番外編 ザーラの適性検査

「‥‥おい」
「何かしら?」
 不機嫌な声に、女はこともなげに答えた。
 ――特別捕虜室と称される部屋。作りは隊員と同じものであり、事実上は一人の女の私室なのだが、そこは建前が必要なのだ。艶やかな女が質素な机につき、ごく薄い冊子にペンを走らせている。時折小首を曲げて考えるそぶりを見せるが、特に迷う様子はない。彼女が向かっているのは「適性検査」と呼ばれるものだ。
 彼女はザーラ。秘密組織《シュヴァルツ・バタリオン》の元情報統括だが、今は捕虜として《ヴァンガード》に捕らわれている。しかし、彼女の尋問官であった黒瀬龍牙の進言により、《ヴァンガード》に協力することが許される運びとなった。もっとも、ザーラが心底改心して「力を使ってくれ」と申し出たわけではない。自身がかつて所属し、権勢を振るっていた古巣が早急に壊滅すること、これが自由を手にするための近道だ――そういう打算のみによって、ザーラが言い出したことだ。動機は感心しかねるが、しかし彼女は単なる捕虜として死蔵しておくには惜しい人材だった。
 とはいえ、である。何ヶ月か前までは敵の最高幹部として非道を行っていた人間を、曲がりなりにも正義を標榜する組織に参加させるのは非常に問題がある。そこで苦肉の策として、彼女が「更生」したことを建前として示すのがこの「適性検査」なのだ。無論この後に面接などが待っているのだが、彼女の場合は重要な隊員である龍牙の強い推薦によるため、ほとんど書面上の都合をつけているに過ぎない。無味乾燥な設問が並び、回答欄には表面上は端正な字が綴られている。前半は自分自身についてのありきたりな質問が並んでいるようだ。
 どこか落ち着かない様子で部屋の隅に立っていた龍牙は、ザーラのペンがページの変わり目に差しかかったのを見計らって声を掛けた。
「‥‥ちょっと見せてみろ。――『長所:冷静で思慮深い、粘り強い』『短所:決断力が弱い』『理想:世界の平和』『正義とは:ひとのためにはたらくこと』‥‥もうちょっとばれない嘘を書けよ‥‥」
 すました顔の女とは対照的な、どうにもやりきれない表情だ。少しでも彼女のことを知っている人間なら噴き出すような回答だが、彼女と付き合いの浅くない龍牙にはそれこそどう反応したものか悩まねばならないほど珍妙な答としか思えない。
「じゃあどう書けばいいの? 正直に『長所:世界最高の美貌と明晰な頭脳』『短所:美しすぎること』『理想:思うがままに生きる』『正義とは:私のこと』とでも書けばあなたの気は済むのかしら?」
「‥‥いや、訂正しなくていい‥‥。――で、前のページは‥‥『趣味:読書』だと? 読書姿どころか、本を要求する言葉さえ聞いたことはないがな‥‥。それから『特技:円周率暗唱』――お前なあ‥‥」
 あまりに適当な回答に、もう語る言葉さえないのか龍牙は力なくうなだれた。中高生の「自己紹介」でももう少しましなことを書くだろうから、それもやむを得まい。
「だったら訂正。『趣味:セックス。龍牙に抱かれること』『特技:フェラチオ。テクニックには自信あり』――これなら文句ないでしょ?」
「いいかげんに――っ!?」
 遂に声を荒げたが、それも一瞬のこと。素早く立ち上がった女に柔らかい唇を押しつけられ、同時にしなやかな腕が絡みつく。熱い舌が唇を舐め、そして龍牙の舌を求めて口の中に滑り込んでくる。
「ん‥‥っ、は‥‥ん‥‥」
 ぴちゃぴちゃと音を漏らす、二人の唇。龍牙の腕はザーラの肩をつかんだまま、引き離すべきか抱きしめるべきか迷っている。そんな迷いを許すほど、彼女は甘くはない。舌の動きは龍牙の舌技を確かめるかのように激しさを増し、絡みつく腕、押しつけられた胸は理性の働きを着実に奪ってゆく。唇を離すと二人の唾液がとろりと垂れ、濡れた瞳が期待に満ちた視線を向ける。そして赤い唇がとどめを刺した。
「龍牙‥‥もう我慢できないわ‥‥。あなたと一緒にいるのに、どうしてこんなくだらない紙切れと向き合わなければいけないの‥‥? 抱いて‥‥気が狂うほどの快楽に、私を突き落として‥‥」
 その言葉が終わるか終わらないかという瞬間に、男の体が暴走した。女の肩、腰を強く抱きすくめ、そのしなやかな肢体を全身で味わう。抱き合ったままベッドへもつれ込み、互いに焦っているかのように手早く服を脱ぎ、脱がせる。しっとりと汗ばんだ肌を身体に密着させ、さらにキス。香しい黒髪、柔らかい肌、甘い吐息‥‥女のすべてが男を高ぶらせ、狂おしいまでの欲望を導く。互いに股間に手をやり、欲望をたぎらせた部分を指先で感じながら‥‥。
「んっ‥‥はっ、ぁ‥‥。龍牙‥‥」
 ぴくんっ、とわずかにのけぞり、ザーラが甘い吐息を漏らした。
 彼女との肉体関係は出会って以来続いているが、その淫らな美貌、声、しぐさが発散する魅力にはいささかも慣れることができない。美人は三日で飽きるなどという言葉があるが、龍牙はザーラと逢い、言葉を交わし、唇を、体を重ねるたびにその魅力に飲まれてゆく。最初のころは彼女にのめり込んでいるという事実を自覚することさえ拒否してきたが、しかし先日の一件――ザーラが《シュヴァルツ・バタリオン》に拉致されそうになったのを奪還した、という件――からは、もう自分をごまかすことは不可能になってしまっていた。
 指先が雌蕊の中に潜り込み、くちゅくちゅとかき回す。指先がある一点を探り当てると、ザーラは龍牙の肩にしがみつくようにして身体を震わせた。だが自信に満ちた瞳は彼の目に挑みかかる。口元に笑みを浮かべ、指先が肉棒に絡みつく。乳肉をすり寄せ、甘い吐息を耳に吹きかけることも忘れない。彼女の挑戦に龍牙の指先も応戦し、吐息が声になって断続的に漏れるまでになり――。

「あっ、あぁん‥‥。ねぇ、こっちに来て‥‥。私の特技、味わわせてあげる」
 ザーラは軽い口づけを龍牙の首筋に与えると、彼をベッドの縁に腰掛けさせ、その股間に跪いた。そそり立つペニスが彼女の唇を待ち、ひくっひくっと跳ねる。その様子に満足そうな笑みを浮かべると、繊細な指先がするりと亀頭を捉えた。
「ふふ‥‥素敵‥‥」
 反り返る肉槍に頬を寄せ、裏筋にキスを落とす。それに合わせてびくんと跳ね上がるのを楽しみながら、指先は亀頭の回りを丁寧になぞってゆく。唇が裏筋を移動する。陰嚢との境目に口づけをするとそこから連続的にキスを落としながら先端へと登ってゆき、そしてカリ首にキス。ちゅっ、という音を立てて唇を離すと、固く張り詰めた男根がビクンっと力強く跳ねた。鈴口に光る滴を白い指先が張り詰めた先端に塗り広げてゆく。尖らせた舌先がカリをちろちろと舐めたかと思うと、ますます固さを増すサオを上下に這う。
「どう‥‥? ここ、気持ちいいでしょう‥‥」
 どろりと甘く、そして熱っぽい声。並外れた大きさのペニスに舌を這わせながら、捕虜が囁いた。淫らな視線が上目遣いに龍牙の眼を見る。『ふふっ‥‥耐えられる?』――そう囁かれているかのような錯覚を覚えるほど挑発的な視線。舌と唇は徹底的なまでにサオとカリ首を責め、亀頭は指先がわずかに撫でる程度だ。おそらく、決定的な打撃を与えるためにわざと触れずにいるのだろう。激しくも丁寧な愛撫は龍牙の性感を掘り起こし、持久力を確実に奪ってゆく。
「‥‥くっ‥‥」
 声が漏れた。それをザーラが聞き逃すはずもない。
 勝ち誇ったような笑みを浮かべ、彼女は襲いかかった。亀頭を一気にくわえ込み、吸い、口内で転がす。巨大な亀頭は熱い空間の大部分を占領するほどの体積だが、それを巧みに舌先でさばき、転がし、頬の粘膜とざらつく舌で責め尽くす。時には喉奥まで飲み込み、引き出し、サオから鈴口まで全体を舐め上げる。くわえ込むときにはひねりを加え、単調さを感じさせないように技量を尽くす。湯気を上げんばかりに張り詰めた剛直を唇、舌、指で攻め、そして視線という武器まで動員して龍牙を追い詰める。並の男なら数十秒も持てば上出来だろう。
 だが、龍牙はそのすべてを耐え抜く。下腹部に力を込めて射精感を必死に押し込め、挑むような視線から目をそらすこともなく、女の技量と熱意、淫欲と正面から対峙する。どちらかが諦めればそこで終わる勝負、そして何も賭けてはいない勝負だが、簡単に諦めるような二人ではない。ある意味、似たもの同士なのだろう。時折男の腰がびくりと跳ねると女は口元を笑みの形にゆがめ、女が息をつぐと男は挑発の視線を送る。淫猥な唾音だけを響かせ、二人は静かに闘う。無言の挑発をぶつけ合い、互いに相手の降伏を待つ。

*

「‥‥ぷはっ‥‥ぁ」
 勝負が決した。女のつややかな唇から極限まで張り詰めた亀頭が現れ、天を衝いて勢い良くそそり立った。浮かび上がった太い血管が威圧感を放ち、勝利を誇示する。ザーラはそれをうっとりと見つめながら口角の唾液を指先で拭い、濡れた巨根に頬を寄せる。
「あぁ‥‥ん‥‥。あごが疲れちゃう‥‥ふふっ、今日はあなたの勝ちね」
 そう言うと亀頭に何度か軽いキスを落とす。その上気した顔を抱き寄せ、龍牙もまた軽い口づけを与えた。キスと視線、甘い言葉を何度も交わし、互いに興奮しきった部分をすり寄せ‥‥男は女をベッドに横たえ、足首を掴んで股を大きく開かせると、ひくひくと物欲しそうな秘肉を赤黒い怒張でゆっくりと貫いた――。

* * * *

 決して広いとはいえない部屋に、熱気が立ちこめていた。ペンが机の上で揺れていたが、遂にころころと転がった。そして軽い音を立てて床へと落ちる。だがそれを拾う者はない。
「あぁぁああっ!! っく、くはぁぅっ!! す、すご‥‥い‥‥っ! っくぅうううううっ!!!!」
 必死に耐えるようにベッドにしがみついていた女は髪を振り乱して顔を上げると、同時に堰を切ったように嗚咽が爆発する。美しく整った唇からは唾液が溢れ、端正なあごのラインを伝ってシーツにこぼれる。悩ましい絶叫をあげ終えた女はベッドに突っ伏したが、肩をつかまれて背後から突き上げられるとまたしても悶え狂う。その凄まじいまでの燃え上がり方は、普段の彼女――妖艶な美貌に冷たささえ感じさせる微笑を浮かべ、挑発的な言葉を好むその振る舞いからは想像もつかない。
「はぁあっ、くぁっ、あっぁああっ!! ――だ、だめ、また‥‥!!!」
「イけよ‥‥何度でも‥‥!」
「イくぅううっ!!!! あっはぁあああぁぁああああっ!!!!」
 一気に子宮を突き上げられ、狂乱するザーラ。何度目の絶頂か、などと数えることは無意味だろう。最初の挿入から一時間。既に龍牙は精を二度放って彼女の胸を汚し膣内を満たしているが、ザーラの身体を灼く快感は激しさを増すばかりだ。豊かすぎるほど大きな乳房を背後から揉みしだかれ、逃れようのない快楽に身をよじる。何をされてもビクビクと過剰なまでに反応する肉体を龍牙はもてあそび、追い詰めてゆく。後から貫いたままその上体を引き起こし、首筋、耳朶にキス。快楽に溺れながらも女は振り返り、唇を重ねる。
「‥‥あぁっ‥‥っく、‥‥はぁ‥‥っ。‥‥最‥‥高‥‥」
 その表情、その言葉は挑発ではないのだろう。だが、これ以上に龍牙を奮い立たせるものはない。荒々しささえ感じさせる動作でもう一度彼女を仰向けに組み敷き、既に二回精を放ったペニスをあてがい――
「何回でもしてやるよ、ザーラ‥‥」
 完全にとろけた目をまっすぐに見据えてそう囁くと、龍牙は一気に腰を叩きつけた。赤い爪が背中に食い込み、長い脚が腰に絡みつく。淫らな乳房を胸板で感じ、限りなく甘い嬌声を耳元で楽しむ。すがりついて快楽を求め、そして同時に精力を搾り取ろうとするかのように締め上げてくる淫肉を勢い良くかき回し、かと思えば肉剣をゆっくりと引き抜く。離すまいとする襞を大きく開いた傘がえぐり、女の狂乱に拍車を掛ける。熱い愛蜜でどろどろにとろけた秘部へ肉の凶器を押し込むたびに、じゅぶっ、ぐちゅっという柔らかな音が淫らに響く。弾む乳房を揉み、踊る乳首を弾き、許しを請うかのように絡みつくザーラを容赦なく追い上げる。悲鳴じみた絶叫を上げ、それでいてどこまでも淫猥な視線で極限の快楽を求めるその女を抱きしめ――腰の突き上げがラストスパートに入った。強烈な連打が女を狂わせ、そして自らの快感を一気に高めてゆく。
 連続して押し寄せる津波のような絶頂にザーラが狂う。同時に、彼は三度目の律動を感じた――。

* * *

 荒い息をつきながら、二人はベッドの上で絡み合った。視線が交錯するたびに唇を重ね、互いに緩やかな愛撫を与える。徐々に落ち着く呼吸の中、時折小さな喘ぎが混じる。――まだ終わりではない。第一ラウンド終了、といったところだ。
「あぁん‥‥気持ち‥‥よかった‥‥」
 身体を震わせながらも上体を起こし、そして龍牙の胸板に倒れ込む。耳元にキスをし、甘い声が囁く。
「龍牙‥‥私があなたをおびき寄せるために、自分自身が囮になったこと‥‥以前話したわね」
「‥‥ああ」
 突然昔話になり、龍牙はやや面食らった。だがザーラは目を合わすこともなく、耳元で囁く。
「あなたを捕獲して、その戦闘力の秘密を探り、あわよくばこちらの戦力に組み込むつもりだった――そう説明したけれど、あれは嘘よ」
「あなたが欲しかったの‥‥あなたを手に入れて、屈服させたかった‥‥。身も心も私に捧げさせたかった」
 顔を上げようとする男を押しとどめ、女は絡みつく。
「初めてあなたの映像を見たときに、もう私はあなたに捕らわれてしまったの。何が何でもあなたが欲しくて、無理を重ねて、焦ったあげく――こうしているのよ」
 くすくすと自嘲的に笑う。そしておもむろに身体を上げ、髪をかき上げた。長い黒髪がはらりと流れ、しっとりとした色香を放つ。
「‥‥情けないわ‥‥。この世で誰よりも美しい女だと自負しているのに、たった一人の男に心を奪われて、すべてを失うなんて‥‥ふふふっ‥‥。でも、それで良かったのかもしれない」
「あなたという男に出会い、敗れ、抱かれ、堕ち‥‥溺れて‥‥。龍牙‥‥あなたは世界でただ一人、私を本気にさせた男よ。そのこと、誇りに思って。――愛してる」
 独白が終わった瞬間、龍牙は全力で女を抱きしめた。唇を奪い、汗ばむ肌を抱きしめ――
「ザーラ‥‥。朝まで抱いてやる‥‥覚悟しろ」
 妖艶に微笑む恋人に宣戦布告し、猛然と襲いかかる。甘く狂おしい嬌声は、その言葉通り一晩中やむことはなかった。

(終)

司令室で腕を組みながら、一人の男がぼやいていた。
「‥‥遅いな‥‥。書類の提出は今日中に頼むと言ったはずだが‥‥」

(今度こそ終)

外伝というか,番外編。4話の前半と後半の間です。ちょっとコメディ調‥‥相思相愛を書くとどうもバカップルになってしまいます。

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