弟子入りの儀

 まだ何となく調子が悪い足腰を気遣いながら、職人街の石畳を歩く。いや、具合が変なのは病気でも怪我でもなくて、きのうこの街に来て早々に腰を抜かしたからだ。‥‥笑うなって。「衛兵が牛のお面をかぶってるんだと思ってたら、実は本物のミノタウロスだった」なんて、普通の街ならシャレにもならない。だけど慣れなきゃならないんだろうなあ‥‥。
 ――ドンッ。
「おい坊主! 前見て歩け!」
「す、すいません‥‥!」
 看板の群と地図とを交互に見ていたら通行人にぶつかった。「通行人」ったって、顔と手足はどう見ても犬だったけど‥‥。

 ここはビルサ市。広大なシェダ砂漠の南端、東西交易路の南路中間点に位置する通商都市国家。大陸中の富と人・モノが行き交う街。‥‥というのは大陸人なら東西問わず誰でも知っているはずの常識だとして、実はなぜか案外知られていない変な特徴がある。
 例えば、さっきの通行人氏。あれはたぶん「コボルト」だ。長距離旅行した人とか冒険者とかなら知ってると思うが、犬と人間を合わせたみたいな種族だ。普通は森や洞窟で集団をつくって、たまに旅行者を襲ったりもする、らしい。もちろん、普通は街にもいなけりゃ言葉を交わすこともない。だけど、この街ではさっきの通り。
 もうわかっただろう。ここはそういう街だ。人間と、それ以外の種族がごちゃまぜになって暮らしてる。経緯は知らないが、とにかく昔からそうらしい。
 俺がさっきからあまり周りを見ずに歩いているのは、そういう理由もある。しげしげと周りを見わたすと、そこかしこにわけのわからん怪物――この街のれっきとした住人たちに対して失礼だけど、俺にはまだそう見える――がいるからだ。エルフやドワーフはまだ見慣れているとして、コボルトやオークのあたりを見かけるとさすがにぎょっとする。‥‥あ、魚人発見。砂漠で生きていけるのか‥‥。

 あ、俺はラート。魔導士だ。‥‥と胸を張って言えれば格好いいんだけど、残念ながらまだ見習いレベル。しかも師匠のところから出奔してきた身とあっては「見習い魔導士」とさえ名乗れないかもしれない。でもそれももうすぐおさらば――の予定。現在、弟子入り先を探して市内迷走中。それにしても半端じゃなく広いな、この街。

* * * * *

「んー。ここの路地‥‥だよな?」
 地図がうさんくさくてどうにもならない。あこがれの大魔導士の家がこのあたりにあると聞いて、魔導士っぽい人間に地図を書いてもらった‥‥のはいいとして、そもそも街が大きいわ、そのうえ地図が怪しいわでなかなか思い通りに歩けない。おかげでさっきもコボルトの人とぶつかるハメになったんだけど。
 両側に三階建てぐらいの石造りの建物が並ぶ狭い路地は、昼間だというのに薄暗い。この地図が正しければ、この路地を抜けて突き当たりの三叉路を右に曲がったあたりのハズなんだけど‥‥ちゃんとたどり着けますように。初めての街で迷子になるのだけは勘弁してほしい。

「えーと‥‥ここ‥‥かな?」
 歩き回ること苦節三時間。日も暮れかけ、焦りはじめた頃になってようやくたどり着いた。赤い三角屋根の木造三階建て。「魔導具 ナイアのお店」と書かれた看板には、何やら蛇女が投げキスをしている絵が。‥‥予想とはちょっと違うけど‥‥。ま、悩んでてもしかたない。二、三回深呼吸をすると意を決してドアを開けた。

「いらっしゃい。ゆっくり見ていってね‥‥」
 薄暗い店の正面奥にあるカウンターには、紅色の髪のけだるげな美女が一人、頬杖をついていた。綺麗だなぁ‥‥って、じろじろ見つめちゃ失礼だ。それにそれが目当てじゃないだろ、俺。
「あ、あ、あの‥‥」
「なぁに?」
 くすりと笑みを浮かべると、お姉さんはカウンターに身を乗り出した。すると、圧倒的なボリュームの胸が深い谷間を作り出す。す、すごい‥‥。ダメだダメだ、邪念よ去れ。
「あの、その、こ、こちらに大魔導士ナイア様がおられるとお聞きしたのですが‥‥」
「ええ、まぁ。何のご用かしら?」
 仕草のひとつひとつ、唇の動かし方までもが色っぽい。‥‥だからそうじゃなくて。
「あ、あの、お会いしたいんです――いえ、でっ弟子にして欲しいんです!!」
 うっ、会ってからそれとなく切り出すつもりだったのに勢いに乗って言ってしまった。だけど、有名な魔導士ならこういう手合いにも慣れてるだろうし、どうせダメで元々だ。
「‥‥目の前にいるんだけど‥‥弟子?」
 怪訝な顔で問い返すお姉さん。
「ダメ‥‥ですか‥‥?」
「いや‥‥そうじゃなくて、あたしがナイアなんだけど」

 沈黙。
「え?」
脳味噌が止まっているのが自分で分かる。えーと、それは、つまり。
「ええええええっ!?」
「‥‥そんなに驚かれてもねぇ」
お姉さんは困った顔で呟く。
「で、で、でも、ナイア様はずっと昔から有名な‥‥」
「うーん‥‥人間を基準にされても困るな。あたしの種族はこれくらいで外見年齢が止まるのよ。どんなのを想像してたのかは知らないけど」
 そ、そりゃあ、「大」の尊称がつく魔導士なんて大陸中に数人しかいないし、そうなるまでの厳しい修行を越えてきたに決まってるんだから、きっと白い髭がもじゃもじゃで、広い額に深いしわが刻まれてて、もったいぶった口調でしゃべるに違いないと思ってたんだけど‥‥そういやナイアが男だなんて誰も言ってないんだった。
 ――にしても、「あたしの種族」‥‥? ああそっか、この街じゃ人間とは限らないんだった。でも人間っぽいけどエルフみたいな感じじゃないし――。
「――失礼ですが‥‥何の種族なんですか?」
「この通りよ、見れば分かるでしょ」
 そう言うとお姉さんは立ち上がり――

「――――っっっっ!!!!」

 腰が抜けた。きのうに次いでまたしても。そりゃ、丸一日とはいえこの街のことはある程度解ってたはずだけど。目の前の大魔導士様が人間じゃないってことからも、想像できていいはずだけど。
 だけど。
「何よ‥‥失礼ね」
 気を悪くしたような顔で、
「確かにこの街には少ないけど、ラミアにそこまで驚く?」
 そう、立ち上がったかとみえたその半身は、巨大な蛇のものだった。
 ラミア。普通は知能が高く強力な魔物として知られている。が、よく知られた遺跡を探検した程度では、まずお目にかかれない。‥‥というか、もしお目に掛かったとして、さらに運悪く戦うはめになったとして、よほどの腕利きでないと無事にお天道様は拝めない――と、死んだじいちゃんがお向かいの先々代に聞いたと言っていた気がする。そ、そんな魔物までこの街には暮らしてるのか‥‥。
「す、すいません‥‥こ、この街に来たばっかりで、今まで人間以外の種族の方に慣れてなかったので‥‥」
「――ふぅん。ま、人間はそんなものかしらね。で、どうなのよ。ラミアに弟子入りはイヤ?」
「――い、いいんですか!?」
 思わず素っ頓狂な声で聞き返す。
「だからあんたが大丈夫なのか、って聞いてるんだけど」
 まさか、まさか本当に大魔導士に師事するチャンスがやってくるなんて! 俺はもちろん即座に返答した。
「大丈夫です! 弟子にしてください、お願いします!」
「ふふ。奥でもうちょっと詳しい面接するよ、おいで」
 くすっと笑うと、大魔導士ナイア様は店の奥へ消えていった。当然、俺はその後ろに続いた。まるで熱に浮かされたように。

* * * * *

 ざこざこざこざこ。
 どじゃー。
 じゅー。じゅー。
「あのー」
「何よ」
「面接というのは‥‥」
「ご飯のあとで、って言ったじゃない。で、できたの?」
「も、もうちょと待ってください‥‥」
 香草を刻み、肉と一緒に炒める。水分がはぜ、良い香りがたちのぼる。――店先でさっきのやりとりのあと、ナイア様がまっすぐに俺を連れてきたのはこの厨房だった。
「はい、面接と正式の弟子入りはご飯のあとでね。というわけで晩ご飯をお願い」
 聞き返す隙も与えず、大魔導士はさっさとテーブルについてしまい‥‥今に至る。弟子入りしたら今後どんな生活になるのか、なんとなく分かった気がする。

 俺の作った食事を見事な食べっぷりで平らげながら、ナイア様は「面接」を始めた。晩飯の「あと」でじゃなかったのかなどと不毛なことを思いながら、俺は大魔導士の質問に答える。相手はやたらくつろいでるみたいだけど、弟子入り面接を受ける身としてはやっぱりかなり――もとい、非常に緊張する。
「うん、おいしい。あんた料理の才能あるんじゃない? ‥‥ええと‥‥名前聞いてなかったっけ」
「ラート、です。い、いま十七歳です」
「ラートね。ふぅん、十七のわりに童顔ねぇ」
 にっ、と笑みを浮かべ、ワインをぐっとあおる。白い喉の動くさまが妙に扇情的だ。ただでさえきわどい格好で目のやり場に困るのに、本来いやらしくないはずの喉まで正視できないとなると一体俺はどこを見ればいいんだろう‥‥って、おちつけ俺。相手はラミアだぞ。テーブルの下にはでっかい蛇がのたくってるんだぞ。‥‥それは分かってるけど、キレイだなぁ‥‥。
 俺の内心の微妙な葛藤などもちろん意に介するはずもなく、ナイア様は質問を続けた。もちろん、食事の手を休めることはない。魔法を習って何がしたいんだとか、前の師匠のところでどういうことを仕込まれたとか、彼女はいるかとか、得意な料理はなんだとか‥‥必要なのかどうか良く分からないことを含めて。
 大魔導士という肩書きの大仰さに比べて、非常にあけすけに物を言う人‥‥じゃなくて、ラミアのようだ。それにつられて、かちかちに固まっていた肩がなんとなく軽くなってゆく。予想外のことはいろいろあるとはいえ、ここへ来たのはやっぱり正解だったかもしれない。

「ん。こんなものかな」
 幾度かの問答を終え、美しいラミアは切り出した。
「‥‥」
 緊張。
「――合格ね。ま、あしたから頑張んなさいな」
「あ、ありがとうございます!!」
「ふふっ。‥‥っと、そうそう。正式の弟子入りってことで『儀式』をしなきゃね。二階の階段を上がったところの部屋で待ってるから、あとでおいで」
「は、はいっ! ‥‥ええと、それまではどうしたら」
「‥‥師匠に台所を片付けろって言うつもり?」
「ごめんなさいすいませんすぐやります」
 異様な迫力に気圧されてそそくさと片付けに取りかかる。我ながら間の抜けたことを聞いたもんだと思うけど、やっぱりあれが大魔導士の迫力ってものなんだろうか? ‥‥なんか違う気もするな‥‥。まぁいいけど。

* * * * *

 ぎし、ぎしっと低く軋む、薄暗い階段を上る。一段上るごとに弟子入りが近付いていると思うと、階段を上ることさえ特別なことに思われて、ますます鼓動が早くなる。
 どんな儀式なんだろう。
 前の師匠――あんなクソ野郎のことを師匠だなんて言いたくもないけど――に入門したときは、儀式なんてなかった。
「弟子にしてください」「わかった」‥‥こんな感じだったから。
 でも、今度は違う。大陸最大の都市に住まう、人ならざる大魔導士に弟子入りするんだ。きっと古くから続く、神秘的な儀式なんだろう。
 人生の一大転機を前にしてそんなふうに胸を高鳴らせていると、ついに階段を上りきり、ナイア様の――新しい師匠の部屋の前に立った。
 コンコン。
「ラートです」
「開いてるよ」
 応えに従って、ドアノブをつかみ、回して、ゆっくりとドアを開けた。
 部屋は予想以上に広かった。部屋の片隅にある机の上から、小さなランプがぼんやりとした光を投げかけている。その隣には大きなベッド――部屋の半分ぐらいを占めているんじゃないかと思うぐらい大きい――が置かれているほかは、ほとんど何もない。あるのは、化粧台と衣装棚ぐらい。これって‥‥もしかしなくても、寝室‥‥?
 ナイア様はその大きなベッドに腰掛けていた。太い蛇身が、ランプの光に細やかな艶を浮かべて、その手前にうねっている。
 ベッドについた右手に体重を預け、左手をドアの方へ伸ばし、指先で俺を呼ぶ。艶やかな唇が、おいで、と声に出すことなく、囁く。
 ぞくり、と背中に電流が走る。俺はまるで、その指先から伸びた糸で操られているかのようにふらふらと近付いていった。
 目の前まで歩いていくと、ナイア様はするりと立ち上がり、俺の顔をそのしなやかな指先で抱えるようにして、口を開いた。
「‥‥弟子入りのための通過儀礼、始めるよ‥‥。覚悟はできてるね?」
「は、はい‥‥」
 食事の時とはまるで違う、艶やかな声。返事に微笑を浮かべると、その手が俺の首筋と胸元に伸びた。
「あ、あの、何を‥‥」
「弟子入りのための通過儀礼。二度も言わせるんじゃないよ」
 ナイア様の手が俺の服のボタンを外してゆく。目を見つめながら左手で首筋を抱き、右手で上から順番に。いよいよ大魔導士の弟子になれるということ、初めて間近に見るラミアに脚を巻かれてしまっているということ、ラミアとはいえ妖艶な美女に見つめられているということ‥‥三重の緊張で俺の体も頭もガチガチに固まっている。そんなうちに俺の上半身はすでに裸になり、白い手が下半身にも伸びてきた。
「し、下も脱ぐんですか‥‥?」
「あたりまえでしょ‥‥。ほら、恥ずかしがってどうするのよ」
 そうは言われても恥ずかしいものは恥ずかしい‥‥なんて言ってる間もなく全裸にされてしまった。俺を裸にすると、今度はナイア様が自分の胸を覆っている布をするりとほどく。同時に、見事な張りの乳房がぶるん、っと音を立てそうな勢いで飛び出した。
「うわっ! ちょ、ちょっとナイア様!」
「んふ。なによ、おっぱい嫌いなの? 大きさも形もかなり自信あるのよ?」
「そうじゃなくっ――わあっ!」
 突然ベッドの上に押し倒された。俺の身体を押さえ込んだまま、耳元で甘い声が囁く。
「ここまできて何をするか分からないほど、バカじゃないでしょ? 安心なさい、楽しませてあげる――朝まで、ね」
「なっ――」
 まさか。寝室に連れられて、裸にされても、俺はそんなことはないと思ってたのに。厳粛な儀式があるんだと思っていたのに。
「ぎ、『儀式』じゃないんですか‥‥!?」
「‥‥儀式よ、もちろん。あたしを楽しんで、楽しませて‥‥それができないなら、弟子にはしてあげられないから。――ふふ、逃がさない。ラミアとするのは初めて? だいじょうぶよ、カラダは人間と大差ないから」
 逃げだそうともがく俺の脚は蛇の下半身で固められ、上半身は身動きできないように抱きしめられてしまった。弾力のある二つの肉がむっちりと押しつけられ、俺の身体を刺激する。‥‥や、やわらかい‥‥。
 その感触に手足の抵抗が勝手に止まり、別の意味で鼓動が激しくなる。‥‥白状すると‥‥女の人の胸に触れるのはこれが初めてなんだ。
「んふふ‥‥そろそろ覚悟は決まった? だけどもっと積極的にならないと弟子にはしてあげられないよ」
「あ、あの‥‥俺、初めてで‥‥」
「あん、だから人間と変わらないって言ってんじゃない」
「‥‥いや‥‥その‥‥童貞です」
「え? そうなの?」
 ナイア様が驚いたような顔をする。そりゃそうだろう。十五、六歳で結婚する奴も多いのに、十七歳にもなって女郎屋へ行ったことさえないってのは普通じゃない。だけど‥‥
「あ、あの、魔導士は一生不犯だと前の師に教わったので――」
「ハァ!? どこの誰よ、そんな変態野郎は。そんな妙な理論は聞いたことないわよ」
 目を丸くして驚く。でも、「あの」大魔導士が「聞いたことない」と言う以上は、たぶん本当に「妙な理論」なんだろう。
「‥‥ええと‥‥そうすると後生大事に守ってきた俺の童貞は‥‥」
「無意味ね」
 ――ぐふっ。効いた。かなり効いた。幼なじみで果物屋のリリアちゃんが嫁ぐと聞いた夜に枕を濡らしたのも、隣のトルゼ兄ちゃんが女郎屋へ誘ってくれた時に前屈みになりながら断ったのも、全部無意味!?
 ‥‥で、ちょっと待った。ってことは、俺は一度も人間の女の子としたことがないまま、ナイア様と――ラミアと初体験!?
「――どしたの?」
「あ、あの、俺、人間の女の子としたことなくて‥‥」
「それはさっき聞いたって。だからあたしがオトコにしてあげるよ――ははーん、そうか。初体験がラミアだってのが気に入らないってわけね?」
「そ、そういうわけじゃ――!」
「なるほどねー。童貞君のくせにそういうことを思うわけね。そういう奴は――こうよ!」
「――!?」
 言うなり、俺の口に柔らかい唇が。頭を後ろへ引こうにも、ナイア様の腕がそれを許さない。さらに有無を言わさず舌が歯をこじ開けて入り込んで‥‥そのまま口の中を隅々まで這い回って‥‥うあ‥‥熱い‥‥舌が‥‥‥‥きもちいい‥‥!息が浅くなって、手から、身体から力が抜けていく。――だめだ、こ、こんな――

「‥‥」
「ふふ‥‥どうしたの? ぼぅっとしちゃって。そんなにきもちよかった?」
 笑みを浮かべた瞳が覗き込む。
「あ‥‥‥」
 いつの間に唇が離れたのかさえ分からない。キ、キスってこんなに気持ちいいものだったのか‥‥。

「あの‥‥ナイア様‥‥」
「『様』じゃ気分が出ないよ。呼び捨てにしろとは言わないけど、せめて『さん』にしてほしいわ」
「す、すいませんナイアさ――さん。あの‥‥」
「?」
「も、もう一回‥‥キスしてくれませんか‥‥?」
「――ふふ。そう、気分が乗ってきたわけね。いいよ、今度はあんたからも舌を絡めてごらん」
 ナイア様の顔が近付き、唇が迫る。俺も積極的に‥‥と思ったら、今度はかわされた。かと思うと、さっきの強烈なのとは裏腹な、唇が触れあう程度の軽いキス。そのまま、俺の唇を軽くついばむような口づけを何度も繰り返してくる。応えて、俺も同じようについばみ返す。ナイア様の吐息がくすりと笑う。ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ‥‥何度も何度もしつこいくらいに。
 さっきとは全然違う快感があるけど、せっかく舌を絡めようと思っていたのに肩すかしをくわされた気分だ。じれた俺は、今度はナイア様の身体を抱きしめ返して、強いキスを狙う。そしてそれは拍子抜けするほどあっさり成功した。
 ナイア様の唇をふさぎ、唇と歯をこじ開け、舌を差し込む。そのまま、慣れないながらもその長い舌とじゃれ合い、絡ませて――
「‥‥んむっ‥‥ん‥‥」
 鼻から抜けるような甘い吐息。熱い口内をかき回す快感。絶世の美女の唇を奪い、舌を絡め取っているという満足感。ああ、もうラミアだとか人間だとかどうでもいい‥‥
「――んんっ!? ‥‥んふぅっ‥‥」
 だけどその陶酔感は突然に打ち破られ、別の陶酔感に押しつぶされいく。ナイア様の舌を翻弄していたはずの俺の舌はあっという間に押し戻され、またしても俺の口内が舞台になる。その隅々まで長い舌が襲い、快感で塗りつぶしていく。暴れる俺の舌を巧みに絡めとる。そのたびにさっきの熱い刺激が俺の脳髄を灼いていく。――ああ――すごい――俺じゃかないっこないんだ――――ナイアさま‥‥!

 どくん、どくん、どくん‥‥

 下半身が熱い。力が一気に抜けていく‥‥。永遠に続くかと思うような快感がようやく引いてゆき、ついにナイア様の唇が離れる――
「――はい、終・わ・り。ふふ、初めての割に巧いじゃない。‥‥あら? もしかしてキスでイったの? ふ、ふふっ。かわいい、かわいいよボウヤ。弟子じゃなくてペットにしてあげようかしら?」
 ――ああ――それでもいいかも知れない‥‥。ずっとこのきれいなラミアに飼われて、愛されて‥‥いや、だめだ! そんなのじゃいずれ捨てられる‥‥じゃなくて、憧れの大魔導士に師事する機会を見逃すわけには!
「‥‥い、いえ‥‥弟子にして下さい‥‥お願いします‥‥」
「ふぅん、快楽に呑まれても意志は保てるのね。ま、そうでないと弟子は務まらないよ。――じゃ、ラミアに抵抗感もなくなったところで『儀式』を続けようか」
「は、はい‥‥」
 俺の返事に、軽いキス。それだけでまた気分が盛り上がってくる。
「あたしのあそこ、触ってごらん‥‥ほら、指でいじるのよ――あんっ」
 互いに見つめ合いながら、指先をナイア様の臍から下へと滑らせる。と、柔らかい部分に指が触れる。ああ、これが女の人の‥‥! 感動もそこそこに、そこへ指先を這わせる。すこし湿り気を帯びたそこをこね回し、肉穴へを探り当て、そこへ指先を差し込む。瞬間、小さな喘ぎとともにナイア様が軽く身体を震わせる。ナイア様のひんやりした指先が俺の股間に伸び、精液をはき出したばかりのそれを丁寧にしごく。視線を交わしながら、無心に互いの股間をまさぐる。俺の肉棒があっという間に固さを取り戻し、そこから快感が攻め寄せてくる。
 けれど、俺の心を捉えているのは自分の指先の感触だった。その狭い穴の中はざらつき、ぬめる肉襞がさまざまに俺の指を抱きしめてくる。くちゅくちゅと指先を動かすと、それに応じて柔らかい肉がますます絡みついてくる。思うままに指を動かしてその感触を楽しんでいると、突如ナイア様が切なげに喘いだ。
「んっ‥‥そこ‥‥かき回して――ああっ! そ、そこっ‥‥いいっ! あ、ああ、上手いよ、初めてとは思えない‥‥」
「ここ‥‥ですか?」
 ナイア様が喘いだポイントを、ぐいっと擦る。
「そ、そう――そこぉっ!! いいわ、いい、そこを思いっきり――せ、責めて! だめ、よすぎる、――――っくぅぅっ!!!」
 俺の股間を責めるのも忘れ、ナイア様がしがみついてくる。脚を巻いている蛇の部分も力が入ってきてる。俺の指先がこの美しいラミアをよがらせている――強烈な満足感。求めに応じて、言葉通りに思い切り指先でかき回し、攻め抜く。彼女が小さいけれど鋭い絶叫をあげ、身体をビクビクと震わせるまでその動きを続けた。
「はぁ、はぁ‥‥あんた、童貞だっていうの嘘でしょ‥‥」
 爪を背中に食い込ませ、荒い息をつきながら褒めてくれた。
「ほ、ほんとに童貞ですよ」
「‥‥なんでもいいわ‥‥気持ちよかった‥‥。んふふ、そろそろ本番を楽しもうか、あんたのカラダも準備はできてるみたいだしさ。――なんか期待しちゃうね、あたしも」
 うっとりとした表情に嬉しそうな笑みを浮かべる。その言葉、その表情に俺も否応なく高揚する。正直、なぜさっきまで「初体験は人間同士で」にこだわっていたのかさっぱりわからない。下半身が蛇だからって、こんなに情熱的な美人が誘ってくれてるのに。

「――ふふ。挿れかた、わかる?」
 ベッドに仰向けになって、ナイア様が微笑む。
「え、ええ‥‥たぶん。――こう、ですか?」
 さっきまでこね回していた淫裂。その下から続く蛇の鱗も、溢れた蜜でてらてらと光っている。その卑猥な穴に亀頭をあてがい、ゆっくりと挿し込む‥‥あれ?
「あはは、やっぱり慣れてないね。角度が違うよ、もっとこう――あ、んっ‥‥そう、入った‥‥あぅ、大きい‥‥」
「うあっ‥‥すごい‥‥」
 キツい。熱い。指を入れた時に想像した感触よりも、ずっとずっと気持ちいい。腰を使って奥までぐいっと突いてみる。
「あはぅっ! ふふ、もっと突いて。ずん、ずんって突いてごらん――あ、あん、ふふ、まだまだぎこちないね」
 やっぱり上手く動けない。ちょっと予想外だった。
「ま、初めてなんだし、しかたないか。いいよ、あたしが教えてあげる」
 そう言うと、伸ばしていた下半身を俺の脚に絡みつけ、そのまま身体を捻った。
「え、何を――うわっ!」
 あっというまに体勢が入れ替わる。俺は下半身を固められたまま仰向けに寝かされ、その上にナイア様がのしかかってきていた。‥‥もちろん、あそこは繋がったまま。
「ふふ、楽しんでね。さっきみたいに簡単にイくんじゃないよ」
 ナイア様が俺の肩を押さえ込み、妖艶に笑う。それだけで刺激的なのに、巨大なおっぱいが俺の目の前で踊り、腰が動くたびに胸に押しつけられる。やばい。イくなと言われても見てるだけでイキそう。
「んっ、あんっ。あふ‥‥ぅ、ふふふ、いい感じ。あんたカタいの持ってるじゃない。きもちいいよ‥‥」
 蛇の身体を俺の太股以下に巻き付けたまま、器用に身体をくねらせて腰を上下させる。そのたびに、二人が繋がっている部分から、にちゃっ、ぐちゅっ、と湿った音が聞こえる。しごきあげてくる刺激と相まって、その音が俺の心を高ぶらせる。ナイア様が濡らしてる。俺のチンポに貫かれて。俺のチンポを貪りながら、眉根を寄せて甘い声を漏らしてる。
 頭に血が上ってしまってまともに考えられない。だけど、俺は内側から沸き起こる欲求をなんとかして実行したかった。身体の上で淫らなダンスを踊るナイアさんのお尻をつかみ、押さえ込む。
「んあっ――くっ、はぁぅ‥‥」
 がくり、と力が抜け、俺に覆い被さってくる。滑らかな鱗で途中から覆われたお尻を鷲づかみにしたまま、俺はがむしゃらに腰を打ち上げた。
「あぅっ! あ、っく、はあっ、いい、いいよ、その調子で、あはぁっ!」
 ナイアさんの吐息、声の調子が変わる。俺のぎこちない動きをナイアさんは巧みな腰の動きでフォローし、二人で必死に快感を高めあう。ときにキスを交わし、乳房を揉み、むりやり腰を動かす。そのたびにナイアさんの表情が切なげに歪み、喘ぎもますます荒く、熱くなっていく。俺の脚に巻き付く大蛇の下半身も、高ぶる体温を鱗ごしに感じさせ、その締め付けも徐々に力んできた。
「ああっ、いい、す、すごく‥‥いいわ‥‥っ! じょうずよ、んぅっ」
「ナ、ナイアさ、ん、俺、も、もうっ――!」
「いいよ、出して、あたしの、中に‥‥っ! ――あ、ああ、熱っ――ああぁぁっ!!」
 甘く囁くような答えが、荒く、激しくなったその瞬間、俺は限界を堪えきれなかった。今まで経験したことないほどの射精。身体の中のすべてがペニスから吹き出すような感覚。ナイアさんの感極まった叫び、のけぞる身体、強く締め付ける蛇の半身。そういった最高の眺めの中で、俺の心は透明に透き通り、熱い快感と柔らかな幸福感に飲み込まれていった――。

* * * * *

 そんなわけで、俺は無事に入門を果たし、弟子兼店員として師匠のもとに住まわせてもらうことになった。‥‥初日は寝不足と筋肉痛で大変だったけど。だけど、何が何でも立派な魔導士になってみせる。そして師匠と‥‥
「ちょっとラート! 倉庫の整理はどうなってんのよ!?」
「す、すぐ行きます!!」
 気まぐれなのと人使いが荒いのが難点だけど、もちろん後悔なんてない。たぶん。

(終)

弟子シリーズ第2作。二人の出会いの話なので,時系列的には(今のところ)一番初めになります。ラミアに筆下ろしされるという,いつにも増して趣味爆発の話。

小説のページに戻る