二人の休暇

 港湾都市ダハーシュ。さわやかな海風が吹く早朝、ある宿屋の玄関扉が開いた。
「いってらっしゃい。またね」「ああ、また来るよ」
 三十代後半と覚しき男がマントを羽織って現れ、続いてハーピーが中から姿を現した。肩も露わな彼女は男に抱きつくと、数秒間口づけをし、そして手を振る。男も振り向きざまに軽く手を振り、去って行く。その後ろ姿が角を曲がったところで、ハーピーは首をくきくきと鳴らして玄関から中へ戻った。間もなく、別の男が現れる。それに続いて、今度は猫獣人の女が。先ほどとほとんど同様のやりとりをして、男は去り、女は室内へ。また別の男が、女が――。
 宿屋〈女神のゆりかご亭〉の朝は、いつもこうだ。この宿は、男が一人で泊まり、女に見送られる宿――というのはいささかもってまわった表現だが、端的に言えば売春宿である。コトを済ませてすぐ帰る客も少なくないが、宿泊していく客は大抵がこのようにして宿を発つ。一人一人別々に出立するというのは、ある程度体面が気になる地位の男を主な客層とするこの宿の配慮だ。そしてこういった配慮は功を奏し、確実に常連客を獲得している。接客教育の行き届いた魅力的な女たち、清潔な内装、そして細やかな配慮。今の女将であるハールマの方針は、この宿をダハーシュでも有数の人気娼館に育てていた。――といっても、それはある程度以上金のある連中にとっての話だが。

*

 客をすべて帰し、清掃その他の日常業務を終え、ハールマは自室でひと息つく。店の娘達も休憩中。改めて床に就く者、歓談に花を咲かせる者、「技術」研究に余念のない者、外出している者も何人かいるようだ。楽しそうな笑い声を階下に聞きながら、女将は外を眺めていた。が、ふと気になる音に視線を落とす。娼館の前の路地に、馬車が入ってきたのだ。そして店の前で止まる。死角になって見えないが、どうも中に乗っていた者はこの宿へ入るつもりのようだ。もちろん今は営業時間外だから、店の娘たちも中に入れはしないだろう――と思いきや、そういう押し問答も聞こえてこない。
「誰だろうね‥‥」
 不審に思っていると、間もなくコンコンとドアが鳴り、若い女の声がした。
「女将さん、ガルフさんがお見えです」
「ガルフが? なんだい、こんな時間に」
 彼女の上客、ガルファム・カーリミ氏の来訪は珍しくない。「客」としての訪問に加え、それ以外の訪問――つまり、単なる友人としての訪問も同様だ。が、いずれにしてもその来訪は夕方以降、つまり彼も仕事を終えてからのこと。午前中からの来訪というのは今までにないことだ。
「ちょっとばかし待つように言っとくれ。じきに呼びに行くよ」
「それが‥‥至急の要件だそうで、すぐに会いたいとおっしゃいまして‥‥」
「至急‥‥」
 ガルフが急ぐのは珍しい。市政府高級官僚である彼はいつもハールマに便宜を図ってくれるが‥‥その彼が「至急の要件」と言った。そのことにハールマの胸はざわつく。数秒の沈黙の間に、彼女は様々な想像をしてしまう。お上の目をかいくぐる商売を続けている以上、それは生きるために染みついたことだった。しかし、勝手に悪い方向へ先走っても仕方がない。
「分かった、すぐ行くよ。二階の待合室だね」
「はい――あっ、もうこちらにお見えになりました」

*

「いったい何事だい!? ちょっとは説明しなよ!!」
 ハールマがわめくのも無理はない。ガルフは彼女の部屋へやって来たかと思うと、勢い良くその手を引き、事情を全く説明せずに馬車の中に乗り込んだ。おかげでハールマは恐慌状態だ。ガルフはそれを宥めるように言った。
「たまには旅行としゃれ込もうぜ」
「‥‥はあ!?」
 訳の分からない言いぐさに、娼館主は声を荒げる。
「そのままの意味だ。休暇も取ったし、たまには二人旅ってのも悪くないだろ」
「なっ‥‥それなら最初からそうと言っとくれよ、『至急の要件』なんて言うから摘発か何かかと思って慌てたじゃないか! あんたは何も言わずに引っ張り回すし‥‥!」
 強い不安は解消されたが、その緊張と現実の落差によって生じた肩すかしでハールマは怒る。もっともそれは急速に落ち着いていったが、それでも不満と腹立ちは消しがたい。柳眉を逆立てた美貌はなかなかの迫力だが、これもまた魅力的だ‥‥とガルフは思う。さすがに今は口に出さないが。
「『旅行に行こう』って言っても、お前は来ないだろ」
「そりゃそうさ。店を放って出かけるわけにはいかないよ」
「そう言うだろうと思って、もう話は付けてある」
 怪訝な顔をする女将にニヤリと笑うと、馬車の窓から顔を出し、
「サフィ!」
 一声呼ぶと、店からエルフの女が顔を出し、スカートの裾を持ち上げつつ駆け寄ってきた。
「女将さん、お店はあたしたちに任せて、たまには羽を伸ばしてきてくださいよ。だーいじょうぶですって、あたしたちも普段の経営ならいつも手伝ってますから。帳簿もきっちり付けますし」
「え‥‥そうかい‥‥あ、でもあたしは旅行の用意なんてなんにもしてないし‥‥」
 自信満々な言葉に押され、とまどい気味に「行くつもりはないんだ」と言外に匂わせる。が、サフィは間髪入れず言い放った。
「用意ならもうその馬車に積み込んであります。着替えも日用品も、まず困らないはずですよ」
「‥‥手回しが良いにも程があるんじゃないかい。大体用意なんていつの間に‥‥」
 横目で睨む女将に、お役人は笑う。そして馬車はがらがらと車輪を鳴らして走り出す。振り返ると、〈女神のゆりかご亭〉玄関では何人もの娼婦が笑顔で手を振っていた。要するに、事情を知らされていないのはハールマ一人だったというわけだ。
「なんて言うか‥‥釈然としないね‥‥」

* * * * *

 何組かの客を乗せた船は、大きな三角帆を一杯に膨らませてアルム・シェダ河を遡る。この季節、遡航は順風にあたる。ゆったりと流れる川面を、船は軽快に滑って行く。二人を乗せているのは細長い船体に二本マスト、喫水も浅い河川用快速船だ。ガルフは黙っているが、この船の運賃は安くはない。船足が速いのが取り柄で、大量の人や荷物を運ぶのには向いていないからだ。しかも、二人が乗っているのは大部屋ではなく二人部屋だ。当然、それなりの額が加算される。
 もっとも、ハールマはそんな事情を知るはずもない(知っていたとしても、旅行に連れ出された経緯からして、鼻で笑うだろうが)。最初は物珍しげに河岸の風景を眺めていたが、代わり映えのない景色に飽きてしまったらしい。鼻歌を歌ったり、伸びをしたり、明らかに退屈を主張している。そんな彼女の隣にガルフは腰を下ろした。木の腰掛けがぎしりと鳴る。
「それにしても、なんでこんないきなり『旅に出よう』なんて言い出したんだい? そんなこと、今までひとことも口に出さなかったじゃないか」
 当然の疑問を、改めて問いかけるハールマ。馬車に押し込まれて出発したときは、不安や腹立ちや呆れやその他諸々の感情に忙しく、こんな問いを発する余裕もなかったが、今なら落ち着いて聞ける。だがその答えはというと――
「‥‥お前とゆっくり話がしたかったんだ」
 噴飯ものの答えだったが、その神妙な顔つきにハールマも毒気を抜かれてしまう。が、どうもこの男の様子は変だ、と思う。おそらく――彼女の勘が当たれば、よろしくないことを考えている気がしてならない。芝居がかったところのある男だし、何食わぬ顔でとんでもないことをやってのける男でもあるが――彼自身の心に関わることについては、意外なほどに演技下手なところがある。そこに惹かれている部分が無くもないのだが。
「そんなの‥‥話なんていつでもできたろ。しょっちゅう会ってるんだからさ」
「‥‥悪いな、ルメクに着いたら話す。それまでは勘弁してくれ」
 元気のない言い訳をすると、スキュラの首筋に口づけ。乳房を持ち上げるように揉む手つきに、ハールマは甘い吐息を漏らした‥‥。
 ――ハールマは後に言う。「あんとき、何となく分かったよ」と。

* * *

 ダハーシュからルメクへ。賊の多い地方はいざ知らず、治安の良いビルサ影響圏においてその道のりは決して大旅行ではないが、それでもそれなりの旅ではある。まずは大陸中央を南北に流れるアルム・シェダ河を船で北上すること数日、その後は商都ビルサへ入り、そこから出ている定期馬車に乗って、朝から夕方まで揺られることになる。
 普通なら旅人はビルサでしばらく逗留する――というよりも、ダハーシュからの旅人はわざわざルメクまで行くことなどめったにないのだ。砂漠に接するビルサの住人なら、温泉街と化しているこの街――本来は水の精霊の御座所、聖地である――に行きたいと思うこともあろうが、海辺の街であるダハーシュからわざわざ来ようと思うものはかなりの物好きだ。たとえば水の精霊によほどご加護を頂きたい者や、時代遅れの修行者、あるいは魔導士など。そうでなければ、金と暇を持てあましたご隠居くらいのものだろう。
 さて、金と暇を持てあましているわけでもなく、まして水の精霊に用があるわけでもない二人連れは、ビルサに着くやせき立てられるように定期馬車乗り場に急ぎ、そしてあっという間にルメクへ発った。ダハーシュからの出発以来、行動だけを追えば、ほとんど逃避行か夜逃げである。
「なんだってんだい、せっかくビルサまで来たのに素通りかい」
 大陸有数の街を素通りするという暴挙に、ハールマはどうにもこうにも収まらない。
「ビルサは良い宿がない」
「‥‥宿?」
「その話もあとだ。まあ、これについてはルメクに着けばわかる」
 相も変わらず意味不明の説明でその場を乗り切ろうとする書記官に、さすがの娼館主も相当強い不満を抱かざるを得ない。が――
「そうむくれるな。美人がふてくされるともったいない」
 魅惑的な中低音で耳元をくすぐられる。馬車は船と違って完全に二人きりの空間、ガルフも遠慮がない。情熱的に胸を揉みしだかれては、百戦錬磨のスキュラもお手上げだった。

* * * * *

「さーて、聞かせてもらおうじゃないか。あたしをここまで引っ張り回さないとできない『話』ってのをさ」
「‥‥そうだな。そいつが筋だ」
 宿を取り、二人部屋に入った開口一番、ハールマは言い放った。ベッド脇に置かれた丸テーブルについて、にやりと笑う。ガルフも腹を決めたらしく、それに向かい合って腰掛けた。
「‥‥俺たちが出合って、ずいぶん経つよな。まだお前が現役だった頃に――」
「待った。昔話から始めるつもりかい?」
 話が始まる前に、いきなり待ったが掛かる。
「ここに来るまで、ずっとあたしは焦れてたんだ。‥‥そこまで悪い話とか、あたしが怒るような話じゃないんだろ? 結論から頼むよ」
「‥‥やっぱりそうきたか」
 がくりとうなだれる。が、すぐに気を取り直して顔を上げる。姿勢を正し、息を吸う。つられて、ハールマまでが何となく姿勢を正してしまう。目をまっすぐに見つめる。ふざけた調子など欠片もない、真剣そのものの瞳。そして――口を開いた。

「ハールマ。結婚してくれ」
 沈黙が立ちこめた。凍り付いたような沈黙。二人とも、表情は変わらなかった。あるいは、それは一瞬だったかも知れない。その沈黙を破ったのは――
「‥‥ふう」
 スキュラのため息だった。その音に、凍り付いた時間が動き出す。
「‥‥いつかこうなるんじゃないかと‥‥そういうことを言い出すんじゃないかと、薄々思ってたよ」
 そう言うと立ち上がり、部屋の隅へ行き、戻ってくる。手には酒瓶と盃。宿があらかじめ用意しているものだ。固そうな栓を足先でこともなげに開けると、二つの盃にとくとくと注ぐ。無造作に盃を進め、自分も口に運ぶ。一口飲んで、ため息。
「娼婦ってのはね‥‥惚れさせてなんぼの商売だ。抱かせて、惚れさせて、貢がせる。そういう女に入れ込む男を、バカって言うんだよ」
「分かってる」
「あんたホントにバカだよ。役人の中でも出世頭だ、って自慢してたじゃないか。それが種族も違う商売女に入れ込んで、書類や情報の横流しに手を染めて、あげく『結婚してくれ』なんて‥‥バカの見本だ」
「分かってる」
 心底呆れたように言う。だが、単なる呆れだけではない、親愛の情、そしてある種の哀しみさえも籠もった言葉。ガルフは苦笑を目元に浮かべ、再び肯定した。ハールマの言葉は止まらない。
「――あんたは良い男さ。顔も良い、体格も良い、性格も悪くない‥‥バカだけど。それに地位も金もある。あたしゃ知らないけど、頭も良いんだろうさ。それにベッドの上じゃ、ホントに無敵の凄さだし‥‥ああそうさ、ほれぼれするくらい良い男だよ。でもね‥‥あたしはさ、あんたをとっつかまえた娼婦で‥‥でも、あんたを、単なる金づるとか、都合の良いお役人様と思ってるわけじゃない。あたしは、あんたを‥‥友達だと思ってる。数少ない、大事な友達だよ。だから――」
「そこまで」
 しゃべり続ける娼婦を、今度は男が遮った。そしておもむろに立ち上がると、椅子を片手で引っぱりハールマの左隣に置き、腰を下ろす。右腕で女の腰を抱く。
「俺は、自分の気持ちだけでここに来た。お前が欲しくて、お前をものにしたくて、そのためだけにお前を引っ張り回してここへ来た。お前の都合や気持ちなんて、欠片も遠慮しちゃいない」
「‥‥まったくだね」
「謝る気はないぜ、そこまで殊勝じゃないんでな。――だから、お前も‥‥自分の気持ちだけで答えてくれ」
 そう言って首筋に舌を這わせる。びくん、と震える体。
「あっ‥‥」
「俺の世間体や体裁をダシにして断ろうとしただろ。その手はなしだ。店を言い訳にするのもダメだ。純粋に、お前の気持ちで答えてくれ」
 逃げ道を断って行く。同時に、耳や首筋を容赦のない愛撫が責め立てる。腰を抱いていた右手も不穏な動きを見せる。じりじりと彼女の性感帯に近づこうとする。ハールマの体が怯え始める。数日の旅路、抱かれることこそなかったが、彼女は何度も愛撫を受けてきた。感度の熟し切ったハールマ――彼女はもう、体が芯からくすぶり始めるのを抑えられない。
「さっきの言葉、ほとんど告白に聞こえたけどな‥‥」
「ち、違っ‥‥あぁっ‥‥!」
 耳朶を甘噛みされ、布越しに乳首をこね回され、スキュラは喘いだ。触手状の脚が、うねうねと動き始める。男の手に、腕に絡んでゆく。最初は制止するかのように腕を掴もうとしていたが、そんな動きはすぐに力を失ってゆく。
「口が嘘をつくなら、体に聞くだけだ。覚悟しろよ‥‥」
 ふてぶてしい口調が耳元で囁く。ハールマの全身に、ぞくぞくとする感覚が、頭の先から触手の先まで走り抜ける。神妙な「結婚してくれ」が嘘のよう――いや、おそらくこの男は初めからこのつもりだったのだろう。ハールマが渋ることも、そして本心では惹かれ合っていることも分かっていて。分かった上で、彼女に襲いかかる。
 ガルフの指はハールマの体を這い回る。指の先端だけを肌にかすらせて、その性感をじりじりと高ぶらせる。ついさっきは乳首をこね回していたというのに、もうそこには触らない。うなじ、首筋、胸元、腕、へそ、そして触手に。女が身もだえするのを楽しみながら、ごく軽く触れるばかり。だが、ハールマの成熟した性感は確実に高ぶってゆく。そのわずかな刺激から、後に襲いかかってくるだろう性感の嵐を想像してしまうのかもしれない。体の震えは徐々に激しくなり、かすかだった反応はもう大きな震えになっている。指先が弱い刺激を与えるたびに、椅子がガタン、ガタン、と鳴る。乳首はすっかり充血し、布地の下からその存在をあからさまに主張している。もともと襟ぐりの大きく開いた服だ、少し服を引っぱれば乳輪が覗く。乳首が勃起してしまえば、そんなことをしなくとも――。
「相変わらず敏感だな」
 香しい髪に顔を半分埋めながら、男はつぶやく。
「ああっ、はぁ、はぁ‥‥」
 女は既に力が入らないらしく、体重を男に預けてしまっている。腕が男にすがりつく。それは抵抗ではない――彼女は否定するだろうが、それはもはや、さらなる快楽の要求だった。男の指がするりと鎖骨を撫でた。びくん、と震える体。その弾みで、ぎりぎりのところで隠れていた乳輪が顔を出す。生娘のようなピンク色ではないが、豊富な経験を匂わせる、それでいながら十分に美しい色合いのそれ。ガルフは嬉しそうにそれを見つめると、またしてもかすかな感触だけをその部分に与える。先端には触れず、褐色の円形部分を縁取るように指をかすらせて。
「ひぅっ‥‥!」
 ――びくん、びくんっ。体が跳ねる。ほんのわずかな刺激だというのに、過激なまでに反応する女体。それをからかう言葉を耳元から注ぎ込まれ、淫らな体はますます激しく跳ねる。その動きに、ついに先端も姿を現した。ぴんっと尖りきったそれは、男の手、あるいは唇を求めてひくひくと息づく。しかし男はそんな餌を与えることなく、あくまでもかすかな刺激で性感を高めてゆく。肌はいっそう艶やかに色づき、熱を持って。半開きになったやや厚めの唇からは、とろりと唾液がこぼれた。
「まだイかせない」
「な、なんでさ‥‥」
 イかせて、という言葉が喉まで出かかっているのを察知して、またしても退路を断つ。困惑する声に含み笑いで応え、指を乳輪から滑らせ、乳房の曲線をなぞって腹へ、そして雌の芯へと――。
「あ、はぁ‥‥はぁあっ‥‥!」
 体の前側から生えている触手をまさぐられ、いよいよハールマは悩乱の声を上げる。この二本をかき分ければ、そこには彼女の秘部が息づいている。そう、ぐしょぐしょに濡れ、淫らな汁をしたたらせる雌穴が。男の愛撫が欲しくて、入り口では充血した肉びらがひくひくと息づいている。さらにその奥には、微細な吸盤の潜む肉襞が、逞しい剛直で貫かれたくて悶えている。
 だが、愛撫という慈悲は与えられない。ガルフは触手をかき分け、その淫らにあふれかえった肉壺を露出させはしたが、指一本触れはしなかった。あまりの仕打ちに耐えきれず、ハールマの腰が動く。だが、雌穴が男の指に食らいつこうとする寸前で、無慈悲にもその指は遠ざかる。信じられないというような顔で、ハールマは頭を振った。すがりつくような視線が男に注がれる。いつもは強気な姐御肌の女が、自分の技量に翻弄されている――その有様に、ガルフの欲情は満たされると同時にさらに激しく燃え上がる。
「どうして欲しい?」
 秘裂から遠のかせた指先で、またしても乳輪を苛む。乳首の先端どころか、もう乳輪全体が充血し、ぷっくりと膨らんでいる。
「い‥‥イかせとくれよ‥‥もう、限界、だよ‥‥!!」
「で?」
「っく、あんたっ‥‥あはぁっ、はぁ‥‥っ、早く‥‥抱いて‥‥! あんたのぶっといチンポで、あたしのマンコ、ブチ抜いて!!」
「合格だけど、一足飛びすぎるぞ。何事も段階が必要、ってな。ま、イかせてやるよ。――思いっきりな」
 卑猥な言葉を口走る娼婦にご褒美のキスを与えると、ガルフは胸元を焦らしていた手を、一気に乳房へ食い込ませた。張りのある乳肉が、不意打ちの愛撫に襲われる。
「ひぃいいっ!!」
 むちっ、むにゅうっ、と形を変える乳肉。乳首は両方とも強くつままれてすり潰され、柔肉は一気に揉みくちゃにされる。焦らしに焦らされて溜まりきっていた性感が、乳肉の中で破裂する。
「ひぃいっ、イッくぅうううぅぅっ!! イく、イくぅううっ!!」
 悲鳴のような絶叫をあげ、ハールマは一瞬で達した。乳房への愛撫だけでイくというそのこと自体が、彼女を追い上げていく。ガルフが勢い良く揉み込むたびに、ひぃひぃとよがり泣く。本格的な愛撫が始まって数分どころか二、三分も経っていないのに、またしても絶頂の高波が彼女を打つ。口を大きく開いて天井を向き、首筋をピンと張らせて痙攣。
「はっ‥‥あ゙ぁぁっ‥‥!!」
 その様子を数秒楽しむと、男は愛撫を再開する。尖りきった乳首をつまみ、上下左右に乳房を揺さぶる。
「いい乱れっぷりだな‥‥乳を揉まれてるだけで満たされそうか?」
 真っ赤に染まった耳に舌を這わせて、女殺しの声が囁く。ハールマが唇をかすかに動かした瞬間、乳房を激しく揉みしだく。
「ひ、ぃいいっ!! だめ、だめぇえっ!!」
 その「だめ」が何の意味なのか――もちろん、快楽に溺れる女のうわごとに意味など無い。だがそのうわごとを時々に応じて都合良く解釈し、さらに快楽へ変えていくのが技というもの。
「乳だけじゃだめ、か。じゃあ、こっちだな」
「!!!」
 男の新たな動きに、女は目を見開いた。口を半開きにしてぴくぴくと振るわせ、視線が宙をさまよう。
「みっともなく喜びやがって‥‥そんなに嬉しいか?」
「っ、はっ‥‥はぁあっ‥‥!!」
 何もかも分かっていて、それでもわざわざ聞く。ハールマがもう達しているのは明らかだった。彼女は荒れ狂う快楽の暴風に立ちすくみ、声さえ上げられずに悩乱しているのだ。――秘所への奇襲はそれほどまでに激烈だった。
 ただでさえ、焦らし抜かれて涎を垂れ流していた雌穴。とろとろと溢れる愛蜜は肉の裂け目から盛大にあふれかえり、触手を伝って床に垂れ落ちるほど。そこに、熟練の指先が襲いかかったのだ。しかも、ゆっくりと差し込んで弱点を探るような紳士的なものではない。いきなり進入し、そして一切の迷いを見せずに彼女の弱点をえぐり抜いたのだ。彼女個人の体を知り尽くしていなければ、いや、知り尽くしていたとしても普通はできない芸当だった。一瞬のうちに悦楽の壺を陥落させられ、声も上げられず、失神もできず、ただ痙攣する。
「何とか言えよ‥‥おらっ!」
 乱暴な声とともに、指先を強く振るわせる。膣内の一点を中心に、その強烈な振動が響き渡った。振動は即座に快感に変換されて脳髄を貫く。絶え間ない閃光が、快楽の雷となって荒れ狂う。
「あおおぉぉおっ!! あ、ひいぃぃいっ、いぐっ、イぐぅううっ!! だめっ、いっ‥‥くぅうううっ!!!」
 体を思いきりのけぞらせ、泣き叫び‥‥その瞬間。
 ぷしゅぅうっ!! ぷしゅっ、ぶしゅっ‥‥!
 透明の液体が迸った。秘部から噴き上げたそれは、盛大に飛び散ってテーブルを濡らし、床を濡らし、触手を汁だくにする。性感を凝縮した潮は、彼女の体を駆け巡る絶頂感の波と同調して間歇泉のように何度も噴き上がり、そのたびに濡らす面積を増やしていく。ろれつの回らない悲鳴を喘ぎに乗せ、ビクンッ、ビクンッ、と媚体が跳ねた。
「あああ‥‥っ‥‥」
 かくん、と首を倒す。ガルフは秘部から指を抜いた。手首までびしょびしょに濡れている。

「派手にイったな‥‥」
「ああ‥‥はぁ‥‥」
 強烈な快楽に灼かれたハールマは、息も絶え絶えに男に抱きついた。首筋にかじりつくようなキス。弱々しい、だが絶対に離れそうにない抱擁。愛しい娼婦の反応に、ガルフもそれに応えた。先ほどまでの残酷な愛撫とは一転、優しさに溢れた抱擁を返す。二人は抱き合い、口づけを交わしたまま、そのままベッドへなだれ込む。むしり取るように服を脱がせあい、しがみつくように抱き合う。髪一筋でさえも、二人は間に挟みたくなかった。全身の肌を密着させて、抱き合って。唇を貪りあい、必死に抱きしめ合う。
「愛してる」
 男はそう言ったが、女は答えなかった。しがみつき、口づけを求める。
「お前なしじゃ、生きられないんだ」
 答えない。数多くの脚が、男の脚や腰にまとわりつく。男の手も、女の背中を抱き、そして下へ滑ってゆく。むっちりとした尻を揉み、抱き寄せる。ぴくん、と震える柔肌。視線の交錯。ついばむようなキス、キス、キス。ざわざわとうごめく触手が、男の腕に絡む。乳首にまで絡んでくる。もちろん、張り詰めきった男根には何本もが絡み付いて。
「欲しいか?」
「あんたこそ‥‥」
 甘い抱きしめ合いで多少余裕を取り戻したハールマが、嬉しそうに微笑む。彼女の言葉に苦笑し、ガルフはいよいよ彼女に覆い被さる。我慢できないのは彼も同じ。肉欲に取り憑かれた二人に、これ以上の休憩は要らない。男は口づけをしながら、手探りで挿入を試みる。女は触手で器用にそれを誘導し――灼熱の先端が、女の部分に触れた。男を待って待って待ち続けていた花びらが、嬉し泣きの涙をこぼしつつそれを出迎える。
 ――くちゅ。花びらのキスが、不思議に大きく響いた。
「あ‥‥ああ‥‥っ」
 入り込んでもいないのに、ハールマは今にも達しそうと言わんばかりの喘ぎを漏らす。眉を寄せ、切なげに顔を歪めて。呼吸は不規則に、荒く、浅い。
「‥‥いくぞ」
 ぬちゅ‥‥っ。肉の棒が、圧倒的な存在感を誇る塊が、ハールマの中にゆっくりと埋もれていく。パンパンに張り詰めた赤黒い亀頭が肉穴を大きく押し広げ、突破口を穿ってゆく。ぐぢゅ、と、亀頭が入り込んだ。広がった秘裂から、濃い愛液がどろりと溢れる。
「くは、‥‥ぁあ‥‥っ」
 嬉しさとも安堵ともつかない吐息とともに、うっとりと蕩けるような視線が男を見上げる。
「いつも味わってるとは言っても‥‥ああ、っ、すごいね‥‥太い‥‥硬くて、はぁ、はあぁっ‥‥中から焼かれそう――あはああっ!! あ゙、は、ぁあぁぁ‥‥っ!!」
 甘い言葉を囁いていた口が大きく開き、濁った叫びを上げた。ガルフが一気に腰を沈めたのだ。巨根が襞をえぐり尽くして膣内を占領し、そのまま子宮をドスンと突き上げた。深い振動が内臓を揺さぶる。もちろん、その振動は一度で収まるわけではない。ズシン、ズシンと連続する。ハールマが陥落したのは、その直後だった。

*

 絶頂に次ぐ絶頂、絶叫、狂乱。乱れに乱れるハールマは、ガルフの与える快楽を余すところなく受け取り、狂う。だが単に抱かれているだけではない。
「ふ、深すぎ、る‥‥っ! か、は、っ‥‥あああぁぁッ!!」
 猛々しい巨槍が根元まで突き刺さる。灼熱の凶器によって絶頂に追いやられるスキュラ。しかし同時に、彼女は目に見えないところで猛反撃をしていた。
「ぐっ、おぉっ‥‥!!」
 いわゆる対面座位の格好、のたうつハールマを腰に乗せ、ガルフは呻いた。顔は乳房が押しつけられているため見えないが、その呻きはかなりの焦り、我慢を感じさせる鋭さだ。それもそのはず、彼の雄物には凄まじい刺激が加えられている。スキュラ特有の肉襞――微細な吸盤を備えた肉襞によって揉みしだかれているのだ。亀頭にも、カリにも、裏筋にも、もちろん茎全体にも、その吸盤がそれぞれに吸い付き、口を離し、熱い口づけをしてくる。快楽に熱せられ、肉の溶岩のようになったスキュラの肉壺はそれだけでも男殺し。それに加えて――
「ああっ、はぁ、いいよ‥‥! すご、い‥‥っ! あんたも、気持ちいいかい‥‥?」
「お前っ、それ、‥‥っく、はっ、キく‥‥っ!!」
 ハールマ必殺の多段締めが襲いかかる。淫肉の輪が、根元からカリまでをそれぞれに締め上げ、緩め、まるで乳でも搾るような動きになって肉棒を溶かしてくるのだ。さすがのガルフも歯を食いしばる。
「ふ、ふふ、これを堪える男はあんただけだよ‥‥あはあっ! っく、これ、男にとどめを刺す技なのにねえ――ああっ、あはぅっ!!」
 強烈な締め付け、などという陳腐な言葉では表現できない。スキュラにしか、スキュラの熟練娼婦にしか扱えない技。並の男なら――並の自称性豪なら、無様に精を噴き散らすほかない肉の罠。だが――
「ぐ、おおおっ、ま、だ、まだっ‥‥!!」
 歯を食いしばり、顔を真っ赤にして、ガルフはその反撃を堪えきり――。
 ズチュッ、グヂュッ、ヌチュッ‥‥!
「あ、ひ、ぃいっ!! あん、た、‥‥やっぱり‥‥っは、ぁはあっ!! すご‥‥いっ、すごい、すごいっ、すご‥‥すぎる‥‥っ!! ――イっくぅううっ、イクイクイクッ!!! あはぁああぁぁああっっ!!」
「っく――おぁ‥‥っ!!!」
 ブビュウウゥッ、ドブッ、ドプッ、ドクッ、ドクッ‥‥!!
 凄まじい責め合いは、相打ちに終わる。二人は熱烈に抱き合い、深い口づけ。そして呼吸も整わないうちに、次の体位へと‥‥。

* * *

 ガルフは何度もハールマを抱いた。もともと娼婦が降参するほどの精力を誇る男だが、その夜の彼の絶倫ぶりはもはや常軌を逸していた。肉槍をハールマの中へねじ込んでからというもの、その先端が空気に触れたことは一度もない。そのまま、彼女の奥底にはすでに三度、大量の白濁液を叩き込んでいる。だというのに、萎えるどころかますます猛々しさを増してゆく。
 ずじゅっ、ぐじゅっ、ぬちゅっ‥‥!
 淫液が泡立ち、精液と混じり合い、かき混ぜられるたびに卑猥な音が鳴り響く。だがそんな卑猥な音も、二人の耳には届かない。
「あ、ああ、ぉぉっ、――ひぐっ!! あ、ひっ、ひぃいいっ!!」
 スキュラはのけぞり、舌を突き出し、絶叫を続けていた。ベッドの端に腰掛けるガルフ、その上にさらに腰掛けるような格好で彼女は泣き叫んでいる。つい先ほどまで、ハールマは後ろから貫かれていた。ベッドに手を突いて、肩を掴まれ、猛烈な連打で絶頂を何度も強いられる。崩れ落ちたところで、今度は二の腕を掴まれて引き起こされ、それまで以上の激烈さで狂わされる。連続絶頂に白目をむいて失神し、気がつけばこの体勢だ。子宮口に亀頭を押しつけられ、腰を揺さぶられて意識を取り戻した瞬間、またしても絶頂。何も考えられない。交歓が始まった当初は彼女も積極的に快楽を返していたが、それももう限界だ。もはや抱かれるだけ、それでも、意識の半ばを吹き飛ばされながらも、彼女は快楽を貪る。

 髪から、胸元から、全身から雌の芳香が溢れる。生々しい、女の香り。ガルフはその香りを嗅ぐだけで力を得られるような気がする。豊かな乳房を揉みしだき、串刺しにした雌芯をさらに指で責め立てながら、ハールマを後ろから抱きしめ、その芳香に酔いしれる。片手で乳肉を鷲づかみにする。豊満な柔肉が嬉しそうに形を変え、指の間から溢れようとする。指の股で乳首を挟んでやると、ひくひくと女体がうねる。
「きもちいいっ、きもぢ‥‥いいよぉ‥‥っ!! イく、イく‥‥っ!」
 最高潮に達している性感が、津波の予感に震える。このまま放っておいても、彼女は絶頂に溺れるだろう。だが、それではもったいない。男は女の腰を掴み、彼女を仕留めに掛かった。腰をひねり気味に引き、強烈な一撃を準備する。これでとどめを刺される、というのはハールマにも分かる。早く、一刻も早く、という期待感に、肉襞が微細な痙攣を始めた。それはもう、意志による技ではない。体が本能的にそう動くのだ。同時に、快楽による崩壊を予感する体が、逃れようと必死に藻掻く――もちろん、ガルフの腕はそれを許さない。腰骨をしっかりと固定し――
「イけ‥‥ほらっ!!」
 ズドンッ!!
「ひぃぃイッぐぅうううっ!! あぁぁあぁぁぁあああああっ!!!」
 子宮を砕かんばかりの一撃。ハールマは絶叫した。にもかかわらず、ガルフの腰は止まらない。
「もっとだ、イけ! おらっ!!」
 ドスッ!! ガスッ!! バスッ!! ドスドスドスドスッ!!!
「だめぇええっ!! イクぅぅううう!! イくぅうっ、イくぅっ、イく、イク、イクイクイクぅぅううッ!! っぐぅうううぅぅうっ!!」
 バンバンという大きな音を立てて腰をぶつけ、子宮を容赦なく叩きのめす。猛烈な快楽、快楽と言うにはあまりにも苛烈な刺激が彼女の脳に殺到する。心が、体が、何もかもが焼け切れて壊れていく快楽と恐怖に娼婦は泣き叫ぶ。連続で襲いかかる津波に、彼女は崩壊してゆく。それでも、ガルフは止めない。怒声に近い声で煽り、蹂躙する。
「あおぉぉおっ!! し、死ぬうぅっ!! 死っ、ぬ、――あひぃぃっ!! っ、こ、っ、殺して‥‥!!」
「ああ、死ねよ、殺してやるよ‥‥!!」
 よがり狂い、下品な絶叫を上げれば上げるほど、ガルフの責めはさらに強烈に。人間にこれほどの動きができるのか、という速さで腰を突き上げ続け、自身の欲情を吐き出そうと、ハールマの芯を征服しようとする。狂乱するスキュラ、歯を食いしばる男――そして。
「あ゙がぁぁぁあああぁぁぁっ、ぎっ、ひぎっ、死ぬ゙ぅぅううっ!! あ、あ、あっはぁぁああぁぁぁッ――!!!!」
 目も当てられない狂態、下劣極まる絶叫と共に、その夜二度目の現象が起きた。
 ぷしゃああっ!! ぷしゅ、ぷしゅっ‥‥!!
 貫かれている秘裂から、またしても盛大な潮が噴き上がる。その最後の噴き上げが終わったとき、ハールマは魂さえも噴き出してしまったかのように意識を失った。膣内を熱い白濁液で隙間なく埋め尽くされて‥‥。

*

「あ‥‥はぁ‥‥」
 気だるい呻きと共にハールマが目を覚ましたのは、それからさほど経たないうちのことだった。ぼやけた視界には、境界線も何もない。薄暗い中に、薄明るい部分と濃い闇が混じり合っているだけだ。ぼんやりとした黒い塊が、彼女の上にあるようだった。しかし、少しずつその境界が鮮明になっていく。――目の前にあったのは、彼女を狂わせていた男の顔。愛情に満ち、それでいて腹立たしいほどに自信と満足感を湛えた顔だ。
「あんっ‥‥!」
 不意に、深い衝撃が身体に走った。原因はすぐに分かった。太い肉杭が、まだ彼女の中心をつなぎ止めていたのだ。
「いい乱れっぷりだったぜ」
「あ、あんまり‥‥無茶な責め方をするんじゃないよ‥‥体が持たないじゃないか‥‥あはぁっ‥‥!」
「大丈夫だ、お前はそんなヤワな女じゃない」
 ずん、と突き上げながら、覆い被さって耳元で囁く。ゆっくりと抱きながら、男は彼女と唇を交わす。くすくすと笑い合う、二人。天を衝く火柱が燃えさかった後、炭火のような性感と情愛が二人の中でくすぶっている。そして、徐々にそれは再び炎になりつつある。ふれ合うだけの口づけが、舌を絡ませ合う口づけに。視線が交わり、互いの吐息が混じり合う。
「ハールマ‥‥愛してる」
 女の身体を抱きしめる、男。逞しい腕に抱かれ、ハールマの心臓は拍動を早めていく。自然と、彼女の腕にも力がこもる。触手もするりとまとわりつき、ガルフの腰を抱きしめる。
「‥‥返事は、してくれないのか」
「今さら‥‥言葉がいるのかい‥‥?」
「ああ。お前の‥‥言葉が欲しい」
 自信に満ちているはずの顔が、不思議なまでに弱々しい言葉をこぼした。体を交える際の言葉の綾とは言え、あれほど荒々しくイけだの死ねだのという言葉を叩きつけていた男とは別人のようだ。ハールマは甘い吐息とともに微笑む。乱れた髪が、汗で首筋に張り付いていた。
「好きだよ、ガルフ。あんたが好きだ。男らしいところも、ふてぶてしいところも、ガキっぽいところも、キザなところも、ずるいところもね。‥‥女にわざわざ言わせんじゃないよ、まったく」
 呆れたような調子を混ぜ込んでそこまで言うと、彼女は強く抱きつき、耳元で言った。
「――愛してるよ」
「じゃあ‥‥俺の頼み、聞いてくれるか?」
 ハールマは目を閉じた。
「――うん」
 かすかに応え、うなづく。
「結婚、してくれ」
「――うん‥‥」
 目を閉じて抱き合い、二人は契る。もう、言葉は要らなかった。抱き合い、抱きしめ合い、体で愛情を確かめ合う。先ほどまでの凄まじい絡み合いとは似ても似つかない、情愛に満ちた抱擁。しかしそれで終わってしまうには、二人の情念、性愛の業は深すぎた。どうしても体が求め合ってしまうのだ。事実、言葉を交わしている最中にも、ガルフの肉棒は決して萎えることなくハールマの芯を貫いていたし、ハールマの肉襞も休むことなくガルフのそれを愛していた。ならば、二人の体が徐々に激しく求め合うのは必然。――二人は朝まで休むことなく絡み合い、貪り合い、愛し合った。

* * * * * *

 翌日。ガルフは穏やかに眠っていたが、ふとした刺激で目を覚ました。
「う‥‥ん‥‥」
「目が覚めたかい、旦那様?」
「‥‥ハールマ‥‥」
 目の前にはスキュラの美貌があった。あれだけ激しい夜を過ごしたというのに、その顔は今日も美しい。彼女は軽く微笑むと、ガルフの頬に唇で挨拶をした。
「――って、おい‥‥」
「どうしたんだい? ‥‥ふふ、ビクッとしたね‥‥」
 視線を下げると、シーツの中がもそもそと動いている。言うまでもない、ハールマの触手が股間に絡み付いているのだ。目を覚まさせたのはこれか、とガルフはぽりぽりと頭を掻いた。今しがた絡み付いたばかり、というわけではあるまい。頭がはっきりするにつれてようやく分かってきたが、かなりの先走りが溢れている。触手のうち一本は鈴口に、一本は亀頭、一本はカリ首に絡み、茎と玉には二本ずつ。うねうねと這い回る触手は、吸盤を巧みに操って無数のキスを落とす。
「あんた凄いね‥‥。あれだけヤったのに、きっちり朝勃ちするんだからさ」
 うっとりと微笑みながら、またキス。同時に、さらに二本の触手が胸板を這い回り、乳首に絡み付いた。
「お前もいつになく元気だな。一晩抱いたら、大抵翌朝はへばり気味じゃなかったか」
「なんでだろうね。何だか分からないけど‥‥でも、いい気分だよ。体の中がすがすがしくて、満ち足りた気分で‥‥」
「そうか。俺も‥‥そんな気分だ」
 口づけ。朝だというのに二人は絡み合い始める。感度の良い乳房を揉まれると、触手の動きが一瞬止まる。そして、次の瞬間にはさらに激しくしごき立てる。
「昨日はめちゃくちゃにされちまったからね‥‥ふふ、今日はあたしが喜ばせてあげるよ」
「仕返しか?」
「何言ってんのさ。お礼だよ、お・れ・い。 ‥‥はぁ、凄く熱い‥‥火傷しそうだ」
 官能を湛えた表情で淫らに微笑むと、ガルフの体に抱きつく。情熱的に唇を重ね、舌を交わして互いの興奮を高め合う。二人は無言で、交わり合う。ときおり漏れる吐息、ため息だけが響いて。肩を抱き、胸を抱き、腰を抱き。肌をまさぐり、触れ合って。そして触手は常にうごめき、男の高ぶりを効果的に、技巧的に、何より情熱的に愛撫する。
「気持ち、いいかい‥‥」
「ああ、‥‥イきそうだ」
「口で抜く?」
「いや、そのまま頼む‥‥っ、く、はっ‥‥」
 彼の高ぶりは、いまや触手で埋め尽くされている。その触手がうごめくたびに、にちゃ、ぐちゅ、という音さえ聞こえる。その触手に埋め尽くされた肉棒が、ぴくんぴくんと震えている。ハールマは流し目でそれを嬉しそうに見やると、ガルフの唇に、首筋に、胸板にと順にキス。そして、男の乳首にもキスをすると、前歯で軽く甘噛みした。びくんっ、と、男の体全体が震える。
「く、あ‥‥、はぁっ、出るっ‥‥!」
 呻きにあわせて触手の動きが激しくなる。乳首を噛む歯に力が籠もる。刹那、どくどくと震える感触、そして尿道を逆巻く精液の奔流を、ハールマはしっかりと感じた。
 ドプッ!! ブビュッ、ビュッ、ビュクッ‥‥!
 触手の隙間から白濁液が飛び散る。いかに朝一番とはいえ、荒行をこなした翌朝とは思えない量・濃さのそれは、いくらかはシーツに、いくらかはハールマの体に飛び散った。が、大半はガルフ本人の腹にびちゃびちゃと付着する。浅黒い肌に白い地図を描いたそれを、ハールマの指は嬉しそうに掬い取り、自分の体に塗りつけてゆく。淫らな乳房が、さらに淫らな艶を得てぬらぬらと男を誘う。
「あはぁっ‥‥。凄い量‥‥匂いも濃いし‥‥だめだ、また発情しちまうよ‥‥」
「お前に発情されると、俺も発情するんだが‥‥ふふ、朝飯も食ってないのに連発させる気か?」
 いかにも続きをやりかねない風情だったが、二人はふと顔を見合わせた。
「朝飯‥‥そういや、まだだね」
「‥‥自分で言っておいて何だが、いきなり腹が減ってきた」
 朝飯、というひどく現実的な単語が出た途端、部屋に満ちていた官能の霧があっという間に薄らいでいく。情趣に欠けるといえばその通りだが、二人ともそんなことは気にもならなかった。軽い口づけを交わし、甘い時間は一旦お開きと相成った。――が。
「‥‥さすがに、このまま食事ってのは‥‥ちょっと、アレかねえ」
 袖に腕を通しながら、ハールマがつぶやく。一言で言うと、におうのだ。汗、精液、愛液が混じり合い、ひどく生々しいにおいとなって二人の体に染みこんでいるのだから。これでは、食堂に入った途端に気まずい思いをしかねない。特にこの宿は比較的上等なのだ。彼女の言わんとすることはすぐにガルフにも伝わった。
「よし、先に一風呂浴びようぜ。露天の風呂があるらしい――って、それが目当てでこの宿を選んだんだけどな」
「‥‥ビルサには良い宿が無い、って言ってたのはこういうことか‥‥」
 呆れた笑みとともにつぶやいた娼館主、その腰を書記官の腕が抱く。二人はじゃれ合いながら浴場へと向かった。
 ――湯浴みが単に汚れを落とすだけでは終わらなかった、ということは言うまでもないだろう。もちろん、そんな日々がガルフの休暇を一杯に使って続けられる、と言うことも。

(終)

弟子シリーズ外伝。ダハーシュ組の二人でした。六割以上エロシーン‥‥。

小説のページに戻る