外伝第一話 ある幹部の最期

 秘密組織《シュヴァルツ・バタリオン》地下本部。この最深部はすべて首領自身の居室や司令室で占められている。が、首領個人の休憩室から出てきた人間は、首領でもなければ勤務の職員でもなかった。長身の女――軍服のような制服に身を包んではいるがその胸元を大きく開けているため、巨大と言っていい大きさの乳肉が半ば露出している。タイトスカートからは黒いストッキングが覗き、むっちりとした、それでいてすらりと長い脚を彩る。美しくも鋭い刃を湛えた瞳には貪欲な闇が宿り、妖艶な唇には好色さと残虐さが潜む。一目見れば忘れられないほどの美貌の持ち主――彼女はザーラ。《シュヴァルツ・バタリオン》情報統括だ。
 彼女は黒髪を靡かせ、颯爽と歩く。卑猥としか言いようのない服装だというのに、その表情と身のこなしに表れた傲慢な自信によって、むしろ威圧感を感じさせる。かつかつとヒールの音を響かせて歩き、四つ辻で右に曲がり――そこで唐突に足を止めた。

「――ヴォルフ」
「嫌そうな顔をするなよ」
 通路に、男がいた。がっしりとした筋肉の目立つ体、顔には二筋の傷跡。その男の顔を見るなり、女は不快を交えてその名を口にした。が、ヴォルフと呼ばれた男は表面的には軽い口調で答える。しかしその口調とは裏腹に、一種の不快感をより強く醸し出しているのはむしろ男の方だ。彼は女の腕を乱暴に掴んで引っぱると、彼女の背を壁に押しつけた。そしてその顔の両横に手をつき、口を開く。
「今日の『お仕事』は終わりか? 情報統括サマ」
「あなたには関係ないことよ、戦闘統括殿」
「そうでもねえよ」
 鋭くも挑発的な視線を投げ返す女に一言を返すと、その整った顎を掴み、顔を上に向けさせる。次の瞬間、荒々しい口づけを。舌を奥深くへ差し込み、そしてその胸元へ片手を忍び込ませる。吐息を漏らしながら口づけを続け、そして徐々に手に力を込める。淫らな反発を返す乳房を今度は両手でもみしだきながら、口内にとろとろと唾液を流し込む。溢れたそれは一筋の線を描いて胸元の谷間へ消えてゆく。たっぷりと流し込むと、女もそれを無造作に飲み下し――ようやくキスは終わった。
 だが、情熱的なキスを交わした後とは思えないほど、二人の視線は冷たく、鋭い。
「久しぶりにお前を抱きたくなった。首領の残り糟を味わうのはごめんだからな‥‥なに、ただでとは言わねえよ。対価は次の円卓会議での賛成票だ――情報部門特別部隊に関する、お前の要求のな」
「あいにくね。他の連中に話は付けてあるの、あなたの票がなくても困らないわ‥‥」
無粋な取引に女はくっくっと喉で笑う。その嫌味な含み笑いに、ヴォルフの纏う空気が一気に燃え上がる。
 大きな手が、細首にかけられた。
「調子に乗るな、糞アマ‥‥。てめえはしょせん首領の肉便器だ。その汚えマンコに俺のチンポをぶち込んでやりたいだけだ。見返りなんて期待してんじゃねえよ、売女が」
 下劣な言葉で女を罵る。が、女の表情はほとんど変化しない。そのわずかな変化も、おびえではなく挑発だ。
「ふふ‥‥ふふふ、そう、だったら最初からそう言いなさい。‥‥さっきの仕事はただの報告よ‥‥今日は首領とはしてないわ」
 ヴォルフはその答えに満足げな笑みを一瞬浮かべると、「ついて来い」とだけ口にし、振り返りもせず自室へと足を進めた。
 首領専用区から出てれば、あちこちを忙しそうに職員と戦闘員が仕事に精を出している。二人の最高幹部の姿を認めると、彼らは足を止め、最敬礼でその通過を見送る。彼らの視線の先は、ヴォルフではない。その後ろを歩く女だ。男からの視線は欲望、女からの視線は羨望が入り交じってはいるが――その視線の主成分は畏敬、または恐怖だ。しかし、戦闘統括はそのことにも気付かない。愚かな男だった。だからこそ、彼はザーラに対して無邪気に強圧的な態度が取れるのだ。序列自体は戦闘統括は情報統括より上であり、また基本的に最高幹部は対等のはずだ。暴力こそが力だと信じる彼にとっては男が女に勝るのは当然であり、したがって、自分の地位はどうあってもザーラより上だと思ってしまう。
 もちろん、実際は違う。ザーラが統括になって以来、情報部門は飛躍的にその勢力を伸ばした。各部門がそれぞれに持っていたはずの個別の情報網を一手に掌握し、組織内のあらゆる情報を手にするようになった。その強力な情報力は敵に対しても当然威力を発揮したが、内部の権力闘争にも激甚な影響を与えた。彼女の思惑一つでどんな情報でも集まり、また、どんな情報でも捏造できる。
 急速に台頭するザーラを排除しようとした者は残らず返り討ちにされ、むごたらしい末路をたどった。方針が鋭く対立した者もまた次々に失脚した。多くの幹部たちが屍をさらし、その屍の山がザーラの踏み台となってゆく。
 血みどろの権力闘争を経て、諸部門のほとんどが彼女に屈服するか、あるいは嫌々ながらもその影響下に甘んじている。いまや正面切って意見するのは戦闘統括だけだ。しかし彼は剛腕と蛮勇、そして強運で成り上がった人物であり、政治力は皆無だ。それ故ザーラに「相手にされていなかった」だけだというのに、無邪気にも「ザーラも俺には手を出せない」と思っていた。自分の立場が分かっていなかった。
 ザーラは女だ。女は男に抱かれるためにいる。男に貫かれ、浅ましい声を上げてよがり泣いていればいい。この美女を手にする資格があるのは、この組織で最も「強い」男、つまり自分だけだ。――心底、そう信じている。どこまでも愚かな男だった。

 戦闘統括私室の前に、二人は至った。警備の戦闘部門所属上級戦闘員たちが二人の最高幹部に敬礼する。が、彼らの敬礼はさすがにヴォルフに向けての敬意が勝るようだ。ザーラに対してはむしろ強い警戒心が透けて見えるが、かといって敬意を減ずるわけにはいかない。少なくとも形の上では最敬礼をし、うやうやしく二人を迎えた。
「入れ」
 戦闘統括はぶっきらぼうにそう言い、ドアを開けて情報統括を促す。その動きはまるで彼がレディファーストとやらの習慣を身につけているかのようだ――が、ザーラが部屋に入ったことを認めるとその本性がむき出しになった。女を組み伏せるように押し倒し、がむしゃらにその唇を蹂躙する。軍服の上からそのたわわな果実を荒々しく揉みしだき、そしてその邪魔な布きれを引き裂かんばかりに力を込め――その太い手首を、白く滑らかな手が押さえた。
「待って」
「黙ってろ」
「破られては困るの。ボタンもね」
 静かな声だが、不思議なほどの迫力がある。思わず気圧されていると、彼女はみずからボタンを外し、そのあまりにも美しく巨きな乳房を露わにした。
「ふふ‥‥あまり焦るとみっともないわ。ほら、食べていいのよ‥‥ぁ‥‥んっ‥‥」
「黙れ‥‥黙れ糞アマ」
 押さえがたいまでの苛つきを顔と言葉に滲ませる。だがその身体は欲望のまま女の乳房にむしゃぶりついた。まんざらでもなさそうな甘い吐息が漏れ、余裕を感じさせる喘ぎがときおり交ざる。その匂い立つフェロモンに反応する男根が、戦闘服の下ではち切れんばかりになっている。女の指先がそれを狙う。つうっ、と付け根から先端へ滑り行く。
 ヴォルフは苛ついていた。
 女が、こちらが望みもしないのにテクニックを発揮する――それは彼の主導権をおびやかす行為だから。女に身をゆだね、女の主導によるセックスを楽しむなどという言葉は、彼の辞書にはない。セックスとは「男が女を抱く」のであって、「互いに楽しむ」ものではなく、ましてや「女に抱かれる」などあり得ない。極上の美女を味わうという楽しみの最中であっても、彼は女が勝手に振る舞うのが気に入らない。
 ザーラの服を荒々しく脱がせると、白い指先が自分の服を脱がせようとするのをはねつけて、急いでいるかのように手早く服を脱ぎ捨てる。そして女の身体を引き起こしてその前に仁王立ちになり、艶やかな唇にペニスを突きつけた。
「しゃぶれ」
 命令に微笑を浮かべ、たかぶりに舌を這わせる女。挑発的な瞳、唇。舌先をちろちろと動かして鈴口、カリ、裏筋を巧みに刺激する。強烈な快感がはい上がってくる。紅い唇が上下し、亀頭も竿も舐め尽くしてゆく。ペニスは悦びにうちふるえ、大きく脈打ち、跳ね上がる。それを見てか、女の目はますます艶を増し、淫らに挑発する。はらわたが煮えくりかえるような苛つきが、ヴォルフの中を満たしてゆく。
 ついに彼は我慢の限界に達した。唐突に女を抱え上げるとベッドに放り込み、その身体を一気に貫いた。

*

 甘い吐息が漏れる。最初は「んっ、んん‥‥」といった程度の呻きだったが、次第に艶を帯びた喘ぎがそれに取って代わってゆく。眉根を寄せ、顔を横に傾ける。ほっそりとした手を時に額に当て、時に胸をみずから揉みしだく。しっとりとした肌がまとわりつくその感触を、ヴォルフはようやく充足感と共に感じ取った。
「そうだ‥‥喘げ、悶えろ‥‥」
「はぁっ、ぁあ、‥‥あんっ‥‥ああっ、はぁっ‥‥!」
 控えめな喘ぎは徐々にはっきりとしたよがり声になってゆく。それでも――彼女の本来の乱れ方を知っている男なら、その声は到底「よがり声」ではないだろう。
「どうだ、俺のチンポは‥‥答えろよ」
 無粋な問いと共に、腰を突き込む。さすがに喘ぎも跳ね上がり、声にも熱がこもり始める。ぐちゅっという音が同時に響いた。
「ああっ、はぁっ、いい‥‥太い‥‥長いわ‥‥っ、奥まで‥‥届いてる‥‥ああっ、あんっ、そう、‥‥はぁんっ!」
 女が感想を口にすると、口元を笑みに歪めて腰を連続で突き込み始める。
「首領と、どっちがデカい」
「ああっ、くはっ、あ、あなたよ、あなたの、方が、大き‥‥い‥‥!!」
「ザーラ、俺の女になれ‥‥毎日抱いてやる‥‥」
「あああっ、そこ、そこよ、すごい、感じる‥‥っ!! 子宮、突いて、っくはぁっ!! イきそう、もっと‥‥!!」
 組み敷かれ、激しいピストンを受け、ザーラは悶える。じっとりと汗が額に滲むのを見れば、それが演技でないのは確かだろう。だがその喘ぎが自分の答えをはぐらかしたものだとは、ヴォルフは気付かない。そんなことよりも、ザーラが露骨に要求を出しはじめたことがまたしても彼の苛立ちを引き起こす。
「男に指図してんじゃねえよ、淫乱が‥‥!」
 女を黙らせようとするかのように、猛然と腰を使う。体位も変えず、荒々しいピストンで子宮口を突き崩してゆく。喘ぎがさらに大きくなり、淫らになる。男をくわえ込んでいる部分が卑猥にうごめく。熱くたぎる淫肉がペニスに絡みつき、吸い付く。入り口や奥の方でも締め付け、射精感を一気にあおってくる。ピストンのために肉棒を動かすと、そのたびに凄まじい快感が走り抜ける。
「はぁっ、あぁっ、っく、――ああぁっ!!」
 男をますます欲情させ、興奮させる媚声が響く。ペニスからの刺激と、脳髄を麻痺させるような甘い喘ぎ――快感がついに彼の限界を超えた。
 ヴォルフは腹の底から絞り出すような呻きを上げてペニスを引き抜くと、女の顔へと白濁液をぶちまける。粘液が濃艶な顔を彩り、汚した。

*

(もう少し女の扱いを勉強してほしいわね‥‥)
 苦く粘つく液体を難なく飲み干しながら、ザーラは朦朧としつつも内心で愚痴をこぼした。荒々しい行為ももちろん嫌いではない。が、“荒々しい”と“粗暴”は似ているようでかなり異なる。強い男も、ぶっきらぼうな男も、嫌いではない――好きだ、といって良い。が、みずからの腕力ばかりを誇り、気遣いもなく、横柄で粗暴な男は彼女の好みではない。そんな相手ではあっても――子宮を突き上げられ、力強く犯されれば、彼女の女の部分が反応してしまう。赤黒く張り詰め男を誇示する肉棒を見れば、どうしても欲情を抑えきれない。相手が粗暴で愚かな男だと分かっているのに――自分の淫らな性に、ザーラは思わず自嘲めいたため息を漏らした。
 この男に、もっと繊細さがあれば。もっと明敏で、気持ちを察することもできる男だったなら。この組織でそんなことを求めるのは無意味と分かっていても‥‥ある種の思いやりを彼が持っていたら。たとえ利害が一致しなくとも、おそらくザーラはこの男ともっと良好な関係を築けただろう。数日に一度は身体を重ね、ことによっては睦言さえ囁いたかもしれない。――だが、現実はそうではない。

*

 ヴォルフはザーラを休ませることもなく組み敷くと、今度は後ろから一気に貫いた。身動きの取れないまま、女はくぐもった呻きを上げる。男がズシンズシンと奥底を連打すると、シーツを掴み、逃げようとするかのようにもがく。もちろん、動けはしない。そのまま追いやられ、喘ぎは激しくなる。背中に汗が光る。
「ああ、あぅっ、ぉ、おぁうっ! くはっ、ああ――っく、はぁうっ!!」
 声は徐々に高く荒くなってゆく。その様子に満足げな笑みを浮かべ、ヴォルフはますます腰の動きを激しくしてゆく。何の工夫もない、がむしゃらなだけのピストン。
「イけ――イけよ、悶え狂ってみせろ――オラッ!!」
「お、おぁ、あぁ、――あぁあああっ!!」
 頭をベッドに押しつけられ、肩と顔とで体を支えていたザーラは眉間に皺を寄せて達した。男はますます調子に乗り、ますます荒く責め上げる。余韻を味わう間もなくまたしても喘がされ、ザーラは苛つき、不快に思いながらもその体は素直に感じ続ける。
「わかってんだろ――お前は雌だ。俺に抱かれて喘いでいればいい‥‥」
 絶世の美女を征服しているという充足感に高ぶりながら、ヴォルフは自分の快感のためだけに腰を動かし続け――やがて野獣のような咆哮と共に、その熱い体内へ精液を放った。

* * *

 男は満ち足りた表情で息をつくと、股間から白濁液を溢れさせる女をそのままにして一人シャワー室へと向かった。そしてすぐに水音が聞こえはじめる。その音を聞きながら、ザーラはゆっくりと体を起こした。股間からごぼっと精液があふれ出る。それをティッシュで無造作に処理し、ため息。呼吸はもう落ち着き、上気していた肌も普段の色と温度に戻っている。――貫かれ、喘ぎ、悶えていた女とは思えないほどに冷め切った表情。
「‥‥つまらない男‥‥」
 シャワー室の方を見やり、侮蔑と冷笑の入り交じった表情を浮かべる。
彼女は満足できなかった。
 ヴォルフの荒々しい攻めで二度、達した。小さな波も含めれば、何度も達した。だが、足りない。身体だけではない、何かが物足りない。脳髄が痺れるような快感が、高揚感が、陶酔感が、決定的に足りない。それは結局のところ、精神面での不満だった。
ザーラは主導権を握ったセックスが好きだ。その意味では、ヴォルフと同じだ。だが、男というのはは大なり小なり女を思うがままにしたいと思うものだ。なら、互いに快感を高め合うか、あるいは相手が与えてくる以上の快感で相手を虜にすればいい。そういうセックスなら、ザーラは何の文句もない。だが、ヴォルフのそれはただ自分の主張を通すだけの行為だ。そして、気に入らなければすぐに腕力を使って思いのままにしようとする。そんな交わりをザーラが好むはずもない。
 渦巻く不満は今までの反感と混ざり合い、増幅してゆく。気だるい光を湛えていた瞳が、徐々に刃を帯び始める。

 ばたんと音を立て、ヴォルフが現れた。バスタオルを腰に巻き、物憂げにこちらへと向かってくる。ザーラはその頬に軽い口づけを与え、入れ替わりにシャワー室へ向かう。
(使えない、頭も悪い、しかも私の邪魔をする、そしてセックスは荒いだけ‥‥。邪魔をしないなら放置してあげてもいい。私を芯から燃え上がらせてくれるなら、多少の邪魔も我慢してあげる。それもできないなら――そろそろご退場願おうかしら)
 一時の欲望のままにザーラを貪るという贅沢――それはヴォルフにとってあまりにも大きな代償を要求することになった。

* * * * *

 その週の最高幹部円卓会議は当初の予定を変更し、別内容となった。本来の議題は情報部門特別部隊の増強に関する可否その他だったが、それは後日となった。本日の議題は――
「きっ‥‥貴様、これはどういうことだ!!」
 戦闘統括ヴォルフの周囲に、重武装の上級戦闘員が突如現れた。そしてそれぞれの武器を寸分の狂いもなく、彼の頭へ突きつける。
「聞こえなかったのかしら、戦闘統括殿。――『反逆の容疑で逮捕する』、そう言ったのだけど」
 表面上は穏やかな口調で、情報統括はさらりと言ってのけた。氷点下の微笑はぞっとするほど美しく、そして邪悪だ。
「反逆だと!? ふざけるな、何の根拠があって――」
「情報部門を甘く見ないでほしいわね。無許可の親衛隊増強、武器集合、通信の急増、偽装帳簿――」
「ザーラ!! 貴様、貴様か、貴様が俺を――」
 目は血走り、額には青筋が走る。蛮勇で知られた彼であっても、それほどの恐怖だ。円卓会議は首領に次ぐ最高決定機関――その場で逮捕されるのは、処刑と同義だ。
「はめた、とでも? 言いがかりは止めてほしいわ、私は情報から推測される最も蓋然性の高い可能性を指摘しているだけよ。もちろん、あなたが無実だという可能性もあるけれど‥‥この膨大な証拠資料、あなたに覆せるのかしら? あなた程度の頭で‥‥ふふふ、あっはははははは!!」
 勝ち誇った哄笑が響き渡る。並み居る幹部は沈黙を守ったまま。――誰もが、彼女の陰謀であることを知っていた。だが、首領の愛人であり、組織のあらゆる情報を握る彼女に立ち向かうことなどできはしないのだ。そのことを、「ヴォルフ失脚」という茶番が他の幹部に知らしめた。
 誰であろうと、どんな状況であろうと、機嫌一つですべてが変わる――ザーラは権力に酔っていた。溺れていた。ほとんどの政敵を排除し、首領の右腕という地位を確立した以上は無用の恐怖をあおるべきではないのに。ヴォルフの存在など、もはや路傍の石に過ぎなかったのに――彼女をセックスで満足させられなかったという理由で、ただそれだけで戦闘統括は失脚した。
 権威と権力の絶頂――世界を食い殺そうとするこの組織、その最高幹部を牛耳るという恐るべき地位。彼女を制御できるのは首領のみ、だが現在の所は彼も愛人の手腕を重用している。
「では戦闘統括殿、私はこれで」
 ゆらりと立ち上がり、無造作に歩みを進める。巨大な銃をこめかみに突きつけられたヴォルフは、烈火のごとき怒りに満ちた目で彼女を睨む。睨み殺しかねないその視線に気付き、ザーラは「反逆者」の前で足を止めた。
「ふふ‥‥いい目をするじゃない。‥‥素敵よ、ぞくぞくするほどね」
 男の奥歯がぎりりと鳴る。その顎を細い指先が捕らえ、上を向かせる。怒りで乾いた唇に、妖艶な唇が一瞬だけ重なった。
「さようなら、ヴォルフ」
 憤怒と絶望がより合わさった怒号を聞き流しながら、情報統括は振り向きもせず去っていった。

* * * * *

 その夜は盛大な宴となった。情報部門の中からザーラの気に入った部下たちが統括私室へ集められ、女主人にかしづく。残りの職員や隊員にもおこぼれとして恩賜の高級酒が振る舞われたのだから、彼らも彼らなりに宴を楽しんでいるのだろう。が、ザーラのそれは当然そんなものではない。豪奢の限りを尽くした宴が行われ、その後は一人の女を取り囲む肉色の宴となる。
「うあ、ああっ!! ザーラ様、ザーラ様‥‥っ!!!」
「あぁっ、はぁん、いい、いいわ‥‥イきそう? イきそうなのね‥‥いいわ、ぶちまけなさい‥‥んっ、はぁぅっ!!」
 少年の腰の上で、ザーラは腰を振りたくる。耐え難いまでの刺激に少年は女のような声を上げて達し、その熱い膣内に迸りを放った。間髪入れず次の青年が情報統括を抱き起こし、いまだ白濁液があふれ出る秘部を、反り返った肉棒で貫く。その激しい交わりにも女は余裕をちらつかせ、甘い声をあげて部下の欲情をあおる。青年の腰はますます激しく彼女を貫き、それに合わせて喘ぎも高くなってゆく。淫らな乳房を揉ませ、弾ませながら、腰をくねらせる女。ひくひくと物欲しそうな菊座に気弱そうな少年が指を潜らせると、女は喘ぎながらもくすくすと笑う。たまらず、少年はそこへ高ぶりを押しつけ、押し込んだ。跳ね上がるよがり声。二人の美男子に同時に貫かれ、ザーラは狂う。その艶やかな唇さえも、別の少年がペニスで塞ぐ。それぞれ高ぶりに堪えられず、順に精液を女の中へと放つ。だが、宴は終わらない。男たちが次々にザーラを犯す。いや、ザーラに身体を捧げ、身も心も犯されてゆく。
 ザーラの饗宴――狂宴は珍しくない。《シュヴァルツ・バタリオン》の幹部は欲望に忠実な者が多く、程度の差はあれ私欲にまみれた生活をしている。乱交を伴うような宴を好む幹部も、他にもいないわけではない。とはいえ、彼女の宴はその中で最も派手で、退廃的だ。
 あらゆる政敵を蹴落とし、打ち倒し、葬り、ついに掴んだ頂点。その頂の脇にあった最後の石ころ――大した害もなかったはずの存在――を、みずからの気まぐれだけで処分した。後任人事への干渉も手配済み。これで自分の地位は揺るぎないものになるだろう。
 ――最上の美貌には最強の権力を。
 満足感、陶酔感が彼女の興奮と驕慢をますます高めてゆく。従順な少年たちを全身で貪りながら、ザーラは悦楽に狂う。強欲と驕慢、そして色欲の醜悪な権化。だがそれ故に、彼女はこの上もなく美しいのだ――。

* * * * *

「ひどいことになったな」「ヴォルフも運が悪い」「あの男は確かに無能だ。いままで消されなかったのが不思議だ」「しかし、あれはあまりに」「あの淫乱‥‥いずれ止めねば」「だがうかつには動けん。どこに奴の手が回っているか――」「機が熟すのを待つしかあるまい」
 最高幹部たちは密やかに声を交わした。恐怖に支配された者だけが発する、怯えた囁きだ。そして一定のレベルを超えた怯えは、いずれ溢れる。
 彼女の知らぬ所で――情報統括の彼女さえ知り得ないところで――最高幹部たちは徐々に心を一つへまとめていった。「驕り」というみずからの最大の弱点に、ザーラは気付いていなかった。もっとも、そのせいでザーラがすべてを失い、代わりに心と体が極限まで満たされる相手と出会うことになるとは――ザーラも、他の幹部も、それ以外も、誰も予想できなかったが。

(終)

外伝,ザーラ悪行編その1。強欲で悪辣な美女というものに猛烈に憧れます。書いた順番としてはシリーズ中の最後なんですが,他の話との時系列を勘案して掲載順序を変更。

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