珍しい材料

 その日、師匠は本を前にして唸っていた。かれこれ半日以上、腕を組み、首をひねり、ぶつぶつとつぶやき‥‥。
「無理なら諦めましょうよ〜」
「絶対いや」
 即答。まあ、予想はしてたけどね。師匠が作ろうとしているのは薬の一種。何の、とか聞かないでほしい。‥‥俺の師匠がなんとかして作りたがる系統の薬だ。古今東西の古文書や魔導書、あやしげな民間医療の伝承までかき集めて、そこから師匠一流の知識と頭脳で捻り出された調合法――ただ、それには重大な欠陥があった。
 ‥‥材料が足りないんだ。
 師匠の手元にある紙には、大雑把なのにそれなりにさまになっている文字がひしめいてる。これが全部、材料の名前だ。魔導を志す者なら誰でも知っているような素材から、聞いたこともないようなものもたくさん。こんなに集められるのか、と聞くと、このビルサならほとんどすべてが手に入るんだそうだ。「大陸一の商都」の名は伊達じゃない。ただ、その中に厄介なものが一つだけあった。それは――ラミアの抜け殻。
「まさかこんなものが必要だなんて‥‥」
 ラミアの抜け殻が必要だ、ということが分かったときの師匠の落ち込みは半端じゃなかった。もちろん他の材料に代える方向も検討したけど、こればかりは他のもので代用できないらしい。成熟して、魔力をたっぷり練りあげたラミアの抜け殻じゃないとだめだとか。そういうラミアって――
「要するに、師匠の抜け殻ですよね」
「‥‥ううう‥‥」
 臂を突き、頭を抱えて唸る。前に脱皮を手伝ったことはあるんだけど、あの抜け殻がそんなに有意義なものだとは思わなかった。見た感じは、それこそただの蛇の抜け殻にしか見えなかったし。知っていれば捨てなかったのに――そういえば、処分しろって言ったのは師匠だっけ。師匠自身も抜け殻の価値を知らなかったなんて、ちょっと意外だ。‥‥ひょっとすると、価値があるとかないとかそういうことを考えたくない材料なのかも知れない。だって脱皮することを話すのさえ嫌がってたんだから、脱げた皮をどうこうするのも恥ずかしいのかもね。
「‥‥と‥‥とにかく、まずは手に入るものから集めましょ。ぬ‥‥抜け殻は、その、うん‥‥」
「問題は先送り、ですね?」
 ちょっと嫌味に言ってみると、上目遣いに思いっきり睨まれた。
 ――これが何ヶ月か前の出来事だ。

* * *

 それからしばらく材料の仕入れが続き、さらに二、三か月は珍品の入荷があった。それでも、師匠が一番望んでいたもの――「ラミアの抜け殻」は手に入らなかった。一度はそれらしいものもあったそうだけど、結局ただの蛇の抜け殻だったそうだ。いいかげん諦めたら、と俺が言っても、意地っ張りの師匠はなかなか首を縦に振らない。そうこうしているうちに、他の研究課題や日常に紛れてしまって、その件はほとんど沙汰止みになっていた。師匠も他の材料を一つにまとめて倉庫に押し込んでしまったし、俺も忘れてた。
 ところが、唐突に転機が訪れた。‥‥考えてみれば、いつか必ず訪れる転機なんだけど‥‥要するに、師匠に脱皮の兆候が出てきたわけだ。それでもきっかけはやっぱり唐突だった。俺の言葉が引き金になり、さらに師匠おなじみの突発的思いきりで、いきなり海へ行くことになった。ダハーシュとその近海でたっぷり遊んでたっぷり満足し、ビルサに帰って‥‥二日目ごろに師匠が首をかしげることが多くなった。三日目にはかゆみが出てきたらしい。脱皮の兆候だ。
「‥‥おかしい」
 鱗をさすりながら、師匠がつぶやいた。
「何が‥‥ですか?」
「‥‥」
 俺が聞き返しても、首をかしげるばかりで返事はない。うーん‥‥以前師匠が話してくれた時に初めて知ったんだけど、この「脱皮」というのはラミアにとって絶対に他人に見せたくない行為だそうで、口にするのも恥ずかしいとか。だから今も、しつこく聞いたら余計に黙ってしまう――そう考えて俺もそれ以上は口にせず、視線だけで続きを催促してみた。もちろん最初は俺の視線に気付かないふりをしていた師匠だけど、しばらく居心地悪そうにもぞもぞして‥‥結局、重い口を開いた。
「ちょっと早すぎるのよ。この前の脱皮から‥‥うん」
 指折り数えてみて、また首をかしげる。
「でももうずいぶん経ってますよ」
「まあ‥‥そうなんだけど‥‥。でも成長期はとっくに過ぎてるし、怪我をしたわけでも‥‥あ」
 何かに気付いたように、一声あげて師匠が固まる。どうしたんですか、という声が喉まで出かかった時、師匠がつぶやいた。
「‥‥日焼けね」
「あ」

「でも師匠、全然焼けてないじゃないですかっ。俺は結構皮がめくれたりしましたけど、師匠は――」
 そう、俺はと言えば、帰ってしばらくは背中なんかの皮がべろべろとみっともなく剥けたけど、師匠は全然そういうことがなかった。白い肌にシミやそばかすが出ることもなく、赤くなるわけでもなく、皮が剥けることもなかった。年中同じ、不思議なほどのすべすべしっとりお肌。そんなだから「日焼け」とか言われても‥‥。
「そうは言っても、原因はそれしか考えられないのよ。あたしも初めての経験だけどさ。ま、そうでなくても脱皮の時期が近づいてて、久々のキツい日差しがきっかけになったのかも知れないわ」
 と言いながらも、自分自身がまだ少し納得できないようで、頭をぽりぽりと掻く。‥‥片手は鱗をさすっているから、脱皮は数日中だ。‥‥俺の視線に気付き、師匠は顔を赤らめてそっぽを向いた。

* * * *

 それ以後、師匠の口数は日に日に少なくなっていった。前回は何事だろうと心配したけど、今回は原因がはっきり分かっているから俺も慌てたりしない。もっとも、何をするにも上の空で、人の話は普段以上に全然聞いてないし、言うことやることすべて危なっかしいから目が離せない。――必然的に俺の用事は倍増する。しかも、俺のいつもの仕事で、なおかつそれなりにやりがいがある仕事である「食事作り」が全く面白くなくなる。普段なら、師匠は味の感想なんかを言いながらかなりの量をもりもりと食べるんだけど‥‥脱皮を前にするとなんだか食欲も落ちるようだし、なにより食事自体も上の空になってしまう。たぶん、何を食べたのかもよく覚えてないはずだ。
 食事の件はそれでも目をつぶろう。俺が一番気に入らないのは、食事が終わると師匠がさっさと一人で寝てしまうことだ。しかも熟睡。寝顔をつついてみても反応無し。‥‥ししょー‥‥構ってくださいよー‥‥!

 嘆いたり怒ったりしながら(たまには師匠を叱る必要もあるからね)、ようやく一週間が経った。脱皮の気配はいよいよ最高潮になり、師匠は四六時中鱗を撫で、触り、掻いている。そして一日が過ぎ、夕飯を食べ終え――食器の片付けをしている俺に、しゅるしゅると師匠の足音(?)が近づいてきた。俺の後ろから、声を掛ける。
「ラート‥‥あのさ‥‥」
「わかりました。片付けが済んだらすぐに行きますから、寝室で準備しててくださいね」
 師匠が内容を言う前に、先回りしてそう答えた。恥ずかしがってるのをわざわざ言わせる、ってのもそれはそれで‥‥なんだけど、そういう意地悪をするのもかわいそうだし。
「‥‥なんで分かるのよ」
「まあ、なんとなくです」
「‥‥ばか」

* * *

 部屋に入ると、ナイアさんはベッドに腰掛けていた。もちろん用件は脱皮のお手伝いだから、いつものように俺を誘惑する雰囲気じゃない。恥ずかしさと痒さが混ざった、落ち着かない様子だ。俺は極力自然体を装って、その隣に座る。もぞもぞと居心地悪そうにしていたナイアさんが、言葉は出さずに態度だけで俺をうながした。それに軽く頷き、手を鱗の上に軽く這わせる。――ナイアさんが、びくん、と震えつつ、ベッドの上に全身を乗せる。太い蛇身のすべてが乗ると、大きなベッドがきしっと軽く鳴った。
 まだ服は身につけたまま、仰向けに転がるナイアさん。視線は俺を見ずに、所在なげにさまよってる。「とっとと始めなさい」って感じだ。こういう態度を見ると‥‥その‥‥なんだかむらむらしてしまう。悪戯したい、という気持ちがむくむくと頭をもたげてくる。‥‥実際、以前に手伝ったときは脱皮を終えると同時に襲ってしまった。師匠の下半身――鱗に覆われた、蛇の部分――は、普段は愛撫しても大して感じないらしい。でも古い皮を脱ぎ終わった部分は感度が高くなってるから、軽い愛撫でも敏感に反応してくれる。だから今夜も‥‥きっと、そうなる。そういう予感、予想がますます胸を高鳴らせる。絡み合いながら脱皮‥‥は、さすがにちょっと無理かなぁ‥‥。
「‥‥あんまりスケベな目でじろじろ見るもんじゃないわよ‥‥ほら、さっさとやって」
 ばれてた。

 ナイアさんは仰向けになって寝そべり、俺はその腰のあたりに跨った。視線が、合う。
「ナイア、さん‥‥?」
 思わず、声が漏れた。だって――その目。ナイアさんのその目は‥‥どう見ても、欲情の目だったから。少し潤んで、熱っぽい光を湛えた瞳――夜の目だ。俺を誘い、挑発し、襲わせる‥‥俺の心を直接愛撫するような、誘惑の視線。
「な‥‥何よ」
 返事は、少しうろたえたような声。その声とともに誘う光は弱くなり、さっきまでの恥ずかしげな表情が帰ってくる。‥‥もしかして、本心では欲情していて‥‥自分でもそれに気付いてないんじゃ‥‥?
 ごくん。――喉が、鳴った。本当なら言うべきじゃない言葉が、喉奥に引っかかる。それを呑み込もうと、喉が動く。でも、ダメだ。胸が高鳴る。顔が熱い――。
「ナイアさん‥‥ナイアさんを‥‥抱き――」
「こら」
 感情が最大限に高ぶったその瞬間――俺の乾いた唇を、人差し指が軽く塞いだ。さっきまでの恥ずかしそうな顔は、また後ろへ引っ込んでいた。代わりに表に出ていたのは、いつものように強気でわがままな師匠の顔。茶目っ気のある笑みで、くすくすと笑う。
「いくらあたしが魅力的でも、自分のすべきことを忘れるようじゃ弟子失格よ」
 笑みは素敵で、でもいやらしくはなかった。その言葉で俺の暴走しかけた心もやっと落ち着きを取り戻し、体も本来の作業に取りかかり始めた――。

* * *

 脱皮の手伝いも二度目となれば、ある程度は慣れてる。力の入れ方、引っぱる方向――最初はそのあたりの加減を忘れてたけど、しばらくすれば体が思い出してくれる。前回よりもかなりすんなりと、脱皮の半ばを過ぎた。ナイアさんの下半身に跨ったまま、上半身には背を向けて、ぺりぺりと剥がしてゆく。
 古い鱗が次々と過ぎ去って、新しい鱗が現れてくる。ツヤツヤの、傷一つない鱗。室内で普通に生活しているだけでも、細かい傷は付く。そういう傷に見えない程度の傷が、鱗をわずかに曇らせてしまう。普段は曇っていることにも全然気付かないけど、こうして脱皮直後の鱗を目にするとやっぱり違う。この鱗は本当にきれいなんだ。そしてその鱗が、薄暗い照明の光を浴びると幻想的に輝いて――例えようもなく美しくて、なまめかしい。真新しい鱗をまとった大蛇の半身が、そうでなくても妖艶で蠱惑的なナイアさんをますます美しく見せる。
 ‥‥っ、だめだだめだ、考えると意識がまたそっちの方へ向かってしまう。そう、作業のことだけを考えよう。白々しいくらいに、我ながら涙ぐましいほどに、鱗と皮のことだけを頭の中心に引っ張り出してくる。
 ぺりぺりと慎重に、かつ大胆に剥いてゆく。こういうのは一定の速さが大事だ。緩急を付けるとどうしても破れやすくなるし、破れるとそこから切れてしまう。だから途切れなく――っ‥‥?
「ちょっ‥‥ナイアさんっ‥‥何、を‥‥っ」
「んふふ‥‥あんまりヒマだから、つい。あんたも楽しみながらしたいでしょ?」
 いつの間に起き上がったのか、ナイアさんの上半身が背中にまとわりついていた。そして制止する間もなく、あっという間に服の中へと手が入り込んでくる。素肌の上を指が這い回る。少し長めの爪、その先端で軽く引っ掻きながら。くすぐりよりも少し痛い程度の強さで、脇腹から腹、胸へと這い上がってきた。円を描くように俺の胸板を掻き乱し――
「っく‥‥や、やめ‥‥」
 思わず、声が漏れた。
「ふふ、んふふふっ‥‥かわいい声が出るじゃない‥‥。乳首、気持ちいいんだ? ‥‥でもちゃんと集中しなさいよ」
 乳首を爪先がつまみ、きりきりと責めさいなむ。意志とは無関係に体がびくびくと震え、そのたびに背中に触れる柔らかな感触が強くなる。くすくすと笑う吐息が、耳に、首筋に触れる。
「ほらほら、手が止まってるよ‥‥あたしの脱皮なんだから、手を抜いちゃだめ」
「だ、だったら、ちょっかいを出さないでください‥‥っ! ほ、ほら、さっきナイアさん自身が言ったじゃないですか、自分のすべきこと忘れるな、って――うぁっ‥‥」
「んー‥‥そうね。忘れちゃだめ。だから‥‥あたしが少々愛撫してあげただけで仕事を中断しちゃだめ、ってことよ。ふふ‥‥あんたのかわいい喘ぎを聞きたいわ‥‥。こうされるの‥‥気持ちいいでしょ? ほら、喘いで、ラート‥‥」
 言い訳を明らかに今考えながら、そう言って舌先で俺の耳をくすぐる。いやらしい吐息が首筋に吹きかかり、痺れるように淫らな声が脳髄に響く。攻められているのは乳首だけなのに、俺の股間ははち切れそうになって――。そして、それに気付かないナイアさんじゃない。肩越しにめざとく股間のありさまを見つけ――
「んっふふ。ぎっちぎちに勃起してるじゃない‥‥そんなのをおっ勃ててる暇があるなら、さっさと鱗を剥きなさい‥‥ふふっ、うふふっ‥‥なぁに、そのへっぴり腰は」
 何もかもナイアさんのせいなのに。小憎らしい口調で俺を馬鹿にしながらも、指先の攻めはまるで変わらない。
「言っておくけど、『やめろ』なんて言っても無駄よ。あたしはね、あたしに責められてチンポ勃起させて、喘ぎながらあたしに奉仕するあんたが見たいの。ほらほら、手を休めちゃだめ‥‥」
 こっ‥‥この悪女めっ‥‥。後で覚えてろ‥‥っく、うぁっ‥‥。め、めちゃくちゃに犯しまくってやるっ‥‥!
「何よ、いきなり気合いの入った目をするじゃない? ――ははぁん、そうか。仕返しを考えてるってわけね‥‥いいわ、あたしもそれが楽しみだから。ほぉら、また腰が浮いてる‥‥」
 またしても考えを察知され、しかも楽しみにされてしまった。こうなってしまっては、もはやどうしようもない。俺は情けない喘ぎを漏らしながら、艱難辛苦のお手伝いを続けた――。

* * *

「あとちょっとですから、動かないでください‥‥」
 いよいよ尻尾の先っぽに差しかかった。前回、脱皮を終えてナイアさんと愛し合った時、俺が調子に乗って噛んでしまい‥‥小さな歯形が残ってる部分だ。その歯形付きの鱗が、剥がれ――
「よし、終わり、まし‥‥たっ!」
 最後の一枚まで、きれいに剥けた。これでナイアさんの脱皮を手伝い終えたわけだ。
「やるじゃない、見直したわ」
 いつも何だかんだとケチを付けるナイアさんも、今回ばかりは素直に褒めてくれる。あれだけしつこく邪魔をされつつやり遂げたんだから、もっと評価されていいとは思うけど‥‥どうせこのひとは、自分が邪魔をしていたことなんてもう忘れてるに決まってる。ついさっきまでは俺の体を愛撫して色っぽく笑ってたくせに、脱皮が終わった途端に顔つきが変わったんだから。表情がまるでお面を外したように、好奇心の塊に変貌する。脱皮前までの恥ずかしがる様子も、色気たっぷりに俺を誘っていた表情も、まるで初めから存在しなかったかのように。玩具を見つけた子供みたいな表情で、ベッド上に広がる大量の抜け殻をかき集めるナイアさん――材料が揃ったことで、もう舞い上がってるみたいだ。‥‥放っておけば、このまま抜け殻を抱えて実験室に籠もってしまいそうな気配さえある。そうはいくかっ。
「ナイアさん――さっき言ったこと、忘れてませんよね?」
「んー‥‥? あ、ほら、ちょっと実験室の準備してきてよ。やっと材料が揃ったんだから――きゃあっ!?」
 やっぱり忘れてる。忘れてるなら――思い出させてあげないと。少しどす黒い感情を自覚する前に、体はナイアさんをベッドに押し倒していた。
「あれだけ誘惑して、ちょっかいを出しておいて‥‥忘れるんだ?」
 肩を押さえ込んで見下ろす。押し倒した勢いで、胸が服からこぼれ掛かってる。目には少しひるんだ表情が――じゃない。
「ったく‥‥このケダモノは」
 あきれたように、そう言い放った。まさかとは思うけど‥‥全部お見通し、ですか‥‥?
「でもまあ‥‥仕方ないか。こんな美女と戯れながら、お預けなんて――残酷すぎるわよね」
 色香と自信に満ちた笑みを浮かべる。――俺は暴走して襲いかかったつもりなのに‥‥完全に手玉に取られてたらしい。肩を押さえ込んでいる腕に、手が絡む。脚には、真新しい鱗に覆われた蛇体が巻き付き始めていた。形の良い唇の間から、ちろりと舌先がのぞく。濡れた唇が、淫らに光った。眼、唇、舌が俺を誘う。呼吸に合わせて上下する乳房、いやらしい仕草で腕に絡む指先――視界に入る、ナイアさんのすべてが俺をいきり立たせる。我慢はできなかった。止まらない。すべてお見通しのナイアさんに、襲いかかった。手玉に取られているのはわかってるけど、襲わずにはいられないから――。

* * *

 挑発的に俺を誘い、妖艶な仕草で俺の欲情を高ぶらせるナイアさん――でも、今のナイアさんはどれだけ余裕を見せても、それは演技だ。だって、脱皮の後、いや、最中でさえ、ナイアさんの感度は抜群に上がってしまってる。そのことを俺に知られてるから。鱗越しに火照った体温を感じさせる下半身、そこに軽く指をかすらせるだけでも――
「あ、あぁう‥‥っ」
 ほらね。すぐに身もだえして快感をやり過ごそうとする。下半身は上半身に比べて格段に大きく、長い。つまり、ナイアさんを感じさせる部分はいくらでもあり、そしてそこに触れるのは簡単だ。指で触れなくても、膝頭で撫でてあげるだけでいやらしく喘ぐ。でも、本当はもっと激しく感じさせる方法を俺は知ってる。脱皮直後の、今だけの性感帯――尻尾だ。
 ベッドの上をくねくねと這い回る尻尾は、まるで逃げ出そうにも逃げ出せないでいる小蛇のようだ。俺はナイアさんの上体を押さえ込み、唇を味わいながら手探りでそれを捕まえた。ぴくぴくと震え、手から逃れようとする。それだけで、ナイアさんはびくんびくんと体をくねらせる。もちろん、捕まえるだけで終わるわけはない。撫でるように指でしごいてあげると――
「こ、こら、だめ、そんな風にしないで‥‥! ぁくっ、はぁ、ああぁっ!!」
 切なげな声を上げながら、下半身を複雑に絡ませる。絡ませると、鱗が俺の脚やナイアさん自身の鱗にこすれてしまうから、ますますいやらしく身もだえすることになるんだけど。ほら、もうあそこがとろとろになってる。軽く秘裂をなぞってあげると、透明な蜜が指先を濡らす。そればかりか、指を離すとつうっと糸を引いてしまうほどだ。そこを上下になぞり、尻尾の先はくいくいと擦る――もうそれだけで、ナイアさんはイきそうになってる。
 ナイアさんの感度が十分に煮詰まったことを感じ取った俺は、尻尾の先を口元に引き寄せた。ぴくぴくと力なく暴れる先端を軽く舐め上げ、
「噛むよ‥‥」
 そして遠慮無く、前歯で――
「だめっ!!」
 ――いつになくはっきりとした声で、ナイアさんに止められた。ぱしん、と頬を張られたかと思うような、緊張感のある声。思わず、体が停止した。
「鱗に傷は付けないで。この前は初めてだったから許したけど‥‥今度は違うでしょ」
 いつものようなふざけ半分の目じゃなくて、真剣そのものの顔だ。とてもじゃないけど、さっきまでいやらしい声で喘いでいたとは思えない。‥‥うーん、やっぱりだめか。前も、跡が付いたって気付いたときには落ち込んでたしな‥‥。でも、ナイアさんが嫌がる理由と俺が噛みたい理由は、実は同じだ。ナイアさんは「歯形が当分残る」から嫌がってるんだけど、俺としては「歯形が当分残る」っていうのが嬉しいから。俺だけが知っている、秘密の印だから――俺がナイアさんと愛し合ってるって証拠だから。‥‥そうは言っても、こうしてはっきり拒絶された以上は無理に噛むわけにもいかない。仕方なく、俺は指と唇でナイアさんをイかせることにした。俺を制止して少し熱が冷めていたナイアさんだけど、体は快感が欲しくてたまらないみたいだ。軽い愛撫ですぐに喘ぎが漏れ始める。ぐちゅぐちゅという水音に狂おしい嬌声が載り――ナイアさんは体をのけぞらせ、絶頂に溺れた。

* * *

「ああぅっ、いい、いいわ‥‥もっと、っく、あああぁっ!!」
 抱きしめながら、腰を打ちつける。胸板でおっぱいを押しつぶして、腰の動きだけでナイアさんを貫く。細い首を背中ごと抱きしめると、薄くまとった香水と汗ばむ香りが混ざり合って鼻をくすぐる。耳元に響き渡る、嬌声。――ナイアさんはいつも、喘ぎを抑えようとしない。感じるままに、燃え上がるままに喘ぎ、悶える。だからその響きには演技も我慢もない、ナイアさんの官能そのままだ。ゆったりと感じているならゆったりと喘ぎ、激しく燃えているなら絶叫気味になる。そして今夜は‥‥絶叫し続けてる。ナイアさんの声だからいいけど、こんな大きな音が耳元で響き続けたら頭が痛くなりそう――だけど、もっともっと聞きたい。
「はあぁぁっ、あぁうっ! だ、だめ、そこっ‥‥ぃ‥‥っくぅううぅぅっ!!!」
 熱くぐちゃぐちゃに乱れたあそこ、その一番奥を突いてあげる。何度も軽く突き上げてすっかり熟したそこを、一気に。瞬間、ナイアさんは上体をベッドの上で弓なりに反らし‥‥イった。それに合わせてチンポをほとんど引き抜き、叫びが終わったところでもう一度奥までえぐりぬく。こりっとした子宮口を押し上げるように、しっかりと狙いを付けて。――ずしんっ。
「ぁあああぁあっ――くぅううぅぅっ!?」
 悩乱したナイアさんが俺にしがみつく。蛇体で脚を締め上げられないように気をつけながら、追い詰めたナイアさんをさらに攻める。体を快楽に煮えたぎらせたナイアさんは、ますます声を張り上げて悶える。――前の俺なら、ここで脚を締め上げられて怪我をしたり、そうでなくてもここで射精して終わってた。でも、俺も上達してるんだ。ナイアさんを、もっとイかせてあげられる。もっともっと喜ばせることができる――。
 汗だくになったナイアさんは、一瞬も途切れることなく叫び続けてる。イった回数は一度や二度じゃない。喉は真っ赤に染まり、顔にも首にも、胸元にも髪が張り付いてる。その香しい首筋にキスを落とし、身体を少し起こした。すがりついてくる手はもう力が入らなくて、俺を引き留めようとしたもののあっさりと離れた。そして、ナイアさんを見下ろしながら犯す。俺が腰を動かすたびに、巨大なおっぱいがゆさゆさと揺れる。そのおっぱいを、掴んだ。
「っくぅうっ!! だ、だめ、揉ま、ないでっ‥‥!!」
「いやだよ」
 悶えながらきれぎれに、ナイアさんがわけのわからないことを言う。もちろん聞くわけがない。だっていっつも誇らしげに俺の目を迷わせてるおっぱいなんだから。こんなに揉んで欲しそうに弾んでるのに、揉まないなんてかわいそうだよ。――ナイアさんがなぜ嫌がったのか、本当は知ってる。感じすぎるからだ。
 おっぱいを掴んだまま、揉みたくり、揉み潰す。指の間から乳肉が溢れ、指が埋もれそうだ。コリコリになった乳首が俺の手のひらに当たる。
「こうして欲しかったんでしょ?」
「ひぃ‥‥ああ゙ぁあっ!! だ、め‥‥おっぱいが‥‥燃えちゃう‥‥っ!!」
 俺の腕を掴んでますます強く胸に押しつけながら「だめ」なんて言っても、説得力がないよ。汗でぬめるおっぱいをそうして揉みまくりながら、俺は勢い良く腰を弾ませた。
「んああああぁぁあっ!! ひぁっ、っぁあああうぅっ!!」
 突きまくられて敏感になったあそこは、じゅぶじゅぶと愛蜜を湧き上がらせて喜んでる。襞が絡みついて、俺を離そうとしない――それを一気に引き抜き、叩きつける。そのたびに、ナイアさんがますます絶叫を激しくしてゆく。その絶叫に合わせて、胸を揉む。張りのあるおっぱいが形を変えるたびに、ナイアさんは腰を浮き上がらせて狂い続ける。ナイアさんの自慢のおっぱい、そこで作られる快感と、貫かれ掻き乱される快感――その二つが、ナイアさんを焼き尽くす。
「だめ、だめ、だめっ‥‥らーと、らーと‥‥っ!! あ、あたし、もう、あ、ぁ‥‥っ!!」
 頭を抱えながら、きれぎれに、感極まった声を漏らす。なんて顔をするんだろう。眉を寄せ、眼からは涙がこぼれる。手も意味のある動きを失って、頭を抱えたり、俺を抱きしめたり、シーツを掴んだりしてる。いやらしすぎる。何もかもが淫らで、卑猥で、愛おしい――俺のナイアさん。もう、我慢なんてできない。やっぱり、俺の印を刻みたい‥‥!
「ナイアさん‥‥」
「ああっ、あ、ああっ!!」
 耳元で囁いても、返事はせっぱ詰まった喘ぎだけだ。それでも、俺は続けた。
「印を付けるよ‥‥ナイアさんが俺のものだ、って印‥‥」
 やっぱり返事はない。叫び続け、喘ぎ続ける。脚にも体にも、肉棒にもナイアさんの熱い抱擁を感じた俺は、それを承諾だと思うことにした。
 香しい髪をかき分け、白い首筋に唇をあてがい――思いきりキス。強く、跡が残るように。腰を弾ませ、ナイアさんの奥底を撃ち抜きながら。どろどろの愛液が溢れるのを股間に感じながら、めちゃくちゃに腰を使い、そしてめちゃくちゃにキスをする。首筋に次々とキスを落とし、肩口にも、鎖骨にも。胸元にも。上体を少し起こして、揺れるおっぱいをもみくちゃにする。狂乱するナイアさん。そのおっぱいを掴むようにして抱き寄せ、キス。白い柔肉に歯形が残る程度に軽く噛み、乳首もしっかり愛してあげる。
「あ、あぅうっ! 熱い、熱いよ、そん、な、に‥‥あ、くっ‥‥!! はぁっ、だめ、きす‥‥しない、で、あああっ!!」
 両方のおっぱいが痣だらけになったころ――もうナイアさんはとろけきっていて、狂い続けていた。ふふ、俺のナイアさん‥‥なんて可愛いんだろう。あそこはもうぐちゃぐちゃに乱れきって、でも襞がきゅうっと俺を離さない。奥へ奥へとなんとか引き留めようと藻掻いて、それが俺の肉茎にたまらない刺激を送ってくれる。チンポの根元には熱い塊がたぎる――俺も限界だ。もう一度体を密着させ、唇同士を重ねた。
「ん、んんっ、んぅうっ!! あ、ああっ!! だめ、もう、だめ、いく、あ、あ、――!」
 ひくひくと痙攣するような、幽かな叫び。その叫びは小さくて、でも、熱くて‥‥それを聞き届けてから、俺は腰を叩きつけた。渾身の想いを込めて。がつん、と奥を突き崩した。ひっ、という息を呑む音が響いた。そして。
「あああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ――――!!!!!!! ぁ、あぁっ、はぁあああっ!!!!」
 凄まじい、窓を振るわせる絶叫。長々と続いた絶叫が途切れ、さらにもう一度叫ぶ。その絶叫に合わせるように、俺も爆発した。大量の白濁液をナイアさんの中にぶちまけ、これでもかというほどに満たす。それでも入りきらず、挿入したままなのに精液はごぼごぼと溢れ出た――。

* * *

「はぁっ、はぁっ‥‥あんた‥‥凄いわ‥‥。なん、なのよ、この‥‥上達具合は‥‥っ」
 互いに絡み合い、俺に覆い被さられたまま、ナイアさんは息も絶え絶えにそう漏らした。
「つ、つい、この前までっ、ああぅ‥‥っ‥‥あたしに、抱かれる、だけだったくせに‥‥はぁあっ‥‥。生意気よ、生意気すぎる‥‥」
 そんなことを言いながらも、絡み付く腕も下半身も、俺をぎゅっと抱きしめたまま離さない。滑らかな鱗越しに、火照った体を互いに確かめ合う。俺もいっそう強くナイアさんを抱きしめる。二人の間に隙間が一切無いほど、密着する。そしてとろけるような甘いキスを交わし、舌を絡めた。互いに唇を貪って、甘噛みして、もう一度たっぷりと。唇を離すと、くすくすという笑いの吐息が肌をくすぐった。
「ナイアさんの指導の賜物だよ」
 冗談めかしてそう言うと、
「ふふ、分かってるじゃない。気持ちよかったわ‥‥ありがと。――ぁん‥‥」
 艶っぽい笑みを浮かべるナイアさん。さっきまでの余韻が、その笑みのせいでどくんと脈打った。それに突き動かされるように、俺の手が柔らかい膨らみを――さっきさんざん揉みまくったところをまたしても揉んだ。汗ばむ肌、吸い付く乳肉を、指と手のひらでたっぷりと味わう。それに合わせるように、ナイアさんの指も俺の体に絡み付いてくる。爪先が俺の乳首をかりかりと引っ掻き、かと思うと慣れた手つきで股間のそれを絡め取り、固さを取り戻すために蠢き始める。もちろん、俺の体は素直だ。俺の反応を手で探ると、淫らな視線が期待に満ちた色を浮かべた。
「ふふっ、まだまだ元気じゃない? 精力剤なしでこれだけ頑張れるなんてね‥‥。こうして材料も揃ったし、今度の薬は腕によりを掛けて作るわ。あんたを今以上に凄い男にしてあげる‥‥でも、それは先の話よ。今は、あんたが持ってる今の力で――あたしを酔わせて‥‥ふふふ」
 熱っぽい光を浮かべる瞳が俺を上目遣いに見つめ、甘い言葉で俺の欲望を煽る。ついさっきまでよがり泣いていたくせに、すぐこうやって余裕ぶるんだから‥‥。俺が挑発を挑発で返そうとすると、思い出したようにナイアさんが口を開いた。
「――そう言えばあんた、どさくさに紛れて変なこと言ってなかった? 確か、あたしがあんたのものだとか何とか‥‥」
 ぎく。やっぱり覚えてましたか。言葉では答えなかったけど、そんなことでごまかせるナイアさんじゃない。ふうっとため息をつくと、やれやれといった調子で、
「‥‥ったく‥‥師匠をなんだと思ってるのかしらね、この弟子は。まあいいか‥‥でもやられっぱなしも癪ね」
 そう言うやいなや、俺の首筋に吸い付く。強めに吸い、離したかと思うと今度は腕にも。胸にも。‥‥チンポの根元にも。唇を離したところには、しっかり赤い痣ができていた。
「お返しよ。あんたがあたしのものだ、って印。――言っとくけど、見せびらかすんじゃないわよ」
 そう言って、笑う――その笑顔はきれいで、色っぽくて‥‥。できたての痣に燃えるような熱さを感じながら、俺はもう一度ナイアさんに溺れていった。

* * * * *

「姐さーん、悪ぃ、変な時間になっちまって」
 昼過ぎ、聞き慣れた声が響いた。問屋のファイグが荷物の詰まった箱を抱え、体でドアを押し開けながら入ってくる。俺なら間違いなく足取りがおぼつかなくなるけど、ファイグは慣れているだけあって危なげなく荷物を店の中に運び込み、カウンター前にどっかりと降ろす。手に着いた埃をぽんぽんとはたき――
「‥‥あれ‥‥これはまた珍しい格好を‥‥」
「あ、ああ、うん、ちょっと気分転換にと思ってね」
 顔を上げたファイグが目を丸くし、師匠が苦笑い交じりにそう答える。‥‥ファイグが驚くのも無理はない。いつもの師匠と言えば露出度たっぷり、胸と腰回りを軽く覆うだけの超軽装だ。はっきり言って、布で覆われてる部分より肌が露出してる部分のほうがずっと多い。少し屈めばどんな男も一発で悩殺されてしまう谷間とおっぱい、それと対照的にきゅっと締まった腰‥‥常連の中には明らかに目の保養目当てのお客もいるくらいだ。ところが今日は、フード付きの服だ。首から下はゆったりとした布地に覆われていて、肌なんてほとんど見えやしない。もし顔が見えなければ、角度によっては男女の区別さえ付かないかも。特大おっぱいの形さえ隠してしまえるとは、服も侮れないな。それでも、これはこれで神秘的な色香があるのはさすが師匠って感じだけど。
 ファイグは師匠のぎこちない説明に一応納得したらしく、適当に注文受付なんかを済ませると、来たときと同じように威勢よく帰って行った。

「‥‥師匠‥‥痛いです」
 座ったまま笑顔でファイグを見送りながら、視線をそのままにして苦情申し立てを。実はさっきからずっと足を尻尾で締め上げられていたりする。強さを言葉で表現すると「きゅっ」じゃなくて「ぎりぎりぎり」だ。正直に言う。非常に痛い。
「ファイグで何人目だっけ?」
 師匠も俺と同じく、笑顔を顔に貼り付けたままだ。でもこめかみがぴくぴくと動いてたりする。
「朝から六人目です‥‥いたたたたっ!」
「あ・ん・た・ねぇっ!! あんたのせいよ、あたしがこんな変な格好してるのも、来る客来る客にいちいち聞かれるのも、全部あんたのせいよ!? そこんところどうなのよ!!」
 そう言って襟のところをがばっと開けて見せる。いつもながらの見事なおっぱ‥‥いや‥‥その‥‥ちょっと見慣れない模様がいくつか‥‥。あー‥‥うー‥‥。
「こんなにキスマークだらけにしてくれるなんて‥‥これなら尻尾の先に傷が付くほうがまだマシよ――こら、分かってんの? この大バカ弟子っ!!」
「ごめんなさいもうしません俺が悪かったです許してくださいお願いしますナイア大先生っ!!」
「反省が足りんっ!!」
「いだだだだだっ‥‥っぎゃあああああぁっ!!」

(終)

脱皮二回目。‥‥どういう経緯で思いついた話だったのかすっかり忘れてしまいました。

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