海竜の鱗

「しっかし‥‥姐さん、あれはめったに――」
「お願い、あんたのとこにしか頼めないのよ。もちろん手間賃も弾むつもりだし――なんとかしてよ。ね?」
 渋るオレに、赤紫の髪の美女が食い下がる。相変わらずすげぇ胸だ。視線をそこへ集中させないようにするにはなかなかの鍛錬が要る。
「師匠‥‥安請け合いするからそういうことに‥‥」
 美女の横にいる童顔野郎が何か言ってる。
「うるさいな、あんたは黙ってなさい。――ねえファイグ、どうにかならない? 交易商人を通じてっていうのが難しいなら、産地へ脚を伸ばしてみるとか。ほら、ダハーシュとかならここよりは――」
「そうだ、海辺なら何か手がかりとかあるんじゃないのかな?」
 童顔野郎――ラートとかいう見習い魔導士だ――が、また口を挟む。ええい、お前は黙ってろ。だいたいオレより二歳も年上のくせに、オレと同じかヘタすりゃオレより若造に見えるってのはどういうことだ、おい。まあそれはともかく。
「うーん‥‥他ならぬナイア姐さんの頼みだ、オレも何とかしたいよ。でもなあ‥‥爺さんの代に扱ってるのはガキん時に見たことあるけど‥‥海竜の鱗なんて、オレは扱ったことねぇよ。問屋連中の話にも出てこねぇしなあ」
 魔導具屋「ナイアのお店」のカウンター。商品の配達に行ったオレをとっつかまえて、何の話かと思えば‥‥これだ。ナイア姐さんが「手間賃をはずむ」と言う限りは相当な儲け話だし、美人の頼みを断ったとあっちゃ男が廃る。だけどそれも事によりけりだ。欲に目が眩んで信用を失うようじゃ、商売人として論外の外だ。できない頼みは断るほかない。けどなあ。うーん。

「なあ姐さん、それって急ぐのか?」

* * * * *

 提示された期間は二ヶ月。経費込みで百ハダル。‥‥我がシャダイム商会の――要するにオレの年収丸々一年分だ。おいしい。おいしすぎる。が、商品はかの珍品「海竜の鱗」。魔導具の材料にもなるらしいが、普通はそんなことには使わない。はっきり言うが、好事家が装飾品として家宝にするようなネタだ。‥‥まあ、オレは仕入れて売るのが仕事だ。何に使われようが知ったことじゃ‥‥待てよ。確かアレって、昔は‥‥。

「海竜の、なあ‥‥。最近はまたあんなものが流行っとるのか?」
 ひんやりと涼しい室内で、先生は椅子にゆっくりと腰掛けてそう言った。――町医者「キダシュ医院」。かつて高級な薬として使われていたということを思いだして、とりあえず一番博識そうな先生に聞いてみることにしたんだが‥‥。
「流行る?」
「うむ、この前も中年の男がわしに聞きに来てな。そんなものはもう手に入らん、と言うたのじゃが」
 ははあ、なるほど。そいつがナイア姐さんのところに泣きついたのか。‥‥表情は読めないが、かすれがちな声もいささかうんざりした響きだ。
「昔は年に一、二回は仕入れられたんじゃが‥‥」
「どれぐらい昔――」
「ふむ‥‥四百年ぐらい前じゃな」
 少し首をかしげ、おもむろに返ってきた答えがそれか。リザードマンという種族を甘く見すぎていた。
「竜鱗湯という薬になったんじゃ。不老長寿の薬だ、とか言うてな。実際はせいぜい疲労回復の栄養剤ぐらいにしかならん、とわしがいくら言うて聞かせても――まあ、名前が派手じゃから、効き目は二の次、三の次で金持ち連中が欲しがったもんじゃ。値段も高くなるばかりで、仕入れるのも止めてしもうたわ」
 しゅうしゅうと音を立てながら、老医師は昔話を語るような口ぶりで教えてくれた。が、それじゃあオレとしては困る。効き目はともかく、現物が手に入らないと話にならねーんだから。
「そんときの入荷ルートとか‥‥先生は知ってるかい?」
「あいにく‥‥待て。あれは確かダハーシュからの商人だったか‥‥?」

* * * * *

「うっぷ‥‥はぁ‥‥くっそー‥‥これだから‥‥」
 これだから嫌だったんだ、海へ来るのは。
 ビルサから貨客船でアルム・シェダ河を下ること数日、港湾都市ダハーシュ。名目上は独立国だが、事実上ビルサの属国だ。だからある程度は異種族も住んでる。
 船から下りるや、蒸し暑い潮風が吹き寄せてきた。べたつく潮風もうんざりだが、船の揺れはもっとうんざりだ。でもオレが乗ってきたのは川船だ。乗ったことはないが、海の外航船はもっと酷いらしい。‥‥そんなものに乗るぐらいなら儲け話なんざ誰かに売ってやる。第一、これも百ハダルのためだからここまでこれたんだ。報酬が半額だったらダハーシュくんだりまで来ねぇぞ、オレは。
 オレは‥‥というか、オレの曾々爺さんの代から続く問屋業は、東方交易路の商人が本来の取引相手だ。ダハーシュから発する海の交易路は専門外。やっかいな仕事だぜ、自分で引き受けたとはいいながら。
 とはいえ、今回のはネタがネタ、普通の流通経路では入ってこない商品だからな。人間関係の粗密より、商売人としての勘と経験の方が役に立つだろう。‥‥と、思う。思いたい。
 で、だ。オレの経験として、やっぱり妙なものってのは人間以外の方が詳しい。でもなあ。海のモノに詳しい種族って‥‥。

* * * * *

「なあ旦那、イスラって人魚は知ってるかい?」
「――なんだ、あいつに用か? んー‥‥確かフェガル号を先導してくるはずだからな。そうだな、たぶん夕方には帰ってくるだろうよ」
 さほど期待せずに船乗りらしきおっさんに尋ねると、予想以上にはっきりした答えが返ってきた。なるほど、「顔が利く」ってだけはある。――「海に詳しく人間とも交流が深い種族」と言えば人魚、ここの人魚の頭領・イスラなら頼りになる――情報を集めた結論はそういうことだった。他の人魚でもいいのかも知れないが、どうも今はみんな出払ってるらしいし、その頭領にも夕方になれば会えるというんだからそれなりにツイてる。なら、それまで待つとするか。

 太陽が西に傾き、暑さが少し和らいだ頃。宿の二階から、にわかに騒がしくなった埠頭に目をやると沖に船影が見えた。急いで宿を出て船着き場から沖を見ると、だんだんと船影が大きくなってくる。大きな三角帆が風を受けて膨らみ、ゆっくりとこちらへ来る。あれがフェガル号だろうか。停泊している商船と比べてもなかなか大きい。
 周りの水夫たちも忙しそうに走り回っている。船はどんどん大きくなり、甲板で接岸準備に励む人影も見えてきた。
 そしてその船の前に、いた。海面を船と併走しながら、船の上へ合図を出している。遠目には良く分からないが、金色に輝く海面から見える人間の上半身。その人影が水面に沈むと同時に、水しぶきを跳ね上げる大きな魚の尻尾。あれが‥‥人魚か‥‥。

「どけ、邪魔だ! こっちは忙しいんだ、見物はあっちでやれ!」
 初めて見る人魚の泳ぎに見とれていると、荒っぽいおやじに突き飛ばされた。しゃーねぇ、埠頭が落ち着くまで待つか。

 フェガル号が接岸後しばらくして荷下ろしが峠を越えたころ、ようやく件の人魚に会えた。そいつは埠頭から少し離れた防波堤に、上半身をうつぶせに乗せて休憩中だった。港の外れだからだろう、周りに人影はない。遠くに威勢の良い掛け声を聞きながら、オレは生まれて初めて「人魚」と会った。
 人間で言えば二十代の半ば、ってところだろうか。濃い茶色の髪は肩まである。日に焼けた小麦色の肌、目は大きいけれど少しつり目がちだ。力強い印象の腕や背中。でかい乳が防波堤の上に乗り、脇からはみ出して存在感を主張している。くびれた腰の下からは大きな魚。――でもそれは普通の魚じゃなかった。大きな鎌形の、黒い胸びれ。上半分が長い上下非対称の尾びれ。人間と同じ上半身にも、背中には三角形の背びれが突きだしている。いわゆる「サメ」ってやつだろうか。
 ‥‥白状すると、ちょっと見とれてしまった。が、これってオレの想像してた人魚とはちょっと違う気がする。人魚にもいろいろ種族があるんだろうか。ま、いいや。
「あんたが‥‥その、イスラさんかい?」
「‥‥あん‥‥? なんか用か、ぼうず」

* * * * *

 イスラという人魚はなかなか豪快なねーちゃんだった。商談を持ちかけようとするといきなり酒を持ってこいと言われ、そしてそれをラッパ飲みにしながらオレの話を聞く。胸の下まで海に浸かったまま、背中と腕で防波堤にもたれかかっているから‥‥乳は丸出しだ。すげえ。思わず視線が吸い寄せられるが、それを何とか我慢しつつオレの求める物を尋ねる。と――、
「はん、くだらないねえ。陸の連中は相変わらずあんなのが好きなのか?」
 低めの、かなりドスのきいた声で笑う。‥‥イスラ姐さん、あるいは姐御とでも言った方がしっくりきそうだ。
「あんなの‥‥って、おいおい、人間はああいうのが大好きなんだぜ? だからさ、面倒がらずに売ってくれよ、高く買うからさ」
 周りに人はいないとはいえ思わず声を低くして説得するが、姐さんは肩をすくめるだけ。
「売るもなにも‥‥あれはもう手に入らないよ」
「え‥‥っ!?」
 そ‥‥それは困る‥‥! ナイア姐さんには何とかするって言ったんだ、仕入れられなきゃ面目丸つぶれだ。
「‥‥何を泡吹きそうな顔してんだ? ま、せっかく酒を持ってきてくれたんだし――そうだな、手に入らないってのは正確にはちょっと違う。ぼうずはなかなか良い面構えだから、特別に教えてやるか。正確に言うと、『売らない』ってのがアタシらの掟になってるんだ」
 品定めをするかのようにオレの顔と体をしげしげと眺めると、少し肩をすくめて話を続ける。さっき自己紹介はしたんだが、名前で呼んでくれる気はないようだ。
「――昔はな、海竜の鱗を拾ってきて人間と交換したんだよ。酒とか肉とか、そういうのとな。人間にとっちゃボロい商売だったんだろうが、アタシらは結局海から出られないんだ、金なんかもらってもしょうがないんだよ。‥‥それに人間は何を勘違いしたのか知らないけど、アタシらを使用人みたいに扱いはじめたんだ。『食いもんをやるから、お宝を採ってこい』みたいにな」
 ‥‥オレも商売人の端くれだ、昔の商人連中が何をどう考えてたかはある程度解る。それがいいかどうかは別として。
「それでもう、あれを交換材料にするのはやめたんだ。『取り尽くして見つからない』とか言って取引量をだんだん減らして、交易自体をやめた。その交易の代わりに、こうやって一族の中で何人か体力のある奴が、水先案内と近海の護衛をする。これでアタシらは食い物にも酒にも困らない、陸の連中のごたごたにも巻き込まれない、ってな。――それに、この仕事の報酬は悪くないんだ。みんながたらふく飲み食いできるぐらいの量を確保できるぐらいには、ね。そうなると、海竜の鱗をわざわざ密売する奴もいない。――そういうことだ。っと、悪い、長話になったな」
 ふふ、っと笑ってみせる。気が付くと太陽はもう西に沈んで、ほんのりと赤みを海に残しているだけ。代わりに涼しげな銀の光が、東からイスラの肌を照らしている。
 ‥‥そうか、水先案内の仕事にはそういういわれがあったのか。欲のない種族ってのはこういう工夫も必要なわけか‥‥大変だな、オレら人間のせいとはいえ。
 ‥‥あれ? ‥‥ちょっと待った。今、何か言わなかったか?

「‥‥姐さん。『食うに困らないから密売しない』‥‥そう言ったよな?」
 オレの言葉に人魚がにやりと笑う。
「ああ、言ったよ。ふふふ、『何とかして売ってくれ』‥‥そういう顔だな」
 何か‥‥雲行きが怪しいな‥‥これは。もしや乗せられたか‥‥? でも引くわけにゃいかない。妙な条件を呑まされようと、百ハダルと面子がかかってるんだ。オレは禁断の言葉を口にした。
「ああ、頼む! 何でもする、売ってくれ!」
「よし、いい返事だ。じゃ、アタシを楽しませてくれよ」
「‥‥?」
 どういう意味だ‥‥?
「‥‥ぷはっ‥‥旨いな、この酒。――なんだ、聞こえなかったのか? 今回は特別だ。ぼうずがアタシを楽しませてくれれば、それでいい。――ふっふっふ。今度はちゃんと聞いてたか? 『 た の し ま せ ろ 』よ?」
 イスラは酒瓶の残り三分の一を一気にあおり、こぼれた酒を手の甲で拭う。と、さっきの言葉をほんの少し詳しく繰り返し――含み笑いをしたかと思うと、にたりと笑った。こ、怖ぇ‥‥。
「‥‥い、いや、だから楽しませるってのは――」
 オレの言葉が終わらないうちに、焦れたようにバシャッと尾びれを跳ねさせる。飛沫が月の光にきらきらと輝いた。
「あん? 説明がいるのか? 勘の悪い奴だな、耳かっぽじってよく聞け。アタシは女、お前は男。――はい、説明は終わり、商談成立。いいから脱げ」
 ちょ、ちょっとまて姐さんオレはまだなんにも答えてな――
 ドバシャッ!!
「ぶばぷぅっ!? げほっ、な、何しやがる!」
 いきなり尾びれを強く振ったかと思うと、物凄い量の水が押し寄せてオレの全身がずぶぬれにっ。あーあ、遠方に商談だからってちょっとはマシな服を選んでたのに‥‥。
「――っと、悪いね、尻尾がむずがゆくてさ。さ、そんな濡れてちゃ風邪ひいちまう、さっさと脱ぎな」
「だ、だからなんで脱がなきゃ――」
「黙って脱げ」
「はい」
 怖ぇ、怖ぇよこの人魚。目が据わってるよ。
「ほらほら、下も脱ぎな。ったく、人間ってのはなんでそんなに布きれをごちゃごちゃ着てんだ」
 っだー、もうヤケだ。何だか知らないが脱いでやる!
「下着もな」
 ‥‥。
 ‥‥そうか、さっきの説明はそう言う意味か‥‥。貞操の危機だな、これは。いやべつに童貞じゃねーけど。つか、こういうことを取引材料にするか‥‥。
「よし、脱いだな。ふふ、生き物ってのはみんな生まれたままってのが一番きれいだろ? さ、こっち来な――どうした?」
 じょ、冗談じゃねぇ! こ、こんな真っ暗な海に、何でオレが入らなきゃなんねーんだ! 人間ってのは陸の上で生活する生き物なんだよ!
「ははーん。泳げないのか?」
 オレの表情を読んだのか、姐さんは馬鹿にしたかのように笑う。あ、う、いやその、‥‥馬鹿にされたとあっちゃ意地でもそれに乗るのがオレの流儀だが、溺れちゃ命に関わるしな‥‥。
「心配しなくてもアタシが乗せてやるよ。ほら」
 そういうと背中を水面から露出させてこちらに向ける。褐色の肌がぬらぬらと光り、妙に色っぽい。その背中に三角形の背びれが見える。
「じゃ、ひれに掴まって――安心しな、落としゃしないよ。で、そう、そうやって跨ってごらん」
 思った以上にざらつくひれに必死で掴まる。そして太股で下半身をしっかり挟んで、どうにか滑り落ちずに掴まってられそうだ。‥‥足元は見ない。真っ黒な水が揺れて、何も見えない。
「ひと泳ぎするよ。落ちないようにしっかり掴まってな」
 そういうとイスラは下半身を力強く左右に振る。最初は腰や上半身も尾びれとは逆方向に振れていたけど、それはすぐに止まり、尾びれだけが勢いよく、だがしなかやかに左右に振れる。尾びれの先が水面を切り裂き、その後ろに小さな波が航跡を描く。ときおり頭を水面から上げながら、悠々と泳ぐ。大きな胸びれが、水中を飛ぶ鳥の翼のようだ。
「ちょっ、どこまで行くんだよ‥‥」
 すごい速さだ。
「一度入江から出るよ」
 な、なにー! 入江から出るって‥‥それって、あの聞くだに恐ろしい「外海」ってやつじゃないのか!? そんな恐ろしい所へ‥‥なんて思っていると、もう入江東端の灯台がすぐそこに迫っていた。灯台を過ぎると途端に波が荒くなる。真っ黒い波が次々に押し寄せ、白い波頭がオレを笑う。爺様、親父、まだ「そっち」へは呼んでくれるなよ‥‥!
「くっくっく。震えてんのかい? 心配するんじゃないよ。岬より東に砂浜があるんだ、そっちへ行くよ」
 波だ、波。大波。背よりも高い波が押し寄せてくる。その波を巧みに乗りこなして、イスラは颯爽と泳ぐ。こんなのは波の中に入らないとでも言いたげだ。

* * * * *

「さ、もうすぐだ――浜に乗り上げるよ、しっかり掴まりな!」
 目の前に白い砂浜。背後から大波。背びれに必死に掴まる。ふっと体が浮いたように感じ、物凄い勢いで浜に向かって突き進んで――!

「おい、大丈夫か?」
 その声で、やっとオレは正気に戻った。い、いや、失神なんかしてねぇぞ!
「‥‥そんなに怖がるかねえ‥‥。まあいいや。――さてと。ここで楽しもうか」
 ちょっとふらつくけど、酔ったというほどじゃない。‥‥酔ってる暇なんざありゃしねぇ。長い時間しがみついていたような気もするし、あっという間だったような気もする。が、ダハーシュの街はもう岬の向こうに隠れて見えない。
 背中からオレを下ろすと、イスラ姐さんは体を仰向けに回転させて伸びをした。サメの白い腹が上を向き、人間でいうなら脚を投げ出して座ったような格好になって‥‥その‥‥なんだ、胸が丸見えになる。さっきは商談ってことだったからじろじろ見るわけにもいかなかったが、今ならじっくり見られる。‥‥すげえ。日焼けした肌が濡れて光り、ナイアの姐さんほどではないけど相当でかい胸が堂々と丸出しになってる。濃い色の乳首、引き締まった腹。その脇には数列の鰓孔。大きな胸びれ。そしてその少し下、人間でいうなら股より少し下に‥‥腹びれがあって、その間に‥‥。そこの形は少し人間とは違うようだが、種族は違えど「大人の女」だ。いやらしい雰囲気が匂い立つ。
「‥‥お? よれよれで役に立たないかと思ったら、案外元気じゃないか」
 にやりと笑った視線をたどると‥‥
「おぅわっ!?」
 勃ってやがった。さっきまで縮み上がってたくせに、節操もなく。そしてそれを姐さんが掴んで――。
 ちゅぅうっ。
「っく、ちょっと姐さん、いきなり‥‥!」
 チンポを掴んだかと思うと一気に腰を抱き寄せて、その先端に唇をつける。舌を這わせて、吸う。ぬめる舌が先に絡まって、カリの根本を舐め上げる。
 ちゅぅっ、じゅるっ、ぢゅうっ。
 吸い上げ、舐め上げ、くわえて。横から唇を前後に這わせたかと思うと、根本まで一気に飲み込んだ。そのまま舌を絡ませ、頬の粘膜で亀頭を擦る。‥‥すげ‥‥ぇ‥‥。
「そん‥‥な‥‥いきなり‥‥激しすぎるだろ‥‥」
「‥‥んっ、と。あん? なんだ、もっといちゃいちゃしたかったか? 恋人でもないんだ、遠慮する意味もないだろ」
 理屈になってるのかどうかよくわからないことを言うと、目で笑う。
「ま、こっちの元気は心配要らないみたいだな。なら、予定通りアタシを楽しませてくれよ‥‥ほら、ぼさっとするなよ」
 たしかにここまで来て引き下がるわけにはいかない。というか、引き下がりようがない。商談がどうこうってのもあるが、豪放ながらも美人が誘ってるんだ。引き下がれるはずがない。オレは意を決して、彼女を砂浜に押し倒した。
「ひれ‥‥痛くないか?」
「ふふ、気遣ってくれるのか? 大丈夫、痛まないよ」
 押し倒したことで背中のひれが横に折れたが、別に問題はないようだ。だったらこっちも安心して抱ける。肩を押さえて、唇を重ねる。飾り気のない、だがみずみずしくきれいな唇。その唇をついばみ、舌で割ってその中に滑り込む。温かくぬめる粘膜がオレを迎えてくれる。互いに絡み、絡まれて、たっぷりと唾液を送り合う。
「んふ‥‥ぅ‥‥。はぁ‥‥巧いじゃないか‥‥」
 声が熱っぽくなってる。月光じゃよくわからないけど、たぶん少し赤くなってると思う。
「――かわいいよ、姐さん」
「か、かわいい!? まだガキのくせに生意気なこと言うんじゃな――あっ‥‥!」
 耳元で囁いてやるとむきになって言い返すが、乳首をつまむとその抗議も中断した。
 張りのある胸。揉み込むと弾力が手のひらを押し返し、溢れる肉が指の間から顔を出す。同時に、ぴくぴくと体が震えて、唇から甘い声が漏れる。
「っく、あ、‥‥あん‥‥っ。は、‥‥ぁっ‥‥」
 途切れ途切れの声。
「ふふん。姐さん、そのガキに揉まれて感じてるのか?」
「ま、まだ感じてない――ひっ! あ、ああっ、や、やめ‥‥! 噛むな、ちょっ‥‥ああぅっ!!」
 コリコリになった乳首を軽く噛んで、抵抗する姐さんを黙らせる。乳首が弱い――少しキツめの攻めが好きみたいだ。ふふん、もっと喜ばせてやるよ。こっちもいじって、と――。
「は、あぁっ!! な、やめろ――ああっ、あぁぁあっ!! ど、同時に、なんて‥‥! ――ひぃいっ! 噛むな、つまむな!! あふっ、はぁあっ!! く、っくううっ!!!」
 歯で乳首を噛み、左手でもう片方の乳首を強めにつまむ。右手を伸ばして人差し指を腹びれの間に滑り込ませ、親指で肉芽を嬲ってやる。頭をのけぞらせてビクビクと跳ねるイスラ。‥‥かわいすぎる。
「なんだよ、もうイくのか?」
「‥‥だ、誰がっ‥‥あぅうっ!! ひぃっ、く、あ、あ、ああ、‥‥あっ! はあっ、ああぁぁああっ!!!」
 途切れ途切れの喘ぎが詰まり、一気に噴き出した。波の音に混ざって伸びやかな嬌声が響く。腰を浮かせてこわばったかと思うと、ビクビクと震えてゆっくりと崩れた。

「はぁっ‥‥ぅ。やるじゃないか‥‥。ふふふ、取引のしがいがあるってもんだよ。さあ、続き、してくれよ‥‥」
 イスラは上半身を起こし、オレの首に絡みつく。褐色の、少し筋肉質の腕が、しっとりと首に、背中にまとわりつく。その言葉に口づけを返して、そして唇を下へずらしてゆく。たっぷりかわいがってやった乳首に、もう一度挨拶。びくんと跳ねる身体。引き締まった腹筋の、中央を走る溝に舌を這わせて、へそから徐々に下へと滑ってゆく。左右の鰓孔を軽く舐めて、そして蜜がほとばしる腹びれの間に――。舌を細めてそこをつついてやると、顎をのけぞらせて吐息を漏らす。尾びれがひくっ、ひくっと左右に揺れる。たっぷり蜜が溢れているのを確認すると、オレは波で軽くサオを洗って唾を塗り、そして脚でサメの胴を抱えるようにしてゆっくりと差し込んだ。
「ああ‥‥ぅっ、はぁ‥‥んっ! あう、いい‥‥」
 甘く熱っぽい声。腰を奥まで突き入れると、感極まった声で喜ぶ。マンコは人間よりも下にあるから、オレの頭は姐さんのへそのあたりになる。ちょっと色気の少ない視界だがしかたない。片手で体を支え、片手で乳首をつまんでやる。
「あっ!! はぁっ、そう、いいよ‥‥!! あはぁっ、あん、ああっ‥‥!」
 膝まで波が洗う中、腰を使って突く。乳首をひねり、胸を揉み、じっくりと、時に激しく人魚を抱く。イスラは悶え、喘ぎ、身体をくねらせて悦びを表現する。褐色のしなやかな身体が月光に照らされ、幻想的な色気を振りまく。汗とも波飛沫ともつかない水滴が肌を濡らし、とどろく波でさえ打ち消せない声が響く。
「っく、あっはあぁっ!! 突いて、深く――そう、ああ、イく、イっ‥‥くぅ!!」
 がくんがくんと上半身を跳ね上げ、達した。とろんと熔けた目がオレを見つめ、半開きになった唇から途切れ途切れの小さな喘ぎが尾を引いている。

 体に渦巻く快楽の余韻を味わい――でも、何かが足りない。イスラはそう言ってる気がした。‥‥が、正直言ってオレにはそれがなにか分からない。しばらく普通に腰を使ったが――ええい、もう直接聞こう。
「なあ、姐さん‥‥オレは人魚としたことないから分からないんだけど‥‥して欲しいこととか、あるか?」
「あ‥‥はぁ‥‥。‥‥して欲しい、こと‥‥? あ‥‥ん‥‥噛んで‥‥」
 乳首を噛んでやったのがそんなに良かったんだろうか。でもこの体勢だとそれは難しい。
「ひれ、噛んで‥‥」
 とまどいを汲んだのか、小さな声で、彼女はそう言った。ひれ‥‥ねえ。折れても痛くないって言ってたから、感覚がないのかと思ってたけど‥‥。ためしにやってみるか。
 手近な胸びれを片手で引き寄せ、端を軽く噛んでみる。反応がない。もう少し力を入れて噛んでみると――
「もっと‥‥強く噛んでくれ‥‥。んっ‥‥」
 結構強く噛んでるつもりなんだけどな‥‥。感覚が鈍い部分なんだろうか。思い切って強く噛んでみるか? ――でも、痛がられたり血が出たりしたら困る‥‥ええい、なるようになれ。

 がりっ!
「ああっ!! そう、噛んで‥‥!!」
「い、痛くないか?」
「いい、噛んで、強く!!」
 ‥‥。オレ、こんな強さで噛まれたら騒ぐぞ。ま、いいや。欲しがってんだから思いっきり噛んでやろう。
 腰を弾ませながら、ひれを噛む。歯形が残りそうなぐらい、強く。
「ああ、いいっ‥‥!! はぁっ! あう、あぁうっ!! 突いて、噛んで、ああ、もっと強く!!」
 格段に反応が跳ね上がる。がむしゃらに腰を動かしながら、胸びれを手当たり次第に噛みまくる。付け根から端まで、何度も何度も。噛みつくたびにビクンビクンと震え、一層喘ぎが激しくなる。あそこの締め付けも単なる締め付けからうねりに変わり、蜜もどんどん溢れてくる。
「かはっ‥‥! ひ、あはぅっ!! う、巧いよ、っく、あ‥‥くぅぅぅっ!!」
 突き上げるのと同時に思い切り噛むと、仰け反りながら身体をよじる。砂浜に横向けに転がり、尾びれがびくっ、びくっと跳ねて打ち寄せる波を弾く。その堂々とした体躯にしがみつき、背びれを強く掴んで突き上げる。噛まれて感じるんだ、爪を立てられても感じるだろう――勘は当たった。背びれを引きちぎりそうなぐらい強く掴んで引っぱり、その反動で思い切り突く。そして口はざらつく胸びれを食いちぎらんばかりに噛みつく。
 ――イスラは狂乱した。
「ひ、ひぃいい!! あ、ああっ!! あぉ、あひっ、くっ、ああぁあっ!!」
「気持ちいいのかよ、こんなに噛まれて!」
「――っくぁ、んあああっ!!」
 涙目になってがくがくと首を振るが、言葉にならない。手は掴まるものを探して暴れるが、砂浜の砂を掴んだところで支えになりはしない。空しく砂浜を引っ掻き、引き締まった上半身をのけぞらせると、おっぱいがこれ見よがしにゆさゆさと揺れる。
 そのおっぱいを時に片手で揉み潰し、乳首を捻り上げる。喘ぎが一層甲高くなり、半開きになった口から舌を突きだして痙攣する。
「いいように嬲られて、あんあん喘いで、恥ずかしいと思わないのかよこのスケベ女!」
「だっ‥‥だって‥‥!! いい、いいよ‥‥!! きもちいい‥‥――ひぃっ!!」
 調子に乗って荒い言葉をぶつけると、必死になって言葉を返そうとする。なんてかわいいんだ、姐さん。お返しに胸びれを思いっきり噛んで、噛んで、噛みまくってやる。歯形が残るぐらい、血が滲むぐらい強く。口からよだれを垂らし、マンコをぐしょぐしょにして悶える人魚。チンポへの締め付けがひくひくと痙攣を帯び始め、それを強く突き上げてかわいがる。――そして。
「あ、あ、ああ、――あぁああああぁぁぁああっ!!!!」
 限界まで仰け反り、全身を激しく跳ね上げ、絶叫。暴れて転げ回るイスラにしがみつき、思い切り抱きしめ、噛みつき、腰を打ち上げて――!
「ああっ!! くぅっ、とまら‥‥ない‥‥っ!! またイく、っく、っくぅぅうう!!!」
 絶叫、痙攣、強烈な締め付け。熱く熔けきった肉襞に抱きしめられて‥‥堪えられるわけがなかった。

「はぁっ‥‥はぁぁっ‥‥」
 息を弾ませる姐さん。オレの息も荒い。
「やるじゃ‥‥ないか‥‥」
「へへっ‥‥。楽しんでくれたか?」
「ああ、十分にね‥‥」
 うっとりとした声でそう言う。低い声ながらも色っぽい。でもな、この体勢で余韻に浸られると困るんだが。
「‥‥でさ、姐さん。言いにくいんだが‥‥重い」
 彼女が暴れた拍子に体勢が入れ替わってしまったんだが――めちゃくちゃ重い。苦しい。
「うん‥‥? あ、あれ!? 悪い、はしゃぎすぎた!」
 上下が入れ替わったことに気付いてなかったのか。慌てて身体を回転させ、オレを解放する。その拍子に繋がっている部分がほどけ、そこから白い液体がこぼれた。それを波が洗ってゆく。‥‥いつの間にか波打ち際まで近づいていたらしい。それに気付いてないんだから、オレも相当はしゃいでいたようだ。
「潮が満ちてきたな‥‥。ファイグ、寒くないか?」
「‥‥そういや、ちょっとだけ」
 お楽しみの最中はそれどころじゃなかったが、事が終わってみると濡れた体に風が冷たい。
「こっち来いよ、暖めてやるから‥‥あっ!? ちょ、ちょっとまて、‥‥あっ、お、おい‥‥っ!」
 姐さんに寄り添うと、人肌が温かい。思わず抱きしめてしまう。――目の前に、顔。唇。胸にはでっかい乳が押しつけられる。そして背中に回した手には、背びれ。
 ‥‥これで「体を温めるだけ」なんて、十代の男として失格だよな?
 唇を重ねて、それをずらして、背びれを掴んで、乳首を噛む。漏れる喘ぎ。ひれに噛みつくと、また尾びれをくねらせて――。


 月が高く昇り、潮が満ちて、引いて。
 楽しい商談を終えて、オレたちは港へ戻った。帰りも彼女の背中の上だが、今度は妙な注意事項がついた。
「間違っても背びれを噛むなよ? ‥‥溺れるのはお前だからな」

* * * * *

「あいよ、これが例のもの。‥‥悪いがこの取引はこれっきりだよ。理由は前に言ったとおり。わざわざ言うこともないだろうけど口外無用、秘密だよ」
 数日後。イスラの指定した日、ようやく目的の品が手に入った。
「ありがと、姐さん。――無理言って悪かったな」
 協定破りの、いわば密貿易みたいなもんだからな。オレも口に出せるはずがない。
「ふふ。ま、こういうのもたまには悪くないよ。アタシも楽しんだしさ。‥‥なぁ?」
 意味ありげに笑う。
「ま、まぁ、オレも楽しかったよ」
「あっははは! ‥‥ふぅん? じゃ、今度は外洋で泳ぎながら、ってのはどうだ? めちゃくちゃ燃えるぞ? ――なんてな、冗談だよ。ま、取引ってのは今回きりだけど、遊びに来るってなら話は別だ。また来いよ、遊んでやるから」
 豪快に、楽しげに、だが少し色っぽい目で笑ってそう言う。人目に付かないように、その唇にそっと唇を重ねて、オレは彼女に別れを告げた。

 ――海は嫌いだ。外洋なんざお断りだ。でも‥‥人魚は別だよな。うん。

* * * * *

「はいよ、姐さん! 入荷したぜ、海竜の鱗!!」
 意気揚々とカウンターに向かうと、本を読んでいたラミアに声を掛ける。と、目を丸くして驚くナイア姐さん。
「え! もう手に入ったの!? やるじゃない、さすがシャダイム商会ってところね」
「ふふん、見直してくれたか? ――で、お代は‥‥」
 さすが姐さん、おだて方も大したもんだ。これでオレも大儲け、姐さんも大儲け、なんだろうな。
「それがさ‥‥」
 言葉を濁す姐さん。‥‥まさか注文取り消しじゃねぇだろうな‥‥。
「あ、いや、お代は払うから。それは安心して」
 そう言いつつ、横の童顔野郎に目をやる。
「いや、その、実はね、ファイグ――」

 なんだそりゃ。なんだそりゃおい。――童顔野郎が説明したのはこういうくだりだ。
 とある豪商が「ナイアのお店」に注文をした。そいつが説明したところによると、どうも海竜の鱗を原料に魔導処理を施した媚薬だか強壮剤だかを手に入れようとした。カミさんをよろこばせるため、だとよ。
 で、そいつはその薬の作り方の秘伝書をナイアさんに渡した上で、とんでもない額を前払いで渡したらしい。――事のくだらなさはさておくとして、それならそれでまぁいい。問題はその先だ。
 ‥‥破産しやがった。
 そいつの所有してた船団が嵐で全部沈没、運悪く隊商も盗賊に襲われて大損害。さらに失火で屋敷も燃えた。カミさんに逃げられるわ、債権者に追われて夜逃げするわでそいつは行方知れず。つまりオレの仕入れた商品は意味がなくなった。‥‥仕入れにはひと月も掛からなかったのに、よくもまあそれだけの不運をしょいこめるもんだ。
 とりあえず大儲けはした。けどなあ。こう、張り合いってもんが‥‥。

 とりあえず手形を手にして、姐さんの店を後にする。強烈な日差しがなんだか空しい。ドアを閉めて、店の横で資金の使い道を考えつつ――声が聞こえた。
「で、師匠。どうするんですか、これ?」
「決まってんじゃない、例の薬を作って、ふたりで‥‥」

 ――ええいそういう話は小声でしやがれ、くそったれ。ああもう、またダハーシュへ行こう。しばらく働かなくても飯は食えるし。くそ。

(終)

弟子シリーズ外伝。「サメは交尾の際に雄が雌に噛みつく」という話から妄想。

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