! こ、んな‥‥こども、あいてに‥‥」
彼女が喘げば喘ぐほど、翔太は腰を強く突き込んだ。意志ではなく、雄としての本能のみに従って。そしてその本能の判断は確かに正しかった。蜘蛛女の声はさらに高揚してゆく。余裕を見せつけ、嘲うばかりだった眼と口に、紛れもない快楽の証が浮かぶ。形の良い巨乳に、艶めかしい首筋に、じっとりと汗が浮かぶ。少年を抱きしめる指先に力が入り、赤い爪が背中にぎりぎりと食い込む。そしてついに。
「イく、イく‥‥イくわ、ああ、っく――イくぅううっ!!」
「あぐうぅううううっ、ぐぁうううっ!!!!」
ブシュウゥゥッ!!
鋭い叫びが連続し、ついに妖女は達した。同時に、歯を食いしばった叫びが響き渡る。いたぶられ続けたペニスが、猛烈な勢いで精子を噴出させる。開放感のままに、その肉筒はありったけの白濁液を女妖怪の胎内にまき散らす。
ぶびゅるっ、どびゅぅっ、ぶちゅっ、ぶちゅっ‥‥!
「あ、あぐ、ぎ、ひぃいっ‥‥!!」
呻きながら、痙攣しながら、彼のそれは精液を噴き出し続けた――。
「あぁ‥‥あふっ‥‥。ふふふ、まだ出てるわ‥‥びゅくびゅくって、音を立てそうなくらいに‥‥はぁぁっ‥‥」
蜘蛛女は少年を抱きしめ、彼の耳元で囁く。グロテスクな怪物ではあっても、その声はたまらなく扇情的で、そして卑猥だ。だが、彼の耳にその響きは届かない。
「うあぁっ、あああっ、くはぁっ‥‥!」
射精が始まって、もう一分近くが経つ。しかし彼は荒い息づきとともに、苦悶とも快楽ともつかない喘ぎを上げるばかり。目を見開き、背をのけぞらせ、がくがくと震える。廃人になる寸前の快楽に心身を灼かれ、その余波が荒れ狂う。死にかけの魚のようにビクンビクンと痙攣し、腕の中で跳ねる。紅い唇が、ピンクに染まった少年の首筋にキスを降らせる。何度も、何度も。
ペニスが吐き出せるだけの精液を吐き出したのを味わうと、蜘蛛女は彼の体を床に下ろした。それでも痙攣は止まらない。呻きながら廃寺の床を跳ね回る。女妖は乱れた髪を掻き上げながら、それを目の端でちらりと見遣り、舌なめずりを。白濁液をたっぷりと搾り取った秘裂に手をやり、溢れる精液をすくい取り、舐める。
「くふふふ‥‥子供じゃ満足できないと思っていたのに、意外なこともあるのね‥‥。――つまみ食いで済ませるつもりだったけど、気が変わったわ。うふふ‥‥ほぉら‥‥もう一度抱いてあげる‥‥。大丈夫よ、ちゃんと勃たせてあげるわ‥‥」
「ひ‥‥!」
蜘蛛女は貪欲な笑みを浮かべると、もう一度翔太に覆い被さる。消耗しきった少年も、交接の最中は失っていた理性を取り戻し、必死に逃げようとする。が、あれだけ激しい交わりを経て、しかも大量の射精をした体がうまく動くはずもない。一メートルも逃げられないうちに追いつかれ、押し倒される。だが、その時。
「そこまでだぞ。まったく‥‥はしゃぎすぎにも程がある」
制止する声が響いた。落ち着いた‥‥いや、呆れた様子の女の声だった。蜘蛛女はその声に一瞬体を止めたが、気を取り直したように翔太に覆い被さり、口づけをした。またしても震える、少年の体。が、再び制止が割って入る。
「いい加減にせんか、姫御。順番だと言っただろう」
「あら‥‥いいじゃないの、もう一口頂くだけよ‥‥」
蜘蛛女は背後にちらりと視線をやり、悪びれずに答える。手は早くも股間に伸び、一度萎えたそれを奮い立たせようと巧みに動き始めている。その返答に、新手の声は忌々しげに唸る。少年は疲労と余韻、官能、そして遅まきながら帰ってきた恐怖に朦朧としながらも、その声に注意を傾けた。不快さを十分に滲ませた発言だが、その不快さというのは残虐行為を制止するためではなく――どこかに焦れたような、妙な響きがある。このまま絞り殺されるのはとりあえず一時中断されたようだが、この新手も信用できない――少年は半ば以上覚悟を決めながら、そう感じた。
「もう一口、か。‥‥ぬしのことだ、その『もう一口』で全部平らげるつもりだろう」
「それくらい良いじゃない‥‥あなたは安アパートでいつもの彼に遊んでもらえば?」
「ぬしこそ続きは自前のペットで楽しめばよかろう。最初に決めたはずだ、獲物は山分けで楽しむこと、殺さないこと。『順番を
守って楽しく 逆レイプ』――これが標語だろう」
「‥‥間抜けな標語ね」
(‥‥いったい何の話なんだ!?)
妖怪に襲われ生命の危機に瀕していると思っていたら(実際その通りなのだが)、順番だの標語だの、およそ緊張感のない話題になっている。
そんな彼にお構いなく、女二人は言い合いを続けていた。が、それは長続きはしなかった。
「もう、仕方ないわね‥‥」
蜘蛛女は名残惜しそうに体を離す。乳房が目の前で揺れる。
「美味しかったわ、坊や。命ごと全部食べてあげたかったけど、それは次の機会にするわね‥‥」
彼の耳元にキスを残し、艶然と含み笑いを残しながら彼女は闇へと溶けていった。
(た、助かった‥‥)
安堵のあまり、大きく息をつく。だが、その息がゆったりと静まることはなかった。先ほどの新手の声が、急に近づいてきた。
「悪いな、少年。連れがずいぶん無茶な楽しみ方をしたようだが――今度は私の番だ」
舌なめずりでもするような響きがあるが、その声はさっきまで彼を好きに抱いていた蜘蛛女のものよりもいくらか優しげに聞こえる。しかしながら、暗闇から現れ出たその姿はやはり異様なものだった。四つ足の動物と人間の上半身、それと鳥の翼を組み合わせたような――
「ス、スフィ――もごもごっ」
「皆まで言うな。ここは鵺(ぬえ)だということにしておいてくれ」
何か都合でも悪いのか、決まり悪そうに苦笑する。その顔はさきほどまでの妖女とは異なり、残虐さは感じられない。どちらかというと知的な、あるいは少々お茶目な感じがしなくもない。が、見逃してくれる様子は全くなかった。
「さて、もらうぞ――と言いたいが、萎えているか‥‥。姫め、むちゃくちゃな絞り方をしたな。‥‥しかたない、あまり使いたくはなかったがこれを飲んでもらおう」
そう言うと、髪留めの中から一つの玉を取りだした。薄赤く輝く、直径一センチ弱の玉。
「知り合いから買った強壮剤だ。安心しろ、いちおう安全性は確かめてあるそうだからな。試作品は幽体離脱するほどの副作用だったそうだが‥‥まあ大丈夫だろう。‥‥んっ‥‥」
なんとなく不安になる説明を手早く済ませ、鵺はその丸薬を口に含むと、一気に翔太の唇を奪った。そして舌と唾液とともに、それを流し込んでくる。翔太の舌も抵抗はするが、顎を掴まれていては抵抗にならない。あっという間に呑み込まされてしまった。――異変が起きたのは、その直後だった。
「う、あ、‥‥はぁっ、はぁあっ‥‥!」
顔を紅潮させ、翔太は喘ぎ始めた。熱っぽい息をつき、呼吸を整えようとする。しかし異変の主な内容はそこではない。彼の股間だ。
「‥‥なるほど‥‥。くどい能書きも伊達ではない、か」
視線の先では、少年のペニスが再びいきり立っていた。指一本も触れていないというのに、たっぷりと愛撫を受けたかのように赤黒く張り詰め、びくびくと女の肉を欲しがっている。鵺の眼がすうっと細くなった。
「さっきの姫ほどの快楽は与えてやれないが、それでも並みの女よりはずっと感じさせてやる。ふふ――ほら、私のここも期待しているんだ‥‥ぁっ‥‥んっ‥‥」
鵺はゆっくりと腰を落とし、ぎちぎちに硬くなった彼の逸物を呑み込んでいく。そして、彼をいたわりながらも貪っていった‥‥。
* * * * *
「な‥‥なんなんだ、このお堂‥‥」
それから三時間にわたって、彼は次から次へと現れる妖怪に犯された。どの妖怪も、なぜか女だった。蜘蛛、鵺に続き次々に現れる異形の女たち。首の長い――いわゆるろくろ首には、身体を巻かれながら股間をしゃぶり尽くされた。さらに、天井から美女の顔が下がってきたかと思うと、生き物のようにうごめく髪で絡め取られ、毛穴の隅々に至るかと思うほど隙間のない愛撫を受け、射精を強制された。もう、人間でないなどということに怯えている余裕はない。むしろもっと直接的な、生命力としての精力に危機感を覚えていた。妖女たちも彼が死なないようには加減しているようだが、なぜ加減しているのかも謎だった。しかし、ようやくその饗宴も終わったらしい。全裸のままかび臭い堂内に転がされ、彼は茫然と天井を眺めていた。
ぽたん。――水音がした。
(雨か‥‥)
ぽたん。ぽたん。堂内に水音が響く。動く気力もなくなっていた少年だが、さすがに疲労の上に濡れて体力を消耗する気はない。疲れ切った体を動かし、ずるずると移動する。普通であれば触るのも嫌な汚らしい床だったが、今さら気にもならない。手や膝を埃で汚しながら、雨漏りのなさそうなところを探す。その時、崩れた壁から月が見えた。
(‥‥月?)
月は涼しげに冴え渡り、当たりを見渡している。風に草木の揺れる音が響いた。
ぽたん。
水音は続く。雨など降っていないのに。そう言えば雨が降っていたときも雨漏りはひどかったが、これほど気になる音がしただろうか。
ぽたん、ぽたん、ぱたん。
(‥‥っ)
ぽつん、と滴が額に落ちた。反射的に手をやる。汚れた手に、濡れた感触。
「‥‥なんだ、これ‥‥」
単なる水かと思ったが、何かが違う気がした。雨水のようなさらさらとした感触ではなく、どこか粘性が感じられる。不思議そうに首をかしげていると、水音はさらに頻繁になりはじめていた。滴の正体は分からないが、このままではずぶ濡れになる。そう考え、彼がずるずると移動しようとしたその矢先。
ぽたん、ぽたん、ぼたっ、ぱたたっ――
滴の音はさらに激しくなる。見る間に、まるで堂内で雨が降っているかのように滴が降る。もはや雨漏りなどと言えるものではない。彼を取り囲むかのように降り、そして彼の上にまで降り注ぎ、溜まりはじめた。しかしそれは雨と異なり、あっさりと染みこんだり流れたりする様子がない。慌てて逃げようとするが、粘液状の滴に手足を取られほとんど移動もままならない。そのことでさらにパニックになるが、慌てれば慌てるほど手足は滑る。四つんばいになってから立ち上がろうとしたがバランスを崩し、粘液だまりの中に顔から倒れ込んでしまう。意図しない方向へ手足をとられて肩を打ち、傷みが走る。そうしている最中にも粘液は降り続ける。彼は尻餅をついた姿勢になってずりずりと這うようにして後退した。その方がまだしも安全で効果的だ、という直感的な理解だ。だが、そうすることで初めて見える物もあった。
足元から腰にかけて、すでに粘液がたっぷりとまとわりついていた。いや、まとわりついているというような生やさしいものではない。積もり、溜まった粘液は半ばゼリー状に盛り上がり、その中に下半身が取り込まれていると言った方が状況として正確だ。
「うわあっ!? は、離れろっ!!」
恐慌状態になり足をばたつかせる。しかし粘液はほとんど飛び散りもせず、さらにまとわりつき、塊は大きくなってゆく。そして――
「ああん‥‥そんなにかき回されては感じてしまいますわ‥‥」
響いたのは、女の声。翔太は愕然とした。粘液の塊はその声に合わせるかのように一気に形を変えてゆく。じゅるじゅると集まり、盛り上がり――見る間に、粘液は女の姿を腰の上に形作った。
「ひぃ‥‥っ!!」
ただでさえ混乱し憔悴していたというのに、新たな化け物に翔太は悲鳴じみた呻きを上げる。どろどろ、じゅるじゅると粘液は形を変え、女の形はさらにはっきりとしたものになってゆく。「女の姿を思わせる粘液の塊」が、「粘液でできた女」になってゆく。目鼻もはっきりし、手足や曲線に富んだ体も現れた。
「うふふ‥‥夜明けはまだですわ。たっぷり搾り取って差し上げますから、そのつもりでいらして‥‥」
「や、やめ――」
やめろ、と言いかけた言葉は封じられた。女の手が彼の手を塞ぐ――と思ったときには、唇、歯を一瞬で突破したゲルがなだれ込む。吐き出そうにもまったく手に負えず、食いちぎろうとしても歯や唇程度では意志を持った粘液を防ぐことはできない。そして必死の抵抗も緩慢になってゆく――またしても。そう、初めに蜘蛛の妖怪に抱かれたときから――彼の口内粘膜は過敏になっていた。ゲル状の手が彼の口内をかき回し、歯茎や舌に吸い付き、粘膜すべてをまさぐる。普通であれば反射によって吐き気を催すほどの奥へも軽々と入り込み、巧みな愛撫を披露する。少年は苦しげな呻きを上げるが、しかし身体は苦しげではなかった。
「あらあら、素直なものですわね」
粘液女は片手で翔太の口をもてあそびながら笑う。笑いながら、彼の股間へそっと手を伸ばす。
「こんなに勃起していただけるなんて、光栄ですわ‥‥うふふっ、お腹に張り付きそうですわよ‥‥」
その言葉通りだった。くすくすと笑いつつ、女は腰を上げて彼のいきりたった肉棒を掴み、足の方向へぐっと押さえ込み――手を放す。勢い良く跳ね上がったそれは、腹に当たってビタンッと大きな音を立てた。妖女はそれを繰り返す。
「くふふっ、たまりませんわ‥‥もごもご言いながら、ここをこぉんなにしてるなんて‥‥。わたくしもお口でいただこうかしら‥‥それとも、もうわたくしの中に入れたくてうずうずしてらっしゃるの?」
勝手な言いぐさに少年はぶんぶんと顔を横に振ったが――
「‥‥女を前にしてずいぶん失礼なことをおっしゃるのねこんなに勃起させながらそういうことを言って良いとお思いなのかしら許せませんわ失神するまで責められるのがお好きならそのようにして差し上げますから覚悟なさって」
明らかに気分を害した声が低い早口でまくし立てる。もごもごと唸りながらも彼は自分の行動が悪い方向へと舵を切ってしまったことを知った。しかし、どうしようもない。あの場で嬉しそうにうなずくことなどできるわけがない。疲労も溜まり、何と言ってもこれ以上化け物――夕方までは存在すら信じなかった者達――に犯され続けていては、心身が壊れてしまう。ただ、ただ、助けて欲しい。しかし助けはありそうになかった。かつては仏像が安置されていたであろう堂の奥を見ても、黒々とした闇がわだかまっているだけ。
だが、心は怯えていても、身体は興奮の極限にあった。怪しげな丸薬を鵺に飲まされたせいか、それとも妖女達に間断なく責め立てられて興奮状態が刻み込まれてしまったのか、あるいはその両方なのかは分からない。そのそそり立つペニスを――粘液女は下半身を液状化させて取り込んだ。
「――っくああぁあっ!!」
ドビュッ、ブビュッ、ドグッ、ドクン――
「はぁあっ、うああっ!!」
叫びながら精液をまき散らすまで、わずか数秒。
「あはぁんっ‥‥うふふ、くふふふふ‥‥」
少年の悲鳴じみた喘ぎに、妖女は卑猥な含み笑いを漏らすばかり。
粘液の身体は、それまで少年に与えられてきた肉質の快楽とは全く異質だった。ぬめる身体はひんやりとしていたのに、その中は驚くほど熱い。そして、染みこむような、あるいは溶かされるような感覚に襲われる。撫で、揉み、嬲り、舐め、吸う――肉の体を持つ存在に可能なすべての刺激が同時に加えられ、さらに肉の身体にはできない刺激を織り交ぜて襲いかかる。彼の身体の、取り込まれている部分すべてがペニスになったような錯覚がわき起こる。悩乱する少年の心を見透かしたように、粘液女は言う。
「全身がペニスになったような気分でしょう‥‥? ふふっ、もっとイかせて差し上げますわ‥‥ほぉら‥‥腰まで取り込まれましたわよ‥‥くくっ、どうかしら、胸まで‥‥それとも首まで包んであげましょうか‥‥」
「や、やめっ‥‥ひぐぅううっ!!」
悲鳴と共に身体を跳ね上げ、腰を突き上げて痙攣。吹き上がる精液は粘液に受け止められ、薄まり、消える。
「うっふふふ‥‥さっき言いましたわよね‥‥失神するまで責めて差し上げる、って‥‥」
そう言うと、彼の身体に倒れ込み胸をすり寄せる。乳房で圧迫されるのはそれだけでも快楽を呼び起こすのに、彼女のそれは意志を持って波打ち、彼の皮膚を、肉を愛撫する。そして――
「ほぉら‥‥もうここまで‥‥」
人の形を作っていた部分がさらに蕩け、少年の胸板、肩までが粘液に取り込まれる。もはや首の付け根まで粘液に取り込まれ、顔の前には半透明の女の顔。その顔も、唇同士で密着する。そして犯される、口の粘膜。
「‥‥!! ‥‥っ!!!!」
白目を剥き、痙攣する。暴れる手足はもう抵抗ではなく、快楽の表明に過ぎなかった。男根ばかりを怒張させ、少年は狂い続けた。
* * * *
破れ天井から差し込む朝日が、廃寺の床を照らす。時間の経過と共に日の当たる場所は移動し、床に転がる少年の顔に達した。疲れの色が濃い寝顔がまぶしさに歪み‥‥数分後、まぶたが重そうに開いた。
「‥‥生き、てる‥‥?」
口を突いて出たのはその一言だった。疲労にきしむ体を起こし、辺りを見回す。堂内は昨日の夕方に見たよりも遥かにひどい荒れようだった。暗さと雨に追われてのこととはいえ、こんな有様の荒寺によくも泊まろうと思ったものだ。天井は半分近くが空と繋がり、同じく床も多くが朽ち落ちている。しかし、朝日に照らされる堂は露を含んだ光に満ち、なにやら牧歌的にも感じられる。
雀がかわいらしい声で鳴いているのが聞こえた。あまりにものどかな空気に、一晩の体験が、それこそ狐か何かに騙されただけの夢だったのではないかとさえ思われた。
(‥‥夢、だよな‥‥)
実際、そう考えるのが最も自然だろう。記憶も定かではないが、たしか全裸で犯され続けたはず。だが、目が覚めたときには、乱れ、汚れていたとはいえ服を着ていた。疲れと雨と、雰囲気のせいでひどい夢を見たのに違いなかった。ボタンを掛け違えているところがあるのが不思議だったが。
しかし、もう朝。こんな辛気くさいところに長居をする必要はない。彼は持参した保存食をむせながらも胃袋に押し込み(パック入りのゼリー飲料は飲む気にならなかった)、マウンテンバイクの雨露を拭う。そして荷物を背負い、廃寺を後にしようとしたその時だった。
「あーっ、大丈夫でしたか〜?」
遠くから、どこか気の抜けたような声が響いた。きょろきょろと見廻していると、若い女が小走りに近づいてくる。
「ええと‥‥昨日の‥‥」
昨日、彼が途中で会った売店の店員だ。すなわち、この堂を教えた人物。彼女はわずかに息を切らしながら、少年の前までやって来た。
「ほんとにここに泊まったんですね。あたし、教えたもののちょっと心配になっちゃって。お店のバイトに行く途中だったんですけど、無事かなぁ、と思って見に来たんです」
「ええ、無事ですよ。ちょっとうなされましたけど」
頭を掻きつつ苦笑する。本音を言えば、もう少しましな所を教えてくれても良かったのに、と毒づきたい気もしたが、しかし好意で教えてくれた相手であり、そして最終的に決断したのは自分自身。彼女に怒るのは筋違いだ。
「‥‥やっぱり、何か出ました?」
「‥‥夢には、いろいろと‥‥」
妙な期待をされている気がして、とりあえずそう答える。それを聞くと、女性は顎に手を当ててうつむいた。そしてつぶやく。
「出たって言うのは‥‥ひょっとして、こういう‥‥?」
――女が顔を上げた。翔太は悲鳴も上げずに失神した。
女の顔がどろりと溶け、半透明の顔が現れた。それはまさしく昨夜の粘液女だった。
(終)
伝統的怪談のパターンを踏まえたら、怪奇なんだかギャグなんだかよく分からなくなった。とりあえずセルフパロディなので、登場する人外達に繋がりができたとか、これが伏線になるとか、そういうことはありません。
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