外伝第三話 狂戦士ルベーナ

「くっ‥‥! 屈辱だわ‥‥!!」
 《シュヴァルツ・バタリオン》情報統括私室。大股で帰還した部屋の女主人は怒りも露わにそう吐き捨てると、豪奢な作りの椅子に身体を投げ出した。
 眉間を指で押さえしばし苛立ちを抑えると、ぱちんと指を鳴らす。
「――どうぞ、ザーラ様」
 まもなく、影のように現れた女、リサが丁重な仕草でグラスを運んできた。そこへ深紅の液体をなみなみと注ぎ、恭しく差し出す。ザーラと呼ばれた女は返事もせずにそれを受け取ると、優雅さを取り繕うこともせず一気に半分以上もあおった。
「例の件、ですか」
 静かに、リサが切り出す。主の怒りの内容は十分に察せられるが、秘書官という立場上それを聞かないわけにはいかない。幸い、そのような仕事に彼女は慣れていた。
「――次が最後ね」
 ようやく落ち着いたのか、ザーラはグラスを秘書に渡すと大きく息をついた。
「手間取りすぎたわ‥‥。子飼いの戦闘員を使いすぎた‥‥」
「では、戦闘部門に応援を――」
「冗談じゃない」
 またしても不機嫌に吐き捨てる。情報部門と戦闘部門は元来犬猿の仲だ。情報統括である彼女がこの提案を呑むはずはないと分かっていたが、それでも秘書はそう言わざるを得なかった。前戦闘統括がザーラの策略により反逆容疑で処刑されてからは、彼らも他の部門と同様ザーラの軍門に下ったかに見えたが、人間の心はそこまで単純ではない。
 《ヴァンガード》の超強化人間、黒瀬龍牙――その捕獲作戦はザーラの独断で数度繰り返され、いずれも手痛い失敗に終わっていた。これまで彼女に対し友好的な態度を装っていた部門も彼女の失敗を冷淡に座視し、その凋落を待っている。すでに首領からは距離を置かれ、このまま無為に兵力を失えば彼女の全盛時代が幕を閉じるのは明らかだ。
 焦りがザーラを蝕み、本来の冷静さを失わせている――そのことが、リサにとっては何よりも苦痛だった。彼女はザーラに心酔しているのだ。男女を問わず見ほれてしまうほどの美貌、匂い立つ色香、そして酷薄なまでの冷徹さ。自らに絶対の自信を持つ、高慢とほとんど同義の誇り高さ。だが、龍牙にこだわり始めてからのザーラは常軌を逸していた。冷静さも判断力も、到底ザーラとは思えない。そもそも本来の彼女ならば、「捕獲」作戦などというリスクばかりが高まる作戦を取り上げるはずがない。せいぜい自勢力に被害が出ないよう、他の部門に対応を押しつける程度だろう。
「しかし、これ以上は‥‥!」
「‥‥忘れたの‥‥?」
 事実上の副官としての使命感、そして個人的な思いから抗議する秘書を、氷点下の視線がにらみつける。そしてゆらりと立ち上がった。
「私は欲しいものはすべて手に入れてきた。地位も、権力も、快楽も、何もかも。欲しいと思って諦めたものは何一つないのよ。そして決めた。龍牙を手に入れる。私に跪かせ、心も体も服従させる――そう決めた」
 背後に立つ秘書に、振り向くこともなく言う。それはむしろ自分自身に言い聞かせるかのようだ。――しばし唇を閉ざすと、決然とした口調で宣言した。
「次の作戦に移る。‥‥今度は私自身が囮になるわ。リサ、指揮に移って。これが最後よ‥‥!」

* * * * *

 大きめの瓦礫に長身の女が腰掛けていた。長身、というよりむしろ巨躯と言った方が適切かもしれない。身長は180センチを軽く越え、逞しい腕や脚は並の男性よりも太い。だが、防具の下からも存在感を主張する胸やむっちりとした尻は女性であることを誇示している。顔立ちには体躯と同様に荒々しい性格がにじみ出ているが、それでも美形に分類されるだろう。
「‥‥やれやれ‥‥つまらねぇ‥‥」
 ため息とともにつぶやくと、その女はさも退屈そうに伸びをした。頭を左右に振ると派手な赤毛が風に舞い、同時にゴキゴキと音が響く。横の部下からタバコをひったくり、一息吸い込むとふぅっと大きく煙を吹く。そして仲間が作業をしている方に視線をやった。
 ――基地はものの見事に吹き飛んでいた。地上部分は完全に消え去り、その地下だけが辛うじて残骸を晒している。情報統括ザーラが自ら囮になる、という大胆な作戦――その結末を、無残な基地跡が雄弁に物語っていた。
 事後処理とその警戒のために引っ張り出されたルベーナ隊は、わずかに残った死体の処理などを適当に手伝った後、思い思いの場所で待機している。久々の出動とあって張り切っていたはずのルベーナは、先ほどから愚痴を垂れ流すばかりだ。彼女は戦いたいのだ。銃弾の飛び交う中に部下を率いて突撃し、恐怖に染まった敵を殴り殺し、引き裂き、血にまみれた闘争を楽しみたい――「狂戦士」の異名を持つルベーナの、血なまぐさい欲望。その衝動は「事後処理」「現場警備」などという地味な場にいるだけで、苛立ちという形で余計に高まってくる。ひっきりなしにタバコを吸い、伸びをし、不平を垂れ流す。不穏なオーラが高まるのを察して部下の上級戦闘員たちはよそよそしく視線をそらし、それがさらに彼女を苛立たせた。
(次に近寄ってきた奴、誰でもいいから殴ってやる‥‥くそったれ‥‥)
 物騒なことを心の内でつぶやいていると、遺体を瓦礫の下から探している連中がにわかに騒がしくなった。特に興味はないが、こうしているよりは暇つぶしになるだろう。そう考えたルベーナは重い腰を上げ、タバコを肩越しに投げ捨た。‥‥背後で「熱っ」という声が聞こえたが、気のせいだろう。

 その辺りは死臭と肉の焦げる匂いが立ちこめていた。基地跡周辺に漂う焦げ臭い匂い、埃の匂いと相まって何とも言えない悪臭だが、ルベーナにとってはなじみの匂いだ。戦闘員の死体――多くはほとんど完全に吹き飛んでしまったらしい。数十人はいたはずの戦闘員も、骸さえ残せなかったようだ。おそらく人間だったらしい影が壁に焼き付いていたり、戦闘服の切れ端が肉片と共にこびりついていたりしていることから見て、おそらくここが決戦の場所――敵の切り札、あの黒瀬龍牙と戦闘が行われ、その後爆破された場所なのだろう。
 その残骸の中で、情報部門所属の上級戦闘員が数人、そして統括付きの秘書官らしき女が固まっていた。彼らが囲んでいるのは、ぼろぼろになった切れ端――戦闘用ボディスーツの一部だ。黒地に、赤のデザイン。最高幹部にだけ許された強化素材。これを着ていたのは――
「ザーラ‥‥さ‥‥ま‥‥」
 秘書官がつぶやきとともに崩れ落ちた。乾いた瓦礫に、ぽたりぽたりと大粒の滴が落ちる。声を上げて泣き崩れる彼女を尻目に、ルベーナはその場を立ち去った。

* * *

 満月が高く昇っていた。肌を切るような夜風が吹く。ルベーナ隊は基地跡を遠巻きにして、敵が近づいていないか気を配る。囮に用いた程度の施設とはいえ、基地は機密を含んでいる。それに今は情報部門が混乱し、こちらの防諜能力は激減している時だ。敵につけいられる隙は極力抑えろ――そういう指示だった。なんというつまらない仕事か。ぼやきたくなるのを我慢するのは、なかなか気力が必要だった。
(‥‥まだ泣いてやがる)
 風に乗って聞こえたすすり泣きに、下級幹部は毒づいた。
ザーラの死など、彼女にとってはどうでも良い。所詮、他部門のトップだ。情報戦などというちまちましたものは彼女の好みではなかったし、第一、あの女の振る舞いには虫酸が走った。自分の美貌を鼻に掛け、男をたぶらかすことにしか興味がない――ルベーナの目にはそう映っていた。それゆえ、ザーラの死に情報部員たちがショックを受け、あまつさえ嘆き悲しんでいるというのが不思議でならない。
(戦闘統括が死んでも――アタシは痛くもかゆくもねぇな)
 彼女はそういう女だった。その意味では、彼女の部下も大差ない。ルベーナが死んで、部下が泣くかどうか‥‥怪しいところだ。
 その時、遠くで何かが動いた気がした。

* * *

「“空色みみずく”から“森の巣箱”へ。敵さんは基地跡でまだごそごそやってる。‥‥なあ、いつまでここに張り付いてりゃいいんだ?」
『――了解。予定どおり夜明けまで監視してください』
「‥‥了解。あとな、このかわいらしいコードネームはなんとかならないのか?」
『何ともなりません』
 ぶつり、と無情にも通信が閉じる。ちっ、と男――《ヴァンガード》戦闘部隊員、風間翔は舌打ちをした。彼の任務は、基地跡にほど近い森から敵情を監視することである。大木に背中を預け、一息つく。
 敵の基地を吹っ飛ばしたのはいいが、なんで俺がこのクソ寒い中で監視しなければならないんだ――口には出さずぼやく。この仕事にそれほどの意味があるとは、彼には到底思えなかった。黒瀬とその「捕虜」――名前も身分も明かされなかったことを考えると、よほどの重要人物なのだろう――二人からの情報によると、吹っ飛んだ基地は囮だったらしい。囮と言うことは、大した機密などない。敵がうろうろしているのは被害の確認と、せいぜい残りの「二級」機密の隠滅のためだろう。はっきり言えば、そんなものは放っておけばいい。だが、上官がやれと言うからにはやらねばならない。
(敵さんも大変だな。この寒い中で警戒か‥‥)
 ふう、とため息をつき、高感度の暗視スコープで敵の警戒網を確認する。――違和感があった。間隔がわずかに違う。あの岩と、その左右にいた戦闘員の距離――縮まっている‥‥?
「妙だ‥‥あの岩に、たしかガタイのいいねーちゃんが――?」
「――そりゃあアタシのことかい?」
 声が聞こえた瞬間、鈍痛と共に彼の意識は落ちた。

* * * * *

 翌日。コンクリート打ちっぱなしの殺風景な廊下で、にらみ合いが起きていた。一方は軍人のような制服をきっちりと着込んだ女と、二人の事務職員。もう一方はつなぎの黒いレザースーツを着崩した大柄な女。ファスナーはへその辺りまで下り、見事な谷間が露出している。胸元からは乳輪が覗かんばかりだが、気にする様子はない。
「困ります! 尋問は我々の仕事です、早く身柄を移してください!」
 二十代の初めだろう、きまじめそうな女が顔を赤くしてくってかかる。ザーラの秘書官であり、事実上の副官でもあったリサだ。泣きはらした赤い目が痛々しい。交渉のためにわざわざ服装を整えたのだろうが、それが逆に立場の悪さを露呈していた。
「知らないねえ、あいつをつかまえたのはアタシだよ。こそこそ嗅ぎ回るだけが能の事務屋もどきに、尋問なんて野蛮なことはできないだろ?」
 リサより頭一つ分は背が高いルベーナが、片手を壁について高圧的な物言いで嗤う。
「バカにしないで下さい! あなたがた戦闘部に、繊細さが必要な尋問なんてできません! 我々がします!!」
 さっきと同じ言葉を繰り返す。頭数では三対一だが、迫力という面では勝負にならない。
 情報統括ザーラの戦死――それは部門間の勢力争いに激変をもたらした。権謀術数に長け、自らの性的魅力をも駆使して自勢力を大幅に伸張させていたザーラ――彼女が舞台から消えたことで、情報部門はたった一晩で急速に勢力を減じていた。その余波が、このにらみ合いである。
「とにかく、ここから先は戦闘部の縄張りだ。それ以上ごちゃごちゃいうなら‥‥」
 言葉を切り、嫌な笑みを浮かべる。ふくれあがる殺気に、情報部員たちは悔しげに退散した。その背中を鼻で笑うと、ルベーナは踵を返し、情報部員たちとは逆方向へ向かう――突き当たりには独房があるのだ。分厚い鉄の扉、窓には鉄格子という恐ろしく前時代的な牢には、捕虜に気を遣わない彼らの性格がはっきりと表れていた。彼女が重い扉をこともなげに開けると、廊下からの光に男の姿が浮かび上がった。
「気分はどうだ、色男」
 翔はうつむき、壁に作り付けになったベッド‥‥と言うのもためらわれるほど粗末な板に腰掛けたままだ。首には鉄の輪がはめられ、そこから延びた太い鎖が壁に取り付けられている。
「返事くらいしろよ。気分は?」
 顔を掴み、むりやりに上を向かせる。端正な顔はアザだらけになり、痛々しく腫れている。
「‥‥良いように見えるか‥‥?」
 弱々しい声がそう答える。
「‥‥ちょっと元気はなさそうだな」
「‥‥ちょっとじゃないっての‥‥」
 首をかしげながらこともなげに答える女に、げんなりした声が漏れる。
「軽口を叩けるなら十分だ。――良いことを教えてやろう。お前の身柄は当分アタシが預かった。喜びな」
 一体何を喜べと言うのか。――彼女に囚われてからここへ放り込まれるまでに、翔は戦闘員たちからじっくりと暴行を受けたのだから、そう思うのも当然だ。《シュヴァルツ・バタリオン》の戦闘員とは違い、《ヴァンガード》の隊員は生身の人間がほとんどだ。「アザだらけ」程度の怪我で済んだのは幸運と言ってもいい。
「くっくっ‥‥分かってないみたいだな‥‥。いいか、良く聞け。捕虜の尋問は普通、情報部門の連中がやる。が、お前らがザーラを殺してくれたおかげで奴らの勢力はガタガタだ。尋問の権限もアタシら戦闘部門がもぎ取れそうでね。‥‥はん、まだ分からないのか? 今まで通り奴らに尋問されたら、お前はもう殺されてるよ――あいつら、頭を潰されて怒り狂ってやがるからな。ま、そういうことだ。感謝しな」
 恩着せがましくそう言う。しかし、彼はやはり解せなかった。そもそも、《シュヴァルツ・バタリオン》は捕虜を取るなどという人道的な組織ではない。苛烈な拷問の後、容赦なく殺す。ということは、誰に預けられようと運命は変わらない。それに、今朝簡単な食事が与えられてからは暴行も尋問もない‥‥不審だった。そして、下級幹部であるというこの女がわざわざ様子を見に来るというのも理解を超えていた。何もかもが解せなかった。
「一体‥‥どうするつもりなんだ」
「ふふ‥‥さあな。とりあえず部下にはお前をもう少し丁重に扱うよう、じっくり注意してやった。‥‥ま、しばらく休んでろ。今日は忙しそうだ‥‥後でまた来る」
 一方的にそう言うと、ルベーナは振り返りもせずに独房を出て行った。ガシン、と閉まる重い音を聞きながら、翔は首をひねるほかなかった。
 ――なお余談ながら、ルベーナの辞書で「注意する」というのは「顔の形が変わるまで殴る」ことを指す。

* * *

 夕食が与えられた後、翔はますます首をひねる羽目になった。部屋が変わったのだ。コンクリートで囲まれ寒々とした独房から、狭いながらもまともな部屋に移された。ベッドにはクッションがあり、暖房までついている。何より不審なことに、どう見ても生活感があった。しかも、作り付けの棚に置かれた妙に不似合いな花瓶には、百合が生けられている。
 逃亡防止用の首輪――許可なく部屋を出ると爆発する、という心温まるシロモノだ――を付けられてはいたが、それでも部屋の中では自由に動けるらしいというのも謎だった。部屋の真ん中で立ちつくし首をひねっている間に、気配がした。足音、解錠音、そして――
「おっ、いたな。具合は?」
 やたらと嬉しそうに入ってきたのは、大柄な女――ルベーナだった。なんであんたが、と思わず呻く翔に、彼女はにたりと笑う。
「ふふ。まだ気づかないか‥‥。お前にはアタシのストレス解消手段になってもらう」
 冷たいものが背中を流れ落ちる。まさか、サンドバッグにされるのだろうか。が、ルベーナは彼の不安など素知らぬ顔でずかずかと近寄り、人差し指で翔の顎をついっと持ち上げる。
「お前はなかなかいい男だからなあ‥‥。気に入ったんだよ、殺さずにおいてやる。だが、条件がある」
 翔は生まれて初めて、本気で両親に感謝した。が――
「アタシを満足させろ。うちの男どもは甲斐性なしでな‥‥抜かずの二発もできないとかぬかしやがる。最近はろくな戦闘がなくてアタシはイライラしてるんだ‥‥ストレス解消役、頑張ってもらうぞ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「待たねえよ、バカ」
言うやいなや翔の胸ぐらを片手で掴んで持ち上げると、ベッドへ放り投げる。翔の体が宙に浮き、見事な放物線を描く。
「うぉわっ!?」
――ぼすっ。
「っつぅ‥‥。‥‥ちょ、ま、待ておい――」
「くっくっ‥‥いいねえ、その反応。犯しがいがありそうじゃないか‥‥頑張ってくれよ、色男」
 小動物のようにおびえる翔をからかいながら、ルベーナは四つんばいになって襲いかかった。がっしりとした褐色の腕が肩を押さえ込み、筋肉質な脚が男の脚を固定する。戦闘部員ではあってもやや華奢な翔は、それだけで身動きできなくなってしまった。ルベーナも《シュヴァルツ・バタリオン》幹部と言うからには筋肉・骨格の強化はされているのだろうが、それ以前に視覚的な力強さが翔を圧倒する。例え生身であったとしても、この体格では逃げられそうにない――そう思わせる迫力だ。
「さあ、逃げられるもんなら逃げてみな‥‥」
「ま、まあ落ち着け、なあ、もっとこう、紳士的に、ムードを高めながら――」
「興味ないな。アタシが欲しいのはチンポと快感だけだ。さあ、かわいがってやるよ‥‥」
 ネコ科の猛獣を思わせる動きで首筋を舐め上げたかと思うと、強引に唇を奪う。
「んむぅっ!!」
 抗議の悲鳴が漏れる前に唇を封じられ、くぐもった呻きが響く。だがルベーナはそれに構わず、舌で唇を割り、歯列をなぞる。歯をこじ開けようと探るが、動転している翔は必死に食いしばる。女は唇を重ねたまましばらく考えていたが、すぐに強硬手段に出た。肘で肩を押さえたまま、男の鼻をつまんだのだ。息が詰まり――
「ぶはっ! んぅううっ――!!」
 口で息をした瞬間、一気に舌が入り込む。熱い舌が徹底的に口内を攻めてゆく。上あごの裏を舐め、舌の裏をかき回し、抵抗する翔を翻弄する。
「ん‥‥ふぅっ‥‥んんっ‥‥はむ‥‥ん‥‥」
 少し熱を帯びた吐息が、女の鼻から漏れる。唇から唾液が溢れ、翔の口の周りを濡らしてゆく。いつの間にか抵抗は弱くなり、力が入っていた腕もだらりと垂れる。ルベーナも押さえ込む力を緩め、翔の頭を抱きかかえながらキスを続ける。密着していた唇にも少し隙間が空き、互いに舌を絡め合う。くちゅっ、ぴちゃっ、と唾液の音が熱い吐息とともに漏れる。
 ‥‥ちゅっ‥‥。
 ようやく、唇が離れた。男の目は焦点が飛んでしまい、ただぼんやりとルベーナを見るばかりだ。
「ふふ‥‥そんなに良かったか? 案外うぶだな‥‥」
 粗暴な言動に似つかわしくないテクニックで捕虜を翻弄すると、手の甲で口の周りをぬぐいながら笑う。その顔もやや上気し目には情欲の光がちらちらと燃え始めているが、翔はそれどころではなかった。困惑一色だったはずの頭が、口をたっぷり犯されたせいで朦朧とし‥‥欲望さえ交じりはじめていた。ルベーナもそのあたりは感づいているのだろう、口の端ににぃっと笑みを浮かべ、
「さて、と。そろそろ本題に入ろうか‥‥」
 そう言いながら、すでに指先は実行に移っている。自分のレザースーツをあっという間に脱ぎ捨て、そして翔が捕らえられたときから着ている戦闘服を手早く脱がせる。本人の感情とは関係なくパンパンに張り詰めた男根が勢い良く跳ね上がり、彼女の顔に当たった。
「あ‥‥。元気じゃないか‥‥キスは弱いくせにこっちは十分立派だな。‥‥ああ、男の匂いだ‥‥たまらない‥‥」
 亀頭に鼻を近づけ、うっとりと声を漏らす。そして下半身を男の顔の方へ向け、むっちりと肉付きのいい尻と早くも湿り気を帯びた股間を顔へ押しつけた。
「ほら、舐めろ。お前のもしゃぶってやるから‥‥っ! そう、そうだ、舌全体を這わせて‥‥」
 硬くそそり立った肉棒の根元を掴みながら、男に指示する――同時にびくんと身体が震える。
「あっ、ん‥‥っ! はぁっ、そこ‥‥そこ‥‥ぉ!! いいぞ、上手い‥‥はむ‥‥んふぅ‥‥くはっ‥‥んん‥‥」
 じゅるじゅると卑猥な音を立て、互いに秘部を舐め、しゃぶり、すする。翔が指先を肉穴へ差し込むと、女はぴくぴくと震えながら鈴口に舌を差し込む。熱くざらつく感触に男が腰を浮かせると、女は一層強くしゃぶりあげる。口いっぱいに頬張り、頬の粘膜に亀頭を押しつけて愛撫する――というより、むしろ男を味わうという自分の楽しみのためだろう。ことさらにじゅぼじゅぼと音を立て、大きさや固さを確かめるように舌でいじり倒す。そうしてたっぷりしゃぶり立てると、今度は遠慮なしのバキュームフェラへと変化する。頬がへこむほどに吸い上げつつ、頭を強く振って責め立てる。ぶぼっ、ぶばっ、という下品な音が鳴り響く。
「‥‥ちょ‥‥ま、待ってくれ、そんなに吸われた‥‥ら‥‥!」
 翔の抗議はうわずり、もはや愛撫を返すどころではない。が、ルベーナはそんな抗議には耳を貸さず、ビクビクと跳ねるペニスを思い切り吸い上げた。瞬間、熱い粘液が吹き上げる。
 ごくん、ごくん‥‥こくん。
 男をくわえ込んだまま、喉を鳴らして粘つく液体を飲み干してゆく。あまりの刺激に翔はがくがくと腰を震わせることしかできない。
「‥‥ふぅ‥‥。いい味だ‥‥。ふふっ、持久力はまあまあだが精力はあるみたいだな。まるで萎えない‥‥」
 四つんばいになったまま、振り返って笑みを見せる。褒めてはくれたようだが、翔にそれを喜ぶ余裕はなかった。とてもではないが、「女と秘め事をしている」という気になれないのだ。相手が敵だという以前に、何か猛獣に襲われているような気がしてならない。実際のところ、その光景は翔の感想にかなり近いのだが。
 ルベーナは身体を向き直らせると、いまだガチガチに固まったままのペニスに指を這わせ、その先端を淫裂にあてがい‥‥腰を落とす前に、口を開いた。
「さてと‥‥いよいよ本番だ。楽しませてくれ‥‥言っておくが、アタシが不満を感じるようなら――」
 熱っぽくハスキーな声が、急に冷たさを帯び始め――
「――薬を使ってむりやり勃たせて、お前が廃人になるまで抱いてやる‥‥いや、それともめちゃくちゃに引き裂いてやろうか‥‥? くくっ‥‥そうならないように気合いをいれろよ、色男。あはぁ‥‥もう我慢できない‥‥いくぞ‥‥」
 好色と残虐という二つの本性をのぞかせたが、しかし火が付いてしまった彼女はやはり情欲が圧倒的に勝るようだ。凶暴な、しかし妖艶な笑みを見せると、濡れそぼった肉穴が翔に食らいついた。
「‥‥ぐぁ‥‥っ!」
「んぁ‥‥っ、はぁ‥‥ふふ、いい感じだ‥‥奥まで‥‥来る‥‥!」
 肉棒の根元が見えなくなるまで腰を落とし体勢を整えると、ルベーナは満足そうにつぶやいた。だが翔はそれどころではない。吸い付くような名器、というわけではないが、その締め付けと膣温はただごとではない。煮えたぎるように熱い淫肉が絡みつき、締め上げ‥‥その感触をどうにか堪え忍んだと思ったとたん、ルベーナが腰を動かし始めた。
「あっ、っく、はぁっ、あぐっ‥‥いいぞ、硬い‥‥! かはっ、ぁ、っく、中が、えぐれて‥‥くっ――お、おい!? ちょっ‥‥早いぞっ!!」
 そう。何度も往復しないうちに翔がひどく顔をゆがめ、それに彼女が気づいたときにはもう遅かった。張り詰めたペニスが規則的に脈打ち、精液を吹き上げた。強烈な快感とともに「やってしまった」感が翔の頭を占領するが、どうやらそれどころではなさそうだ。ルベーナが顔をのぞき込む。不満どころか怒りに近いのは一目瞭然だ。
 ――まずい。
 本能的に危機を察知した翔は、女が口を開く前に思い切り腰を突き上げた。まだ萎えていない男根がガツンと子宮口を衝く。不意を打たれたルベーナは思わずのけぞり――翔の捨て身の反撃が始まった。
 大女の腰を掴み、下から突く。じゅぷんっ、という湿った音とともに熱い膣内を直進し、硬い亀頭が勢い良く奥底にぶつかる。その衝撃が子宮を振るわせ、電撃のような快感が脳髄を貫いた。
「かはっ‥‥!!」
 視線が宙を泳ぎ、半開きの唇から舌を突き出す。だがその程度では止まらない。生存本能のなせるわざなのか、すでに二度射精してしまったというのに疲れを見せない肉棒が彼女の淫肉を激しく連打する。
「あぁっ、ぐぁっ、あひっ‥‥!! お、おぁっ、ま、待て、激し――くぁああぁあっ!!」
 抗議しようとしたその声もよがり声の中に途切れてしまう。絶体絶命の男は、自分でさえ信じられないほどの勢いで、組み敷かれながらも女を責め立てる。豊かな胸を振るわせていたルベーナはついに翔に覆い被さり、その逞しい腕で絡みつきながら悶え狂う。翔もその身体を抱きしめる。それによって、彼の突き上げはさらに確かなものになる。短時間の内に子宮を打ちのめされ、ルベーナはシーツに涎の染みを作りながら泣き叫ぶ。
「すご‥‥い‥‥!! っく、イッちまう‥‥アタシが‥‥こんな‥‥簡単に‥‥――っ!!!」
 眉間に皺を寄せ、快感を必死に呑み込もうとしながら悶え、そしてついに音を上げた。大女が身体をこわばらせビクンビクンと痙攣するのと、翔の身体が震えるのはほとんど同時だった。彼は腰を密着させ、一滴残らず子宮に浴びせかけた。
 びくびくと震える逞しい女体が荒々しく息をつき、身体をわずかに起こす。女は予想外の働きを見せてくれた捕虜の耳に唇を寄せ、囁いた。
「あ‥‥あふ‥‥っ。お前‥‥っ、なかなか‥‥――っ!?」
 だが、その言葉は中断された。――翔の腰が突如、動いたのだ。それはもう、翔自身にも制御できない衝動だった。
 ズグンッ!!
「うぉあっ‥‥!! そ、そん‥‥なっ!!」
 奇襲攻撃にルベーナはまたしても呻く。翔の反撃――意志とは無関係の衝動に後押しされた、強烈な反撃はまだ終わっていなかったのだ。女の膣内で熱せられた肉刀が、快楽に酔う媚肉を突き、えぐる。主導権を完全に奪い取った翔は、彼の運命を握っているはずの女から一旦ペニスを引き抜き、そして背後から一気に貫いた。――咆吼に、空気が震えた。
 腰が弾む。反射なのか本能なのか、それとも何かが目覚めたのか、翔自身の理解さえ超えて腰が動く。全身に汗を光らせて悶える大女を凄まじいまでに狂わせてゆく。がっしりと筋肉質な、だが女性らしい曲線に彩られた肢体を掴み、愛撫し、舐め、そして肉の快楽を叩きつける。
「あひぃっ、っく、ひぃぃっ!! お、おぉおっ! ひぎっ、お、おまえ‥‥っ、な、なんで、そん、な‥‥っ!!」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ‥‥!」
 よがり悶えるルベーナが、狂乱交じりに無意味な問いをぶつける。だが翔は答えない――答えられないのだ。生命が脅かされるという事態での、本能の暴走。それに肉欲の快感が加わり、もう彼の理性は体を支配していない。ありったけのエネルギーをペニスに込め、ルベーナを突き殺さんばかりに連打する。
「っくぉおおぁぁぁあああっ!!! あぁあっ、はひぃっ‥‥っ!! い、イく、そんな‥‥っ、アタシが、ま、また、イかされ‥‥る‥‥!!」
 髪を振り乱し、驚愕と悩乱の表情をない交ぜにしてのけぞり、そして声も上げられずに達した。くずおれる隙も与えず、肩をつかんで奥底を撃ち抜く。悶え、喘ぎ、絶叫し‥‥快楽の波に溺れながら、ルベーナは狂乱の度合いを強めてゆく。絶叫し、髪を振り乱して快楽を貪る。その常軌を逸した悶えざまに翔の欲望が共振し、もはや恐怖感など無関係に腰を叩きつけ、愛撫し、女を追い詰めてゆく。狂ったように嬌声を上げているのが敵の凶暴な女だということは、もはや彼の頭から消え去りつつあった。まぎれもない肉欲に二人は飲み込まれてゆく。

*

「くあっ! お、あぉおっ!! そう、そう‥‥だ‥‥っ、ひぐぅっ――そ、そこぉ‥‥っ!!」
「はぁ、はぁ‥‥ここ、か?」
 息を弾ませながら、腰を使ってガツンガツンと突く。突っ張っていた腕が折れ、ルベーナはがくりとベッドに崩れた。――時間が経てば経つほど、ルベーナは狂う。翔も彼女の弱点を探り当てたらしく、ピストンや愛撫も効果的なものになり――行為の荒々しさは多少減じたが、絶叫はますます激しくなってゆく。分厚い背筋が目立つ背中にべったりと汗がぬめる。股間からあふれ出る液体が太ももを伝い、汗と混じり合って、ベッドの染みを大きくしてゆく。
 背後からめちゃくちゃに突きまくって満足したのか、今度はルベーナを仰向けに転がし、覆い被さる。単なる正常位だが、異様な熱気にあてられた二人は必死に絡み合う。太い腕が翔を抱きしめ、筋肉の束のような脚が翔の腰をがっしりと固めようとする。翔は片手でルベーナの巨乳を揉み潰しながら、がむしゃらに突き上げる。亀頭で子宮口を乱打され、ルベーナが狂った絶叫を張り上げた。
「ぁあああっ!! ひぃいっ、っく、ぁああっ!! イっく‥‥イくイくイく、イ‥‥くぅううう!!!」
「ぐぅっ!!」
「おぁあああああっ!! はぁあ、っく――あああああぁぁぁぁああっ!!」
 翔を締め落とさんばかりに抱きしめ、全身の筋肉をこわばらせて女は咆吼し――ようやく、二人の絡み合いは終わった。

 力を使い果たした翔は、崩れるようにしてベッドに転がった。隣では褐色の大女が、肩で息をしながら仰向けになっている。六つに割れた腹筋が荒い呼吸とともに上下し、それにあわせて大きな乳房がゆさゆさと揺れる。体力はもうないはずだが、その様子に翔の心臓が速度を速めた。体を起こし、顔を近づけ‥‥女の唇を、翔は思わず舐めた。
「‥‥んっ‥‥。はぁ‥‥はぁ‥‥やるじゃないか、色男‥‥。気に入ったよ‥‥」
「‥‥そりゃどうも」
 「気に入った」という一言がぐさり、と突き刺さる。その言葉は二人の関係をはっきりと示し、それが翔を正気に返らせてしまった。生きるためとはいえ、浅ましい行為をした――それは仕方がない。それにしても、今の自分は何だ。こんな粗暴な筋肉女に欲情を感じ、しかも求められもしないのにキスまでした。だが、焼け付くようなひとときは、そんな理性や自己嫌悪で消し去るにはあまりにも激しく‥‥。
(生きるためだ‥‥こいつに気に入られてる間は生きていられる。だったら、気に入られるように振る舞うのは当然だよな。そうだ。当然なんだ)
 心の底に沈殿した何か不思議な感情を、彼はそう言い聞かせることで無視した。しかしそんな葛藤は突如妨害された。後ろからしなやかな肉体が抱きつき、耳元に息を吹きかける。
「最高だったぜ‥‥アタシが知ってる中で一番良かった‥‥。これから毎日頑張ってくれよ、ふふふ‥‥」
 獰猛な肉食獣はにたりと笑うと、翔を抱き寄せて唇を重ねた。貪るような、だが丁寧なキス。美しい猛獣と身体を絡み合わせながら、翔は自分の分身が明日も頑張ってくれることを祈った。

* * * * * *

 轟音が立て続けに響く。銃声、怒号。
 まさに奇襲だった。戦闘員の大半が出払いルベーナ隊だけが残っていた基地に、《ヴァンガード》が襲いかかった。正面を一般戦闘部が攻撃、敵を引きつけている間に精鋭・特殊戦闘部が背後から急襲――戦況は《ヴァンガード》の意のままに推移していた。

「貴様が龍牙か‥‥ふふふ、楽しめそうだな」
「‥‥女か‥‥。だが、覚悟しろ」
 戦闘音をBGMに、二人は対峙していた。黒ずくめの男と、大柄な赤毛の女。空間に濃密な殺気をみなぎらせ、にらみ合う。ジャキッ、という音とともに、ルベーナの両手首に装備された籠手から鋭い鈎爪が飛び出した。
 ――ズズンッ!
 爆発音、振動。それが合図だった。
 二つの影が弾丸のように跳ねる。女の鈎爪が迫る、払う。拳を手甲で受け流し、その瞬間に蹴りが男の胴を打つ――空振り。しゃがんだ姿勢からハイキックが跳ね上がり、女の頭を刎ね飛ばす――上体をむりやりに反らして避けるが、防具の表面で火花が散る。
 ――ドオ‥‥ォン‥‥
 轟音、激震。バランスを崩す前にルベーナは後方へ大きく飛び、一気に距離を取る。仕切り直しだ。もう一度構え、にらみ合う。
「――こっちは確保したぞ!!」
 突如響いたその声に、龍牙の視線がぴくりと動く。ルベーナが跳んだ。凄まじい瞬発力で一瞬のうちに距離を詰め、鈎爪が首に迫り――
 ――ドムンッ!!
 鈍い、音。
「な‥‥っ!?」
 ルベーナは目を見開いた。腹に、強化素材で作られたはずのプロテクターを、拳が貫いていた。――拳の動きなど、見えなかった。
 ドゴオォォッ!!
 空中で動きの止まったルベーナに、回し蹴りが炸裂した。バランスを取ることも勢いを殺すこともできず、女は廊下の反対側まで吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。そして一瞬の後、ずるり、と崩れ落ちる。
「‥‥がはっ‥‥!」
 立ち上がろうとするが、体は言うことを聞かない。血反吐を吐き、べしゃりと倒れ伏す。
(――なんて‥‥ザマだ‥‥。援護‥‥はっ、来るわけねえな‥‥。ああ‥‥このまま、死ぬのか‥‥)
「待て! 待ってくれ、黒瀬!!」

 その声は唐突に響いた。とどめを刺すべく歩みを進めていた龍牙が、止まる。
「お、おい待て! まだ危険だ!」と、味方の焦った声。
「放せ! 止めなきゃいけないんだよ!! ――黒瀬! 待ってくれ、そいつは――」

(‥‥あの‥‥声‥‥?)

* * * * *

 真っ白だった。視界一面が白く、まぶしい。‥‥しばらくするとそれは徐々に陰影を伴った光景になり、ようやくそれが室内であることを認識できるようになった。
「‥‥なんだ‥‥ここ‥‥」
「気がついたか!?」
 脇から突然、声。男が心配そうに声を掛けた。
「よかった‥‥三日間も目を覚まさなかったから‥‥」
「翔‥‥? ‥‥ここは‥‥」
 見たところ、病室のように見える。が、見覚えのない光景だった。少なくとも、彼女の組織にこんな病室らしい病室はない。
「《ヴァンガード》の医務室だ。かなりの怪我だったから心配し――お、おい、無茶するなよ。‥‥っと、先生呼んでくる。おとなしくしてろよ」
 敵組織の名を聞き、がばっと身を起こす‥‥ことはできなかった。全身に激痛が走り、ベッドに沈む。その様子に少し悲しげな顔を見せ、翔はその部屋から出て行った。その足音を聞いているうちに強烈な睡魔がルベーナに取り付き――次に目が覚めたとき、彼女はひきつった悲鳴を上げる羽目になってしまった。
「な、なん‥‥っ‥‥龍牙!? それにあんた――!?」
 三つの顔がのぞき込んでいた。一ヶ月以上に渡り彼女を楽しませてきた男と、彼女に死の淵を覗かせた男。冷静さにやや欠ける彼女は後者を視認した時点で大あわてだったが、もう一つの顔がさらに問題だった。‥‥いけ好かない部門のいけ好かない総責任者――死んだはずの、情報統括ザーラだった。
「さすが“狂戦士”ルベーナね。龍牙に蹴られて生きてるなんて‥‥頑丈さだけは大したもの、ってところかしら」
「あ、あんた生きて‥‥いや、なんでここに‥‥」
 感心のしかたの嫌味さに噛みつくこともできず、ルベーナは呻く。
「ふふ、まあいろいろあるのよ。ねぇ、龍牙?」
「あ、ああ‥‥」
 艶やかな微笑に対し、返事はなぜか歯切れが悪い。
「あぁん‥‥ちゃんと返事してよ‥‥」
 龍牙にすり寄り、耳元で囁くザーラ。
「ま、待て、おい‥‥! 人前で‥‥」
「いいじゃない‥‥この二人だって“そういう関係”みたいだし‥‥。‥‥んんっ‥‥はぁん、もっとキスして‥‥」
 キスをせがむ女を拒みかねる龍牙。とてもではないが、《シュヴァルツ・バタリオン》を震撼させている男とは思えない。

(‥‥こんな奴に負けたのか、アタシは)
 疲れがどっと押し寄せてくる。ふと、見慣れた男と目が合った。
「‥‥なあ‥‥なんでアタシを助けた‥‥?」
「あれだけしておいて‥‥見殺しにできるかよ」
 翔は少し顔を赤らめ、目をそらす。
「ふふ‥‥」
 自然と、笑いがこみ上げる。あばらが痛い。なんだ、なんの冗談だよこれは‥‥。全身の痛みに顔をゆがめつつ、ルベーナは笑い――つられて翔が笑う。龍牙とザーラは壁際でお楽しみ中。互いに股間をまさぐりながら、濃厚なキス‥‥甘い喘ぎが漏れてくるのは時間の問題だろう。

「っつ‥‥翔、アタシにも――してくれよ‥‥」
 これはこれで、いいかもしれない‥‥唇を重ねながら、ルベーラはそう感じた。
 捕虜の扱い、今後の処遇――知りたいことはいくらでもある。捕虜になったことが組織に知られれば刺客も放たれるだろう。だが、今は忘れよう。今は、生きてこの頼りない色男とともにいられることを楽しもう。なんと言っても、あのザーラでさえよろしくやっているのだから――。

(終)

外伝。悪女スレが筋肉女の流れになっており,ここぞとばかりに書いた記憶が。筋肉悪女っていいですよね。‥‥いいって言え。筋肉の程度がどれぐらいまで許容されるのか図りかねていた部分があり,あんまりムキムキ描写はありませんが‥‥そっち方面は後に弟子シリーズ外伝のガディザとして形になりました。ストーリー的には,なぜザーラが龍牙と直接対峙することになったかという後付の話です。再録に当たって,エロシーン増量など多少改稿。

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