その白き手を引くは誰そ、その細き足が導くは何処。
夜空に光るは麗しき双角、荒野に続くは足と蹄の跡。
哀れなるかな若き二人よ、その行く先は月のみぞ知る。
今宵の慰みに我は一つの歌を唄わん――
――ある吟遊詩人の歌より
勇猛にして慈愛あまねきダシャフ・ハリグ・ドル・シファディ王の治世。荘厳なる王宮にそびえ立つ白亜の尖塔から、気高き鐘音が鳴り響く。大きく三度、小さく三度、そして絶え間のない連打が長々と続いた。その音は王宮から都へと、ある催しが近々開催されるということを知らしめる。血の気が多く娯楽の少ない市民はこの鐘の音を待っている。そうでない者は、また悪趣味な行事が、と思うのだが。
尚武の気風で知られるシファーダ王国には、闘技裁判という古来からの習わしがある。名前の通り、戦いという方法で行われる裁判だ。通常の裁判で有罪と見なされた者が、最後の弁明として実力によって無罪を勝ち取る機会を与えられる、という建前だ。審問官を戦闘続行ができない状態に追い込めば無罪、負ければそのまま殺される――すなわち死刑。一見平等、あるいは被告に有利なようだが、実際には処刑とほぼ同義である。各地の軍から精兵を集めた王宮守備隊、その中から審問官が選ばれるのだから。この裁判が開かれるのは、よほど誇り高い軍人貴族が自ら望む場合か、あるいは重罪人をなぶり者にしようという意向が働いた時に限られる。多くの場合は後者だが、今回は珍しく前者だった。敵と内通していたという嫌疑を掛けられた将軍は、次々と突きつけられる動かぬ証拠を前にして、自身の武技にすべてを賭けたのだ。
鐘の音が闘技裁判を宣言した翌日、市場の広間に人だかりができていた。きらびやかな服を纏った役人が仰々しく巻物をひもとく。形式的な美文に彩られた罪状読み上げが長々と続き、聴衆がうんざりし始めた頃、ようやく肝心のくだりにさしかかった。
「よって今月末日、慈悲深き王の名によりて剣と剣の裁きを行わん。被告たるアディム・ジラクーハ、さきの南方第三軍副将が反逆の罪、ありや否やをその目にて確かむべし!」
そしてその日が来た。
闘技場に歓声が響きわたる。割れんばかりの、耳を聾せんばかりの歓声。幾重にも設けられた観覧席から、絶え間のない叫び声が響く。興奮のまっただ中、闘技場の中心に二つの影が幾度もぶつかり合う。「ぶつかり合う」というのはやや問題のある表現だろうか。正確に言えば、小さな影――本来は小さいどころかかなり大きい部類なのだが、比較の問題だ――が、大きな影に向かって果敢に「ぶつかってゆく」、と言うべきだろう。もっとも、ぶつかる前に軽々といなされているのだが。
麗々しい紋章が織り込まれた鎖帷子。太く引き締まった首、鷹のように鋭い目。几帳面に刈り込まれた髭が、がっしりとした顎を縁取っている。被告アディム・ジラクーハ将軍は、その戦歴にふさわしい風格の持ち主だ。だが今や疲労が色濃い。そして疲労の向こうには恐怖が透けて見えた。戦場では一度も見せたことのない顔。観客席は数段高く作られているため、その表情が誰からも見られないことは彼に与えられた最後の幸運だろう。
彼が相対しているのはまさしく巨躯の持ち主だ。種族的な特徴とはいえ、その巨体は敵を萎縮させるに十分な迫力を持っている。並みの人間より頭二、三個分ほど背が高く、こぶのように盛り上がった肉の鎧がうねる。黒々とした短毛で覆われた太い脚、先が二つに割れた蹄、湾曲した角は天を衝く。上半身は人、脚は牛――この国では牛人と呼ばれる種族だ。奴隷戦士の特徴である極端な軽装鎧のせいで、三分の二以上が露出した巨大な乳房が動くたびに揺れる。闘士は女だった。
――巨躯、そして巨大な戦斧、しかも女だ。軽装とはいえ、動きは鈍いに決まっている。その遅さに付け込めば勝てないはずがなかろう――。異種族ごとき、奴隷軍人ごときと侮り、この将軍は彼らを指揮したことはおろか、その戦いぶりを見たことさえなかった。それ故の、自分勝手な算段だ。その算段が全く的外れであったということを、この場で思い知ることとなった。剣客のごとき疾風の連撃が、戦斧の重量を載せて元将軍に襲いかかる。酷薄な笑みを浮かべた女闘士は、猫が鼠をいたぶるかのように被告を翻弄した。
戦いはしばらく続いたが、被告の動きは疲労によって明らかに鈍ってきた。観客の興奮も頂点をわずかに下ってきたことを察し、処刑人は大雑把な、しかし派手な攻撃に移った。柄の後端に近いところを片手で掴んで大きく振り回す。さすがにこれを受け止めようとする者はいないだろう。当然、被告もこれを避けようとするが、強烈な風圧によって体勢を崩した。審問官が牙を覗かせて嗤う。男の体が高々と宙に舞い上がった。柄で打ち抜かれたのだ。その瞬間にあばらは全滅していたが、彼が痛みを感じる暇はなかった。体が地面に落ちる前に、瞬発的な踏み込みとともに刃が振り下ろされる。被告は頭から股まで二つになって吹き飛び、血と臓物をまき散らして闘技場の壁に叩きつけられた。
歓声が爆発し、銅鑼の音がけたたましく鳴り響く。観客同様に興奮しきった役人が、職務上の言葉遣いをかろうじて忘れず絶叫気味に宣言した。
「見よや、裁きは下れり! 陋劣なる奸将アディム・ジラクーハの魂に永劫の炎あれ!」
* * *
「お疲れ様でした! あの、その、すっごくかっこよかったです!!」
興奮冷めやらぬどよめきが地響きのように残る中、控え室に戻った女闘士を出迎えたのは顔を火照らせた少年だった。女闘士は彼から人間の頭ほどの水瓶を受け取ると、天井を向いて口を開け、頭からかぶらんばかりの勢いで水を注いだ。そうしてがぶがぶと水を飲むと、溢れた水が顔、首、胸を濡らして豪快に飛び散る。たちどころ空になった水瓶を壁際の棚に置き、おもむろに口を開いた。低く荒々しい、だが体格よりはぐっと女らしい声だ。
「見てたのか」
「見てました! ほんとなら関係者しか入れないんですけど、闘士出入り口の隅っこからずっと見てたんです。もう、興奮しっぱなしでした!!」
壁に立てかけられた戦斧の血糊を拭きながら、顔を闘士の方に向けて目を輝かせる。その様子に牛人の女も思わず唇を歪め――だが、角の近くから突きだした耳が、ぴくりと動いた。
「あの足音‥‥まさか、こんなところへおいでになるわけが‥‥」
しかし足音はますますはっきりと近づき、聞き違えようもなくなってきた。慌てて居住まいを正す。不思議そうな顔をしていた少年も闘士にならった。間もなく足音は控え室の前で止まり、無遠慮な音を響かせてドアが開いた。
「ガディザ。反逆者の処刑、ご苦労だった」
服に施された金糸の刺繍は彼の地位を示し、その腰に帯びた大刀は彼が武官であることを示している。主の来訪に、ガディザと呼ばれた闘士と介添えの少年は床にひざまづいた。
「これはご主人様、このようなところにおいでとは――光栄の極みに存じます」
奴隷が主人に礼を欠くことは許されない。もっとも、粗暴な雰囲気は隠しようもないが。
「構わん、楽にしろ。お前を一言ねぎらいたくてな、管理官を押しきって来たのだ。あの石頭め、『貴族が控え室に行くなど前例がない』などとほざきおった。‥‥と、そんなことはどうでもよかったな。――実に見事な戦いぶりだった、久々に心が躍ったぞ。あの頑固な内務卿でさえ大いにお褒め下さったのだ、私も鼻が高い。私が王宮勤務でさえなければ、かつてのように戦場でお前の技も見られるのだろうがな。今日のような見せるための武技ではなく、敵兵を蹴散らす鬼神の技が」
「もったいないお言葉、いたみいります。このガディザ、現状には何の不満もございません。平和、平穏、退屈――おっと、失礼いたしました」
温厚な人柄を知った上でのわざとらしい失言に、主人は朗らかに笑う。
「ははは、構わん。武勇を見込んでディサルマ卿からむりやり買い取ったのだ、そうでなくてはな。――さて、それはそれとしてだ。お偉方や民草の前での審問官役、やはり一仕事だったろう。今日は休んでかまわん。お前の上官にも話はつけた」
「はっ。感謝いたします」
主人はうなずき、きびすを返すと廊下に足音を響かせて遠ざかっていった。それが充分に遠ざかったことを耳で確認すると、女奴隷はふうっとため息をついた。主であるマスナーハ卿はこの国の貴族としては良識的だし、奴隷の扱いも異例と言える丁寧さだ。それでも疲れる‥‥それが本音だ。人柄を信じてうっかり本心を出し、うっかり地の態度をとったら――本当に主人の人柄が豹変しないという保障はどこにもない。先ほどのわずかな軽口でさえ、保守的な貴族に聞かれたらどうなるか分かったものではないのだ。奴隷は所有物、それがこの国の常識だから。そしてマスナーハ卿も、程度の差はあれ結局その思考法にどっぷり漬かっている。それは彼個人のせいではないのだが。
奴隷軍人は戦士・軍人であり、なおかつ貴族の所有物でもある。忠実さと勇猛さで知られる彼らは中央貴族にも一目置かれており、名のある奴隷軍人を抱えることは権力の象徴でさえある。その特殊な地位ゆえ、彼らには一定の自由と財産の所有さえ認められている。いわば、奴隷の中の特権階級だ。奴隷軍人として財を成し、主から自由を買い取ったという者も建国以来の歴史の中でいないわけではない。しかし、彼女にそのような光はない。彼女は牛人。人間に対して圧倒的少数派である異種族は、生まれながらにすべて奴隷。いくら金を貯めたとしても、その法は変わらない。
「休暇、か。そうだな‥‥ヤール、ここで休むぞ。‥‥何をしてる、さっさと俺の汗を拭け」
ガディザは軽装鎧をぞんざいに脱ぎ捨てると、裸になって粗末なベッドにどっかりと腰掛ける。急な負担にベッドが悲鳴を上げた。それを気にする様子もなく、先ほどの少年に対して男のような口調で唸る。慌てた声が、申し訳ありませんと謝った。少年はぼろぼろの草履を脱いでベッドに上がるとガディザの後ろへと回り、その背中に口づけを。続いて、舌が汗を舐めとってゆく。汗に砂埃が交じっているが、彼はそれを嫌な顔一つ見せず舐める。それはガディザが主に逆らえないのと同じ理由だ。ヤールはガディザの奴隷、すなわち所有物。奴隷の奴隷という、階級社会の最底辺。
広く分厚い背中をくまなく舐める。背すじに溜まった汗を舐め上げて背中を仕上げ、今度は肩から脇へと舌が滑る。直径が自分の何倍かはある腕を捧げ持ち、じっとりと蒸れたそこも舐めつくす。体毛を剃った跡が、ちりちりと舌に刺激を返す。右脇を済ませ、今度は左脇。そして、彼女の後ろから徐々に横へと体を移してゆく。
「あ、あ‥‥」
低い吐息が漏れる。自分の奉仕が主に安らぎを与えていることを耳で確認し、ヤールは満ち足りた表情を浮かべながら脇腹を丁寧に舐める。太股を撫でるように、しかし着実に筋肉の疲れをほぐすようにやさしく揉みながら。汗ばんだ牛毛をとかすように。
「‥‥そう、そこだ」
大きな手が少年の頭をくしゃりと撫でる。ありがとうございます、と答えると、今度は床に膝をつき、ベッドに腰掛けたガディザの正面を舐めはじめた。首筋をつうっと舌先が滑り落ち、鎖骨に溜まった汗を拭う。分厚い胸板の間も舐める。巨大な乳房に顔を埋めるような格好になりながら、丁寧に。失礼します、と声を掛けて乳房を持ち上げ、その下側を舐めつくす。汗が溜まりやすいところだ、特に丁寧に舐める。ガディザの吐息も、徐々に熱を帯びる。大きな手が、脚をほぐしていた彼の手を取って乳首に当てさせた。即座に意図を汲み、少年はその先端を優しくひねった。
「くは‥‥ぁ、‥‥ああぅ‥‥。――おい、休んでいいって言ったか」
主が甘い声を漏らし、ヤールはうっかり顔を上げてしまった。もちろん叱られ、またしても謝る。舌は六つに割れた腹筋をなぞる。ごつごつと盛り上がったそれは、たとえ戦士が棍棒で突いたとしてもへこみさえしそうにない。その割れ目を丁寧に舐めつくす。厚い筋肉がひくひくと震え、吐息が断続的に漏れたのを嬉しく思いながら、遂に彼の舌はガディザの股間へとたどり着いた。その時、荒々しくも熱を帯びた声が頭上から響いた。
「ヤール‥‥そこを舐める前に服を脱げ。物覚えの悪いガキだな」
返事は、もちろん「申し訳ありません」。主に謝ることは苦痛でも何でもない。それは、奴隷としての心が身に染みついているということでもあり――主が決して嫌いでないということでもある。粗末な服を大事そうに脱ぎ、丁寧に畳んで床に置くと、既に潤んだ秘裂へとしゃぶりついた。
「ふ、あ、あぁ‥‥くっ‥‥。上手く、なったな‥‥」
股間に顔を埋めるヤールの頭を掻き撫でながら、時に喘ぎと同時に巨体を震わせる。
「ありがとうございます、ガディザ様」
奴隷は嬉しそうに答える。その際、ガディザは彼の股間が自己主張していることをめざとく見つけた。濡れた唇の端に獰猛な、そして好色な笑みが浮かぶ。
「ふふ‥‥っ。ガキの分際で恥ずかしげもなくおっ勃てやがって‥‥はぁっ、き、今日は俺の脚を使っていいぞ‥‥」
その声に、少年は「はい!」ととびきり元気よく応えた。そして主の太い脚に跨ると、むっくりと起き上がりつつあるそれを、黒い牛毛にこすりつける。指先はガディザの股間をこね回し、腰を不格好に前後させて。黒く、汗ばんだ毛皮が男根にまとわりつく。その刺激のせいなのか、それとも精神的な興奮のせいなのか、彼のそれはますます固さを、大きさを増していく。先端に滴を溢れさせるそれを見て、ガディザは唇の端をにっと歪めて舌なめずりをした。
「はぁっ、はぁっ‥‥気持ち、いいです、ガディザ様‥‥」
「っく、あぅ、‥‥。くく‥‥節操のないチンポだな。もうガチガチじゃねぇか‥‥」
まだ年若い少年にしては不釣り合いなほど、それは存在感を発揮している。ガディザが軽く膝を上げると、少年の軽い呻きとともに猛々しい肉棒はさらに反り返った。ぎらぎらと熱を帯びた瞳が舐めるようにそれを眺め――
「来いよ。ヤらせてやる」
* * *
「あああっ、う、ぉああっ!!」
狭く、清潔とは言い難い部屋に轟く声。闘士が戦勝祝いや刹那的な楽しみとして女を連れ込むことは珍しくないため、その手の声をとやかく言う者はない。が、その部屋から響き渡る声については、喘ぎ声などという艶っぽい表現は似つかわしくない。咆吼、雄叫びと言った方が形容として的確だろう。屈強な牛人の女が板のベッドに四つんばいになり、後ろから貫かれている。巨大な尻を掴み、時に叩き、ぶんぶんと振り回される尻尾の根元を掴んで責め立てているのはまだ年若い小柄な少年だ。体格差ゆえ、相手の女は膝をついているというのに、彼は半ば立ったような不自然な格好だ。それでもずいぶん手慣れているのか、体勢の不自然さを感じさせない動きで女を突いている。
ときおり男根がずるりと半ば以上引き抜かれる。愛液にまみれたそれは、たとえ牛人の男のモノだと言われても不思議と思えないほどの威容だ。とてもではないが、人間の子供のものとは思えない。そしてそれが腰の動きとともに見えなくなると、牛人の女は凄まじい咆吼を上げる。広い背中を形作る肉、太い血管の浮き出た二の腕、分厚い肩――女のまとう自前の鎧が、絶叫のたびにうねり、震える。
ヤールは息を弾ませながら、ガディザの腰のくびれ――といっても、彼の手では掴みきれないほど分厚いのだが――を、必死に掴み、自分の腰を叩きつける。肉の溶岩と化した秘所を肉槍でえぐり尽くしながら奥底まで突き進むと、彼の主は声を殺そうともせず叫ぶ。思いきりのけぞり、まるで野獣が遠吠えをするかのように。何度も声を上げさせ、その感度が十分に煮詰まってきたことを感じると、ヤールは目にも止まらぬ早さでペニスを引き抜き――わずかに亀頭の先だけを膣内に留まらせて、言った。
「ガディザ様‥‥ガディザ様の熱い子宮、思いっきり揺さぶってあげますね‥‥」
「か、はっ‥‥」
振り向くその目はうつろだ。唇の端が震えているのは、快楽のせいか、期待のせいか、それとも怯えのせいか――あるいはそのすべてか。
「いきます」
別段大きくもない、だがしっかりした声で宣言。そして、腰が動いた。
「ひっ‥‥――がぁあ゙あっ!! ぐぁ、お、ぉおお゙お゙ぉ゙ぉ゙あああ゙っっ!!!」
濁った絶叫が部屋を震わせた。断末魔のごとき咆吼を上げるガディザを、ヤールは容赦なく犯す。腰の高さ、突き込む角度を微妙に調整し、同じ体位と思えないほど複雑な刺激を送り込む。堅い亀頭は彼女の子宮口を激しく突き、子宮に激烈な振動を叩き込む。逃れようもない悦楽に、ガディザは涙さえ流して狂い続ける。そのゴツゴツとした背中に、ヤールは口づけをした。それを感じたか、あるいはそんな余裕はないか。牛人の女は荒々しくもひときわ甘い声を上げた――。
「ぎっ、がはっ、あぐぅううっ、ひ、は、ぁ、――くぅうううううう!!!!」
笑みさえ浮かべて被告を叩き斬った女が少年に貫かれてこんな声を上げるとは、一体誰が想像しただろうか。彼女の働きに喝采を送ったお偉方も、こんな情景を万一御覧になるようなことがあれば、賛辞はたちどころに消滅し「やはり異種族の奴隷、獣と変わらん」とおっしゃることだろう。そういったくだらない人目がないからこそ、彼女もいつも以上に派手に狂う。闘士控え室など、奴隷と賤民以外はまず立ち寄らないからだ。彼女の主は別だったようだが、既に帰ったからこれも気にする必要はない。自分の奴隷が与えてくれる快楽に溺れきり、悦楽に叫び続ける。
乱れに乱れるガディザは、快楽の嵐から逃れようとするかのようにじりじりとベッドの上で身体をずらしていた。意識的ではないため、その移動はむしろ自身を追い込むことになっているのだが。ベッドの端は部屋の隅だ。その隅にとうとう頭を押しつけるはめになっては、いよいよ逃れようがない。主を物理的に追い込んだヤールは、今度は精神的に追い込む言葉を掛けた。
「もっとイかせてあげますね、ガディザ様」
「‥‥っ、ち、調子に‥‥うあ゙あぁっ!」
「調子に――どうしたんですか」
その顔は、彼女の介添えをしていた時とは全く異なる。笑みに自信が溢れている。
「こ、殺すぞ、てめぇっ‥‥」
振り向いて唸る猛牛。だが快楽で熔けた顔に涙さえ浮かべていては、いかに大女といえど迫力不足は否定できない。脅しは自分の奴隷にさえ通じなかった。
「申し訳ありません、ガディザ様。抜きますね」
「ま、待て、抜くな‥‥」
「じゃあ、続けます」
ズシンッ!!
「うぉあああっ!! かはっ、ぐあ、っあ、ぉ、ぉおおぁああっ!!」
巨根を根元まで突き込まれ、ガディザは泣き叫んだ。部屋の隅に追い込まれて、彼女はめいっぱいのけぞった。少年の手がおもむろに伸び、その角を掴む。ガディザは地獄のような快感に目を見開き、こわばった。体格が同等であればちょっとした後背位といったところに過ぎないが、二人の差は大人と子供などという程度ではない。その体格差にもかかわらず後ろから角を掴まれれば、ガディザはまさしくエビ反りになってしまう。口は完全に天井を向き、咆吼を響かせる。言葉らしい言葉など一言も交えず、彼女はただひたすらに絶叫し、吼え猛る。その様を嬉しそうに見つめながら、少年は女戦士の角を揺さぶり、腰を突き上げる。早く、遅く、あるいは角度を変えながら。自分の動きが、自分の男根が主を狂乱させているということ、そのことが彼を満たす。そこには、奴隷でありながら主人を征服しているという満足感もないわけではない。が、そんなことはどうでもよかった。今は、こうしているときだけは身分を考えなくていい。欲望だけを考え、快感だけを追い求める――それが、ガディザの望みだから。快楽の絶頂を全身で表現する主人を、さらなる快楽へと誘う。自分が主人に対して貢献できる、ただ一つの取り柄。もし主人がこの女でなければ、自分はいったいどうやって価値を見つけていただろう。奴隷市場で自分を選んでくれたことに感謝を込め、少年は全力でガディザを責め立て、犯す。
「はぁっ、はぁっ、‥‥どう、ですか、ガディザ‥‥様っ」
「がはっ、が、ぐっ‥‥ぐぉあああっ!!」
だが返事は濁った叫びでしかない。少年は自分の行為が快楽と同時に負担を掛けているのだとようやく気付き、角を開放した。とたんに壁に突っ伏すようにして寄りかかり、「女」そのものの喘ぎの中に言葉を漏らす。
「ぁ、ああっ、‥‥す、ご‥‥ぃ‥‥っ、ヤール‥‥っ!!」
「良かった、喜んで、もらえて、っ、‥‥僕も、もう、限界、です‥‥っ!」
「かふっ、あ、ぐっ‥‥な、中、に、出しても‥‥いいぞ‥‥っ、――ひぐっ‥‥ぅっぐぅううああああっっ!!!」
主の許しに、ありがとうございますと今日一番の元気で少年が答えた。限界を自覚した彼は、獣そのものの激しさで腰を振りたくる。汗だくになった猛牛は悲鳴のような絶叫を轟かせ――これでもかとばかりにぶちまけられた特濃の精液に溺れ、ついに崩れ落ちた。
* * *
「港にはいろんな船が停泊してました。三角の帆や四角の帆、帆柱が四本も立った大きな船も。桟橋も岸壁も、人で溢れてました。男も女もいて、いろんな種族が」
「海は見たことねぇからな‥‥でかい船って言われても想像できない」
粗末なベッドからはみ出しつつも体を伸ばしたガディザ、その背中を指や掌、あるいは肘でぐいぐいと刺激するヤール。激しい一戦を経て再び汗だくになった主を、少年は丁寧に拭き、揉みほぐす。主の体をいたわりながら、彼は遠い国のことを話すのが習慣になっていた。小さな頃暮らした町のこと、旅で見たこと、聞いたことを。ヤールは交易商人の息子だった。十歳を過ぎたころ、家族で乗っていた商船が海賊に襲われ――前後の記憶が途切れているのは幸福というべきだろう。見知らぬ国へ売り飛ばされ、そして今はこうしている。
「船のことはいい、どんな奴らがいたんだ」
「人間もいました、ドワーフもいました、コボルトも、人魚も、リザードマンもスキュラも」
「どんなふうに」
「みんな笑ったり泣いたりしてました。汗だくになって荷物を運んだり、お酒を飲んで騒いだり」
「ここと同じじゃねぇか」
「そうです。でも、奴隷はいません。みんな、ただの住人です。金持ちとか貧民とか、もちろん差はありましたけど‥‥でも“誰かのモノ”扱いされて売り買いされる人はいないんです」
「その街も、この前言ってたビルサと一緒ってわけか。想像できねぇな‥‥」
そう言って、うつぶせのまま頭を振る。それを見てヤールは思わずくすりと笑った。とたんに、振り向いた視線がじろりと睨む。
「も、申し訳ありません‥‥でも、想像くらいならできるんじゃないですか?」
「‥‥。ええと‥‥ただの住人、ってことは‥‥たとえば俺みたいな牛人が大店の主人で、使用人は人間や他の種族がごちゃまぜに、とか‥‥そういうのもあるのか?」
「ありましたよ。いくらでも」
少年の答えに、女は眉を寄せて唸る。ひとしきり唸り、首をひねり‥‥そう時間をおかずに、あっさり降参した。
「ダメだ、やっぱり想像できねぇ。‥‥まあ、行ってみたい気はするな。ご主人サマが許しちゃくれねぇだろうが」
「‥‥いつか、行けるといいですね」
「そうだな」
無理だと分かっているが故の、儚い望み。見えない鎖に繋がれている二人は、遥か西の自由都市――ビルサとその周辺のことをおとぎの国のことのように話した。ガディザにとってはおとぎの国だが、ヤールにとっては懐かしい、狂おしいほどに帰りたい国々。そこは彼の生まれ故郷ではないが、その国々こそが自分のいるべき場所だと思えてならない。奴隷と市民の壁がなく、人間とそれ以外の壁もない――それがどれだけ美しいことか、貴族の奴隷である異種族のそのまた奴隷、という地位に落ちた今なら分かる。そして、その美しさを主にも伝えたい。行くのは無理でも、せめて主と思いを共有したい。どこまで自覚してのことなのか定かではないが、だからヤールはそんな国々のことをときおり話すのだ。それが分かっているのかいないのか、ガディザも少年奴隷が語ることに、ぶっきらぼうな態度ながらも耳を傾けている。この少年と体を交え言葉を交わすことが、いつの間にか彼女の心身にとっての癒しになっていたのだった。
二人の、蜃気楼を眺めるかのような夢――それは、ある時突如として叶うことになる。
* * * * *
ジラクーハ将軍が処刑されて数ヶ月が経った頃。王都の遥か南西、辺境のとある小都市に、二人連れの姿があった。一人はまだ年若い少年。貧相な身なりだが、表情は不思議なほど明るい。その隣には、筋骨隆々たる牛人の女。手にするのは巨大な戦斧だ。王都であればその容姿と得物から彼女が何者なのか多くの者が気付いただろうが、この辺境では見とがめられることもない。もっとも、多少なりとも観察眼があれば二人が奴隷身分――おそらく逃亡奴隷だということは分かるはずだ。しかし、気付いたとしても並みの人間は気付かぬふりを通すだろう。事実、宿屋の親父は情報通だけあって二人がお尋ね者であることを一目で見抜いたが、宿を断ることも密告することもできなかった。そういうことをさせない迫力を、女が持っていたからだ。雰囲気に押し通された親父は、嫌々ながらも一部屋を貸すことになってしまった。
「案外、ここまであっさり来られましたね」
少年が窓辺から外を見ながらそう言った。
「そうだな。この調子で国境を抜けられるといいんだが」
「きっと大丈夫ですよ」
牛人女はベッドに腰掛けながらつぶやいた。それに笑顔で少年が答え、ベッドに飛び乗るようにして傍らに座る。そしてごつごつとした体に抱きつき、よじ登るような体勢になりながら唇を重ねた。その年相応に柔らかい唇を楽しみながら、女はこの一週間を思い出した――。
* * *
「ガディザ。お前は奴隷をもっていたな。確か――ヤールとかいったか」
急な呼び出しを食らったガディザを待っていたのは、予想もしない主の言葉だった。
「はっ。ヤールが何か‥‥?」
「うむ。ある御方が、どういうわけかあれを欲しいとおっしゃってな。常々お世話になっている方だ、奴隷一人程度ならわけもない。明日の評議でお会いするついでにお渡ししますと約束したから、準備をさせておけ。――どうした、浮かん顔だな。なに、ただでとは言わん。代金は私が払ってやるから心配するな」
マスナーハ卿は実に事務的にそう伝えた。その表情はいつもと同じく穏やかで、何の悪意も感じさせない。彼女がわずかに顔をこわばらせたことについても、卿はガディザが「財産を取り上げられる」と心配しているのだとしか思わなかった。もし、これが悪意からのものであればガディザはもっと楽だっただろう。卿がその場でくびり殺されただけの話だ。だが、開明的だと思っていた主人が、結局自分もヤールも「物」としか思っていないと言うことを改めて知った、ということがガディザの心にずしりと響く。――それはある種の哀しみだった。
女奴隷の思いなど知るはずもない卿は、窓辺の景色に眉をひそめた。抜けるような青空に、灰色の雲が飛び始めたのだ。複雑にうねるその雲は、徐々に数と暗さを増してゆく。ざっ、という響きとともに、整然と並んだ木々の梢が大きく靡いた。
「‥‥風が出てきたか‥‥この時期の南風は荒れるぞ。嵐になるかもしれんな」
――自分の何気ない言葉が最後の引き金を引いてしまったと、彼は後日大いに悔やんでいたという。
その夜のことは、後に吟遊詩人が伝える歌となった。奴隷とその奴隷が恋に落ち、追っ手を振り切って逃げるという哀感に満ちた歌である。儚げな異種族の乙女と、美しい青年奴隷の逃避行――詩というものがいかに作為と虚構に満ちているかよく分かろうというものだ。
屈強・勇猛で知られた女奴隷軍人ガディザは、その奴隷ヤールを連れ、闇と嵐に紛れて脱走した。直ちに近衛兵部隊が捕縛に向かったがその大半が挽肉に変わり果て、堅牢で名高い城門ももののみごとに破られた。王都警備軍は二人を討伐せんとしたがまんまと取り逃がし、かろうじて捕捉した部隊も多数の死傷者を出して退いた。逃走経路と見られた街道沿いには直ちに情報が発せられたが、激しさを増す嵐により伝達ははかばかしくない。ときおり二人の目撃証言が伝えられることもあったが、ほとんどすべてが後の祭りであった。
二人は夜に日を継いで逃走を続け、たどり着いたのが国境近くのこの小都市。ここを発って山へ入れば、もう国境を抜けたも同然だ。シファーダ王国と小競り合いをしているのは北方諸国であり、山岳地帯に守られた西部国境は手薄になっていると聞く。たかだか逃亡奴隷二人を追って大部隊がこちらへ来るとは思えない。国境を抜ければ、あとは北へ行き東西交易路に入ってビルサへ向かうか、あるいは南へ行き海沿いに進んでダハーシュを目指すか。どちらも遥かな道のりだが、そんな大都市へ行かずとも、まずはこの国さえ出てしまえばなんとでもなるはずだ。宿のベッドで唇を交わしながらそんなことを話していると、不意に外があわただしくなってきた。ヤールは名残惜しそうに唇を離し、鎧戸の隙間から窓の外を伺い――
「ガディザ様、兵隊です。数は‥‥二十人くらいです」
「ちっ。いいところで‥‥面倒だが遊んでやるか。お前は押し入れに隠れてろ」
そう言って狂暴な笑みを浮かべ、多少刃こぼれした戦斧を手にした。階下では宿の親父が宿を壊されまいと涙声で兵隊を制止しているが、なだれ込んでくるのは時間の問題。気力に満ちた笑みを浮かべ、目をぎらつかせるガディザ――その背中を押し入れの隙間から覗いていたヤールは、少しだけ兵隊がかわいそうになった。‥‥本当にかわいそうなのは宿の親父なのだが。
(終)
世界観は弟子シリーズと共通ですが、雰囲気も舞台もかなり違うので単発扱いです。半牛の粗暴系筋肉大女&ベッドの上でだけ強気な巨根ショタ、というどうしようもないネタ。それにしても喘ぎ声に色気がないことおびただしい。
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