夏の盛りの、ある日。俺と師匠は、このところの毎日と同じように暇な店番をしていた。こう暑くては、さすがのビルサ市民も真っ昼間には出歩きたがらないらしい。もっとも、外の人出は他の季節より何割か少ないという程度だけれど、魔導具屋の客は格段に少なくなる。‥‥お客の半分以上は学者や魔導士、大抵は出不精な人たちだからそれもしかたないだろう。
「‥‥暑いですね‥‥」
「んー‥‥まあこんなもんでしょ」
入り口扉の窓から、道が白く光って見える。太陽の光が貼り付いているかのようだ。窓は鎧戸で日差しを遮っているものの、風は熱風。乾燥していて日陰はいちおう涼しいとはいえ、暑いものは暑い‥‥と思うんだけど、師匠はさほどでもないらしい。服装のせい‥‥のわけないか。確かに胸と腰以外は全開だけど、これはどの季節でも同じだし、やっぱり慣れなんだろう。俺は故郷の蒸し暑い夏しか知らないからなのか、こっちの純粋な高温はやっぱり堪える。こういう暑さを凌ぐとき、俺の故郷ではよく海で泳いだ。普通は子供たちが勝手に港近くで泳いでたんだけど、たまには家族で近場の砂浜へ行ったりしてね。魔導士見習いになる前、ほんの子供の頃に、そうやって何度も海へ行ったのを覚えてる。そういえば‥‥俺はこっちの海はまだ行ったことがなかったんだっけ。というか、ビルサに着いてからは街から出たことなんてほとんどない。せいぜい、前に修行を兼ねてルメクの温泉へ行った程度だ。
「あのー、師匠は海へ行ったことはあるんですか?」
「唐突ね。昔、研究のために近くまで行ったことはあるけど‥‥それがどうしたの?」
「いや、その、ちょっと久しぶりに行きたいなと思って‥‥」
「‥‥海なんて行ってどうするのよ。魚でも獲るつもり? あたしは肉の方が好きよ」
本から視線を上げ、怪訝な顔で問い返す師匠。‥‥あれ‥‥なんか話が全然通じてないぞ。「海に行く」って言ったら‥‥普通は「泳ぎに行く」とか「遊びに行く」とかを想像すると思ってたんだけど。そうか砂漠近くの内陸国だと、「海へ行く」ってこと自体がまずないのか。考えてみれば当たり前だ。
「えーと、泳いだり、浜辺で遊んだりするんですよ。俺の田舎じゃ、夏場はそうやって遊びに行く人も多かったんです」
「泳いだり、浜辺で‥‥面白いの?」
「まぁ、それなりに――あ、いらっしゃいませ!」
お客がやってきたのでこの話題は終了。そう思っていたんだけど‥‥。
* *
翌日、ほぼ同時刻――俺たちはなぜか船の中にいた。外では水鳥が騒ぎ、行き交う船の船頭さんが声を掛け合っている。アルム・シェダ河は水量は多いけれどゆったりと流れ、水音はそれほど聞こえない。窓から吹き込む川風が涼しい。そんな船の中。
師匠は俺に体を預け、うっとりとした眼で外を見ていた。大きな耳飾りが風に揺れてきらきらと輝く。そんな耳朶に俺がふっと息を吹きかけると、師匠はくすくすと笑って俺に口づけ。前や後ろの船室とは板きれ一枚で隔てられているだけだからあまり声は出せないし、なにより船を揺らすわけにはいかないから、あまり本気で絡み合うことはできない。できることはせいぜいキスと軽い愛撫程度。出かけたときは、なぜこんなに唐突に海へ行こうってことになったのか問い詰めるつもりでいたのに、船に乗ってからはずっとこの調子だ。目が合うたびにキス。
ルメクへ行くときの馬車は、こうじゃなかった。あのときはと言えば、師匠は寒いの狭いのと文句を言い通しで、とてもじゃないけどこんな雰囲気じゃなかったからね。その辺りの事情が解消された今回の船旅は、まるで二人きりの寝室だ。俺が船室に作り付けの椅子に腰を下ろし、脚を伸ばしていると、さっそくその横にやってきた。大して広くない船室に大蛇の下半身を好き放題に伸ばし、上半身は俺に預けきって。もちろん、ナイアさんがこうして甘えてきたら、俺がどうすべきかは決まっている。耳にキスをし、時には胸にじゃれついたり――。思わず漏れる吐息が喘ぎに変わらないよう注意しながら、二人の船旅は続く。‥‥いきなり海へ行くことになった理由なんて、どうせ聞いても仕方ないしね。ナイアさんはいきなり思い立つ人だから。
* * * *
数日を船で過ごした午後、船を下りた先は港湾都市ダハーシュ。ビルサから「海へ行く」としたらここが一番手軽だろう、ということでやってきた。聞いていたとおり、ビルサほどじゃないけど相当な大都市で、そしてビルサほどじゃないけどそこかしこに異種族がいる。そして日差しはビルサと同じく焼けつくように厳しい。港には中型・小型の船がひしめき、大型船は港外に停泊している。――こんな風景を見るのは何年ぶりだろう――いや、初めてかな。俺の故郷は港町、昔は「西海の女王」と呼ばれたらしいサフォルナ。でも俺が生まれた頃にはずいぶん落ちぶれていた。だから港は確かに久しぶりだけれど、こんな大きな港はやっぱり初めてだ。初めてなのに、胸が熱くなる――ずっと忘れてたけど、やっぱり故郷が少し恋しいのかも。
あれ? 「忘れてた」‥‥? うん、なんか大事なことを忘れてる気が‥‥うわっ、そうだ! 見物じゃなくて宿探しだろ、しっかりしろ俺!!
* * *
「いらっしゃい。ご休憩? それともご宿泊かしら」
その辺のおじさんに宿を尋ねて歩き回り、そして客引きの女の子に捕まって引き込まれたのは大きな宿、「女神のゆりかご亭」。カウンターの所にはきれいなお姉さんが妖しく微笑む。襟ぐりが大きく、胸の膨らみと深い谷間が視線を誘う。
「し、宿泊です‥‥」
「そう、ありがとう。――リラシャ、お客様を待合室へご案内して」
妖艶以外に言葉が見つからない笑顔に送られ、細身の女の子に手を引かれて奥へ連れて行かれる。‥‥ちょっと待って‥‥こ、これって‥‥?
待合室に連れて行かれたかと思うと、何人ものお姉さんが現れ、一人を選ぶように言われた。ここに至ってこの宿がどういう所なのか分からないほど子供じゃない。慌てて帰ろうとするとほんのちょっとした騒ぎになり、さっきカウンターにいたお姉さんが出てきた。スカートの裾から蛸のような触手が覗いている。スキュラだったのか‥‥。
「‥‥まったく、もっと早く気付きなよ、坊や。どうみても娼館じゃないか」
俺を勝手口から送りながら、苦笑交じりにそう言う。お客じゃないと分かったからか口調も少し変わってる。‥‥これはこれでものすごい色気があるんだけど‥‥。
「すいません‥‥」
「構やしないよ、特に忙しい時間でもないからね。――普通の宿はあっち、緑の屋根が見えてるだろ、あの辺りに何軒かあるよ。大部屋で雑魚寝してもいい、っていうならこの路地をまっすぐ行ったところにも二、三軒ある。お勧めしないけどね。ま、財布と相談して選びな」
親切に教えてくれたお姉さん――女将さんだったらしい――にお礼を言って宿の方へ行こうとすると、後ろからつぶやきが聞こえた。
「ただ‥‥」
「?」
「うん。今の時期は南風も良い具合だし、旅行客が多いんだ。ここで商売をしようって奴も多いし、ビルサへ行く途中の奴もいる。運が悪けりゃ、まともな宿は満室かもね」
道理で人が多いと思った。そういうことか。でも宿が取れないと‥‥時間を無駄にした上にそんなことになったら、師匠がなんて言うか‥‥。焦りと困惑が顔に出たらしい、お姉さんは腕を組んで口を開いた。
「――連れは女かい?」
* * *
「ラート、あんたねぇ‥‥」
部屋に案内され、師匠はあきれきったため息を盛大に漏らした。
「宿としては悪くないと思うんですが‥‥すいません」
悪くないどころか、良い部類に入ると思う。特に豪華というわけじゃないけど家具もしっかりした造りだし、ベッドも清潔だ。窓もきれいに掃除されてるし、少なくとも単なる宿だと思えば上等だ。問題は‥‥「単なる宿」じゃないってことだけ。
「‥‥あたしは船着き場でご飯食べてただけだから、探してきてくれたことに文句を言うわけにはいかないんだけど‥‥だけど‥‥ちょっと言い訳を聞かせてもらえる?」
ベッドに腰掛けながら、師匠は眉間を押さえて唸る。唸っている最中も、隣の部屋から甘ったるい声が聞こえてくる。
言い訳か‥‥ない訳じゃないんだ。久々の港町でぼーっとしてて、宿探しに遅れたのは完全に俺の落ち度だ。でも宿はどこも満室で、その中で何とか寝る場所を手配できたことはむしろ幸運だと思う。何より、女将さんの好意あってのことだし文句を言うわけにはいかない。
とはいえ、だ。やっぱり、女性をこういうところに泊まらせるのはちょっと常識がないと言われても仕方ない、とは思う。――そう。結局、売春宿「女神のゆりかご亭」が今夜の宿になってしまったわけだ。
「ほら、黙ってないでこっちへ来なさい。――あたしの隣に座って」
促され、隣に腰を下ろす。その膝に、白い手が乗ってくる。
「すいません‥‥いちおう色々と宿は探したんですが――」
うう、やりにくい。また隣部屋の声が激しくなってきた。自分たちもいつもしていることとはいえ、普段はこうやって他人の声を聞くことはまず無いから居心地が悪すぎる。
「宿がここしかなかったのは分かったけど‥‥なんでここの女将はあんたに気を利かせてくれるのよ」
穏やかではあるものの、師匠の声は徐々に低くなってくる。目は俺の方へ向いていないけど、迫力は一秒ごとに増してくる。そ、そこまで怒られるようなことは――
「宿を探しに行ってからあたしを呼びに帰ってくるまで、ずいぶん掛かったじゃない? ま さ か と は 思 う け ど ‥‥」
あわわわわわ!! まずい、勘違いしてる!!
「あ、いや、すいません! 遅くなってごめんなさい! 港町が久しぶりで、ぼーっとしてたら時間が経ちすぎて、慌ててその辺の人に宿の場所を聞いて歩いてたらここの客引きのお姉さんに捕まって」
「捕 ま っ て ! ?」
こっ、こわいよぅ!!
「ち、違います大丈夫です浮気してません! 泊まるかどうかって聞かれて、普通の宿だと思って泊まるって言ったらいっぱいお姉さんが出てきて――わああ、怒らないで!!」
「続きを言いなさい。怒ってないから」
嘘だっ。さっきから眉がぴくぴく動いてるじゃないですかっ!
「慌てて店を出ようとしたらお店の人とちょっと揉め事になって、それを女将さんが仲裁してくれたんです。宿を探してるって言ったら場所とかいろいろ教えてくれたんですけど」
「‥‥」
「宿を探しに行こうとしたら『もし宿がみんな満室だったら、特別に部屋を貸してもいい』って‥‥」
俺がそこまで言うと、師匠は「ふぅ」とため息。
「で、どこも満室だったから、ここに泊まることになったわけね。‥‥まあ‥‥許してあげるわ。あんたが嘘をつき通せるとも思えないし」
よ、良かったぁ‥‥。値段もそう無茶じゃないってことも伝えると、ようやく師匠に笑顔が戻ってきた。一時はどうなることかと思ったよ。――と、内心喜ぶ俺の肩に「ぽん」と師匠の手が。ま、まだありますか、そうですよね。
「こらラート君。何を安心してるのかな?」
顔だけ見れば笑顔に見える。でもその満面の笑みが怖いです、師匠。肩を抱き寄せられておっぱいが腕に当たってますが、今はあんまり嬉しくないです。頬を汗が流れ落ちましたが、これは暑さのせいであって冷や汗じゃありません。
「いい? あんたがぼーっとしてたおかげで、あたしは鬱陶しい男どもに何度も絡まれたし、お茶とお菓子で予定外に出費も増えたし、とにかく、ものっすごく退屈したの。バカ弟子がやっと戻ってきて宿へ行くことになったかと思えば今度は売春宿に連れ込まれて、しかもこのバカは女将と勝手にツテを作ってて‥‥」
「だ、だからそれは誤解――」
「うるさいだまれ。『あたしに誤解させた』ってのが、それだけであんたの落ち度なの。――とはいえ、許すと言った以上は不問にしてあげる」
そこまで言うと、不意に師匠は腕に力を込めた。肩を強く抱かれ、抱き合うような体勢になる。おでこ同士がこつんとぶつかった。こんな事態なのに、胸がとくんとくんと鳴りはじめる。さっきまでは多少静かだった隣の声が、また激しさを帯びてきた。ベッドのきしみまではっきりと聞こえる。こんな時に‥‥。目だけを上げて師匠の顔を見ると、その視線は横に逸れていた。
「と‥‥とにかく、その、いちおう許し――ああもう、隣がうるさいったら‥‥真面目な話ができないじゃない。あんな声を聞かされちゃ‥‥」
師匠はおでこを離し、俺の両肩を掴んだ。顔が近付く。体勢を崩し、俺はベッドに押し倒された。目の前に師匠の顔。眉はまだ少しつり上がり気味だけどその表情に怒りは見えない。顔はわずかに上気していて――
「あんたも謝ってたから、許してあげる。でも――まだ足りないわ」
そして、覆い被さってきた。俺の手をとってベッドに押しつけ、特大のおっぱいを胸にすり寄せて。
「謝りなさい。いつもあんたがヘマをやらかした時みたいに。体で、このベッドの上で。あたしがたっぷり満足して、本気で許す気になるまで――謝るのよ」
もう怒ってない。でもナイアさんは襲いかかってきた。キス、熱烈なキス。口を完全に塞ぐような、激しい口づけ。俺の唇を荒々しく舐め、いとも簡単にこじ開けて熱い舌が入り込んでくる。人間の舌よりもずっと長いそれは、俺がどう対応しようと意味をなさない巧みさで暴れ回る。歯列、歯茎、舌の上、横、裏。口を大きく開けさせたかと思うと、顎の裏も舐めてゆく。ナイアさんを抱きしめようとしても、腕に力が入らない。熱い体温を手のひらに、そして体と口に感じながら、粘膜を犯されていく。香しい髪が顔中に覆い被さり、俺の視界を完全に遮る。ナイアさんの息は規則的に肌をくすぐるのに、俺の息ばかりが不規則になっていく――身体が、意識の興奮に同調してひくひくと震えてしまう。
「ぷはっ‥‥あ、あ‥‥ナイア‥‥さん‥‥」
「ふふふ‥‥あんたが蕩けてどうするのよ。挨拶みたいなキスをしてあげただけで、何度もイかされたみたいな顔になっちゃって‥‥。たまらないわ――ご奉仕させるつもりだったけど、予定変更ね。犯してあげる‥‥」
髪を掻き上げて笑みを浮かべるナイアさん。二人の唇の間に繋がった唾液の橋がつうっと伸び、切れた。口の端についたそれを手の甲で拭い、凄艶に笑ってみせる。――最近は俺が思いきり抱いてあげることが多いけれど、時々こうやって火が付いてしまう。火が付いたナイアさんは――止まらない。
* *
「く、ぁあ‥‥っ!!」
「ふふ‥‥二回目。手でイかされるなんて、恥ずかしくないの?」
息を荒げて胸を上下させる俺に、ナイアさんはドロドロに汚れた手を見せつける。指を開くと、白く濁った粘液が指と指の間に糸を引いた。ううっ、情けない‥‥なのに、その粘液を吐きだした部分が、手を見せつけられただけで勢い良く跳ねた。
「手だけじゃかわいそうね。――他の方法でしてあげるわ」
憐れむような言葉を、でも全然憐れんでない表情で口にする。やっと入れさせてもらえる‥‥? 期待に胸を熱くしていると、俺の脚に絡まっていた尻尾が動き始めた。鱗がシーツに擦れてしゅるりと音を立て、先だけを俺の身体に触れさせ、ゆっくりと這い上がってくる。身体の中心をなぞり、へそから腹、胸へとたどってきた尻尾。その先端が俺の唇に軽く触れ、そして離れていく。舌でそれを追おうとしたけど、指先で額をとんと突かれて阻まれた。舌は間抜けにも宙をさまよい、それを見てか、紅い唇がにっと歪む。――肉棒がまた、跳ねた。視線を誘うようにわざとゆっくり動く尻尾――滑らかな曲線を空中に描いて、優雅な仕草でナイアさんの口元へとたどり着く。唇がそれを出迎え、ちゅうっという音が部屋に響いた。軽い口づけが尻尾の先にまとわりつき、そして舌先がちろちろと蠢く。いつも俺のチンポをしゃぶるような、そんな仕草を見せつける。濡れた瞳で俺の顔を挑発的に見下ろしながら、紅い口元が笑みを浮かべた。――ぞくん、と背筋が震え、股間がひくひくと跳ねた。
「‥‥こんな風に舐めて欲しいんでしょ‥‥だめよ、今日はしゃぶってあげない。代わりに――」
眼をすっと細めると、精液がこびりついたままの手を俺の目の前で淫らに動かし、そして尻尾に絡めた。手のひらにたっぷり溜まったそれが、尻尾に、鱗にまとわりつく。ランプの光に細かな網目を光らせていた、ナイアさんの先端――そこに俺の放った液がねっとりと塗りつけられ、ぬらぬらと光る。
「代わりに、尻尾でしてあげる‥‥」
指と手のひらをじゅるじゅると拭い、粘液をまんべんなくまとった尻尾。二、三度、ゆっくりと目の前をくねったそれは、天井を向いて震えている股間に絡み付いた。
「う‥‥あ‥‥」
粘液質のぬめり、そして細かな鱗の感触。ざらつくわけではなくむしろ滑らかなんだけれど、そのわずかな感触がぬめりのせいで強調されるらしい。細く長い尻尾は器用に絡み付く。根元を一巻きし、そして先端が鈴口をつつく。指先でしているのと同じかそれより繊細な感覚が肉棒から脳へと響く。呻きが口から溢れる。頭を反らしてしまう。髪がシーツに引っかかって、ざりざりという音が頭に響いた。快感に責め立てられた理性を吐き出すように、息の塊が口から溢れる。
「気持ちいいでしょ‥‥」
「は‥‥い‥‥っ!」
耳元でくすくすと響くナイアさんの声。わざと唾液の音を絡ませた、いやらしい声だ。その粘液質の淫声が、精液でどろどろになった股間にまで直接響く。またしても腰を打ち上げ、喘いでしまう。
「ふふ、ふふふ‥‥こんなに腰をくねらせて‥‥まるで女ね。でも、もっと感じなさい‥‥」
舌先でちろりと唇を舐め、怖いくらいの色香を振りまいて笑みを浮かべる。な、ナイアさんってラミアであって、サキュバスじゃなかったよね‥‥? そう問いたくなるほど、扇情的な笑み。こんな笑みを見せられたら、男なら誰だって――襲いかかるか、されるがままに犯されてしまうか、そのどちらかだ。そして今の俺には、襲われるしか選択肢がない‥‥。
紅く彩られた爪が俺の胸の上を這い回り、乳首を責め立てる。豊かな膨らみが腕に触れ、暖かな弾力を教えてくれる。艶やかな唇は耳元で、首筋で、あるいは目の前で、真っ赤な舌をちろちろと見せながら言葉で俺を追い込んで――。腕を動かそうとしてもすぐにいなされ、されるがままに尻尾の攻めに翻弄される。
「イきたいのね‥‥ふふふ、あと何回ぐらいなら頑張れそう?」
「っく、あ‥‥っ、あと‥‥さ、三回はできます‥‥っ!」
「だめよ。最低四回。できるでしょ‥‥あたしの弟子なら、かっこいいところを見せて‥‥ほら、ふふ、ぶちまけていいのよ‥‥!」
細い先っぽが、鈴口の中にわずかに入り込む。ぬめり、そして鱗の引っかかり。目の前で揺れる大きな胸、そして卑猥に微笑む唇――内側から溢れる熱が、決壊した。
「――っうああぁっ!!」
* * *
「はぁっ、ああんっ‥‥いいわ、感じる‥‥!」
ナイアさんは喘ぎを漏らした。背中を少し反らして、あそこの部分を密着させて。柔らかく、しかも弾力を持って弾む、ナイアさんの胸。その先端もきれいに尖って、はっきりと自分の存在を主張してる。いつもなら手を伸ばし、思う存分その感触を楽しんでいるはずなのに――今日はそれができずにいる。もどかしさが熱となって、身体の中を駆けめぐる。
「揉みたくてうずうずしてるんでしょ‥‥今日は見て楽しみなさい。ほら、こんなに揺れるの‥‥ああっ、深い‥‥っ!!」
腰をくねらせ、喘ぐ。腕は押さえつけられて、腰も上手く動かせない。ゆさゆさと上下に弾み、重量感たっぷりの乳肉の動きが視線を釘付けにする。ナイアさんは俺を挑発するために腰を弾ませ、胸を揺らし、揉んでみせる。ナイアさんがもう怒ってないのは、俺にも分かる。でも――詰問されていたときとは別の怖さに、体と心が圧倒されていく。
ぐちゅぅ‥‥っ。
肉棒を締め付ける動きが、複雑にうねった。入り口、中程、そして奥。三箇所が別々に動き、牛の乳でも搾るかのような動きで俺のそれを抱きしめる。じゅるじゅると溢れる蜜が、結合部から垂れるのが分かる。身体に湧き上がる熱の塊をどうにかこらえようとすると、顔に火が付いたような熱さを感じ、そして吐息が溢れた。――自分がどんな顔になっているか、もし鏡で映されたりしたら恥ずかしくて逃げ出してしまいそうだ。
ナイアさんがくすりと笑った。
「そうよ、気合い入れて頑張りなさい‥‥ラート‥‥!」
脚を絡める鱗、股間をくわえ込む秘裂、そして柔らかく温かい抱擁。全身でナイアさんを感じ、抱かれていく――。
* * *
情けない呻きが、食い閉めた口から溢れた。精の奔流が駆け抜け、秘肉の中へとほとばしった。ナイアさんは歓喜の叫びを高らかに上げ、がくがくと震える。玉のように浮かんだ汗が、その振動で豊かな双丘を伝い落ち、ぽたぽたと俺の身体にこぼれる。
「ああ、あふっ‥‥ぁ、あぅ‥‥。きもち‥‥よかった‥‥」
顔の上には蕩けきったナイアさんの表情。欲情と快楽が練り合わさった、色香の塊のような笑み。半開きになった唇から、唾液が一滴、ぽたりと俺の顔にこぼれた。それを合図にしたかのように、ほっそりした腕からかくんと力が抜け、滑らかな身体が重なった。細い腰を軽く抱きしめると、下半身に巻き付く蛇の胴がきゅっと抱きしめ返してくれる。抱きしめた手のひらには、汗ばんだナイアさんの肌。顔には華やかな香りを放つ髪が触れ、胸にはナイアさんの極上のおっぱいが押しつけられる。脚には、滑らかな鱗の感触。全身でナイアさんを感じていると、当然例の部分にもナイアさんを強く感じるわけで――
「ふふ、萎えないのね‥‥相変わらず大した弟子よ、あんたは。続きは‥‥そうね、最初予定してたとおり、たっぷり謝ってもらおうかな。精一杯、あたしにご奉仕――あぁあっ!! こ、こら、いきなり‥‥んはぁっ! あ、くっ、あぁうっ!! らー‥‥と‥‥っ!!」
返事の代わりに腰を弾ませる。やっと開放された手で細い腰を掴んで、思うさま突き上げる。やっと、やっとだ。これだけ愛されたんだ、今度は俺のやり方で愛したい。身体はもう、心よりも先走ってナイアさんの腰を抱き、胸を揉み倒してる。ナイアさんは言葉を詰まらせ、喘ぎ、淫らに叫び始める。喘ぎと叫び、その合間に言葉を交わす。
「明日、は、海、ですね‥‥っ」
「そんなの、い、今はどうでも――っくぅううっ!!」
* * * * * *
「あああっ、すごい、すごいわ‥‥ああっはぁあああんっ!!」
臨時の客室から嬌声が響く。三階にある女将――ハールマの私室にも、その声は十分に聞こえていた。
「いったい何事だよ‥‥新人でも入ったのか?」
土産の名酒を傾けながら、男――ガルフが問いかける。今日の彼は「お客」ではなく、女将の個人的な客人だ。客としてこの宿に泊まることも、そして女将を抱くことも珍しくないが、こうして単に酒を酌み交わすこともそう珍しくはない。恋人、とまではいいにくい――適切な表現を無理に探すとすれば、「友人」といったところだろうか。その友人の問いに、ハールマは口元に笑みを浮かべながら杯をあおった。
「いや‥‥ちょっとした成り行きでね」
「成り行き、ねぇ」
差し出された杯に琥珀色の液体をつぎながら、男は素っ気ないながらも興味をありありと感じさせる口ぶりでつぶやいた。応えて女が口を開こうとした途端、またしても嬌声が轟いた。相手の男の名を叫びながら。あんな調子で夜ごとに体を重ねているのだとすれば、さぞかし近所迷惑だろう。
「宿探しで困ってた坊やに世話を焼いんだよ。女連れだっていうから、それなら他の客にも目立たないだろうと思ってさ」
「ところが別の意味で目立った、と」
男の言葉に肩をすくめ、あきれた笑いを漏らしながらハールマは酒を飲み、今度は男の杯に注ぐ。感極まった声がひときわ高く響いたが、彼女は微笑むばかりで恥ずかしがる気配は皆無だ。男と女の営みを知り抜き、それを使って生計を立てている彼女。その彼女にとって、金のやりとりと無関係な喘ぎ声をこうして聞くというのはなにやら新鮮で、微笑ましくさえ感じる。だが、友人も同じ感想を抱くかと言われれば――もちろんそれは違う。
「今日はお前と飲むだけの予定だったんだけどな‥‥。すまん。あんな良い声を聞かされてじっとしてられるほど年じゃないんだ」
そう言ってハールマの肩を軽く抱き寄せ、耳元で囁く。
「――お前の声、臨時のお客に聞かせてやろうぜ」
「‥‥抱くなら店の部屋で、って言ってるだろ‥‥んっ‥‥」
ガルフは杯を置き、スキュラの体を抱きしめた。つややかな唇が、公私のけじめを付けようと抵抗する。しかし、ざわめく触手は早くも男の逞しい体に絡みつき、嬉しそうに蠢きはじめた。大きく開いた胸元に男の手が入り込み、豊かな乳房を柔らかく揉みしだく。耳朶を甘噛みされ、女は熱い吐息を漏らした。
「苦情は明日、たっぷり聞かせてくれ」
「‥‥困った男だね‥‥あ、あぁ‥‥」
吐息が溢れ、淫らな喘ぎがそれに取って代わっていく。控えめだった喘ぎも、男の巧みな技によって徐々に本性が掘り起こされてゆき‥‥二組の男女のせいで、その夜の客と娼婦は寝不足になったという。
(終)
夏旅行編・前半です。暑いさなかに思いつき、公開したときには夏が終わりかけといういわく付きの一本。後半を公開するときにはもっと涼しくなってそうですが‥‥。受難と言ってもたかがしれているのがいかにもなしれ。
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