余計な思いつき

「‥‥ート‥‥」
「おーい‥‥ラート」
 ん‥‥師匠の声が聞こえる‥‥。‥‥夢だな、師匠が俺より早く起きるわけない‥‥。
「ねぇラート、起きてみなよ」
 な、なんて嫌な夢だ。今日は午後開店なんだからもうちょっとゆっくり寝させてくれよう‥‥。
「ラート!! 起きろっつってんでしょうがこのバカ!!!」
「うわっ!」
 大音量で怒鳴る声に、さすがに飛び起きる。なんだなんだ、なんだって夢に起こされなきゃならないんだ。

「‥‥え? 師匠‥‥?」
 目の前には見慣れた美女の顔。が、どう見ても機嫌が悪いのは一目瞭然だ。‥‥って、あれ?? なんで師匠が起きて‥‥
「あ、朝に起きられるんですかっ!?」
「こんな美女が優しく起こしてやったってのに、第一声がそれ?」
「‥‥あ、ありがとうございます、おはようございますナイア大先生」
 今の起こしかたのどのへんが「優しく」だったのかは不問にして、とりあえず挨拶。それにしても一体何があったんだ、というか何が起きるのか果てしなく不安だ。雷と雹(ひょう)と砂嵐が同時に来ても驚かないぞ。
「――よろしい」
 師匠は俺の挨拶に対して大仰に「うむ」とうなずいて見せると、微妙な表情で小首をかしげ、
「で、何も気付かない?」

「‥‥?」
 師匠がこういう物言いをするのは、何かで俺を驚かせようとしているときだ。でもそういうときはいかにも「得意満面」を絵に描いたような態度のはずなんだけど、今朝の師匠はどっちかというとちょっと不安そうな顔でもある。でもこうやって訊いてくるからには、少なくとも「見れば判ること」のはずだ。
 とりあえず頭の先から再確認。
 濃い赤色の髪は頭の後ろで高く束ねてある。いつもどおり。
 切れ長の眼、泣きぼくろ、紅い唇‥‥いつもどおり。
 首筋、目のやり場に困る胸元とやたらきわどい衣装、おへそ(この辺りはじろじろ見ると変な所に血が集まるのでささっと流そう)、やっぱりきわどい腰回りの衣装‥‥いつもどおりだよな。で、その下‥‥
「うわっ!! な、な、なんっ‥‥!?」
 かなりみっともない声を上げてしまった。そのままベッドの上で思わず後ずさり。
「やっと気付いたね。遅いよラート、せっかくびっくりさせようと思ってたのに」
 片手を窓辺、片手を腰に当て、ぐいっと胸を反らす。
「し、師匠、脚が‥‥!?」
「そ。どうよこの脚線美。惚れ直した?」
 白く長い右脚をベッドに載せ、俺の顎を指先でついっと上げて得意げに微笑する。
 た、確かに脚線美の名に嘘はない。それはビルサ全市の男が保証するだろう。だけどちょっと待ってくれ、なんで師匠に脚が生えてるんだ。
「魔導研究のついでにね、ちょっと応用してみたら予想外に上手くいったのよ。あんたも喜ぶかと思ってさ」
 俺の疑問を察知して自慢げに語ってくれる師匠。あいかわらず何を研究しているのやら分かったもんじゃないな。
「‥‥なによ、嬉しくない?」
「いやその‥‥『脚が生えてる師匠』って見慣れないから‥‥」
 そう。普通なら師匠に脚はない。なぜって、そりゃあ――ラミアだから。ラミアというからには、上半身は美女で腰から下は蛇、と決まってるし、もしそうでないとしたらそれは別の種族だ。‥‥って、そうすると実は重大な問題があるんじゃないのか?
「‥‥あの‥‥師匠、その足で歩けるんですか?」
 師匠の顔がひきっと固まるのを、俺は弟子入りしてから初めて見た。

* * * * *

「ラートぉー。ごーはーんー!」
「あーはいはいはい、いま持っていきますから黙って座っててください」
 師匠の好物「シェダ牛の香草炒め ラート風」を皿に盛りながら、余計なことを言わなきゃ良かったと本日何度目だかの後悔。いや、言わなくてもすぐにバレたとは思うんだけど。
 ‥‥慣れない二本足では伝い歩きさえままならないことがばれると、いきなり師匠は超絶怠け者モードに切り替わった。階段は危ないから手伝うのは当然だとしても、移動はお姫様抱っこだし、飯だのなんだのは座ったまま運ばれてくるのを催促する。もともと人使いは荒いし自分で動くことが嫌いなひとではあるけど、今日の厄介さはいつもの比じゃない。ま、まさかとは思うけど、これからずっとこの調子じゃないだろうな。
「そんな顔で心配しなくていいって。明日になったらいつも通りよ」
 ‥‥相変わらず鋭い‥‥。
「ま、でもこういう暮らしも悪くないかなあ? ね、ラート?」
「うう、できればいつも通りの師匠がいいです‥‥」
 ――遠慮がちに言った本音に、師匠は妙に嬉しそうな顔をした気がする。

* * * * *

「ふんふん‥‥ふふん♪」
 二人暮らしとは思えないほど大きなテーブルから、楽しそうな鼻歌が聞こえてくる。いうまでもなく、食事が終わると専門書を持ってこさせて読書にいそしんでおられるナイア大先生だ。その間、俺はがしょがしょと皿洗い。‥‥あー、なんか既視感。初めてここに来たときも夕飯を作って皿洗いをしたんだったな。そういやあのときのメニューも肉の香草炒めだったっけ‥‥師匠が妙に気に入ってくれたんだよな。で、そのあと寝室で‥‥わわ、静まれ俺。皿洗いしながら前屈みになってしまう。はたから見たらかなり変な奴に見えるだろう。
「ねぇ、まだ?」
「はい?」
 えーと、皿はこっちに片付けて、フライパンはこっちに掛けて‥‥と。ああ、水を汲んで来なきゃ。
「‥‥ラート! まだなのかって聞いてんでしょ!?」
「わぁあ! な、なんですか師匠!」
 んもー、勝手なんだから‥‥。でも聞かないとまた怒るから、俺はとりあえず師匠がいるテーブルまでご用伺いに参上する。
「だ・か・ら! まだ相手してくれないの?」
「?」
「あのね。朝にも言ったと思うけど、あたしはあんたを喜ばせてやろうと思って下半身をこ‥‥いや、二本脚にしたんだけど。で、今夜のお楽しみはま・だ・な・の? ‥‥うふふ‥‥」
 ちょっと怒った口調だったけど、後半は眼を細め、艶っぽい声になる。そうか、そういう魂胆で‥‥って、ほんとに何をやってんだこの師匠は‥‥。
「あの、片付けはもうすぐ終わりますから」
「待てない」
 こ‥‥こいつは‥‥。
「うわ!?」
 突然腕を引っぱられてバランスを崩すと、次の瞬間には俺の顔が師匠の手に捕まっていた。互いの鼻がぶつかりそうなくらい近くに顔を引き寄せられて、俺の目を深い紫の瞳が見据える。やばい。この眼はもう本気だ。
「待てない、待てないわ‥‥店があるからって、一日中我慢してたのよ? 片付けなんか明日でいいわ、はやく‥‥抱いてよ‥‥」
 そして熱い口づけ。もうすっかりその気になっているのだろう、肌も上気している。歯列をなぞり、俺の舌を絡め取るように蠢く師匠の――いや、ナイアさんの長い舌。情熱的なその動きに俺の頭にももやが掛かり、ナイアさんの興奮が伝染してくる。
 びちゃ、くちゃ、ちゅっ‥‥いやらしい音のキス。普段なら寝室で響くはずのこの音も、台所で聞くと新鮮な感じがして、それも興奮を煽る。そしてその口づけを楽しみながら、互いに服を脱がしあう。俺はナイアさんをテーブルに座らせ、唇から首筋、胸元へと舌を這わせる。ときおり甘い吐息が聞こえる。そのまま舌を下方へ這わせてゆくと、薄い茂みに達し、そして既に潤いが感じられる部分へと到達した。その瞬間、ナイアさんの身体がびくりと震える。
 きれいな花びらの下は、今日は二股に分かれて脚になっている。正直、俺はナイアさんしか「女」を知らないから結構不思議な感じがする。
「脚、開くよ‥‥痛くない?」
「大丈夫‥‥あぅ、何か変な感じ‥‥はぁ‥‥っ!」
 滑らかな太ももを掴んで、無理のない程度に股を開かせる。花びらが開き、香しい蜜が滲んでいるのが見える。
 ちゅっ。
「ああぅっ!」
 小さな突起にキスをすると、いつも以上に敏感な反応が返ってくる。花びらを舌でいじる。ますます敏感な反応が返ってくる。いやらしい喘ぎと、熱い吐息。そして身体全体がびくびくと細かく震え、使い方に慣れていない脚がびくんびくんと跳ね上がる。
 そしてその脚を片方ずつ足首を掴み、もうぐしょぐしょになっている部分から内ももへ、内ももからあそこの際まで、と何度も舌を這わせてみる。
「‥‥はあっ! あ、だ、だめ‥‥っ! やめ、くすぐったい‥‥!」
「感じてるくせに」
「っく、あぁっ、‥‥んはぁっ! じ、じらさないで、もう‥‥おねがい‥‥」
 涙目になりながら身体をくねらせるナイアさん。いつもでは感じることができない刺激に燃え上がっているのが、わかりやすすぎるほどはっきり分かる。さほど愛撫もしていないのにきれいな乳首が固く尖って自己主張をしているし、溢れる蜜がもうテーブルを濡らしている。そしてその過敏な反応に、触ってもいない俺の分身がギンギンになっている。
「‥‥じゃあ、入れるよ‥‥」
 大きなテーブルをベッド代わりにナイアさんを寝かせ、ナイアさんの両脚を俺の脚で挟み込むようにして覆い被さる。そして、もう張りつめているそれをゆっくりと差し込んだ。
「――あああっ!!」
 激しい喘ぎ。同時に俺の背中に腕を回してしがみついてくる。腰の動きでぐいぐいと突くと、髪を振り乱して悶えるナイアさん。
「ああ、ラート、ラート‥‥! すごい、きもちいいよ、奥まで‥‥ささってる‥‥っ!」
「こう?」
「っんあああっ!! そう、そこ、巧いよ‥‥!!」
 普段なら強がって挑発してくるのに、今日はそんな余裕もないほど高ぶっているらしい。熱くぬめる蜜壺をいつものようにひねりをきかせて突き上げると、感極まった声で応えてくれる。この瞬間が最高に楽しい。だけど‥‥これだと、実はいつもの営みとあんまりかわらない体位だ。
 『あたしはあんたを喜ばせてやろうと思って』――ナイアさんはそう言ってた。人間の姿の方が俺が喜ぶと思ったんだろうか。そんな小さなことに俺がこだわるはずなんてないってことはよくよく分かってるくせに。でも「人間の脚」なんてことよりも、そのちょっと屈折した愛情表現が猛烈に嬉しい。
(その意気に応えてあげなきゃ‥‥ナイアさん、思いっきりイかせてあげるよ)
 そんなことを考えていると、いつの間にか俺もナイアさんも腰の動きが加速している。
「あっ、ああっ‥‥! だめ、つよすぎる‥‥っ! あはぁっ、あ、あたし、もう‥‥っくぅぅ――!!!」
 がくんがくんと身体全体を跳ね上がらせて、ナイアさんが達した。入り口の締め付けになんとか射精をこらえて、しがみついてくるナイアさんを抱きしめかえす。豊かな乳房が胸板に心地良い。
「――っはあっ、‥‥はぁっ、‥‥ラート‥‥ふふ‥‥」
 荒い息がようやく落ち着くと、いつもの妖艶な笑みが宿っている。
「ナイアさん‥‥うつぶせになって」
「‥‥こう?」
「ええと、腰はこの辺りで‥‥」
 足は床に付けさせて、上体をテーブルに載せる。ナイアさんの思いつきを生かしたいし、かといって慣れない脚や股に負担をかけるわけにはいかないし――となると、こうやって後ろからしてみるのが一番だろう。
「今日だけの体位、ってこと‥‥? うふふ、楽しませてね」
 もちろん。――そう心の中で答えると、すこしだけ脚を開かせて、後ろからナイアさんを貫く。
「――――っ!!!」
 声にならない叫びと同時に身体がこわばる。うあ、すっごい締め付け‥‥。
「どんな感じ?」
 突っ伏すナイアさんの肩を掴んで、ぐいっと突く。
「‥‥っぁあっ‥‥ひっ‥‥!!」
 締め付けの割に声が静かだな‥‥こうかな?
「ああっ! っは‥‥あああっ、く、あひっ‥‥!!」
 うーん‥‥どんな顔してるんだろう。俺は奥まで突っ込んでのしかかり、ナイアさんの顔を横に向け――
「‥‥大丈夫?」
「‥‥ぁ‥‥ぁ‥‥よ‥‥よすぎる‥‥」
 初めての体位で刺激が強すぎるんだろうか。もう完全に溶けてる。こんなに悦んでくれるとは‥‥。そのあまりにいやらしい乱れ顔に、俺のちょっとした嗜虐心に火がつく。
 後ろから思い切り突き上げる。
「んあああっ!!!」
「いい声だよ、ナイアさん‥‥もっと聞かせてよ」
 パンッ、パンッ、パンッ、パンパンパン‥‥
 俺も人間相手は慣れてないからちょっとコツが掴みにくいけど、それでも腰を動かすと徐々にやり方が分かってくる。肉と肉のぶつかる音が響くと、ものすごい勢いでナイアさんが叫ぶ。これ、絶対外まで聞こえてるよ‥‥。
「ああぁあ、あはぁ、あぉっ‥‥!! くはっ、あひぃっ――あっはぁぁああ!!」
 軋むテーブルにしがみつき、全身を振るわせて狂いまくるナイアさん。それにしてもこの体位、せっかく悶えまくってるのに相手の顔が見えないのが困るなあ。あの殺人的なおっぱいも見えないし‥‥。でもいい、ここまで感じてくれるのは男冥利に尽きる。
 二の腕を掴んで、上体を反らせるようにしてガスガスと後ろから突きまくる。大きくのけぞるナイアさんの喉が扇情的だ。もう反射のように動く腰の動きを加速させる。強烈な締め付けがたまらない。
「あはぁっ、らーとぉ‥‥こ、こわれる、ああ、もう‥‥!!」
「‥‥っ、はぁっ‥‥いいよ、ナイアさん‥‥壊れちゃえ」
 ズンッ!!
「――っ、いくぅぅううううう!!!! あ、はああぁぁあ――っ!!!!」
 子宮の入り口をとどめとばかりに突くと、その瞬間ナイアさんが壊れた。よだれを垂らしながら絶叫し、四肢を張りつめて強く痙攣する。そしてそれに呼応して、俺も堪えきれず――
 どびゅうっ!! どびゅっ、どくっ、どく、どくっ‥‥
 熱い肉壺の中に思い切り注ぎ込む。腰や脚の力が白濁した液体になって、一気に失われていくような気がした。

「ああ‥‥ん‥‥。燃えたわ‥‥こんな体位でするの、初めてだったから‥‥」
 ナイアさんはうっとりとした表情で、そう言った。裸のナイアさんに「初めてだったから燃えた」なんて言わせたのが、なんだか妙に嬉しい。
「‥‥どうだった? 二本脚のあたしは‥‥」
「良かったよ、ナイアさん‥‥。でも――」
 そこで言葉を切るとナイアさんを抱きしめて、
「‥‥でも、俺はいつものナイアさんがいい‥‥。あの、積極的で、強がりで、激しくて、全身で俺を抱きしめてくれるナイアさんが大好きだから‥‥」
 そこまでいうと、もう俺の唇は言葉を続けられなかった。ナイアさんの情熱的な唇が重なり、白く滑らかな腕が俺をいっそう強く抱きしめる。甘い吐息が漏れ、かりそめのきれいな脚が俺の脚に絡みついてくる。その新鮮な感触を楽しみながらキスを続けていると、突然ナイアさんががばっと起きあがった。
「あ、時間忘れてた! ‥‥や、ヤバいかも‥‥ちょっとラート、あたしの仕事部屋まで連れてってよ」
「‥‥?」
「いやだからその、ちょっと、お願い、急いで!」
 珍しく慌てている。なんだって素敵なひとときをぶちこわすんだろう。そんな愚痴を心の中でこぼしながら、俺は疲れた腰にむち打って、師匠を研究室に運び込んだ。‥‥運び込んだ途端に「あんたは先に寝てなさい」って追い出されたんだけど、一体‥‥。

* * * * *

 朝日が城壁を越えて街を照らし出す。その光をまぶた越しに受けて、目が覚めた。
 隣で寝ているのはナイアさん。いつの間にベッドに入ったんだろう。‥‥いや、そんなことを考えている場合じゃない。やけに明るいと思って部屋の隅にある魔力時計(聞いて驚け、魔法の力で動いているのだ)に目をやると、案の定いつもより一時間は寝過ごしたようだ。急がないと開店時間までの用事がこなせない。そういえばきのうの夕飯の片付けも途中だし。
 昨夜の乱れっぷりが嘘みたいなあどけない表情で眠るナイアさんに軽いキスをして、店を開ける準備開始。開店時間はまだ先だけど、店の掃除に商品の仕入れや整理、何より朝市で食料を買い込むのが日課だ。パンや豆、肉類ならそれぞれの店で買うけど、鮮度が大切な野菜や果物なんかは朝市の方がいい。
「安いよ安いよ、野菜が安いよ!」
「魚ぁー、魚はいらんかねー!」
 城門のそばにある朝市は今日もごった返している。普段お付き合いのない一般家庭の人々もたくさんいるから、この街の人口比を肌で感じられる。もっとも、同じ街で暮らす以上はだいたいどの種族も似たようなものを食べるらしい。あとは好き嫌いの差くらいだ。
「おばさーん、このリンゴふたつと、あとは‥‥」
「あらラート君、朝から買い物かい。大変だねえ、住み込みってのは」
「あはは、まあね」
「‥‥そういや、知ってるかい? カラドーサのお嬢さんの噂は」
「はい?」
 カラドーサ家のメリーナお嬢さんといえば、富豪ドルン・カラドーサ氏の愛娘にして、この街の「人間」で一番の美女として有名な人だ。俺も一度だけ遠目に見たことがある。
「‥‥あんまり大きな声じゃ言えないんだけどね‥‥」
 おばさんは声を低くする。
「なんでも昨日、お屋敷に街の名医が何人も入ってったんだってさ。ドルンの旦那が青い顔で右往左往してたから、ありゃあお嬢さんの具合がどうかしたんだろうって近所の連中は話してたんだ」
「はぁ」
「でさ、ここからはほんとにただの噂なんだけどね‥‥」
 おばさんの声が一層低くなる。
「‥‥なんでも、腰から下が蛇になってた、って話があるんだよ。もしかしたらあの娘さんも人間じゃなかったのかもねぇ。‥‥あ、いや、噂だよ噂。あはははは」

 途中から上の空になり、適当に相づちを打って帰宅。ナイアさんはあいかわらず寝ている。さっきは急いでいたから気付かなかったけど、下半身はいつものように長い蛇に戻っている。
 うーん‥‥きのうの夜の慌てぶりといい、さっきの話といい――
「師匠‥‥思いつきでわけのわからんことをしないで下さい‥‥」

 俺の独り言に、師匠の寝顔がにへら、と笑った気がした。

(終)

弟子シリーズ第3作。時系列的には「とある一日」よりも後。
「ラミアとするときの体位のバリエーション」を考えてたときに思いついたネタです。いうまでもなく題名はそのまま「蛇足」の意。
ちなみに投下したときには第1段落の「午後開店」を「定休日」としてしまい,後半と食い違っておりました。ははは。

小説のページに戻る