酒と触手とため息と

 女が一人、三階の窓辺から外を眺めていた。金色の太陽がぎらぎらとした熱気を発しながらも、西へと傾いてゆく。果てしなく広がる海面に大小の船が浮かび、その光を受けて四角や三角の黒い影を作り出す。生まれてこの方ずっと海辺で暮らしている彼女にとっても、この風景はいつも心安らぐ。今さら子供のように海の向こうに思いを馳せることもないが、それでもわざわざ窓辺で眺めるに値する光景だ。三階に私室を設けたのもこのためだ。
 海と太陽から、今度は近くの方へと視線を移す。ひしめく船、はしけ、桟橋、荷物、船乗り。人と積み荷がごった返し、船と港をせわしなく往復している。商都ビルサの勢力圏で最大の港湾都市――大陸でも五指に入る、名高きダハーシュ。東から西から、さまざまな人々が一攫千金を夢見てやってくる。もちろん、その中にはまっとうな商人だけでなく、怪しげな武装商人や海賊のような連中もいるのだろうが――彼女にとっては素性などどうでもいい。客として儲けの足しになってくれるのであれば、相手がどんな商売であろうと気にする必要はない。彼女はハールマ。宿屋の経営者だ。
 港街は様々な人々が行き交う。が、やはり力仕事が重要な場所だけあって、男が圧倒的に多い。男が多ければ、彼らに必要とされている商売も自然と集まってくる。宿屋、酒場、賭場、そして女。水夫や荷下ろしの人夫といった、はっきり言えばあまり金のない連中は酒場や路地で客引きをしている女を買う。が、大型船の船長や商人といったそれなりの地位に就いている者は、もう少しお上品な所へ足を向ける。その一つが、ハールマの店だ。彼女が経営するのはつまりそういう宿だ。

 ぼんやりと外を眺めていた女の口元がゆるんだ。浅黒く、がっしりとした長身の男がこの建物に向かっている。その程度の特徴ならこの街では埋没してしまいそうなものだが、不思議と目立つ。
「『仕事が終わったらすぐ行く』、ね。‥‥約束に忠実というかなんというか‥‥」
 気だるげな笑みを浮かべてつぶやくと、長いスカートの中にざわめく脚を波打たせ、彼女は念のためもう一度浴槽に向かった。スキュラであり娼婦である彼女にとって、脚の手入れは美容の手入れと同じくらい大切だから。

* * *

「女将、ガルフ様がお見えになりました、二階の待合室でお待ちいただいてます」
「ん‥‥ありがと。ちょっと待ってね」
 若い女の声がドアの外で響いた。女将である彼女に客が案内されることはそう多くない。普段は店の切り盛りに専念しているため、ハールマがこの売春宿の女将だということさえ知らない客もいる。知られていれば「女将と一夜を過ごしたい」とだだをこねる輩が増えるだけだから、知らせる必要もないのだが。しかし、特定の客についてはそれなりに相手する。彼女が相手をするのはよほどなじみの客で、しかも彼女自身が気に入った男でなければならない。そんな客はほんの一部、それこそ片手で足りる。先ほど窓から見えた男はその一人、ガルフだ。
 ハールマは鏡の前に立つと、緩く波打つ黒髪をもう一度整え、大きく開いた胸元に手をやって谷間を魅惑的に演出できていることを確認する。ガルフという客を相手にするときはいつもそうだが、服装や容姿の手入れに時間が掛かる。何と言っても相手は「お役人」、粗相があってはいけない‥‥というのが店の娘たちへの言い訳、実際の理由は他にあるのだが。もう一度鏡の前でくるりと回って点検を終えると彼女は特別の客を迎えに出た。

*

 薄暗い待合室――見るからに手の込んだ燭台に蝋燭が灯り、部屋を艶めかしく照らし出す。特別な客――女将を抱く資格を与えられた男だけのための、秘密の待合室だ。まだ二十代、せいぜい三十代初めの男が豪奢な長椅子にゆったりと座り、その左右に若い女が侍っている。服こそ着てはいるが、胸をすり寄せ、指先を太股に這わせ、と巧みに男をもてなしている。男は酒の味と女の肌を楽しんでいたが、目当ての女将が現れると立ち上がり、にっと笑った。浅黒く引き締まった体、真面目さなど到底想像できない目元。ダハーシュ行政府書記、というご大層な肩書きが冗談のようだ。本名はガルファム・カーリミだが、ガルフと呼ばれるのが普通だ。
「よう、久しぶりだな。野暮用でなかなか来られなかったんだ」
「半月前にも来たじゃないか」
 あきれ気味の女に、半月も逢わなかったじゃないか、と男は言う。そしていきなり彼女を抱きすくめ、唇を奪った。一見粗雑そうにも見える風貌とは裏腹に、男は舌を奥まで差し込み、娼婦の口を丁寧に味わう。もちろん、ハールマはその職業にふさわしい技術でそれをもてなす――が、そこそこで唇を離して笑った。
「ここでする気かい? せっかく用意したんだ、部屋に――」
「へへっ、そうだな。俺様としたことが焦りすぎたか」

 二人は連れだって用意された部屋へ向かった。テーブルの上には酒の入った杯と肴が用意されていたが、それには目もくれず絡み合う。男の太い腕が女の細い腰を強く抱きすくめ、彼女のほっそりとした顎を上向かせ、そして覆い被さるように口づけ。巧みに舌を絡ませあい、すすり合う。女を抱き寄せたまま、用意されていた杯をとってその中身を口に含み――そしてもう一度、キス。口移しで流し込み、唾液と酒を舌で混ぜ合う。溢れた酒が白い首筋をつたい、落ちた。
「服が汚れちまうじゃないか‥‥」
「悪ぃ。でも色っぽいぜ」
 胸元にこぼれた酒を男の指先がすくい、紅い唇に触れた。唇を濡らし、顎から首筋へと滑り落ち、もう一度胸元に戻る。そして深い谷間を形作る部分にねっとりと塗りつけた。谷間のそばにあるほくろがやけに扇情的だ。濡れた瞳で見上げる女の唇に、さらにもう一度、口づけ。唇を互いに貪りながら、抱き合い、絡み合う。そのまま、酒に濡れた乳房をすくい上げ、揉んだ。ぎりぎりのところで隠れていた突起が、こぼれる。乳房に快い刺激を与えてくる男に対して、ハールマはしなやかな腕で絡みつく。そして、脚も。スカートの中からぞろりと現れた太い触手が、太股に絡みつく。内側から股間を擦り上げるようにして、あるいは外側から尻を揉むかのように。さらにもう一本が、足首から這い上がるようにして。舌、乳房、手、触手と全身でのもてなしを堪能すると、男は満足そうに息をつき、ようやく彼女の唇を解放した。
 そのまま彼女を脱がせるか、あるいはベッドに押し倒すかと思われたが――彼はどちらもしなかった。代わりに軽いキスを交わし、尋ねる。
「どうする、頼まれてたのを持ってきたんだが、先に確認するか? それとも――」
「ここでお預けかい? それより‥‥一段落してからの方が嬉しいね」
「同感だ」
 言うやいなやハールマを軽々と抱き上げ、ベッドに寝かせる。そして一分一秒を惜しむように服を脱ぎ捨て、猛然と襲いかかった。

*

「あふっ‥‥ぁ‥‥ん‥‥」
 ぴちゃぴちゃと唾の音が響くキスが終わると、女の唇が淫らに染まったため息をついた。その枕元に顔を埋め、男は耳元を舌でまさぐる。女の口から断続的に吐息が溢れ、男の耳をくすぐった。
 指先は乳房へ、乳首へ。脇へと滑り、そして体側をするりとなぞって背中側へ。ややごわついてはいるが、その手は大きさを感じさせない繊細さで女の身体を撫でる。五指を丁寧に操り、柔肌の上をするすると滑ってゆく。
「あぁ‥‥あ、ぁぁ‥‥」
 とろりと蕩けた目が、ぼんやりと天井を見つめる。細い指先をゆるゆると男の背中に回すと、男の腕もまた彼女の身体をするりと抱きしめる。そして口づけ。
 まぶたがゆっくりと下りてゆく。優しくも巧みな愛撫を楽しみながら、彼女はするりと脚を動かした。多くの吸盤が付いた、柔らかな脚。それを一本ずつ、男の脚に絡めてゆく。股の内側から二本、外側から二本。さらに二本は腰に絡みつき、男の筋肉質な尻にまとわりつく。そしてもう一本は陰嚢に、最後の一本はいきり立った高ぶりに。
 ろくに触れてもいないというのに、その肉塊はすでにぎちぎちに張り詰めていた。生娘なら一目で卒倒しそうなほどの迫力をもった、それ。黒光りする幹には木の根のように太い血管が走り、大きく開いた傘は鮮やかな段差を作っている。緩いカーブを描いて反り返り、茂みの中からそそり立つ。その肉剣に、触手が絡みつく。ハールマの脚――細くなった先端には細かな吸盤が規則正しく並び、その一つ一つがガルフの高ぶりに吸いつく。ぷち、ぷち、と小さな音を立てて、その吸盤は吸いつき、引き離され、そのたびに刺激を与えてゆく。亀頭に、カリに、裏筋に、幹に、絶え間なく同時に落とされる何十ものキス。さしもの名刀もこのキスには弱いと見え、小さな唇たちが吸いつくたびにびくびくと跳ねる。それをおもしろがるかのように、足先はくねくねと身をよじり、男を抱きしめる。
「ちっ‥‥お前のそれ‥‥っ、ほんとに、効くぜ‥‥」
「ふふふ‥‥イっちまってもいいよ、どうせ一回やそこらで収まる男じゃないだろう? ‥‥あっ‥‥ん‥‥」
 緩やかな愛撫に潤んでいた瞳に、ほんの少しの挑発を交えて囁く。この客がどんなふうに自分を抱くつもりなのか、分かっているからこそだ。もちろん、男の返事は彼女の予想通り。
「二発や三発、屁でもねぇ‥‥でもな、一発だって無駄にできるかよ」
 そういうと、彼は指先の動きを一気に変えた。柔らかなじゃれ合うような愛撫から、女の性感を掘り起こす獰猛な手つきへと。まもなく甘い空気が部屋に充満し、切なげな声が男の慈悲を請う。柔軟な、しかし強靱な八本の脚が男の胴や脚にすがりつき――お願い、という悲鳴じみた求めが、娼婦らしからぬせっぱ詰まった求めが響いた。その声に勝ち誇ったかのようにふてぶてしい笑みを浮かべ、男はまとわりつく彼女の脚を一気に引きはがす。吸盤がぷちぷちと音を立てて肌から離れる。淫らな身体の前側から生えている二本の脚を荒々しく持ち上げると、ぐっしょりと濡れた肉穴が男を誘っていた。獲物を求めて涎を垂らしていた肉槍は、嬉々としてそこを貫く。――ひときわ高い嬌声が響いた。

*

 ぶちゅっ、ぐちゅっという秘め事の音、そして、きゅっ、ぷちゅっと鳴る独特の音。ガルフは仰向けに寝かせた女に覆い被さり、腰を打ちつける。その逞しい背中に、腰に、脚に、八本の触手が絡まりつく。にゅるにゅると絶え間なく蠢き、まるで男を呑み込もうとするかのようだ。だが、彼女が上げている声を聞けば、果たして呑まれているのがどちらなのかは明らかだろう。
「ああっ、ふあっ、んんっ‥‥! あぅっ‥‥!!」
「いい具合だ‥‥吸いついてくる‥‥」
 奥底まで貫いたまま、男はため息をついた。腰を突き込み、女の感触を楽しむ。肉襞がぐちゅぐちゅとうごめき、熱い蜜をしたたらせながら彼を迎える。この感覚は他の種族では絶対に味わえない。だからこそ、ガルフはその感触をたっぷりと味わおうとする。
 襞が、吸いつく。比喩ではなく、文字通りに。ごく小さな吸盤が並び、一つ一つが男の高ぶりを捕らえようとする。単に吸いつくだけではなく、一つ一つがまるで口づけをするかのように強弱を付けて男を求める。それでいながら、肉襞自体も男を丁寧にもみほぐし、からみつき、締め付ける。
「最高だ、ハールマ」
 男の耳打ちにスキュラの頬が軽く染まる。脚に絡む触手に、わずかに力が入った。その瞬間、ガルフはペニスを一気に引き抜く。すがりつく膣内の吸盤がぷちぷちと音を立てて悲しむ。次の瞬間には、一気に奥まで。ぷちゅっ、きゅっ、と喜びに咽ぶ肉襞。圧倒的な肉塊が叩き込まれ、濃い蜜があふれ出す。細腕が首に絡む。もっと、もっと、と痺れるほどに甘い声が響く。その求めに応じて、男はズブズブと肉棒を激しく前後させる。狂乱の声が響く。よがり狂い、泣き叫ぶ娼婦。シーツを掴み、枕を掴み、かと思えば男の身体にすがりつく。蛸の足は一瞬たりとも男の肌を放すまいと全力で絡みつく。男の脚も腰も完全に彼女の脚に覆い尽くされ、一見すれば二人の身体がどうなっているのか分からないほどだ。
「――ハールマ‥‥!」
 女の名を呼び、唇を奪う。豊かな乳房を胸板に感じながらその上体をベッドに押し込み、猛然と腰を叩きつける。声も上げられずに女は狂い、息も継げずにのたうち回る。
「――――っっ!! ぷはぁっ!! ぁっ、あはあぁっ!! そ、そこ、突いて、えぐって‥‥!!! 狂う、狂うよ、ああ、もう、だ‥‥め‥‥っ!!!!」
「くっ――!!」
 脂汗を浮かべてのたうつスキュラを見下ろしながら、男は思わず顔をゆがめた。瞬間、下半身の熱が爆発した。女は押さえ込まれながらもむりやりにのけぞり、その感触に狂った。

* * *

「はふ‥‥んっ。相変わらずでかいイチモツだね‥‥あごが疲れちまうよ」
 一通りのことを終え、ガルフは起き上がるとベッドの端に腰掛けていた。ハールマはしばし荒い息をつきベッドに沈んでいたが、呼吸が落ち着くとずるずると床へ下り、男の股間に顔を埋めた。精液の残りが男の匂いを強烈に主張している。その匂いを満足げに吸い込むと、先ほどまで自分を狂わせていた肉棒をくわえ込む。いくらか萎えていたそれも、彼女の技によって早々と立ち直ってゆく。
「へへっ‥‥美味そうにしゃぶってくれるぜ‥‥。――と、さっきの話だ」
 満足そうな笑みを浮かべたが、話題を変えると同時に真顔に戻る。応えて女も顔を上げ、こくりとうなずく。もっとも、高ぶりをしごく手の動きは忘れないが。ガルフはそれを見ると、ベッド脇にぞんざいに置いた鞄を引っぱり寄せてごそごそと中を探ると、きっちりと巻かれた羊皮紙を取り出し、おもむろに広げて見せた。装飾的な字体が並び、末尾に当局の署名がある。
「約束の書類だ。新しい旅館営業許可証その他諸々。それから次の“抜き打ち”監査は来月二日。今回の担当監査官は青二才のおぼっちゃんだから、横流し書類なんてなくてもどうにでもなるだろうけどな」
「保険だよ、保険」
 ちゅうっ、と音を立てて鈴口を吸い上げたかと思うと、そう言って娼館の女将はにっと笑みを浮かべた。
「‥‥また若いのを食うつもりだな」
「何言ってんのさ、あんたも若いだろ。ま、味見をするかどうかは実物を見てからだね。――どっちにしても、ありがと。いつも助かるよ」
 ガルフの言葉は否定しないようだ。
 ――そもそも、ダハーシュでは売春宿を営むこと自体が違法だ。そして異種族――もちろん、人間から見てだ――の娼婦というのも違法。そのあたりは盟約都市という名の事実上の宗主国・ビルサとはかなり異なる。もちろん、ハールマの宿をはじめ売春宿も異種族娼婦も事実として存在するのだが、そこは偽造書類や金品その他でごまかすのが常だ。当然、ごまかし損ねると上は国外追放、下は罰金まで厳しい御沙汰が待っている。しかし、ガルフが渡したのは「横流し」の書類。偽造と異なり、手続きが不正だというだけで書類そのものは本物だ。当然、お上の目をごまかす力は偽造書類の比ではない。
「こう見えて結構危ない橋を渡ってるんだぜ」
「それが分かってるから、いつもたっぷりお礼をしてるじゃないか‥‥こうやって」
 舌先をちろちろと小刻みに動かし、カリ首の裏を隅々まで舐めつくす。わずかに歯を使い、亀頭の上を滑らせる。隆々とした男根はますます張り詰め、大きく跳ね上がって存在感を誇示する。その見事なものを顔の上に載せるようにして、先端から裏筋の根元まで透き間なくキスを落とした。もう一度びくんと跳ね上がり、先端に露を浮かべる肉槍。それを見てか、ハールマの眼がすうっと細くなる。
「っく‥‥あ‥‥。確かに、それだけの値打ちはあるな‥‥お前は‥‥っ」
 男の褒め言葉にくすくすと笑うと、ペニスの先からキスが這い上がり、へそ、胸板、乳首へと唇が順に触れてゆく。尖らせた舌先がついっと首筋を舐め上げ、そして唇に触れる。その間、股間の高ぶりにはまたしても足先が絡みつき、にゅるにゅるとしごき上げている。
「ねぇ、そろそろもう一回、いくかい」
 耳元に唇を寄せる娼婦の肩をつかみ、いきなりベッドに押さえ込む。女を見下ろすガルフの顔には、獰猛な雄の表情がぎらりとした笑みと共に浮かんでいた。
「舐めるなよハールマ。俺がたった二回で満足したためしがあったか? ‥‥四、五回は覚悟しとけ」
「へぇ‥‥期待しちまうじゃないか。でも無茶はよしとくれよ、明日に響くからね」
 とハールマは答えたが、果たして聞いているのかどうか‥‥雄は猛然と襲いかかった。

*

 触手状の脚を掻き分け、両手で掴んで大きく開く。その中に息づく秘部。じゅるじゅると涎を溢れさせ、逞しい肉棒を欲しがっている。ひくひくとうごめき、近づいてきたものを抱きしめようと待ちかまえている。ガルフの指先がそこに触れると、その襞は獲物が触れたイソギンチャクの触手のようにきゅうっとすがりついてくる。実際、うごめき引きずり込もうとするその様子は、彼の指を食べ尽くそうとするかのようだ。ここに男根をあてがえばこれと同じ動きで呑み込んでくれるのだろう。想像するだけでたまらない、とばかりに肉棒が跳ね上がる。そこへ絡みつく、触手。彼の視界外で密かに獲物を探していたらしい。ハールマの半ば蕩けた瞳に、悪戯っぽい笑みが浮かんだ。
「この、好き者女」
「今さら言ってんじゃないよ‥‥。ねぇ、そんなお遊びじゃなくて‥‥ほら‥‥」
 張り詰めた男に絡みつく足先が、早く早くと言わんばかりにくいくいと引っぱる。待ちかまえる秘肉を熱い肉棒が貫いたのは、その二秒後だった。

*

「ああっ、はっ、くぅうっ!! ああ、暴れてる、中で――くはっ!!」
「お前の肉もめいっぱい暴れてるだろ‥‥淫乱女め」
 額に汗を浮かべながら、ガルフは不敵な笑みを浮かべた。こぼれる汗が顎をつたい、ハールマの尻と背中にぽたぽたと落ちる。背後側の触手を二本強く掴み、その勢いで後ろから思いきり突き上げる。反動でハールマの体が引き起こされるほどの、激しい攻めだ。腰を密着させたまま同じ要領でズンズンと突いてやると、スキュラは悩乱した声を詰まらせながらも溢れさせる。乳房がベッドと体に挟まれて左右にはみ出し、身体を引き起こされる時には淫らに揺れる。
 絡みつき、巻きつき、すがりついてくる八本の脚を乱暴に、だが丁寧にあしらいつつ、ガルフは女を責め立てる。腕や腰に吸いついてくる脚を邪魔だとばかりに引きはがすと、ぷちぷちと激しい音が。それでも次から次へと蛸の脚が絡んでくる。業を煮やした彼は、女の尻を鷲づかみにした。きゅっと締まっていながらもたっぷりと肉の付いたそれを手のひらと指先で味わい、揉みたくりながら思いきり自分の方へと引き寄せる。ぱんっ、とぶつかる音が、そして「ああっ」という悩ましい声が響く。ぱん、ぱん、ぱん、と小気味よい音が響き、徐々にその間隔を詰めてゆく――よがり声も同じように連続し、そして肉のぶつかる音が連打になるとびくんびくんと震えながらベッドに突っ伏した。
 しばし挿入したまま絡みつく肉の感触を楽しんでいたガルフだが、女の呼吸がやや落ち着いてきたのを確かめると一気に雄物を引き抜いた。ぎゅぽっ、という独特の音が響く。膣内の吸盤がよほど強く吸いついていたのだろう。そしてハールマを抱き起こすと、今度は自分が仰向けになりその腰に乗るよう促した。

「いい眺めだ‥‥」
「ああぅ、はふっ‥‥」
 腰を緩やかに振りながら、娼姫は乱れた髪を掻き上げる。自分のためにやっているのだろうが、その仕草は男という生き物にとってたまらなく魅惑的だ。汗ばむ肌、弾む乳房。乱れた髪がますます卑猥で、熱い吐息と喘ぎを交える唇も涎に濡れている。そして何本もの触手が、男の身体の上を這い回る。体中に同時に落とされる口づけを味わい、そして口元まで這い寄ってくる足先を甘噛みしてやると、ハールマの身体はぴくんと震えた。妖艶な目元に気だるい笑みが浮かぶ。ガルフは上体を起こし、その柔肌を抱きしめた。そして舌先で女の唇をなぞり、唇を重ね、舌をねっとりと絡める。互いに抱きしめあい、貪りあう。
「最高だ、何度抱いてもな‥‥」
「はぁ、はぁ、‥‥っ、ぁあ‥‥。いいよ、たまらない‥‥。っく、あ、ああっ! ‥‥狂いそう‥‥本気で、堕ちそうだよ」
 乳房に指を食い込まされ、目を蕩けさせながら甘い言葉をつむぐ。男はまたしても肉食獣の笑みを浮かべ、堕としてやるよ、と囁いた。

* * *

「あああっ、――あああぁあっ!!」
 ぎしぎしガタガタという騒音と、淫らな絶叫が響く。非番の娘たちも客引きを終え、店内や空き部屋の掃除に精を出していたが‥‥あまりの騒々しさに思わず顔を見合わせた。階下にこれほど響くというのだから相当なものだ。
「えーと‥‥あれって、女将さんですよね‥‥」
「ガルフさんが相手だといつもアレだよ、気にしちゃダメ」
「はぁ」
 入ったばかりで経験の浅い娼婦にとっては、いつも頼りがいのある女将がどんな顔をしてあの声を上げているのかさっぱり想像がつかない。が、そんな事を気にしていては掃除がはかどらない。黙々と階段の手すりを拭いていると――
「イく、イく、イっ‥‥くぅぅぅっ!!! だ、だめ、だめ、死ぬっ――ああああぁぁああっ!!」
「‥‥すっごい‥‥」
「今日はまた‥‥一段と激しいね‥‥」
 何年もここにいる娘までが二階を見上げ、ため息をついた。

* * *

 四、五回は覚悟しろ、とガルフは言った。が――結果から見れば、嘘をついたことになる。五回戦どころではなく八回戦まで続いたから。女が正気を保っていられたのは三回戦まで。四回戦で失神し、五回戦からはイきっぱなしだ。瞳が上を向くまで徹底的に責め上げられ、数え切れないほどの絶頂に灼かれた。蜜壺も菊門も乳房も背中も、全身くまなく精液で染められた。窓を振るわせるほどの絶叫を轟かせ――ハールマは堕ちた。

* *

「はぁ、はぁ‥‥悪い、やりすぎたな‥‥大丈夫か」
「あ、あ‥‥っく、ふ‥‥っ。はふっ‥‥あふ‥‥っっ」
 汗だくになった背中に黒髪が貼りついていた。波打つ髪はうねうねと乱れた線を描き、それは力なく震える下半身と対応しているかのようだ。八本の脚はてんでばらばらの方向に投げ出され、いくつかの吸盤がシーツと男の体に貼りついてはいるが、もはや瀕死のようにひくひくと震えるばかりだ。ベッドに突っ伏したまま体を起こすこともできず、荒く乱れた呼吸が恨みがましく男を非難している。もっとも、嫌そうでもないが。
 すっかり参ってしまった娼姫を抱き起こすと、だらしなく開いた唇からぽたぽたと涎がこぼれた。口元のそれを舌で拭い――口の中まで拭ってやろうと言わんばかりにもう一度唇を重ねる。意識が混濁する中、しつこいほどの愛撫を舌と粘膜に受け――ハールマは今さらのようにもう一度達し、今度こそ失神した。

* * *

「すまん! 俺が悪かった!!」
「‥‥」
 平謝りの男がなみなみと酒をつぐ。下着姿の女は鬱陶しそうな仕草でその杯を受け取ると、眉間に皺を寄せたまま大きくあおる。そしてことさら不機嫌な表情を作って窓に目をやった。窓辺から見える景色はすっかり夕闇に沈み、酒場や娼館の窓から漏れる明かり、そして遠くの灯台が明々と見える。もう二時間もすれば少しは静かになるだろうが、酔いどれが暗い通りで騒いでいる。夜に入港してくる船もあるため、この街が完全に眠ることはない。
 ガルフがやってきたのはまだ夕方‥‥となれば、途中の会話を除いても五時間はぶっ通しで体を交えていたことになる。完璧に失神させられたハールマは、無言でため息をついた。目覚めてからはずっとこの調子だ。
「この通りだ! 出入り禁止は勘弁してくれ!」
「‥‥出入り禁止にしたらあたしも困るだろ‥‥。お上関係の客で曲がりなりにも“高級”なのはあんただけなんだから」
 むすっとむくれたまま肉の燻製をつつき、さりげなく男の杯にも酒をつぐ。「翌日の仕事に響くから」と、激しすぎる行為は避けるように彼女は常々言っていた。この男にはきっちりそう言っておかないと、今日と同じかそれ以上の激しさで狂わされてしまう。言っておいてもこのざまだが。
「いや、ほんとに‥‥すまん。お前があんまり、その、‥‥いい女だから」
 詰まりながらの言葉に、ハールマは思わず噴き出した。いかにも遊び好きな風貌であり、実際その方面で名の通った男でありながら、女の機嫌取りにこんな拙い言葉を使うとは。その苦笑につられてか、ようやく会話が戻り始めた。

 強い酒精がいつの間にか二人の頭をもみほぐしていたらしい。ありきたりな冗談や世間話を交わし、ふとしたことで笑いあう。目が合えば唇を交わし、またしてもくすくすと笑う。そうしているうちに酒瓶を傾けても雫一つ落ちないようになってしまった。追加は要るかい、と聞く女将に、客はそろそろ寝ようと言った――。

* * * * *

 翌朝、客を見送ったハールマは自室に戻るなりベッドに身体を投げ出した。玄関から部屋に戻るだけでもふらふらだ。三階に自室を設けたのは失敗だった、と思わずにいられない。強烈に眠い。――昨夜は結局ほとんど寝られなかった。男がしつこく求めてきたというわけではない。求めたのはむしろ自分の方だ。眠っている男に唇を重ねると、彼はまるで殺気でも感じたかのように反射的な動きでハールマを抱きしめ、襲いかかってきた。絶倫、と言う言葉は彼のためにあるのだろう。二度連続で抱かれ、何度も達した。月が夜空の四分の三を過ぎて、ベッドからは見えなくなった頃、ようやく二人は眠りに落ちた――のだろうか。それでも眠った気がしない。ただただ眠い。
 肌の手入れ、髪の手入れ、風呂に入って一晩の汗を流さないと。妙に火照る体を八本の脚がずるずると連れて行き、職業上必要な習慣をさせようとする。だが、本当に面倒だ。精液の匂いがふっと鼻孔をかすめた。肌か、髪か、服か、一体どこから匂っているのやら。
「あいつ‥‥今度はいつ来るんだろうね‥‥」
 思わず漏れた独り言に、ハールマはやれやれとため息をついた。それまでにこの火照りが収まればいいんだけど、などと考えながらも。

* * * * *

「ああいう宿から出勤するのは誉められないな、カーリミ君」
 ダハーシュ行政府の廊下で、書類の束を抱えたガルフ――ガルファム・カーリミ一等書記に声を掛ける者があった。涼しげな目元が血筋の良さを示しているが、穏やかな物腰は嫌味を感じさせない。容姿も物腰も、少々気性の荒いこの街には珍しいほど貴族然としている。その点、役人らしく装っても相変わらず似合わないガルフとは大いに違う。
「勤務時間外のことまでとやかく言われる筋合いはありませんぜ、ファキル卿。友人の経営する宿です、たまに泊まったところで差し支えはないでしょう」
 と、眉を歪ませ、適当な弁解を返すガルフ。あまりに適当すぎるな、という思いも表情に浮かんでいるが。
「ふむ、それもそうだな。あの宿が監査に引っかかったという話もないし――私はどうこう言わないよ。ただ――肩入れしすぎて火傷しないようにな。‥‥っと、あまり話している時間もないんだ。では、失礼」
 思わせぶりな微笑を浮かべ、ファキル卿は去ってゆく。
「――分かってますよ‥‥。でもまあ‥‥今さら引けませんのでね」
 諦めたように、あるいは覚悟を決めたようにそうつぶやく。
 奇しくもそのため息は、どこかの娼婦のそれとまったく同じ時間だった。

(終)

弟子シリーズ外伝。このシリーズ初の三人称文体ですが特に意味はありません。蛇女・蜘蛛女と並ぶ三大モンスター娘(と私が勝手に思っている)のスキュラがようやく登場。それにしても我ながら頭の悪いタイトルだ。

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